シルクロード企画第3段 映画『HANUMAN』ヒーロー映画はどこにいくのか Silk Road Series: Part 3 — #HANUMAN Where Gods Wear Capes: The Future of the Hero Film
2026-04-18 1:24:10

シルクロード企画第3段 映画『HANUMAN』ヒーロー映画はどこにいくのか Silk Road Series: Part 3 — #HANUMAN Where Gods Wear Capes: The Future of the Hero Film

シルクロード企画第3弾 映画『#HANUMAN』ヒーロー映画はどこにいくのか #HANUMAN — Where Is the Hero Film Headed?

"正義あるところに、ハヌマーンは現れる。" ― Hanu-Man(2024)

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毎度どうも。映画談義パーソナリティのまこです。 今回はシルクロード企画第3弾、テルグ語映画 #HANUMAN です🐒🔱

2024年インド映画の世界興収で上位を叩き出し、インド国内では「インド版MCU」の誕生とまで言われた本作。辺境の村に生きる小悪党の青年が、ハヌマーン神の力を宿した宝石と出会い、スーパーヒーローへと覚醒していく——そのオリジン・ストーリーです。

マーベルやDCをあからさまに意識した演出、でもそのど真ん中にドンと置かれているのはヒンドゥー神話の神様。このミックスが生み出す独特のエネルギーって、なんなんでしょうね🤔

「ヒーロー映画はどこへいくのか」というエピソードタイトルを掲げながら、個人的にはこう問いたい——ハリウッド発のヒーロー像に慣れ切った目で見たとき、インド神話由来のヒーローはどう映るのか。そしてその問い自体が、もしかしたら的外れなのかもしれない。

いずれにせよ、これは見ておくべき一本です💪

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podcasterの まこ(@_macobana)が、語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。 語りたい映画なんて尽きることない! エピソードの公開は毎週or隔週となります。

ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPal でツイートをお願いします。 いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。

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これからも番組をよろしくお願いします。


"Wherever there is righteousness, Lord Hanuman prevails." ― Hanu-Man (2024)

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Hey, thanks for tuning in. I'm Mako, your movie talk host. This episode is the third installment of the Silk Road series: #HANUMAN, the Telugu-language superhero film 🐒🔱

This one topped worldwide box office charts for Indian cinema in 2024, with audiences at home hailing it as the birth of India's own MCU. It's an origin story — a small-time thief from a remote village stumbles upon a gem imbued with the power of Lord Hanuman and awakens as a superhero.

The Marvel and DC references are fully intentional and on the surface. But right at the centre of it all stands a figure from Hindu mythology. The energy that fusion creates is something else entirely 🤔

The episode title asks: "Where is the hero film headed?" — but honestly, the question I keep coming back to is this: when you're eyes trained on Hollywood's idea of a hero, what do you actually see when an Indian mythological deity steps into that same frame? And maybe asking it that way is already missing the point.

Either way — this one's worth watching 💪

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Podcaster Mako (@_macobana) started out spilling all the movie thoughts that couldn't fit on a solo talk show called #Yomoyamakobanashi (#まこばな) — and now that movie talk has its own dedicated channel. There's never a shortage of films worth talking about! New episodes drop weekly or bi-weekly.

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感想

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サマリー

今回のエピソードでは、インド映画『HANUMAN』を題材に、ヒーロー映画の現在地と未来について深く掘り下げています。本作は、ヒンドゥー神話の神ハヌマーンの力を宿した青年がスーパーヒーローへと覚醒するオリジンストーリーであり、マーベルやDC作品を彷彿とさせる演出とインド神話の融合が特徴です。パーソナリティのマコとオーマは、このユニークな組み合わせがもたらすエネルギーや、ハリウッド的なヒーロー像に慣れた目から見たインド神話由来のヒーローの映り方について考察します。 番組では、映画のあらすじ紹介に続き、作品内の「猿のモノローグ」や「マイケルの再登場の遅さ」、「酸素万能説」、「家庭用ガスボンベ最強説」など、細部にわたる「ジャブ」と称されるユニークな演出や展開について、ユーモアを交えながら語られます。また、インド映画特有の歌とダンスの多用や、テルグ映画のノリについても触れられ、そのエンターテイメント性の高さが称賛されます。 さらに、本作が単なるヒーロー映画に留まらず、近代化が進むインドにおける伝統と革新の対立、都市部と農村部の二面性、そして経済格差といった社会的なテーマを内包しているという説が提示されます。主人公ハヌマントゥが象徴する伝統的なコミュニティや人間関係、そしてヴィランであるマイケルが象徴するテクノロジーと経済力に依存した近代化への渇望が対比的に描かれている点が分析されます。最終的には、ヒーロー映画のあり方自体が問い直される中で、自国の文化や神話をベースにしたヒーロー像の重要性が示唆され、今後のヒーロー映画の多様な可能性について展望が語られます。

オープニングトーク:ファミマの鴨串と食文化について
The Real Friends, The Real Friends, Sit Back,Relax and Come Enjoy The Real Friends!
レイルフェンスイントーキョーにようこそ。
この番組は、話題の新作、黄年の名作、謎を聞き作から、ぶっとびB級映画まで、あらゆるフィルムを倫理、宗教、歴史に陰謀、多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。
お相手は、パーソナリティのマコと
ファミマのカモグシウマスギ問題
大間です。よろしくお願いします。
お願いします。
ファミマのカマグシ?なんすかそれ?
カモグシ
カモグシ?
そう。ファミマ…これ新発売なのかな?なんか最近見るようになったんだけど
カモ肉の串?
ホットスナックですか?
そうそうそうそう
見たことねえぞそんなの
あそうそう、燻製アイガモロース串っていうのがね
へえ
あ、3日の話だったらしい
すごいじゃないですか、随分と耳の早い
3日前くらいに食って、これうめえってなって、ここ最近毎日食ってんだけどさ
うん
ここ最近っていうかここの3日
エレエ食ってるじゃん
いやこれうまいんだわ
アイガモね
そう
スーパーによく売ってるあのパストラミってあるじゃん
あ、パストラミ…パストラミ…
パストラミ…なんちゃらってやつ?
そうそう、なんかみたいなやつで、なんかもうカモ肉のね
お酒のつまみになりそうな、まあ僕酒飲まないからよくわかんないけど
パストラミなんちゃらって表面に黒コショウ大量についてるやつじゃないの?
あ、みたいなっぽい感じのやつあるじゃん
みたいなっぽい感じってもういよいよ全然そうじゃなさそうに聞こえるけどちょっと待って
カモ肉のパストラミみたいなのよくスーパー売ってるじゃん
カモ肉のパストラミ?
うん
あ、業務スーパーって書いてあるわ
あ、業務スーパーか
よく行くスーパーがバレてしまったぞ
バレちゃいましたけどね
パストラミはだから表面に黒コショウみたいなのが大量についてる燻製のことですよね
あ、そうなんだ
パストラミなんちゃらってだいたいそうじゃない?
いや、俺カモ肉のこの料理のことをパストラミというのかと思ってた
あ、なるほど、でファミマのカモ肉ですね、ちょっと見てみよう
そんな、燻製アイガモロウスグシ、いや本当に見たことねえわ
何これ?
これ超オススメ、マジうまい
184円
いつものごとく帰りにさ、燃える駅に着いたからさ
ファミチキ食って帰ろうと思ったらさ、これを見つけてしまったわけよ
なるほど、食うしかねえ
カモ肉好きの僕としてはね、買うしかねえと思って
カモねえ
カモがね、僕はね、苦手ではないけど、率先して食べないかな
え、そうなのか
なんか、なんだろうね、いわゆるジビエブームみたいなのがありましたよね
ここ数年、いわゆる作られたブームだと思うんですけど
どこの誰がね、なんの理由もなしに急にジビエジビエとか言い出すっていう
なんかよくわかんない、そんなことありえるのかなっていう
なんか絶対にメディアに踊らされてるなと僕は思いましたけど
なんだろうな、やっぱりなんだかんだで家畜化されて食い慣れてきた
牛豚鶏の癖の無さですよね
結局そこの食べやすさっていうところに僕は引かれてしまうというか
だから、たまに食うだったら全然いいんですよ
たまにを超えて見つけたら絶対食うってなることは基本的にはなくて
まあそうだね
だからカモですら僕はちょっと獣臭く感じてしまうんですよ
独特な臭みはあるじゃないですか
それを臭みと呼ぶのか個性と呼ぶのか人次第だと思いますけどね
好きよ
好きなのね
だから全然好きな人は好きだと思いますけどね
個性ですから
ジビエ肉はそこそこ好きっていうかさ
よくキャンプに行くときに毎回違う変な肉を焼いて食うのが好きなの
普通にあなたは下手者食いのイメージありますよ
シンプルに
あなたの場合は別にこじゃれてジビエみたいな横文字使わなくていいと思ってるから
とりあえず食べてみる世界の人間ですからね
有名どころだけどワニ肉とかカエルとか
中国産のスズメ輸入して食ったこともあったし
俺も普通に幼少期食ってたからさ懐かしくて焼いたやつだけどさ
あとはクマでしょ
普通のジビエのイノシカ蝶みたいな感じのやつでしょ
あとはなんだろうねカンガルー
アザラシトド
そっち食べてないな油きつそうアザラシとかトド
結構ね筋肉質
どっちかっていうと馬とかに近い感じ
美味しかったよ
でも今出た中でワニとカンガルーはオーストラリアで食べましたね
ワニ食べて僕は確信しましたね
恐竜が鳥になったのは間違いないなと
鶏肉でしかなかったです別に
何の違和感もなく普通に鶏肉でした
それこそカエル食った時もさあこれササミじゃんって
よく言いますよね
カエルもさあでもちょっと僕なんだろうな
唐揚げみたいのを一口食べたぐらいです
そんな食べたことないんですけど
日本だと何かと下手者下手者って言いますけれども
それもやっぱ食文化的なところで言うとね
最近だともうアウトな表現になりかねないなみたいなところも感じてるんですよ
それをだから習慣的に食べてる地域の方々もいるわけで
日本国内の中で別に下手者食いだなんて言うのは別にいいのかもしれないですけど
外からやってきた人がそれを見聞きできる時代になっちゃったわけじゃないですか
Xとか見てると割とさ
そういう文脈で引用されてる動画がいっぱいあるんですよ
こんな食べ物をこんな風に食べてるんだみたいな
最近見た中ですごく面白かったのが
カエルを丸ごと蒸して
蒸してたか煮てたか忘れましたけど
引きガエルみたいな結構でっかいカエルをですね
口を開いた状態で口の中にオタマジャックシを一匹ずつ並べてですね
そのまま茹でて食べるというか蒸して食べるみたいな
要するに親子煮ですよね
親子丼か
そうそう親子丼的な発想でやってらっしゃるのかなと思いますけど
やっぱり文化が違うとこ見たときにえーってなりますけど
でも日本もお魚を生で食べるっていう
他国から見たときに若干えーって思われる食文化を持っていて
多分だからお作りとか低いんじゃないですかねっていう気がするんですよ
お作りとか低さちょっと前のヨーロッパからは
お前らタコ食うのって普通に言われてたじゃない
まあでもなんか面白いなだからイタリアらへんですかねシチリアみたいな
向こうでもタコを食べるのが当たり前な地域があるのに
割とそういう意見も出てくるっていう
狭いエリアで割と文化を共有できてないっていう面白さありますよね
あとあれだろうななんかちょっと食べてみたいのはさバロット
バロットパロットじゃなくて
パロットだっけいやバロットじゃなくて
パロットはオウムです
負荷直前の卵
映画『HANUMAN』のテーマ発表とあらすじ紹介
ああはいはいはい聞いたことあるな
ヒヨコを食べるゆで卵と言うのかゆでヒヨコと言うべきなのかみたいな
はいはいはいはい聞いたことあるなとは言ったけど
バロットっていうのを聞いたことはないですね
バロットって言うんだこれ
バロット俺なんか一回食べてみたいなと思ったんだけどこれ入手手段がないのよ
ないでしょうねそうだよね
でまあなんかそれをさ自分でさやってみたみたいな感じで動画で上げたら
日本だと叩かれそうで嫌ですよね
なんて残酷なことをするんだみたいな感じになるのかもしれないですけど
迷ったとりあえず聞くんだよね
だからねこの食って本当に一番なんか厄介な分野だなっていうふうに正直思っていて
なんかこうさ道徳の授業みたいなのでさ豚を育てて食べる授業みたいのが映画化されたりみたいなことあったじゃないですか
それもやりすぎなんじゃないのかとかもろもろよく言われたりはするんですけれども
実際こう畜産業に携わっている方々っていうのがいる中で
感謝するっていう姿勢は大事なんだけどそれを飛躍してさ
飛躍してというかあんまりそこら辺を理解しないまま
例えば大学出てすぐ先生になった人とかが
なんか本当に牛さん豚さんイワトリさんかわいそうだけどみたいな言葉を一言言った瞬間に
畜産業に携わっている親御さんがいるお子さんはすごく複雑な気持ちになるよねっていう
そう牛豚鳥に対してかわいそうなことを自分の親がやっているのかみたいな感じになってしまっても嫌じゃないですか
結局人間は動物を利用して幸せに生きているわけで
その事実はなんかどんなに何か取り繕っても変わることはないじゃないですか絶対に
利用していることは確かなんだからそこはもうある意味ではその言い方悪いけど開き直るしかないところで
でもそれをなんか何も感じずに受け入れなさいは違うから
そこで出てくるのがやっぱり命をいただいているっていう感謝の姿勢だよねっていう
そこにはだからこう常観的なかわいそうだよねではなくて
かわいそうなことしてるよねじゃなくてあくまで利用させてもらってるけどありがとうという風ななんかそういう姿勢が
多分一番こう我々日本社会の感覚では一番良い落とし所なんだろうけれども
その辺もおそらくは地域変わればまた全然捉えが変わってくるわけで
神から授けられたものだから別に何も感じる必要はないみたいな風なものもあるかもしれないし
なんかその辺も非常に難しいなっていうのを最近思っております
そんなわけでですね今回は地域によって神の捉えが違うが故にですね
さまざまな西欧の文化というものが若干映画の中でも変質するんじゃないのかみたいな
そんなことを考えながら映画を見ていけたらいいなと思います
おーうまいね
はい決まりました久々に
よしよしよし
ここまでで13分かかっております
そんなわけで本日も参りましょう
はいということでテーマ発表よろしいですか
お願いいたします
本日のテーマはシルクロード企画第3弾
映画ハヌマン
ヒーロー映画はどこに行くのか
『HANUMAN』のジャブ(細かなツッコミどころ)
ということでね
その切り口だったんだってちょっと思いましたよね
どこ行くんだ
どこ行くんだろうねってすっごい感じましたよ僕は
そうだね
例によって例のごとくこのどこに行くのかなっていう風に振っておきながら
自分が持ってきた説は全くそれと関係ないお話なんですけど
そして回収されるかどうかもわからない
じゃあそんなわけでねまずはあらすじからいきましょうかね
はいいきますよ
よーいどん
はいということでねシルクロード企画も第3弾までやってまいりました
今回は2024年に公開されたインド映画
ハヌマンについてお話しいたします
2024年1月の12日にインドで公開された作品ということですが
テルグ映画テルグ語で撮られた
スーパーヒーロー映画でございます
例によって例のごとくですね3時間近い長さがあるんですけれども
一気に見れるんじゃないかと思います
今回のですねこのハヌマンですが
物語はですね古代インドのラーマーヤナに登場する
ハヌマンですね
そのハヌマンが流した一粒の涙が南インドの海に落ちて
なんか宝石になるという
そしてその宝石をひょんなことから手に入れた
ハヌマンというですね
コソ泥ばかりしているしょうもない男がですね
超人的な力を手に入れるというね
そんなスーパーヒーローのオリジンが描かれていきます
一方ですねその頃都会ではですねインドのムンバイかな
大都会に住んでいるマイケルというインド人がいるんですけれども
彼自身はですねヒーローに憧れてはいるんですけれども
その裕福な富を使ってですね
スーパーヒーローになるために
毒ガスとかヒーロースーツみたいなものを作って
独自的なヒーロー活動をしていたと
そんなマイケルがですねある日ハヌマンというの
超人的な力をとある動画で発見してですね
なんとかしてその力を自分のものにできないかということで
ハヌマンというが住んでいる村にやってくることから
大騒動に発展していくというふうな物語でございます
背景にあるのはインドの神話の数々
神話とヒーロー映画が合体するとき一体何が生まれるのか
観目せよということでね
今回はですね
こんな感じで十分ですよね
それぞれに説を話す段階であらすじを補強していけばいいかな
というふうに思いますけれども
おもしろかったね
普通に面白かったしインド映画的に
面白がり方ができたというね
これは別に馬鹿にしているとかではなくて
面白がらせるために徹底的にやるという姿勢
何でもやる
ここがすごく面白くて円溜めの捉え方というものが
非常にストレートだよねという気がするんですよ
マーベルとかアメリカでも日本でもそうなんだけど
基本映画は専門店なんだよね
じゃなくてインドの方は
ホームセンターなんだよね
いろんなエッセンスをいくらでも
詰め込めるしこちら側もいろんなエッセンスを味わえるという
だからラブストーリーだから
ラブストーリーという基本路線の中で起こりうることしか入れないとかはない
どんなものも入れていく
何でもやるそこの面白さ
チャンコ鍋的な面白さっていうのが
舞と踊るマハラジャからずっとあるなというふうに思っていて
これは本当にインドの映画作りの基礎の部分で
全然違うというかそういう伝統なんだなと思ってみることができましたが
今回ジャブが非常にいっぱいあるので
サクサクジャブを打っていくことにしないと
入れませんので本題に
ジャブらしくバシバシいきますよ
じゃあ僕からいいですか?
この映画最大のジャブなんですけど僕の中で
サルは何なの?
サルは
あれハルマンじゃないの?
そっちのサルだ
俺はもうあいつを無視することに決めてたから
てっきりハルマンのことを言ってるのかと思ったんですけど
俺もそのジャブあってサルの
セリフ全カットでいいだろっていう
俺あのサル登場シーンさ
本気で誰が喋ってるのか分かんなくて
いや俺もそう
誰喋ってるの今?
ハルマンというの初登場シーンですね
ハルマンがどうもパチンコの天才ということで
パチンコで次々マンゴーを取っていくんですけれども
自分が取ろうとしていたマンゴーを次から次へと取られるサルが
それに対していろいろとしょうもない文句を
ずっと言い続けてるっていうシーンから始まるんですけど
いかんせんですね場面が大々的にガラッと変わったタイミングで
出てきた男は一人なのにもかかわらず
ハルマンというの喋らないんだよね
ハルマンというのもパチンコ打ちながら喋ってないから
そこに男の声が聞こえるから
はじめはハルマンというの声なのかなと思うんだけど
マンゴー取られたみたいなこと言ってるし
やってることと言ってることが全然ちげーなって思ったら
喋っとんのサルの方がいいってなるっていう
しかも当て込み方もいわゆる喋らせるっていう感じじゃなくて
さんあの孤独のぐるみシステムがね
そうね別に喋ってるわけじゃないだからモノローグなんだよサル
サルのモノローグでしかないんだけれども
それがね全面的にいらないのよ別にそれがなくてもマンゴーを取られて
苛立っているサルっていう映像は作れるし
初めは俺このサル全部いらねえだろって思ったら
ラストバトルでめっちゃ大事な働きをするんですけど
サルマンパンツァー
そのシーンも別にセリフはなくても成立するんだよ
だからサルいらないは言わないここは
サルいらないまでは言わないけれどもサルのそのセリフは全部いらない
けどそれでも入れるのが
たぶんやっぱり面白さ最優先っていうね
たぶんそういうことなんじゃないかなって気がしましたけど
すごいね
じゃあ僕も言っていきますけどしょうもないところからいきますが
歌とダンス削ったら2時間に収まるなっていう
これたぶん全てのインド映画に言えるんじゃないかなって気がしましたね
そうですね 本当にねでもそれも思ったんだけど
別にそれは削れってことじゃなくて
歌とダンスもちゃんと作ってるから
だからすごいやっぱり歌とダンスに対する
愛がすごいんだなっていうのをすごく思ったんですよね
適当なものじゃないの 気持ちがついたよね そうやっぱりその場面に応じて
楽曲をちゃんと作成してるし
なんかダンスにしてもそのダンスに合わせた演出にしてもですよね
だからこうなんだろうなハリウッドなり
いわゆる映画産業の中でミュージカル映画っていうのはミュージカル映画じゃないですか
でもインド映画は
ミュージカル映画じゃないのにミュージカル映画をやってるというか
だからアクション映画のようで
ラブストーリーのようでギャグストーリーのようで
ミュージカルでもあるという
やっぱり本物のごったにでそこがすごいなというふうに思いましたね
なんか別の映画の話になっちゃって申し訳ないんだけどさ
今回の流れで
また僕の中のインド映画ブームが来てさ
マガディーラっていう別の
やつを見てたんですけど
これに関してはダンスと踊り抜いたらたぶん1時間で終わる
勇者転生みたいな
ゴリゴリのバトルみたいな雰囲気にもかかわらず
と思うじゃん
バトルするのが最後30分くらいだから
作りがPVなのよ
ダンスと踊りとかじゃなくてその歌のPVなの
いきなり謎のダンサーがやってくるし
ストーリーとかにマジで関係ない
踊りと歌がガンガン入ってきて
これインドだなってなったよね
これもテルグ映画ですね
これもテルグ映画なんだ
インドってたくさんの言葉が行き渡ってるんですけど
特にテルグ語で撮られた映画をテルグ映画というらしくて
だからボリウッドとはまた別ですね
映画産業も盛んな地域っていうものがいくつか分かれているそうなので
っていう感じだそうですけれども
面白かった 僕はインド映画の中で
このテルグ映画のノリ好きですね 大好き
なかなか良かったですね 良かったね
じゃあ次いいすか
マイケル再登場まで長すぎ問題
そうね
俺てっきり主人公かと思ってたのよ
マイケル みんなそう思うと思うよ オープニングのオリジンは
少年時代のスパイダーマンに憧れて
手をクモにわざと噛ませて見るみたいな
いやいや幼い頃の俺かみたいな
そんなことやってるんですけど
「伝統と革新の二項対立映画説」:社会テーマの分析
だからそこから大人になっていくのかなと思ったらまさかのヴィランかよみたいな
しかもこういきなり
この主人公に切り替わるじゃん 普通にこっちの視聴者からすると
あのあれ大人になって
こんな貧しい村に行ってたのか
っていう風な家で焼けたことによって
孤児になっちゃったりして流れ流れついてこの村に行って純朴な青年になったのかなと思いきや
全然別人なんかいっていうことが途中で判明するもんだからさ
いやでもだってあれじゃないオープニングだから
もうすでにヒーロー活動はしてなかったもん
オープニングで
じゃあ何区別ついてなかったの顔見ても
最初よく分かってなかったの
それは分かれよ
いきなりすっごい田舎になったからさどういうことみたいな
夢物語みたいなオチみたいな
全部夢オチみたいなではないですね
マイケル
じゃあマイケルについていいですか
マイケルのヒーローが
メガマンって名前なんですけど
アメリカでメガマンって言ったらロックマンのことなんで
ロックンロールって性的な意味があるから
ロックマンってチンチンボーイみたいな感じになっちゃうからさ
よくないねっていうのでメガマンっていう風にタイトル変えて売られてたんですけど
それはさておきですね
メガマン最終形態がもう本当にね
マーベルのパロディーすぎるっていう
アイアンマンとサノスのインフィニティガントレットと
スーツはアイアンマンだけじゃなくてバットマンの
彼自身金持ちで
スーツの性能とか対術で戦うっていうのも完全にバットマンの
パロディーだしいろいろマーベルとDCとかの
いろいろ詰め込んだ結果見た感じ
日曜朝のヒーローに見えるっていう面白いことが起きてたなっていう
なんかもう見た目さゼブラーマンなんだよね
だからヒーローをパロディー化するとやっぱそういう
方向性になるんだろうなっていう気がしますね
ちょっと相川翔を思い出した
ヒーロー好きをニヤッとさせるような
そういうパロディーが効いてましたね
じゃあ次僕ね
酸素万能説っていうのがありまして
あの
一応ヒロインちょっと僕読み取れてないかもしれないけど
あの子は医者なのかな
んーではないですよね病院に連れてってあげて
でもちょっとなんか医療関係に詳しそうな
感じの人っていう立ち位置だったじゃない
あのーずっと
その立場でバタバタ倒れてた村人にとりあえず
酸素を与えるっていう脳筋の手口だ
おだしょー 脳筋の手口ですね
そして酸素を与えた住人が元気になりすぎてびっくりする
おだしょー あれ多分ねあのー
ヒロインはね幼少期オールスター感謝祭を見てたんでしょうね
赤坂のですね心臓破りの坂道を
走り切ったですね芸能人たちがゴールしてくるんですけどね
その後酸素ボンベ酸素吸うっていう
あれのやっぱ印象が強かったからやっぱり
とりあえずこれみたいな感じで多分やってたんじゃないかなって思いますけど
おだしょー しかもどこにもボンベ見当たらないのよ
ヒロイン どこにも口に当てる部分ぐらいしかわからないよね
何なんだろうなって俺あれなんか防塵マスクかなんかなのかなと思って
おだしょー あの貧しい村にあるとしたら
ガスマスクじゃなくて防塵マスクぐらいのもんだと思うんですよ
ヒロイン だから多分あれね
単純に小道具の値段ケチったのかなって思って
あのシューってするスプレー型もなくはないじゃん
登山とかで言うとあれよりも
医療用のマスクの先っちょだけの方がはるかに安いからさ
おだしょー まあそうだよね
可能性は全然あります
酸素は強いかもしれないんですけど
酸素を超える最強のものがあって
家庭用ガスボンベ最強説っていうのがあってですね
もう物語終盤ですよね
マイケルが村に攻め込んでくるわけで
その時に謎のガス散布マシーンみたいなのが
上空をいくつも何機もブワー飛んできて
それが毒ガスを村中に撒いて村人たちがどんどん固まっていってしまうっていう
それどうするのかなこれと思ってたら
ハヌマンというか家庭用ガスボンベを上空に投げたら
まさかの全部爆発するっていう
どういうそんないくみたいな
それで破壊されたガス散布のジェットみたいな形したやつが
下に落ちてくるんですけど
思ったより小さいっていう
結構大型のイメージあったよね
23インチとかの画面ぐらいの大きさのイメージとか
おだしょー 俺なんだったらもっとでかいのかなとすら思ってたよ
形がジェットなんだもん
一層ドローンとかだったら
見た目がドローンだったらまあまあそんなもんだろうなって思ったけど
あれだけのガスを大量に上空から
村全体を大ほど投付できるんだったら
それなりのボンベを積んでないとおかしいわけじゃないですか
っていう風に考えたら俺は単純な話
人間が乗れるようなジェットに手下を乗せて
それで散布してんのかなとすら思ってた
そしたらガスボンベで全部爆発するわ落ちてきたら
ドローンよりはでかいけれども
こんなもんよね
みたいな風にちょっと思ってしまったという
確かにあの能力あるんだったらさ
グリーンゴブリンの乗り物ぐらいの大きさあってもよかったよね
そうそうそうそうそうそうそうそうそうそういうのに乗ってきてほしかったもしかしたら人が
ちょっと同じシーンでジャブなんですけど
あのさすがに獣機に対してコンボで戦うっていうのは
ちょっと濃厳すぎんかっていう
いいじゃないですか、あのちょっとウルパン3世のゴウエモンみたいな
しかもあれコンボですらないのよ
あれってインドとか、中国にもあるんだけどさ、ああいう筋トレ器具なんすよ、あれ。
そうだよね、あれね。最近Xであれ使ってなんか筋トレしてる動画出てきました。
ほんと?
でもあれって筋トレに使ってんのって、俺勝手にポリネシアの方かなって思ってたけど、インドの方なんすか、あれ。
いやなんか、あの辺の国々のイメージだったけどね、俺。
あれなんて名前だろう。
わかんない、なんかコンボみたいな筋トレ器具出てるかな。
ボウみたいな、あ、コンボみたいなトレーニング器器ってサジェストが出てた。
ストレング、なんていうの、クシュティっていうのかな?
クシュティ?
クシュティ、クシュティっぽいな。クシュティだね。ティーとかコシティとも言うらしいね。
すごい名前だな。え、でもなんかね、インディアンクラブとかね。
へえ。
なんかいろんな名前があるのかな?わかんない、なんか。
まあでもなんか似たような形で多分いろいろ。
ね。
うん。でももともとは。
武器?
インド発祥っぽいようなことを書いてあって、ペルシャとかあっちの方にどんどん伝わっていったみたいなことを書いてある。
まあインディアンって言われてるぐらいですかね、これね、正しい意味での。
まあでも。
だってイメージ、ダンベル、戦うぞって言ってさ、ダンベルこう持ってきたとかさ、そういうことでしょ?
まあでもダンベルで殴ったら痛いよね。
まあそうだけどさ。
野原博史とやってることそんな変わんないですね。
まあでもやっぱり一番殺傷度が高そうなものを持ってきたんじゃない?
っていうことなのかもしれないですけどね。
もっとなんかあったろうって。
まあまあな。
だからあれが、ハヌマーンが持ってる武器に形が似てるからみたいなものもあるかもしれない。
ああ、そうね。
あれだってAmazonでさ、本物買ったらすごい値段じゃないですか。
こないだ僕見つけたんですよ。160センチぐらいの大きさのやつが37万円で売ってました。
ハヌマーンが持ってるね。先端が丸くて棒ついてるやつね。
ランマンの2分の1でシャンプーが序盤に使ってた武器ですね。
ちなみに1個11キロです。
引くわー。
この誕生日の方みたいだね。
あんなもの買ったらね、ちょっと大変な小道具の値段が跳ね上がっちゃいますから。
多分スタッフの持ち物なのかもしれないですよ。
そういうの使ってるかもしれない。
こないだAmazonで買ったんだよ。
これ結構トレーニングに使ってるんですけど、これ最終バトルにどうですか?みたいなの使ってるかもしれないですね。
あとはね、あと俺すごい気になったのは、能力を手にする直前のハヌマンっていう。
意外と刺されてもしばらくピンピンしてるっていう。
強いよね。
強すぎる。もうすでに強いんだよ。
なんか瀕死っぽかったじゃん。
川に入った瞬間さ、ピンピンしてるんだよ。
あの腹部刺されて、もう死にかけてものすごい距離ぶっ飛ばされて、川に沈んだんだけど、沈んだ瞬間すごい気持ちよさそうに泳ぐんだよね。
もうあれはね、ちょっとびっくりしました。
あの時点ですでにハヌマンに選ばれていたから、もう神がかりの力がほぼほぼ来てたみたいなところがあるかもしれないですね。
あと僕、これで多分ちょっと時間かかりすぎるから最後にするけど。
僕も次で最後にします。
次回作問題。
エンディングを見てたと思ったら、まさかの次回作のPVだったっていう。びっくりしました。
でもね、上がるよね。
上がるね。
あれはね、本来的にはどんどんやっていくべきだと思うんだけれども、やっぱり映画産業の中での構造がさ、ものすごいどんどんどんどんかかるお金が増えていってしまったがゆえに、
失敗できないから、マーケットをよく調査してから次回作をやるかやらないか決めるっていう方向に今なってしまったからね。
だってバックテザーピーチャーパート2だって終わりパート3のCM入りますからね。
もうだってクランクインしてるから、3までやるって決まってるからね。
そういうこうさ、次があるしかもこんな感じなんだっていうこのワクワクを持たせて終わっていくっていうのって、もっともっとやってほしいなというふうには思いますけどね。
無理な話だと思う。でもそれができるのがインドなのかなっていう、ある意味では。
そうね。
「ハヌマン伝道入りインフルエンサー説」:ヒーロー像の比較とSNS
っていう気がしましたね。
あともうマーベルしかやってくれないね。
そうですね。でもマーベルももうちょっと雲行き怪しくなってきたんでね。
そうですね。
ちょっともうどうかわからないですけど。
じゃあ僕も最後ですけれども、ハルマントゥが序盤にですね、村を立たすっていうそういうエピソードがあってですね、
あの殿様が出てくるんですけど、殿様意外と真剣勝負だから好感持てるなっていう。
暴君なんだけど、確かにもうありえない暴君なんだけど、本当にちゃんとバトルるんだなっていう。
ちゃんとやるん?小鞘役を使わないんだよね。
そう、殿様に勝てば文句が通るらしいというか、権力の座を譲るみたいな。
よくある話であるけど、だいたいそういうのってね、相手をデバフするなりなんなりするじゃないですか。
そういうの一切しないっていうか、ちゃんと真剣勝負でやってるっていうところがちょっと面白かったですね。
合わせて序盤の敵が最後に味方になる展開っていうのは世界共通の激アツ展開なんだなっていうのも、今回の作品を見てわかったんで、それも大きな収穫になりました。
そうですね。やっぱり一番熱いのはナルトがサスケと手を組む瞬間ですから。
そうですね。それがいいんですよ。
素晴らしい。
というわけで、じゃあ本題に入りますが、今回は僕からですか。
そうだっけ?
だよね。
あ、そっか。
じゃあ、今回も僕はサクッといきますからね。
はい。
はい、ということで、じゃあ僕の説、こちらでございます。
映画はぬまん。事実上の伝統と革新の二項対立映画説。
まだちょっと分からんぞ。
はい、ということでね。本作はよくよく見てみると、完全に大きく二つの場所と二つの人間がめっちゃ対照的に描かれていて、一人は当然はぬまんというなんですけども、主人公はぬまんが住んでいる村は、完全に文明と隔絶された三幹部の村なんですよ。我々日本人からするとね。
ただ、あの村って別にそこまで特別な村というわけじゃなくて、インドにはまだまだ別に三幹部に村はたくさんあって、ああいう伝統的なというか、一つのコミュニティの中で経済が回ってますよみたいな、そんなところは別にまだまだいっぱいあるんでね。
それに対して冒頭に出てきて、最後立ちはだかってくるマイケルという存在。彼はもう完全にいわゆる高層ビルが立ち並ぶインドの経済基盤となっている都市部の人間なんですよね。
これは完全に都市部とそうでない農村部で、その二つのインド、二つの顔を持つインドっていうインドの二面性を、それぞれエリアとそれを代表する人物像っていうところで対照的に描いていった作品だなというふうに思ったんですね。
はじめのうちは完全に神話をどうやっていわゆるヒーロー映画に落とし込むのかみたいな実験をした作品なのかなと思ったんだけれども、そういうわけでもないというか、むしろ主題はそっちだなと。主題はこの二つのインドを対照化して見ていくっていう、そういう作品だったんじゃないのかなっていうふうに思ったんですね。
なぜじゃあそんな作品を撮る必要があるのかということなんですけれども、ここで我々ももう一度考えてほしいんですよ。
例えば僕らが中学生ぐらいの頃ですね、友達との帰り道一体何をしてたかと。電車に乗って何してた。
電車に乗って友達と?何やってたっけな。
ふざけた話をしたりだとかさ、恋話したりとかさ。
したね。
友達が食ってる肉まんをちぎって食べたりとかさ。
やったね。
うまい方を口の中で咀嚼して相手に吹きかけたりとか。
そういうしょうもないことをやっていたと思うんですけど、今や我々ポケットに小さな端末入ってるんですけれども、この小さな端末が生まれてから社内の雰囲気は一切変わりましたよねと。
生活は便利になって豊かになったはずだけれども、必ずその一方で何かを失っていっている。
技術の革新というものが我々を豊かにするはずだというそういう神話が存在しているんですけれども、一方でその何かが何かを奪っているっていうそういう感覚も同時に我々は感じてはいないかと。
それがこの作品の一つ主題になってるんじゃないのかなっていうふうに私は思ったんですね。
これはハヌマンはスーパーヒーロー映画の仮面をかぶった近代化批判の偶和になってるんじゃないのかということです。
インドはもはや経済大国だけですよね。
数学強いぞということで、テック系の企業もどんどんできてですね。
もうそのうちですね、ITに関しては世界を本当に支えていくことになるだろうし、テクノロジーっていうものがインドからどんどん発信されていくっていうふうな時代はいつ来てもおかしくはないと。
人口もどんどん増えて中国を抜き、もう爆発的なスピードを多分持ってるんですけれどもですよ。
ただやっぱりそこに歪みは生まれてはいないかということなんですね。
ヴィランであるマイケルは完全にムンバイを拠点にするテクノロジー信奉者だけですよ。
完全に彼の能力っていうものはお金の力とテクノロジーの力で固められていて、別に彼自身がパワーを持ってるわけではないんだけれども、自分の目的を達成するためにお金あるいは技術っていうものを全力で突破していくっていう。
いわば現代のインドが追求している近代化への活望そのものなんじゃないのかと、そういう記号として置かれてるんじゃないのか。
大したハヌマントルどうかっていうと、三冠部の村で姉の愛によって育まれているわけですよ。
あの村って極めて非効率だし、外部に開かれているわけでもない。グローバリズムの対象ですね。反対側にいるような。
一方で非常に人間的な、人間の原風景的なね、そんな景色が広がっていて、また彼らが構築しているコミュニティもまさにそれだよね。
これで、かつて私が触れたゲマインシャフトとゲゼルシャフトの話、結局また立ち返っていくことになるんじゃないのかなっていう気がするんでね。
今本当にそのGDPの成長率とかインドでえげつないので、インドのシリコンバレーみたいな言葉も生まれるようなエリアもあってですね。
いわゆるGARFAMとか言うんだっけ、マイクロソフトも加えてね。
その辺の大企業も研究開発拠点みたいな感じで、一部施設を置いたりとか、そんなこともされてきているわけですよ。
インドはもう今やですね、先進国の仲間入りっていうものを本当に明確な目標として設定するような状況にあって。
ものすごいね、我々日本としても有効関係を築いていって、共栄していこうじゃないかみたいな、そんな感じでいい側面ばかりがスポットライト当たるんだけれども。
一方でその所得の上位1%の人口に、全体の所得の23%が集中してる。これってアメリカよりも貧富の差が激しいんですよ。
だからもう本当にムーンバイとかの高層ビル群のすぐ脇にバラック街みたいなのが隣接してるみたいな。だからもう本当に爆発的な成長を遂げたがゆえに貧富の差も莫大なものがあって、
経済格差を象徴する光景みたいなものがもう本当にドーンとそのまま残り続けているっていう、そういう状況で。明らかにそこには課題があるんだけれども、一方でグローバルなニュースの中ではそういうところには全くスポットライトは当たっていなくて。
あくまでやっぱりこう明るい側面ばかりが報道されていくし、インドのそういう経済に対する政策だったりっていうのも当然その明るいところにスポットライトを当てた上で話が進んでいくわけで。そうすると結局、農村部でやっていけなくなっていった人たち、労働力として市場に参入したくても、
結局、教育格差とかもあって入っていけない人たちっていうところの苦悩っていうものは完全に見えない形になってしまっていくっていう、そういうところの歪みが生み出している不幸みたいなものはやっぱりそこにはあるわけだよね。そう考えるとだんだんこの映画の実像っていうものはやっぱり見えてくるんじゃないのかなと。
ある種そのゲマインシャフト的なですね、ハヌマントゥが住んでる村っていうものはインドの人たちがもともと大切にしてきたその村社会の暮らしと村社会の人間の結びつきっていうものを象徴しているんじゃないのかと。
しかもマイケルがその村にやってきた時に、還元を口にしてですね、取り入ろうとするんですけれども、そのマイケルの口実も村を開発しますよって言葉だったりするんだよね。やっぱりそれも非常に象徴的で。
その開発する、それはそのより良いものに変えていく、発展させていくっていう言葉の意味だけれども、でもそれが果たして本当に正義なのかみたいな。だって実際にどんどんどんどんその開発されていった結果今のインドの格差社会があるわけで、っていうふうに考えると開発開発みたいな新しいもの新しいものっていう姿勢が必ずしも幸せを生むわけではないよね。
むしろ昔のままで守らなければいけないものっていうのもここにはあるんじゃないのかっていう提言として捉えたら非常に面白くて。だとするとマイケルとハヌマンというものを持ってる力っていうものも完全にそこに繋がってきますよね。
マイケルの力っていうものは完全にテクノロジー、経済的な力の象徴として描かれていて、そしてそれは悪役に据えられている。対してハヌマンというのはどうだろうか。ハヌマンというか力を手に入れた背景っていうものは他者を助けようとする。
自分が成り上がるではなくて他者を救おうとするっていうその人と人との関係性、絆っていうものを前提とした行動によって手に入れたものであるし、しかもそれによって手に入れた力っていうものは神話の世界の神からの付託なわけだよね。
これってまさにいわゆる伝統土着の信仰っていうものを大切にしているっていうふうに見えるんじゃないのかと。こうすると完全にその伝統と革新っていうものが完全に対立構図で描かれていて、この両者を我々はどう捉えていけばいいのか。
インドがどんどん豊かになるぞっていう形でどんどん私たちっていうのは革新の方向、経済的な成長っていう方にどんどん舵を切っていったんだけれども、その結果失われつつある伝統であったり、あるいはサンカムで当たり前に幸せを居住していきたい、昔ながらの暮らしをしていきたいとか、昔ながらのインドの持っている人々の温かさみたいなものを忘れてはいないんですかということを本作で言いたいんじゃないのかと。
というふうに考えると、いわばこの作品を見たインドの人たちに、今自分が生きているインドって一体どっちなんだろうと。僕らはもうインドの実像を捉えられなくなってきてしませんかっていう、いわゆる三丁目の遊戯的な作品だったんじゃないのかなというふうにも思ったわけです。
なんか面白くないですかっていう。特にこの話の中でやっぱり大事なのは、人間との関係性がどう描かれるかっていうところで、ハヌマンというのは姉がいるんだけれども、その姉との関係っていうのは、姉にものすごい助けてもらってるけど感謝を忘れてて、でもその愛のおかげで彼は生きられているし、
途中でそれに気づいて、僕は大丈夫だみたいなことを見せるためにね、帰ってきたドラえもんにおける伸びたみたいな、そんなことをするわけですよ。そういうところも、いわゆる人と人との関わり合いって素敵だよねとか、家族の絆ってやっぱりそういうところにあるよねみたいな。
家族だけはやっぱり見捨てないよねみたいな、そういう昔ながらの人と人との良さみたいなものが描かれる、まさにゲーマインシャフトにおける人間関係なんだけれども、マイケルは完全にゲゼルシャフトの世界の人間なんですよ。彼がやることっていうのは自分の目的のためだったら別に両親も平気で焼き殺すわけですから。
彼の中にあるのは結局メリットがあるかないかなんだよね。そこで完全に物事を捉えてしまえる。利益のために何を取るのか、まさに契約的な人との関係性の見方で、それも非常にゲゼルシャフト的な思考の秘訣になっているんじゃないのかなっていうふうに思うと、
本作ってまさしく、昔のインドを思い出せよっていう、そういうメッセージを届けてくれるようなヒンドゥ神話とスーパーヒーロー映画の相の子というか。でもね、ここもなんとも言えなくて、俺はこの映画、ヒーロー映画をパロってるけど、ヒーロー映画っていうものに対しても実は懐疑的なんじゃないのっていう感もありましたね。
その西洋文化の代表として入ってくるヒーロー映画。その価値基準にこっちが寄せる必要あるのかみたいな。そういうところもまさに新しいインドよりも、これまで守り続けてきたインドっていうものを大事にしてヒーローを描くんだったら、それは我々にはね、古くから信仰した神々がいるじゃないのっていう。
そういうスタンスもあるんじゃないかなっていうふうにも思いました。ということで、私のお話は以上でございます。
なるほど。ややかぶりですね。
はい。
ちょっと縦続きにいっちゃっていいですか?
どうぞどうぞ。
ハヌマン電動入りインフルエンサー説。
何がどうただかぶりな。ややかぶりな。何なんだよそれ。
この映画をね、最初見始めたとき、このインドのマーベル映画っぽいなっていう感じはちょっとしたんよ。若干。
神話の要素を使ってスーパーヒーロー映画って、マーベルのやりそうなことでもあるしさ。
はいはい。
構造はそう見えるんだけれども、でも実際見てみると、マコちゃんが今言ってくれたように、マーベルのヒーローバキュンバキュンものとはちょっと違うなっていうところ。
何が違うのかなっていうところが考えたときに気になったのが、この映画っていうのが力を手に入れる瞬間っていうのを、主人公が気持ちよくなってないっていうところ。
っていうのが大きいのかなと思っていて。
最初こそ気持ちよくはなってるんですけれども、それによって力を持つからこそ失うものっていうのはマーベルでもよくやるんだけれども、
その後にちゃんと力を手放すかどうかっていうのはマーベルあんまりやらなかったりするなっていうイメージもあるし、
力を持ってしても取りこぼしてしまうっていうか、及ばないものもあるよねっていうのは、むしろDCの方がよくやるパターンかなっていうイメージ。スーパーマンしかりバットマンしかり。
でもスーパーマンを蘇らせちゃうじゃん。
あれはもうアメリカが強いから。
逆回転させちゃうから。
そういうことだよ。
ヒーロー化の違いっていうのはちょっとフワッとしてるんだけれども、
力の有り用っていうのが対立的な構図で描かれるっていうのは多分誰しもが思うことだと思うんだけども、
だからこの映画を、その人が生まれ持った才能が開花したっていう類のものではなくて、外から来た条件によって増減する力っていうのが描かれているから、
そこがちょっとアメリカマーベルのヒーローものとちょっと違うんじゃないかなっていうところ。
まずマイケルなんですけれども、僕マイケルの中で一番印象に残った言葉というか印象に残らされてるように作られてるんだろうなっていう言葉が、
自分自身に宿る力が欲しいとか、自分自身に宿る力じゃなきゃダメなんだみたいなことを言うんですよね。最初の方に。
最初の幼少期はちょっとコミカルな印象があるし、おちゃらけてるような感じの場面もあるし、でも一応なんかビランっぽいなっていうところは最終的には分かったと。
マイケルはスーパーヒーローへの執着っていうのが子供の頃からずっと続いている人物として描かれていて、大人になっても装備や技術を使ってヒーローっぽい活動をしていると。
見た目も動きもそれっぽく作るような演技をしていると。でもそこまで満足できないと。
結局彼は彼自身も気づいているようにヒーローに見えることをしているのであって、ヒーローではないっていうことが彼にとってのフラストレーションでもあるし、
同時に彼はヒーローになることが目的であって、ヒーローになることが目的じゃないんだよね。
彼の中の本当に求めていることは内なるヒーローが自分の中にあることなんだけれども、彼が取る手段っていうのは外側にヒーロー像をどんどん塗り固めていくっていう、装備をまとっていくっていう力を方向性で進めていくと。
彼自身もそこにフラストレーションを感じている。だから本物の力そのものを求めて動き始めるっていうのがあって、今回のインドの山頂にいるところなんですけれども。
マイケルってのがやっぱり守る力が欲しいとか誰かを助ける力が欲しいじゃなくて、自分自身に宿る力が欲しい。そのためヒーローになるという目的のためだけに、その力の宛先が誰がどうするために使うとかじゃなくて、自分自身の方向性にその力が欲しいっていう風になっていると。
だから目的のために力が欲しいのではなくて、ヒーローという力が欲しいだけっていうことだよね。ヒーローになるために演出として敵を倒しているだけであって、人々を脅かすアークを倒したいわけではないっていうところもそういう歪みがあるよねっていうことだよね。
そうそうそうそう。心理学の定義を出そうと思ったけどやめよう。知りたい人はバンデューラって人を調べてくださいってぐらいですね。
結局そこで今マコちゃんが整理してくれたように、力を持つ主体になることそのものっていうことが欲しいわけであって、最後まで読み方が分からなかったのはこの輝き石。
奇跡じゃない?
奇跡?この奇跡っていうのが所有したいっていうところでマイケルは描かれていたと。
で、ハヌマントゥっていうのが心の綺麗なヒーローとして描かれては実際ないし、コアクトみたいなところからスタートする人物ではあるんだけれども、この人の一番違うところって、力を自分のものだと思っていない。最初から最後まで。
ヒーロー映画の未来と『HANUMAN』の位置づけ
結局は借り物であるとか、自分がヒーローではないっていうところで、その力を使う時っていうのが他者をどうにかする時に使うとか、組織をどうにかする時に使うとか、場面をどうにかする時に使うっていう外側にこの力が向いているっていうのが決定的に違うところだったんじゃないかなと。
やっぱりマイケルと一番違うところで言うと、お姉ちゃんを、まずヒロインの名前を全く覚えられなかったあの人。
誰だっけね。
何だっけ。
まあ、なんとかっていう人を、その山賊から助けるシーンっていうのがあるんだけれども。
ありましたね。
あのシーンも結局その助けようっていう体が先に動いていく。
ミーナークシー。
ミーナークシーか。
じゃあちょっと逆してミーナーにしよう。
そのミーナーを救うためにこう動いていく。で、結局その時に邪心がないんだよね。
最終的にはこの助けた人だから惚れるよみたいな怖くてみたいなこと言うんだけれども。
結局その助けようとか人のためになろうっていう根っこの部分っていうのは彼はしっかりシーンを持っていると。
だからそのヒーローになろうとしてならなかった。
ん?違う。
ヒーローになりたくてなった人ではないみたいなところがここの描かれ方。
ここでちょっとラーマヤーナの話になっていくんだけども、
ラーマヤーナに出てくるハヌマンっていうのも自分のために力を振ったと描かれる人ではないのね。実は。
ラーマヤーナの中のそのラーマっていう人がいるんだけれども、その人のお助けマンなんですよ。
ずっとこう使えたりとか探索に出たりとか、なんか荷運びしたりとか一緒に戦ったりみたいな。
だからその誰かにために力を使うっていうことをすごく中心にしたっていう意味ですごく長く尊敬されてた存在だったんだけれども、
なんかこう未熟な若者が力を得て、でも力があっても得ないことを知ってこう意思を手放すと。
そのこの流れ自体っていうのがそのヒーローとしてのこのヒーロー感の感性っていうよりかは、
自分と力っていうものがどうあるべきなのかなっていうのをトーテルっていうような過程として読めると。
だからこの2人の違いをすごくわかりやすく言うと、アームズなんですよ。
アームズ。
アームズ。力が欲しいか。
アームズならばくれてやるってやつですか。
いろんな漫画をリスナーが読破し終わっているということを前提として組んでいるという。
そうです。
アームズを完全に読破してる人ってそんなに多くないからね。
嘘でしょ。
そんなに多くないよ、たぶん。
そうなの?
トライガンとかと同じぐらいだと思いますけど。
トライガン僕マクシマムまでちゃんと読んでるよ。
だからね、そこら辺の人だと思います。トライガン読んでる人は読んでるんだろうなぐらいな。
パペット編でえらい読みにくいな。
もういい方だから。膨らましてもどんどんみんな離れていくかもしれないからね。
別に両方名作なんですけど、センターではないんで。
スモールフォワードぐらいの作品かなっていうふうに思ってるんで。
とにかくアームズっていう漫画がありまして。
ナノマシーンによって体に侵食された主人公と、そのナノマシーンを作った大企業とのバトルの話なんですけれども。
結局その主人公は最後まで力の制御がほとんどできないままラストバトルまで向かっていくんだけど。
最後の最後で仲直りしたムーブメントみたいな感じになるんですけど。
ヒーローになりたいわけじゃないのよ。
だけど力を持っているからその力を正しい方向に使おうっていうふうに動く主人公で。
エンディングトーク:マンゴーアチャールとリスナーからのメッセージ
一方大企業側の一番今回のマイケルに似た人物でいうとハンプティダンプティってやつがいいんですね。
全てアリスの関係のキャラクターの名前になってるのでハンプティダンプティってキャラクターがいるんですけども。
力を固執して得ようとするがあまり自滅するっていうようなキャラクターだったんだけども。
結局この構図にすごく似ているなと。
ここからなんだけど、なんでこのマイケルとハヌマントゥっていうところがこの映画で描かれなきゃいけないのかなと思ったんだけれども。
借り物っていうところで言うと、まさにフォロワーの数なんじゃないかなと。
バズりたくてバズる人とバズるつもりなかったけども結局的にバズる人っていうのは、
結局バズりたくてバズる人っていうのはプロトコルみたいなのに沿った形のものをすればバズる。
もしくはプロトコルに完全に反する。むしろ倫理にちょっと反するようなことをして炎上という形でバズる。
この2択しかないと思うよね。あるいはバズってる人の腰巾着だったりとか力を借りることでバズるみたいな構図っていうのが今のSNS会話だと思うのよ。
一方でちゃんとバズる人っていうのはもともとコツコツ力をつけている人の方が圧倒的に多いと。
ただ名前は売れなかったけれどもいろんな努力はしてたりとか、いろんなことを努力という形ではなく趣味でずっと続けてたら有名になりましたとかっていろんな形があると思うんです。
このSNSという名の軌跡を使っていった時に、その発信力だったり強さだったりっていうのをいかにして使うのかっていうのがこの映画で問われている1側面にもなってるんじゃないかなと。
だからその発信ができてバズるっていう時に出てきた時に、そのバズったという力をどの方向に向けるかっていうのによって自分に返ってくるものっていうのと自分の力になるものっていうのが大きく分かれていくんじゃないかと。
だからそこで大事になってくるのが自分に備わっている力とは何ぞやとかっていうところを極める力っていうのが一番必要だったのではないかなということを訴えたい映画の1つだったのではないかというのが僕の話の流れでございます。
はい。着地点がすごいところに来ましたね。フォロワーっていうと現代のSNSの構図っていうふうに言えますけど、でも信仰ってフォロワーを増やすことですからね。
ハヌマンなんて伝説の。
インフルエンサーですね。
インフルエンサーですから。
っていうふうに考えると、っていう気はしましたね。
作品を見つついろいろ考えさせてくれるんですけど、やっぱりゴッダニだからいろんな見方ができるよねっていう良さもインド映画にあるんだなっていう気もしました。いろいろやってるから。
そうね。そしてね、こういうことなのかなって思った瞬間に歌とか踊りが入るからスポーンってどっか消えてっちゃうんでね。
そうね。
それ回収するのが本当に大変だった今回。
まあまあまあまあまあ。でも本当にちょっとね、面白かったです。
もう一度テーマに立ち戻りますけれども。
ヒーロー映画はどこに行くのかということでね。さっきもちょっと触れましたけど、マーベル映画もちょっとね、下火になってきた構えで動けないなという気がするんですよ。
マーベルスタジオのディズニーがなんか結構一解雇したらしいですし、またいろいろ再編するのかもしれない。
スパイダーマンもソニーとの契約がどうのとかいろいろ出てくる中でですね、ヒーロー映画のあり方みたいなものももう一回捉え直しがされていくんじゃないのかという気がするんですね。
そんな中で、ヒーロー映画をゴリゴリに前から描きつつ、スパイダーマンのいろんなエピソードに影響を受けましたみたいなエピソードも込めつつな割には、
そんなヒーローでいいのかみたいな感じで、時刻の神話をベースにしてぐいっと前に出していくっていうふうな試みの映画がこうやって出てきたっていうふうに考えるとですね、
この先のヒーロー映画っていうのはやっぱりこう、アメコミの人気キャラクターをただ造形をCGでそれっぽく載せて出すだけじゃやっぱりもうヒットしねえぞと。
いう世界になってきてるんじゃないのかなというふうには思いましたね。
そうね。ヒーローもののバラエティもさ、もう結構、マーベルとDCでネタは尽きてる気がするんだよね。
まあね。
むしろマーベル内でも、こいつとこいつキャラかぶるやんみたいなのがどんどん出始めてる気がしてて。
ほうほうほう。
なんか、マーベル映画のあれを見ていてもさ、なんか羊が結局かぶってたりとか。
うんうんうん。
なんか、昨今のジャンプもそうなんだけどさ、結局乳すじかよみたいなっていうところもあんだけどさ。
はいはいはい。
結局元から特別な人が特別なんじゃんっていうところに落ち着いたりって考えると、
なんかそこだけのヒーロー像ってなかなかもう難しくなってるのかなっていう気がする。
まあね。
で、マーベルも新しい映画作ろうとしてるけれども、すごい短スパンのノスタルジーリサイクルにしか見えなくなってきちゃって。
うんうんうん。
アベンジャーズが再編成されたとしても、前ほどの感動はごめんけどないっていう。
まあ早すぎるからね。
あと20年先だったらまだリアクションは違うかもしれないけれども。
やっぱり、ヒーロー映画ってある意味では構図がはっきりしてるんですよ。
悪者が出てくる、ヒーローが殴る、解決万歳っていうね。
でもやっぱりそんな中でどうやって個性を持たせていくのかっていうのをいろいろやりたいんだけれども、
まあいろいろ出来てる感は否めないっていうのは確かにあるかなという気がするので。
やっぱりじゃあそこにどうやって映画作品の価値を生み出していくのかってなったら、
ヒーローとは何かの深掘りですよね。
うんうんうん。
そしてそれが自国の文化圏の何がしかのイデオロギーにやっぱり重なるような描き方でいてくれた方がいいのかもしれない。
国際市場を狙ってどんな国地域でも受け入れられるようなそんなストーリーを練っていこうってすると、
結局まあ汎用になってしまう感はあるよねっていうのはなんとなくわかるかなという気がしました。
まあだから多分この間の将軍みたいなのがすごい流行ったんだろうね。
かもね、そうね。
特定の地域、そういうところにちょっと商店はあっていくっていうのはすごく大事なのかなという気がしました。
はい。
じゃあそんなところですかね。
何かこうありますか、言い残したことは。
そうですね。
まあいろんなことを考えさせられた映画でもあったし、
そういうもの抜きでもいろんな楽しみ方ができるなっていう映画の一つでもあったのがこれがインド映画のこの映画の特徴かなと思ったんですけども、
この映画を見てね、一番僕が学べたところっていうのが一個ありまして、
それはね、マンゴーアチャールの作り方ですね。
あれ間違えてない?
語りたいものがある。好きでたまらないものがある。それならもう話すしかない。
気になったもの、はまったもの、人生をちょっと楽しくしてくれる者たちを持ち寄って本気で語り倒す30分。
笑えてちょっとためになって、たまに明日何か書いたくなる。
毎週日曜更新、俺たちの物語。
誠大間でお送りいたします。
はい、ということでCMが入りましたね。
あら、CMじゃないですか。
ちゃんと準備してましたから。
偉い。最近ぶつ切りだと思ってたのよ。
そりゃそうよ、だって。流しちゃいけないのかよくわかんないですけど。
そこは僕は何も言ってないです。
なんかね、ちょっとやっぱりリスナーの方々に新しくやってますよっていうのを早く届けなきゃということで。
CMも作っていたら、今日収録が40分も遅くなってしまったっていう。
これ作ってたのね。
これをやってました。
それはしょうがねえよ。
そうそう。
で、人ボケなんて言ってたっけ。
マンゴーアチャールの作り方よ。
マンゴー?
アチャール。
マンゴーアチャール。ダンスと歌で紹介してくれたやつ。
そうそうそう。
ホネレパクロッケダイオンみたいな歌あったじゃん。
バーチャンが塩を振って唐辛子をかけて瓶に詰めれば完成さ。
これには英雄もつまみ食をやめられないみたいな。
だからね、やっぱりそこもそうだけど、インドってこういう国なんだよっていう。
みんな思い出せよっていうね。
だからあれは母ちゃんのおみおつけの作り方みたいな歌だと思えばいいと思うんですよ。
調べたらね、ごくごく一般的なご家庭で絶対に出てくるお漬物なんだって。
やっぱそうなんですね。そういうことなんだね。
韓国でいうキムチみたいな。各家庭にこだわりの作り方があって。
誰々たんちのキムチはこうだねとかいうような感じのがマンゴーのアチャルらしいんですよね。
ちょっと食べてみたいよね。青マンゴーって売ってないからね、日本ではあんまりね。
タイでパパイヤのサラダは食べましたけど、
完熟してないやつを食べるっていう、そういう文化はあるみたいですよね。
そんなわけでですね、楽しませていただきましたハヌマンなんですけれども、
今後ですね、シルクロードさらにゴーウェストしてですね、日の方に向かっていこうと思うんですが、
ちょっと今回ですね、お便りすごく嬉しいの届いてますんで、読ませていただきますね。
新しい方からですね。
新しい方。
コミさんですね。
コミさん。
ちょっと読ませていただきますね。
ちなみにコミさんなんですけど、某番組とある番組のエピソード公開が急にすべてなくなった件について、
非常に悲しみのメッセージをポストしてくださっていた方で、
なおかつ我々の番組、新番組等も結構たくさんポジティブなポストをしてくださっておりますので。
今日さっきコミさんが僕のやつ引用してくれてた。
本当ですか。
休んでいる犬っていう。
そんなわけでコミさんからのメッセージを読ませていただきますね。
こんにちは。
お二人のゆったりとした世間話のようなトーンで語られる映画評論がとても耳心地良く、毎週の更新を楽しみにしています。
実は本題よりも冒頭のお二人の映画に関係ない緊急報告が世代的にドンピシャで、そこを楽しみに聞いている部分もあります。
お忙しい中での収録は大変かと思いますが、どうかお二人ともお体に気をつけてください。
これからも更新を楽しみにしております。
今日もドライブしながら聞きます。
嬉しいですね。
嬉しいですね。本当にこういう方々がいてくれるから、今日も僕らは眠い目をこすりこすり、しょうもない話ができるという非常に嬉しい限りでございます。
ちなみにツイキでリクエストの方もいただいているので、そちらもちょっと紹介させていただきます。
ただですね、スターウォーズに関しては以前我々言ったかもしれないですけれども、矢が降ってくるかもしれないから怖くてできないっていう。
ちょっとビビってます。
そう言いながらいずれやるかもしれないんですけど、ちょっと気長に待っていただきたいなという気がしますね。
ちょっと強めのリクエストが来たら、僕らすぐビビってやるかもしれない。
やるかもしれないですけど、怖いんですよ本当に。
本当にね、スターウォーズキリアンって言ったらいいのかな。シャーロキリアンみたいなさ。
シャーロキアン。
シャーロキアンみたいな、スターウォーズキリアンみたいな人たちがさ、もう恐ろしいって恐ろしいって。
オラーって言ってくるかもしれないですからね。
そうですよね。
タランティーの作品も結構ね、こだわり強めな方々が結構界隈にはいますんで。
そうなんだ。
割と強めなメッセージとかが届くこともあります。
でも大間が傷ついたら嫌なので、僕が受け止めて、僕が処理してますんで。
そうですよね。
やっぱり温かいメッセージをくださる方々にちゃんと反応していくっていうのはすごく大事だと思いますし。
もちろん批判の声なんかは意味があったら受け取りますけど、悪口になってる人が言ってることなんて真面目に受け止めてもしょうがないですから。
やっぱりそのあたりは上手に受け流していくっていうのも、これからのネット社会の生きる力の一つなんじゃないかなって気がしてますね。
そうですね。
そういう意味で言うと、僕に日の子がかかんないからスターウォーズばっちこいかもしれないね。
俺だけ病んでいくみたいな。
でもね、僕本当にそういうの全然気にしないタイプなんで、たくさんメッセージはください。
ただ、人を傷つけない言葉で伝えるってすごく大事だと思うんですね。
そうですね。
それは言って我々もそうですし、多分お聞きいただいてる方々も立派な大人がメインだと思いますんで、大人としてのメッセージをいただけるとすごく嬉しいなと思いますけど。
で、ホームアローンなんかもあげてくれてますけどね。ホームアローンなんてね、めっちゃ語れますよねっていう。
やりたいね。本当にジングルオールオズ・ザ・ウェイがやろうってなる前は、ホームアローン挟もうかっていう話もあったので。
もしやるとしたらホームアローンかなというふうに思います。
一応シルクロード企画が今後も続いていくんですけれども、たぶん途中で我々も疲れると思うので、疲れたタイミングでホームアローンが一回端休めで入ると思いますから。
ちょっとそれまでコミさんお待ちいただいて。
一応次回はアラビア諸国まとめて、アラビアンライト関連の映画を扱えたらなというところですね。
バグダットの盗賊とアラジンですね。
この2つで語っていこうかなと思います。
誰が見たことあるんだっていうふうにちょっと思いながらですけれども、こいつで語っていこうかと思っておりますので。
どっちもね、なんかディズニーチャンネルで見れるらしい。
そうなんですね。素晴らしいですね。ディズニープラスじゃなくて。
ディズニープラスだね。
というわけで、じゃあ終わっていきましょうかね。
ということで、コミさんありがとうございました。
ありがとうございました。またリクエストください。
ぜひぜひ。ホームアローン消化してから。
僕らがホームアローンちゃんとお答えした後にね、コミさんぜひ来てください。
待ちきれなかったらもうバンバン送ってくれて構いません。
ということでお聞きいただきましたのはリールフレンズイン東京今回はシルクロード企画第3弾ですね。
映画ハヌマンヒーロー映画はどこに行くのかでした。
番組では投稿フォームを通じて寄せられた感想やリクエストを実際に番組のテーマや構成に反映しながら制作しています。
面白かったここは引っかかったなど短い言葉でも大歓迎です。
またXでハッシュタグリルパルをつけたポストも受け取っております。
いただいた声は番組の中でご紹介させていただくこともありますのでぜひあなたの声をお届けください。
公式Xアカウントはリールフレンズイン東京で検索フォローもよろしくお願いします。
リールフレンズイン東京はアップルポッドキャストをはじめとする主要なポッドキャストアプリで配信中です。
本日のお会いとはマコと
オオマでした。
それじゃまたね。
01:24:10

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