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どうも、みなさん。伊達猫です。
今回は、家族ってむずかしい、夜桜さんちの大作戦を視聴して、というのでね、お話ししていこうかなというふうに思います。
恥ずかしながら今、夜桜さんちの大作戦を視聴中なんですけども、
まだ全部見られてないんですけど、ちょっとここで考えておきたいなっていうことがあったので、ちょっとお話ししようかなというふうに思います。
今、夜桜さんちの大作戦のアニメ、第16話を視聴して、キョイチロウがこんなセリフを言っていました。
家族ってむずかしい。
本当にこれ本当にそうで、切っても切れないというか、どこにいてもつきまとうというか、生きていく上でどう足掻いても一度はぶつかる関係というか、人である以上考えないことがない問題だと思います。
そのため今回は、なんで家族って難しいのかっていうテーマについてお話ししていこうと思います。
はい、なのでちょっとこれを聞いて、少し家族に関してちょっと違う視点がみんなで持てるようになったらいいなというふうに思ってます。
はい、じゃあ始めていきます。
そもそも家族ってなんだろうっていうことになると思うんですけど、
これちょっと辞書のものを参照してるんですけど、
家族とは同じ家に住み生活を共にする配偶者及び欠縁の人々っていうふうに書かれてるんですけど、
確かにそうだなというか、そのまんまなんですけど、
この場合、同じ家に住まないと家族じゃないのかっていうことだと思うんですけど、
そういうわけじゃなく、欠縁者っていう意味では地位がつながっていることっていうのが家族になるっていうことだと思うので、
同じ家に住んでなくても、そういう欠縁関係にあれば家族とも言えるよっていうことなんだとは思うんですが、
昨今なんていうか、地がつながっていなくても家族だよねっていう物語だったり、
ジャンプ作品だとスパイファミリーだったりっていうのがまさにそうなのかなっていうのを思うんですけど、
家族以上の何かでつながっているっていう関係ももちろん家族っていうものとして言えるのかなっていうふうに思います。
ただ家族ってどうすれば家族と言えるんだろうかっていうことになると思うんですけど、
ちょっとそこをお話できればと思うんですが、
家族と呼べるにはどんな条件があるんだろうかってちょっと考えたんですけど、
ただこれ、いろいろなケースがあって一概に家族ってこうなんですっていうふうに証明することって難しいとは思うんですよね。
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戸籍上は血縁関係にあるとかだと、
人間がルールとして勝手に決めた家族っていう表記にはなると思うんですけど、
ただここで言う家族っていうのはそういうことではなく、
各々が持っている家族としての思いというか、
こういうものだよね家族っていうのを多分求めていると思うので、
ちょっとここについて考えたいんですけど、
その夜桜さん家の大作戦を見て思うのは、
太陽はもう夜桜家の人間なんですよね。
この僕まだ16話までしか見てないんであれですけど、
ただもう旗から見たらもう夜桜家の一員なんですよね、太陽って。
これもうなんでかっていうと、
太陽がその夜桜家の人間に対して自分より大事な存在だと思ってるからっていうことがもう第一にあるのかなと思っていて、
その守りたいだったり泣いてる顔を見たくないだったり、
その夜桜家の人間のことも大切だって思ってるからなんですよね。
これが夜桜家の人たちにも伝わって、
太陽は私たち俺たちのことを大切に思ってくれてるんだっていうことになって、
これでも家族になってるんですよね。
だからこそこのなんていうか、
その人の中にある一定以上の思いの強さっていうのを人に向けられたら、
もうそれって家族なのかなっていうふうに思うんですよね。
血が繋がっていなかったとしても。
ただこれってすごい曖昧なんですけど、
これが一般によく言われる愛って呼ばれるものなのかなと思います。
簡単にちょっと愛っていうふうに表現するのはちょっと難しいところもあるんですけど、
一番わかりやすい表現で言うと愛なのかなというふうに思います。
ただちょっとここで問題が起きて、
じゃあこの強い思いがなければ家族って言えないのかっていう、
血が繋がっているのに家族って呼ばないのかっていう、
今度は血が繋がってるのにっていう方からお話が出てくると思うんですけど、
ここがその家族の難しさなのかなと思っていて、
今回のちょっと本題に入るんですけど、
この家族の難しいところって、
年代とか自分の年とか状況とか立場が変われば、
家族っていうものに対しての見え方とか感じ方が全然違うんですよね。
変わってくるというか、徐々に変わってっちゃうんですよね。
年を減るごとに家族というものに対しての見方というか、
思っているものだったりというか。
ちょっとここで家族っていう一括りにしちゃってるのもいけないと思うんですけど、
その家族って中でも例えば母親との関係性なのか、
お父さんとの関係性なのか、息子さんとの関係性なのかっていう面で、
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またちょっと掘っていかないといけないはいけないんですけど、
ちょっとここが難しいところだなと思っていて、
例えば子供の時はお母さんのことを安全基地だとは思って外に出たりするんですけど、
でもこれが中学校高校生になってくると、
自立をしよう、自分でどうにかしようっていう思いも出てくるので、
家っていう安全基地はあるけど、
お母さんのとこに戻らなくても外には出られるよねっていうことになると思うんですよ。
なのでこの時点でお母さんから見た息子と、
息子から見たお母さんに少し変化してるんですよね。
その見え方に関して。
あんな風だったのにっていう、
お母さんから見た息子に対する家族としての認識が変わるんですよね。
今度はそれに伴って息子から見たお母さんっていう家族としての形態が変わるんですよね。
形態というか見方が変わっていくんですよね。
家族というもののつながりは変わらないのに、
その人に対する思いとか感じ方とかがどんどん変わっていくんですよね。
これって友達でももちろんあると思うんですけど、
ただ友達にない点が一個あって、
これって切れないってことなんですよね。絶対に。
友達は距離を置けば、その友達っていうものとしてはなくなるんですけど、
この家族っていうのは効力が永遠に発揮されるものなんですよね。
これってすごく厄介だと思いますし、
これはちょっと人を苦しめるというか、
いろんな面があるなっていうのは思いましたね。
僕は良い方に捉えたいなと思っていて、
この家族ってまさに一生をかけて体験できる家族というアトラクションなのかなと思っちゃいました。
これをちょっと考えてて。
子供の時だったり、学生の時だったり、大人になって一人で暮らす時、
結婚して誰かと暮らす時、子供ができて親になった時、
これって元々家族っていうつながりを持ってると思うんですよ。
子供の時からずっと持ってるんですよ。
でも例えば大人になって結婚をしたってなると、
家族を増やしてるんですよね。
持ってるけどまた家族を増やしてる。
これだと感じ方見え方ってどんどん変わると思うんですよね。
父親がいたのに自分も父親の立場になってるとかって全然あると思うんですよ。
母親がいるけど私が母親になるみたいな。
子供の立場でもありつつ母親になったりするんですよね。
これってすごい家族っていう人間関係を増やして、
どの立場でも人、家族を体感できるっていうことなんですよね。
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本当にまさにアトラクションなんですよね。
この一定じゃない人間関係を無理矢理繋いで人の変化を楽しめるんですよね。
だけどこの変化や繋がりが時に人を苦しめたりもするんですよね。
でもこれが時に救いだったりもするんですけど、
だからこそ今回の本題の家族は難しいっていうことになってくるんですよね。
家族っていう関係性というか、物は一定にそこにあり続けるんですけど、
個人の状況とか人の見え方によって家族っていう見え方がどんどん変わっちゃうんですよね。
ひとまとめにしてるっていうのもいけないと思うんですけど、
家族っていう団体として見ちゃってるっていうか、
そこは後で話しましょうか。
そういった繋がりも変化するはずなのに、
家族って呼ばれるものがずっとそこにあるように感じるんですよね。
家族なのに家族自体のあり方が変わらないと
調和をとることって難しくなると思うんですよね。
おのおのがどんどん変わっていくのに。
それって本当にさっきも言ったんですけど、時に厄介だったり救いだったりするのかなと思ってて。
でもそのややこしいアトラクションを一生楽しめる人間って少し面白いなっていうふうに、
僕はちょっとそういうふうに解釈してしまったんですけど。
いびつで不確かで形がなくて変わっていくものなんですけど、
みんながみんな心の底で家族っていうものを深刻化というか、
究極の人の繋がりとして築いてきたこの絆でもあり呪いなのかなっていうふうに思ってしまった。
今日この頃でした。
ちょっとまだ夜桜さん家の大作戦全部見れてないので、
また見てお話できる機会があったらなというふうに思います。
じゃあ今回はこれまでにしたいと思います。
それじゃあまたね。