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どうも、皆さん、たてねこです。
今回は、人生は意味を求めるものじゃないのかもしれないということについてお話ししていければなというふうに思います。
最近、自分に対して人生って意味があるんだろうかという問いを結構立ててたんですけど、
ちょっと興味深いことをおっしゃっている方がいて、
美とか倫理とかって幸福っていうもので分けられるんじゃないかみたいなことをおっしゃっている方がいたんですけど、
僕的には美とか倫理とかって幸福が幸福じゃないかっていう天秤にはかけられるものじゃないのかもしれないっていうのをちょっと思ったんですよ。
それにはちょっとまた違う機会で話せればいいと思うんですけど、
今回この人生に意味はあるのかっていう問いをかけられたときに、
そもそも人生に対して意味があるかないかっていう天秤はかけられなくないかっていうふうにちょっと思ったんですよ。
人生って意味だけを求めている時ってなくないかっていうのをちょっと思って、
みんなそもそもその人生に意味があるかっていう問いを求める必要がないんじゃないかっていう。
人生に何を求めるかってその人その人で決めてよくないっていうのをちょっと思ってしまって、
人生って感動できるかとか、美しいかとか、胸が踊るとかでいいんじゃないかなってちょっと思っちゃって、
そもそも人生以外で意味を問う時ってあるのかっていうのをちょっと考えたんですけど、
Cで言うなら例えば目的に向かっている時の意味を求める時ってあると思うんですよ。
これ果たしてこの目的に対して意味ってあるんだろうかっていう、
その手段の中で意味を問う時ってあると思うんですけど、
人生っていうある意味その物語というかどこかを切り取ることはできるかもしれないですけど、
全体的に見た時に全てに意味を求める必要があるのかというか、そもそも意味を問う必要ってあるのかっていうのをちょっと思っちゃって、
意味って勝手にその人がつけるものだと僕は思うんですよ。
こういう言葉はこういう意味をつけようとか、みんなが分かんなくなんないようにこういう風につけようっていうか、
だから全てのものに対して意味ってついてこなくないかっていうのをちょっと思っちゃって、
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その人その人で意味をつけてもいいようくらいなのかもしれないなっていうか、
なんか絶対これにはこの意味があるんだとかじゃなくて、
まあそうだよねくらいで僕はいいのかなってちょっと思っちゃったんですよね。
だから何が言いたいかというと、人生に意味があるのかと問うのではなくて、
何々を求める人生がいいっていう風に言い切っちゃった方が楽というか、
自分ってこういう人間なんだな、自分はこういう風に生きていきたいんだなっていうのがすごい明確になるのかなっていうのはすごい思いましたね。
だからその人生に意味はあるのかという問いを投げかけるのではなくて、
何を求めていきたいっていう問う方が僕的にはなんか気持ちいい気がしたんですよね。
でもそれでも例えば人生に意味を求めたいんだ、人生っていうものの意味は絶対にあるんだっていう風に求めたい人は全然求めて僕はいいと思うんですよ。
ただみんながみんなその問いを投げかけるべきじゃないっていうか、
その問いがちょっと有名すぎて、そこに何か答えを見つけなきゃいけないんじゃないかっていう、
質問したら答えなきゃいけないんじゃないかっていう風にちょっと脅迫的なものが僕はそこにあるような感じがしちゃったんですよね。
人生に意味があるのかっていう人生側に意味を問うのではなくて、自分に問う方が僕はいいのかなってちょっと思ったんですよね。
意味っていうか、だから人生側に求める必要ないんじゃないかなっていう。
人生もちょっと困っちゃったと思うんですよね。僕に意味問うの?みたいな。
だからなんていうか人生じゃなくて良くない?っていうことを思っちゃったんですよね。
だから意味があるかないかっていうのは極論何に対しても答えられる質問じゃないのかなっていうのを思ってしまった今日この頃でした。
皆さんの気づきだったり、そうだよねっていうような、ちょっと心が辛くなるようなことになってくれたらいいなっていう風に思いました。
それじゃあまたね。