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はい、今日のテーマは、分かり合うっていうことが分けてしまうような気がした、という話をしていきたいなと思います。
僕らは分かり合えない。どこまで行っても分かり合えない。僕らは一つになれない。っていう言葉を、僕はたまたま目にしたんですけど、
あのー、ちょっと僕これに引っかかったんですよ。引っかかったっていうか、まぁ、
んーっていう思うことがあったんですよね。その、もうこの、分かり合えないとか、分かり合うっていう言葉を、その、もう使った時点というか、その、
そういう心意気というか、そういう動機でスタートしてしまった時点で、もうお互いのことを分けてしまっているというか、もう分かれてしまっているような気がするんですよね。
なんていうか、そのー、分かり合おう、分かり合おうってすること自体が、もう分かれちゃってるんですよね。その、もともとがもう分けちゃってる考え方なんですよね。
だからその、分かり合うっていうことが良い悪いとかっていう話を僕はしたいんじゃなくて、その、その一歩前の段階っていうか、その、もう分かり合おうっていうことがもう、
その動機の時点からもう分かれてしまっているような気がしたんですよ。その、分かり合おうっていうことの最終目標って、お互いに分かり合って、お互いに溶け合う、お互いにその相互尊敬というか、お互いにその、
まあ、なんていうんですかね。気持ちとか感情っていうのを組んで、良い方向に進んでいこうねっていうことだと思うんですよね。ただもう、その時点で僕はもう分かれちゃ、別々のもんだよねっていう視点が入ってしまっているような気がしたんですよね。
だから、本当はそこに行く前にっていうか、そう分かり合うっていう言葉の前に、その、僕たちは分かれる必要なんてないよねっていうか、分かれてなんてなくないっていうのを、その、その意識が元々ないと分かり合うっていうことって難しいのかなって思ったんですよ。
その、なんていうのかな。もう分かれてる、分かれ、分かり合うとか分かり合えないっていう、もうさ、もともとそこの言葉を使った時点で適当になっちゃうっていうか、まあ適当まではいかないんだろうけど、その、自分にとって、その、なんていうか、外側にいる存在っていうか、あの、もう、なんていうのかな。
同じ円の円卓に座ってない感じっていうか、その、なんか、分かり合おうとした時点でもう分かり合うっていう真の目的は果たされないような感じがしたんですよね。
その、親指、例えば親指と親指で喧嘩をしてたとして、例えば分かり合おうってなっても多分これって分かり合えないんですよね。その、上しか見てないから。
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もっともっと根本的なものを見るっていうか、もうもともと一つの手だったよねっていう認識までいかないと、このじゃあ分かり合いましょうっていう視点っていうか、真の意味で本当の意味で分かり合うっていうことは果たされないんじゃないかなって思ったんですよね。
だってね、上だけ見たらまあ確かに分かれて見えるかもしれないけど、そこで分かり合おう分かり合おうって言ってもまあ無理じゃないですか。だって分かれちゃってるから、そこ親指と人差し指は分かれちゃってるのは確かにそうなんですよ。
ただもっと根本を見た時に、指は手なんですよね。手として結び合ってるというか、もう一つの手なんですよ。もう分かり合う必要なんて僕たちはないんですよね。だってもともと一つなんだっていうか。
なんかこの視点がないと、っていうか、やっぱそのなんていうのかな。壁があるからこの壁をどうにかしようって言うのじゃなくて、その壁の向こうにはどうなってるんだろうっていうのをやっぱ僕たちは考えないといけないのかなと思う。
僕は考えなきゃいけないなって思ったんですよね。分かり合うっていう言葉を使うんじゃなくてっていうか、分かり合えないとか分かり合うとかじゃなくてっていうか。だからそのために僕たちは言葉を使っているのかと言われたら、僕はそういう意味でもないのかなって思ったんですよね。
もちろんその分かってほしいとか認めてほしいっていうもののために僕たちは言葉を使っている部分もあると思うんですよ。もちろんコミュニケーションの本質ってそこだと思うんで、そのやっぱ知ってもらいたいというか、そのなんていうのかな。
溶け合うじゃないですけど、その他のその自他の領域を外す行為っていうことだと思うんですよね。そのコミュニケーションというかその言葉を使うっていうことに関しては。
ただ、なんか僕はもっと諦めないっていうことではなくて、もっとこうなんていうのかな。プラスな面なんじゃないかなって思うんですね。その分かり合うためっていうか、そのじゃあもともと一つだでねっていうためのものっていうのはもちろんコミュニケーションは絶対必要なんですけど、でもなんていうのかな。
そのために僕たちは言葉を諦められないっていうのではなくて、むしろもっとこうなんていうのかな。壁の向こう、壁があるけど壁の向こうはどうなってるんだろうっていうような思いというか。もっとこう、なんていうのかな。もっと深くを見ないと僕たちは行けないような気がするんですよね。
その暗くて湿ってる場所にいる人の考えがもしかしたら、その僕たちというか突破口になるかもしれないなっていうこともあると思うんですよ。だからこそなんていうかそういう人たちとは分けるとか分けないとかじゃなくてっていうか、その僕たちは本当は一つだよねっていうやっぱ認識がないとそこにはいかないような気がしたんですよね。
コミュニケーションもそうだし言葉を書くっていうことに関しても、やっぱりどこか分けてしまうっていう部分があると思うんですけど、ただやっぱりこのコミュニケーションとか言葉を使うってお互いに理解し合うっていう時には、そのもともと分かれているっていう認識じゃない…じゃないと、その真の意味で分かり合うっていうことは難しいんじゃないかなっていうのを思ったっていう。
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すいません、なんか話がバラバラになっちゃったんですけど、今日この頃でした。今日もここまで聞いてくださりありがとうございます。最後に一言言って終わろうと思います。
分かり合うっていうことは難しいかもしれないんですけど、やっぱり僕たちの心持ちというか、どういう言葉を使うか、どういうふうに思ってコミュニケーションしていくか、言葉を書いていくか、言葉を言っていくかっていうのに関わってきてるのかなっていうのを感じたっていう。はい、今日この頃でした。それじゃあ、またね。