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今日のテーマは、「一本道の行きと帰りは別の道」っていうテーマでお話ししていければと思います。
僕、今日散歩してたんですけど、僕の散歩道って一本道なんですよ。 正確には土手沿いを歩きに行ってるので、
一本道って言っちゃ一本道なんですけど、この一本道って、
普通に歩いてれば同じ道を歩くんですよね。 左側歩くのか右側歩くのかで確かに景色が違うんですけど、
全く同じ道を歩くんですよ、行きも帰りも。
なんですけど、僕いつものようにそこ散歩してたら、あれ?って思って、
行きの道と帰りの道って同じ道を歩いてるんだけど、
これ、僕違う道を歩いてるんだなっていう感覚になったんですよ。
いや、お前何言ってんの?って思うかもしれないんですけど、
違う道だったんですよ。もちろん行きと帰りで景色が違うっていうのはもちろんあるんですよ。
あるんですけど、同じ道を歩いているっていうことに変わりはないはずなのに、
全く違う道を僕は、あれ?これ歩いてるなって思ったんですよ。
で、何かこれ、当たり前っちゃ当たり前なんですけど、
でも何か体でそう感じたんですよ。頭じゃなくて。
何か当たり前に同じ道を歩いてるって頭では思ってたのに、
体が、これって全く違う道だよって何か言ってる気がしたんですよね。
体が勝手に言ってるっていうか、勝手に言ってるっていうよりかは何か感じたんでしょうね。
ここって違うんだみたいな。
だからこそ僕は何か一本道の道も、これ行きと帰りで全く道が違う道を僕たちは歩いてるんだなっていうのを
思ったというか体で感じたんですよね。
何かこれっていうのも、生きるとか死ぬっていうことも、
例えば同じ炎上にあるとして、
それっていうのが僕たちは直線を歩いていくことっていうのが、
例えば、生きることでもあるし死ぬことっていうことだとしたら、
例えば同じ道の中にその生と死っていうのはあるけど、
例えば、生の方から見た道っていうのと、
死っていうものから見た道っていうのは多分違うように映るのかなって思ったんですね。
僕この同じ道を歩いてるはずなのに行きと帰りで違うっていうのは、
往々にしてあるなというか、むしろ、
全般に言えることなのかなって思ったんですよ。
これって行きと帰りだけじゃなくても、
例えば今日歩いた道と昨日歩いた道、
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例えば同じ通勤場所で同じ通学路とか同じ場所を使ってるって言ったら、
例えば101回目102回目の通勤通学っていう風になると思うし、
帰りも101回目102回目の帰宅っていう風になると思うんですよ。
もちろんその回数分だけ違う道っていうのはなってると思うんですけど、
ただ、形的には同じ道なんですよね。
ただ、僕たちは同じ道を行き来してたとしても、
その道って全く違う道を僕たちは歩いてるんだなっていうのを感じたんですよ。
それを僕はそういう姿勢感っていう方にも感じたっていうのもあるんですけど、
なんかよくアニメとかで、
行きはこんなにすぐ行けたのに帰りがこんなにうまく帰れないっていうような表現をするアニメというか、
漫画と小説でもいいんですけど、っていうのがあるなって思ったんですよね。
これっていうのも多分ですけど、
同じ道を帰ることはできないっていうことでもあると思うし、
行きの道と帰りの道は一本道で同じ道だったとしても全く違う道になっているっていうことなのかなって思ったんですよ。
だから、この行きと帰りで僕たちは違う世界に来てしまったような感覚というか、
むしろこの行きで歩いていた世界と帰りに歩いていた世界というような全く別の世界を僕たちは生きているというか、
生き返りで全く違うんだなというか。
だからこそこの生まれてくる瞬間と死んでしまう瞬間というのも、もしかしたら同じ道にあるかもしれないけど、
本当に違う世界なんだなっていうか、
に行く可能性もあるんだなっていうのを僕はちょっとこの1時間の散歩という中ですごい考えてたというか、
なんか感じたんですよね、体で。
頭では同じ道だなーって思ってたんですけど、
でも、あ、これって違う世界に僕いるんだなっていうのを感じたっていう。
はい、今日この頃でした。
すいません、今日はここまで聞いてくださりありがとうございます。
それじゃあ、またね。