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今日は、呼吸はさようならの練習かもしれない、ということについてお話ししていこうかなというふうに思います。
これ、ちょっと有料ノートの内容に少し触れるというか、ちょっとそれの紹介にもなっているので、もし興味がある方はそちらにも行ってくれたらなと思うんですけど、
今日言いたいことって簡単に言っちゃうと、終わるけど世界は壊れない、ということで、
僕ちょっとこれ書いてて、本当は言わないようにしようとしてたことがあるんですけど、書いちゃってるんですけど、
生きると死ぬっていうことをやっぱり明確に分けられないよなと思ってて、
右足を出していることが生きるってことなら、左足を出すことが死んでいることだよなっていうことをちょっと思ってたんですよ。
右足出して左足出して右足出して左足出してっていうこの歩いていく動作こそも僕は生きながら死んでいる動作だよなって思ってたっていうか思っていて、
それを考えてたら、もっと身近に何も僕たちはしてなくても自然と呼吸ってしてると思うんですよね。
呼吸をしていること自体が生きていることでもあるし、死んでいることだよなとも思ったんですよね。
それを直接的な言い方をしないで、言葉として置いておけないかなというか、自分自身もそう思いながら生きていけないかなっていうのを考えたときに、
そうかと思って、僕たちはいつもそのさよならの練習をしていたんだなというか、呼吸をすることによって始まってもありつつ終わりつつもありつつというか、
分けられないよねって思ったんですよね。ぐるぐる回ってるというか、同じ場所にあるんだけど、ぐるぐる回っているっていうことが僕たちは生きているっていうことなのかもしれないっていうことと同時に、
始まりつつ終わっているというか、終わりつつ始まっているというか、その中で僕たちは呼吸することによって、
生きているってことも感じつつ、やっぱりそれでもそうだったとしても終わりを体感していたんだなというか、
っていうことを思いながら書かせていただいたっていう感じですね。今回のその呼吸はさよならの練習かもしれないっていうものですかね。
だからなんか本当はこれ年末の時にあげようかなと思ったんですけど、そうもいかないなという感じで、
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今年中にちょっとあげておきたいなという思いで撮らせていただきました。もしね、あの、興味がある方はチェックしていただけると嬉しいです。はい、それじゃあ、またね。