夏の邦画祭り 映画『男はつらいよ』 あの頃の日本はどこへ行ったのか Summer Japanese Film Festival: Otoko wa Tsurai yo — Where Did That Japan Go?
2026-08-01 1:29:40

夏の邦画祭り 映画『男はつらいよ』 あの頃の日本はどこへ行ったのか Summer Japanese Film Festival: Otoko wa Tsurai yo — Where Did That Japan Go?

「ほら、見な、あんな雲になりてえんだよ。」 — 車寅次郎、『男はつらいよ 柴又慕情』(1972)

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毎度どうも。映画談義パーソナリティのまこです。 今回取り上げるのは #男はつらいよ です⛩️

夏らしいことしたいよねという話から、ホラーを嫌がるオーマのためにスタートした邦画企画。記念すべき第一回は、邦画を語る上では絶対に外せない、あの国民的名作です。

渥美清主演、山田洋次監督が送る人情喜劇。改めて見返してみると、時代の古さはたしかに感じる。それでも寅さんは、どこか憎めない。むしろ、画面の向こうにある柴又の風景や人の温度が、自分が生まれる前の日本なのに、なぜか懐かしく感じてしまうんですよね。

経験したことのない時代への郷愁って、一体どこから来るんだろう。寅次郎という人間に宿る人生哲学と、フーテンの寅の魅力に迫ります🌤️

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podcasterの まこ(@_macobana)が、語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。 語りたい映画なんて尽きることない! エピソードの公開は毎週or隔週となります。

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これからも番組をよろしくお願いします。


"Look at that cloud up there. That's what I want to be." — Tora-san, Tora-san's Lovesick (1972)

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Hey there! I'm Mako, your movie talk personality. This episode covers #OtokoWaTsuraiyo ⛩️

The Summer Japanese Film Festival kicks off — born out of wanting to do something summery, and a need to find something Ohma would actually watch without complaining about horror. The first pick? A cornerstone of Japanese cinema you simply cannot talk about Japanese film without mentioning.

Starring Kiyoshi Atsumi and directed by Yoji Yamada, this beloved comedy of human warmth has been running through Japan's collective heart for decades. Watching it now, sure — the era shows. But Tora-san himself is impossible to dislike. And the Shibamata streetscapes, the warmth of the people on screen — somehow it all feels nostalgic, even for a Japan that existed before Mako was born.

Where does that longing for a time you never lived through actually come from? This episode gets into the life philosophy baked into Tora-san's wandering soul, and what makes him so enduringly magnetic 🌤️

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Podcaster Mako (@_macobana) started out sharing his unfiltered movie opinions on his talk show #Yomoyamakobanashi(#makobana) — and now those conversations have found a home of their own. There's no shortage of films worth talking about! New episodes drop weekly or bi-weekly.

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00:16
Reel Friends in TOKYO 〜観て、語って、沼る〜
ドシャブリを車内から眺めるのが好きと申しますと、
いやもう、まんまなんだけど、ドシャブリが降るじゃないですか。はいはいはい。
すかさず、車内に入るじゃないですか。はいはいはい。
降ってるなーっていうのをずーっと車内から見るのが好き。
車内っていうのは?
車の中。
車の中からなんとなく外を見る。
外を見続けて降ってるね。
車の中っていうのは、ワイパーでウィーンってなってるのを見るの?
やらない、やらない。やらないんだ。
やらない、やらない、やらない。
完全に降ってるなーってワシャワシャって降ってるのをずっと見る。
おー。
共感が得られないぞ。
えーとね、そんなでもわからなくもないというか、雨が好きな時ってあるよね。
そう、あるじゃん。
なんだっけな、結構有名な現代アートの人で、
雨の時に、
喫茶店かなんかから外を見ている時の窓みたいのを描いた人がいるんだよね。
へー。
誰だっけなー。
ちょっと誰かわかる人いたら。
アガルアート、喫茶店、雨、絵なの?
絵だった。絵だったと思う。
絵だったと思う?
結構抽象画が多い人だった気がしないでもないんだよな。
なんだろう。
あれか。
03:00
え、なんだろう、ちょっと待って。
内側から外を眺めてる感じ?
そうそうそうそう。
こういうのがさ、パッと出てくるとやっぱかっこいいよね。
かっこいいね。
全然わかんない。
なんかやっぱ雨の喫茶店みたいなのはさ、いっぱい絵出てくるんだけど、
大概が外から中を見てるんだよね。
中から外を見てる。
でも水に濡れてぼやけてるから外がちょっと見えない。
ぼやけた窓越しの外を見てます的な感じの作品があった気がするんですよ。
なんだー、わかんねー。これか?
雨をテーマにした現代アート。
わからん。21万5千円のやつがあったけど。
作りアーティスト友谷っていう人の作品だ。
絶対違いますね。絶対違います。
あの友谷っていう人は窓をよくスプレーアートしてるみたいな。
絶対違いますね。絶対違います。そういうんじゃないのよ。
そういうんじゃないのね。
具体物あんまり描いてない人いたんですよ。
ジャクソンポロックまで色の暴力みたいな作品ではなくて。
なんかこうなんだろう。
もっとなんか。
何?
ちょっと待って全然出てこない。
全然わかんない。とりあえず友谷のURLを送れば。
いらないいらない。絶対違うから。外国人だし。全然いらないです。
でも俺結構これ好きよ。
それじゃないのよ。それじゃないの。絶対それじゃないから。
絶対それじゃないので。
誰だっけな。
誰?
でもジャクソンポロックに並ぶぐらいに有名。
ジャクソンポロックがトロップ?
ポロック。
コロップ?
ポロックがまずわかんない。
ジャクソンポロックはなんかあの何ペンキの底に穴開けてなんか散りばめた感じの人。
06:02
なんか偶然性が出てきたものをアートと言い張る人ね。
やめなさいよその言い方。その言い方やめなさいよ。
そういうアプローチのものもあるからこう他のものもまた価値が生まれるわけですからね。
大事なのそこだと思いますよ私はこう。
そうね。僕はあんまりああいう系は認めてない。
でもこういうのはやっぱ走りとしてね。
何て言うかな。
走りであることに意味があったりするかもしれないですよね。
結局後から追いかけたところでただ同じことやってるだけですから。
フォロワーの域を出られないという意味では唯一無二の表現になってくるのかなという気がしますよね。
やっぱり表現ってどうしても似通ってきてしまう中でですね。
あえて記号化されたものをひたすら作り続けていくということが実は重要な意味を持つこともあると思うんですよ。
なるほど。
その点においてですね今回はそんな極めて記号的な人間がですね。
ひたすらなんと49作品も出演し続けたという驚異的な方ががあるということですから。
そいつについてちょっと語っていこうかなというふうに思います。
はい、そんなわけで本日も参りましょう。
はい、ということでね。
物の始まりが市ならば。
国の始まりが大和の国ですね。
ということで今回はですね。
なんとあの邦画の代々名作ですね。
車虎二郎が出てくる。
男はつらい世についてやっていこうかなというふうに思います。
はい。
ついにこの時が来ましたね。
来ましたね。
来ましたよ。
来てしまったというか。
本当にもうね。
俺はこれで何を語ればいいんだと俺はもう悩み抜いたよ。
いいじゃないのよ。
やっぱり単価倍のシーンだけでももう需要はありますから。
見てて楽しいじゃないですか。
さあ、門は一流デパート。赤木屋黒木屋白木屋さんで。
気持ちいい。
それはね、スルスル出てくるのがすごいよ。
何周したと思ってるんだよって話だろうね。
ほんとに。
俺の呪文シリーズと同じくらいすごいと思う。
いや楽しくてしょうがないんですよ。
今日も晩御飯そば食いましたけど頭の中ではトライさんがね。
新州市などの新そばよりも私はあなたのそばが良いって言ってましたから。
気持ちよくてしょうがないんですよ。
うるせえ脳内がな。
09:01
実はちょっと自分プライベートで図書館に寄ったんですよね。
ちょっとお目当てのものは見つからなかったんですけれども。
たまたま通りがかった本棚で、
おや、これはなんだと。見つけた本がありまして。
思わずですね、2冊とも借りちゃいました。
人生に虎さんを。
人生に虎さんを。2冊。
第2弾もありまして。
人生に虎さんを。
それはどないな本なんですか?
これはですね、本当に純粋に男が辛いように出てくる虎さんの名言が
ビジュアルと一緒にドンって。
世面異言。
何を読み取りゃいいんだよそれ。
思い切って何でも言ったらいいさ。
惚れてますとか好きですとか。
みたいなね。
なるほど。
微妙に遠くて見えない。
労働者諸君、田舎のご両親は元気かな?
たまには手紙かけよ。
書いてないね。
みたいな。
そんな感じでですね。
ひたすらの虎さんが言う言葉のこれっていうのがちょいちょいあるんですよ。
刺さるものもあれば刺さらないものもありますよ。
俺が芋食ったらお前の尻からプッと出るのかと。
お前ふざけんなよ。それ一番刺さるからな。
それが一番刺さるのよ。
早い話だなーっつってね。
俺が芋食ったらお前のケツからプッと出るか?っつって。
そこなんですよ。
虎さんの言うセリフに無駄はないです。
無駄はないです。
無駄しかねえ気がするけど。
もう分かってないですね。
今日ちょっとこれ1時間説教かな?ひょっとすると。
説教ですね。本当に。
可能性ある。
そんなわけでね。
車虎二郎が出てくる作品。
投資で見た上で定期的に見返してしまう男。
マホトですね。
今回初挑戦ですか?
多分ね。見たことはある気がするんだよ。
ちょいちょいシーンは覚えてるところはあるんだけども、
どこで何で見たのかを全く思い出せないっていう感じですね。
押し入れて見たことはない。
マンガは何回も読んでたんよ。
ストーリーは知ってるっていうぐらい。
12:00
ストーリーは知ってるとか言うけどね。
何作目のストーリーの話をしてるんだっていう話ですね。
一番記憶があるのは1作目。
他にもマンガがあったはずなんだけど、内容はよく覚えてない。
そうなんですか。
マンガ誰が書いてるの?
あの人。あの人って言ったら…
あれ?
この人じゃなかったけど。
ビッグコミックオリジナルで単行本全9巻やってるみたいですね。
第1作、第2作、第5作ベースみたいなのがありますね。
これ僕読んだことないですね。
あ、そうなんだ。
これ家にあったんよ。
絶妙にデフォルメされてるけどちゃんと似てますね。
そうなんだよ。
これね、他のキャラも似てんのよ。
いやーすごいな。
海外も目がつり目。
まあそうですね。
虎といえばそうですから。
いやー厚見清志さんですね。昭和の名優でございます。
今でも覚えてますけどね、僕は静岡県に里帰りしてる時に厚見清志さん亡くなりまして。
あの時はだからね、やっぱり著名人亡くなると緊急ニュースがちゃんと入りましたからね、ある程度の人物であれば。
他の番組見ててもピロンピロンって。
単純にテレビで、他の番組見てても上にニュースピロンピロンって風報が流れたものですよ。
藤子F富城さんの時もそうでしたしね。
あ、そうだったんだ。
厚見清志さん死去っていうのもちょうど緊急ニュースでテレビ画面の上のところにピロンピロンって文字だけ出ましたよね。
今でも覚えておりますけれども。
とかくですね、一人の人物が同じキャラクターを40作品以上に渡ってシリーズで撮影した映画っていうのは存在しないわけですよ。
男はつらいよ、文字しか。
そりゃそうでしょ、どう考えても。
映画だぞ。
あ、まぁまぁ、え?あれは?釣りバカ。
釣りバカ日誌ですらそんな言ってないでしょ。
釣りバカでも何十作品あるイメージがあるけど。
釣りバカはね、22作ですね。
あ、でも22回しかないんだ。
ないですないです。
22もなんだけどね。
まぁね、釣りバカとだいたいセットでやってましたね、僕ら小学生ぐらいの頃は。
うーん、そういうイメージはある。
同時上映だったかなと思いますけど。
それでそうですから。
はぁー。
三国連太郎さんね、スーさん出てましたけど。
15:03
スーさん?
息子さんとどんどん似てきますね。
あ、そうなんだ。
すごい似てきますよ、ほんとに。
そうなんだって、あのー、たぶんご存知だと思いますけど。
マジ?
知らなくないけど、佐藤光一さんですからね。
佐藤…。
あ、佐藤光一さん。
三国連太郎の息子ですからね。
あ、そうなんだ。
最近もうそっくりになりましたよ、ほんとに。
えー、あれだよね、あのー、なんだっけ。
三谷光一のやつでさ。
ナイフ舐めてた人。
そうそう、それそれそれ。
演技が大袈裟すぎるんだよ、つって。
ほんとに三国連太郎さんの息子さんですけど。
ほー。
若い時は全然似てねえなと思ってましたけど、年取ったらそっくりすぎてびっくりしてますね、最近は。
こんなに似てたんだっていう風になりましたけど。
似てるね、似てるわ。
めちゃくちゃ似てるよ、びっくりしちゃった。
似てて似てる。
年を重ねるとだんだん似てくるんじゃないでしょうかね。
さあ、話戻しますけれども、
じゃあちょっとね、男は辛い世についてご存知ない方々もたくさんいらっしゃると思いますので、
まずはあらすじからいきたいと思います。
あらすじからいきますか。
はい、いきますよ。
よーい、ドン。
はい、ということで今回紹介するのはですね、
49作品、あと特別50周年記念で50作品も作られました、
男は辛い世の記念すべき第一作でございます。
主人公はですね、車虎二郎、通称虎さんですね。
敵や家業で日本全国流れている風天の男でございます。
中学生の時にですね、両親と大喧嘩をして、
両親、父親と大喧嘩をして、
町を飛び出して、それから約20年帰ってくるんです。
20年後、葛飾島の他にふらりと帰ってくる。
そこにはですね、叔父夫婦が営んでいる団子屋、虎屋が、
美しく成長した妹のさくらがおりましてですね、
お互いに涙と笑いで、再会を祝す、
なかなか和やかな空気で始まっていくんですけれども、
虎さんはですね、ヤクザの男ですから、
せっかく決まっていたですね、さくらのお見舞いの席に
同席することになるとですね、場の空気をぶち壊して
縁談が完全に破断となります。
いたたまれなくなってしまった虎はですね、
さくらを殴ってしまったこともありですね、また旅に出ていくと。
ところがですね、旅先の奈良だったかな、
島の又、大尺天皇御前様とその娘さんの冬子と偶然再会します。
幼馴染の冬子もね、美しくなっておりまして、
虎さんは目っぽをですね、美人に弱いのであっさり惚れてしまい、
同行すると同時に、そのまままたどの面下げてですけれども、
また島又に帰ってくると。
その間ですね、さくらは広志という青年と結婚することになりですね、
18:00
さくらと広志の結婚式、つがなく進みまして、
虎もですね、心を打たれて涙するみたいな、
そんな感動の人情話もありながらですね、
いい感じに進んでいくんですけれども、
一方冬子はですね、実はもうすでに縁談は決まっており、
虎さんは失恋をして、またふらりと島又を去っていくと。
旅先から手紙を書く虎、そしてその手紙に心を打たれる家族という、
毎回繰り返される物語が展開されます。
木で騒いでまた去っていくという、
ただそれだけの話をですね、
なんと50作品続いたというわけですから。
一作目に至ってはそれを2回繰り返してますからね。
そうなんですよね。
実に素晴らしいんですけれども。
他の作品でも何回か言ってり返ってりするの?
もうある。
じゃあもう50回どころじゃないんだよ。
じゃないですね。
だいたい途中で出ますね、やっぱりね。
途中で結構早めに出てっちゃうことはある。
じゃあ出てきていいんだろ!つって。
さくら止めるな!って言って止める前に必ず言う。
っていうね、お決まりのパターンがあります。
一応さ、息子も生まれるってことだから、
作中の中で時は流れてるんだよね?
もちろんですよ。もちろん時は流れてます。
ただ夏と正月に出してましたから、だいたい。
だから50作品って言っても50年やってたわけじゃないです。
25年くらいってことか。
30年くらいですかね。
30年の中でさ、50回以上行ったり来たりしてるわけでしょ?
そうですね。
いい加減多分おいちゃんとおばちゃんも飽き飽きしてるよね。
そうね。
中盤あたりからもちろんそんな感じですよ。
そろそろそらちゃん帰ってくるんじゃないのかね?
みたいな感じでおばちゃんも言ったりするし。
で、いざ帰ってきたらみんな出落ちみたいな感じでね。
帰ってきたみたいな。
トラさんもいきなり帰ってこないからだいたい。
帰ってくるのがちょっと気まずいから何回かトラ屋の前を行ったり来たりして。
声かけてもらうまでずっと行ったり来たりして。
それを見るたびにおいちゃん達があえて無視するみたいなね。
目合わせるなって。
っていうふうにあったりとか。
お決まりにいつの間にか我々もトラ屋のメンバーであるかのように飲み込まれていくという面白さがあったりするんですよ。
そこがまた味になってくるわけなんですけれども。
そんなわけでね、本作は一応映画としては第一作なんですけれども、
21:02
これを見た当時の人たちがトラと初めてこの作品を通して出会ったかというと、実はそうではない。
テレビシリーズがあったの?
そうなんです。もともとテレビシリーズで人気を博したキャラクターなんですね。
ただ、第一作と最終話以外はもう二度と見ることができないんですね。
そうなの?
フジテレビで放送されたんですけれども、まだ当時はフィルムが高価であったこと、
あとはテレビ放送の映像作品の映像そのものがどれだけの価値があるかというところがまだ共通理解されていない時代ですので、
アーカイブをするという、そういう価値観がないんですよね。
だから第一作と最終話以外の2話からこっちはですね、全部他の作品撮影するために上書きされちゃったんですよ。
知ってきたところじゃなくて、もう上書きだそうなんだ。
だからもう分かってやってると。
放送終わったから。
じゃあもう、光塚が買い取って誰が持ってるか分かんないとか。
じゃないです。
そういうんじゃなくて、もう一緒っていう流れですね。
なんぼなんだよな。
そういう時代なんよ。まだフィルムそのものの価値みたいな話じゃないんですよ。
むしろ新しい作品撮るのに新しくフィルム買うのちょっと高価だからっていうので、
すでに撮影した作品のフィルムを上書きしてしまうみたいなことが全然あった時代らしいですね。
1話と最終話はまだ残ってるようなので、映像アーカイブとして楽しむことはできるらしいんですけれども、
その最終話でトラさんが一攫千金を読むみたいなハブをですね、捕まえに行って噛まれて死ぬっていうエンディングなんですよ。
これに対してですね、視聴者がブチギレたらしいですね。
でしょうね。
すごいのはだから、なんでトラを殺したんだっていうクレーム電話がテレビ局にたくさんかかっていたと。
すでにこの男は辛いシリーズでよく言われる、さっき僕も言いましたけれども、自分たちも家族の一員であるかのようにっていう風な構図が、
実はもうテレビ作品の時点でできてたわけなんですよね。
なんでトラを殺すんだっていう、そこに対する怒りみたいなものがクレームとしてかかってくる中で、
監督の山田洋次監督はこれは映画として作っていけると踏んで、ちょっと交渉をして映画制作に移っていったと。
まだだから、銀幕のスターとテレビ俳優だったりテレビ作品、テレビ作品と映画っていうところはまだ交わらないような時代ですよ。
まあ本当に明確にね、映画は一流、テレビは二流みたいなさ、そういう価値観ってやっぱあるじゃない。
それってバックトゥーザフューチャーの時にも言ったよね。
その講座は日本にもあったわけで、そういった中でテレビ番組でやったものを映画化して映画の中でもっかいそれを作っていくっていうのは、
24:05
なかなか結構認可されるまではそれなりのハードルがあったらしいんですけれども、
そういった民衆の声を受けて映画化されたという背景があるそうでございます。
流れ的には北の国からみたいなもので、あれは映画化できなかったけど。
そうなんですかね。
ぶつかっちゃいました。
まあそんなわけでね、どう思うですかね、ジャブがあれば。
ジャブいっぱいあるよ。
なんですか?僕ないよ、ジャブなんて。
嘘?
もう虎は家族ですから。やつに突っ込むことは何もないですよ。
なんでしょう?
なんならさくらにまで突っ込むみたいだけど。
さくらあいつ犯罪者だから。
何言ってたんですか、さくらが。
これはもう一番大きいジャブだから後でね。
まずちょっとしょうもないところからね。
結局最後まで虎さんが何言ってるかよく分からなかった。
どういうこと?
虎さんなんかいろいろ投げ売りしてるじゃん。
何売ってんの?
あれはだから本ですよ、本。本を売ってます。
要はヤクザなので、例えば潰れたお店の廃棄本とか、流れてくるものですよね。
流れ物でございます。闇市とかと一緒ですよ。
そういうことか。
だから仕入れ値ほぼゼロなんです。仕入れ値はゼロなんです。
イメージで言うと、なんかよく分かんないけど、発売前のジャンプを道端で売ってる謎のおじさんと同じ感じです。
あー、いたね。
中学生くらいまで、路上で少し汚れてるだろう、手がついただろうと思われるジャンプとかサンデーとかを50円くらいで売ってる人たちみたいな。
そうそう、それですそれ。
そういうことか。
そういうことです。
だから、いろんなインチキなものとか、トンチキなものをいろんなところから仕入れては売りということをして、小銭を稼いでいくわけだ。
年とちのお兄さんお姉さんにお役割になりながら、物を売る、売りをするという、そういう生活をしているわけですね。
だから、早速トラヤについてからインチキブレスレット売ってたじゃないですか。
27:02
いやいや、そうじゃない。
どうだい?
時代は電子なのかなって。
単価売っていうのは、何かを買おうと思った時に、当然戸惑いがあるわけじゃない。
そういった戸惑いに対して、それを無かったことにするというか、聞いてるうちに楽しくなって思わず買っちまうみたいな。
そういうエンタメの力でもって、購買欲っていうものを促進させるという、そういう一つの経緯なわけですよね。
でも、意外にジャパネットなのね。
そうだね。言うなればそんな感じですね。通信販売と同じですよ。テレビショッピング。
高田社長がワーすごいみたいなことを言ってると、ちょっと電話したくなるみたいな。
社長はワーすごいとは言わないです。
それは夢グループの女の人ね。
すごい社長っていうね。違いますよね。会社変わりますから。
とにかくですね、元々はヤクザ家業の方々の技術ではあるんですけれども、やっぱり技術は技術に他ならないので、
ある種伝統芸能みたいな感じで扱われるようなこともあったりするわけですよ。
そういった中で、このクルマトラジオを演じた厚見清さんも、結構破天荒な幼少期というか少年時代を過ごしていたので、
そういった中でですね、それこそ上野は岡地町あたりのテキ屋のアンちゃん達の単価売を当たり前に聞きながら成長してきた中で、
ぜひともそれを自分で演じてやりたいという思いがあったみたいなね、この話はあったんですよ。
だから本当にフレーズなんかも作品を追っていく中でですね、いろんな単価売のレパートリーも聞くことができますから、非常に面白いです。
なんかそれだけのCDちょっと欲しいなって思った。
ありますよ。
あるんだ。
あります。
あります。
ぜひね、今日Apple Musicで調べて聞いてみてください。
入ってんだ。
入ってます。
じゃあ明日聞こう。
主題歌ももちろんありますけれども、非常に面白いです。
謎のブレセレットなんですけど、あの時代からさ、もう何十年ととってるじゃない。
あの手の物品のさ、売り方ってさ、全然進化しねえんだなって思った。
と言いますと。
俺らの時代にもマイナスイオンがどうだとかさ、電磁波によって体がどうなのとかさ、いろいろあったじゃない。
30:04
トラさんも本当に同じこと言ってるじゃん。
電磁が体に染み込んでさ、みたいな。
馬鹿を吊るし放ってずっと変わんねえんだなって思って。
それはね、でもね、日本がうっかりですね、自力健康グッズに対して許可を出しちゃってるからですよね。
マグネット系の懲りほぐしに認可をしてしまったがために、他のものもそれを糸口にしてさ、効果がありそうって思わせてしまう節があると思うんです。
あれちゃんと見直したほうがいいと思います。
あれもう何本も意味がないっていうことを、研究が裏付けてるんだよね。
あんなちょっと豆粒みたいな磁石の磁力程度で血中に含まれる鉄分が反応するかって話だと思うんですけど。
ずっと百均の中で磁石に持ち込むマグネット系みたいな。
まだ何かありそうな気がしますけど、でもそういうことをしてしまったがためにね、いまだにそういうのがあるのかなと思いますけど。
あれはでも、それがちゃんとうさんくさいっていう文脈で描かれてますよね。
立派になって帰ってきたわけじゃないんだなこいつっていうのが、
おいちゃんとおばちゃんは丸め込まれてるけど、視聴者側はそういう方だったのねっていう。
20年、そういう風に食ってきたんだこの人って思わせるシーンとして差し込まれているので、そこがなかなか上手だったなと思いました。
確かに。
あとなんだろうな、虎さんつながりでいうとね、すげー笑ったのが、割とラストのあたりなんですけど、
のぼるに切符渡して帰れっていう。田舎に帰ってお前はもうやっほーもしろみたいなことを言ってのぼるを追い出したじゃないですか。
その後にラーメンすすって、虎さんラーメン食うんだと思った。
いや食うよ。
のぼるの食いかけやろみたいな。
食うよ。いつ飯食えるかわかんないんだから、あの人。
気のいいことを言いながら、いろいろと食えるところで食っていかないと、明日の食い物にも困るような生活してるわけですから。
第一作ではそんなに描かれてないけど、二作目以降から結構さくらからお金もらってますからね。
あ、そうなの?
お兄ちゃんこれってお金もらっていいよって言いながらスムーズに懐にしまうっていう。
33:00
だって俺漫画の知識でしかないけどさ、さくらさ、結婚してから働いてないよね?
働いて、でもね、しばらく経つと働きますね。
あ、そうなんだ。
引っ越してから、家で裁縫してたな、なんかやってましたね。
大手企業はもう辞めてるもんね。
そうね、ことぶき大社ですね。
さくらも金ないだろうにね。
そうですね。
タコ社長の下で働いている広人さ。そんな儲けてる感じもないしさ。
片言目には手形があって。
そこら辺もね、厄介な役者の兄貴なんですよ。
やっぱりね、ちまたで言うさ、なんだかんだでいい人みたいな感じのイメージが、
全然映画を見ると別にいい人じゃないっていうところがちゃんとわかるわけですね。
普通にさくら殴るしね。
2作目3作目って取られていく間に少しずつ人物造形が変わっていって、
そういうあまりにも棘がありすぎるような部分はだんだんとなくなっていったりするんだけれども、
基本的には本当に気のままに生きてるだけの都政人というか、
全くもって社会の秩序の中に属すことができない人間として描かれてるってところはずっと変わらないですね。
ああ、確かにね。
でもさ、そんな奴にさ、幼少期さ、デメキンデメキンっていっていじめられてたのにさ、
大人になってさ、「取れちゃう!」って言ってさ、
あんなにほがらかに接するお嬢さんのさ、神対応天使すぎん。
いやいや、あいつは悪魔でしょ。あいつは悪魔だろ。
だってあんだけデートしといて、あっさり別にもう縁談決まってますよ、何か別に何も言わないじゃんだって。
あら、虎ちゃん来たの?みたいな。
すごいなって思います。逆に。
いやでもなんか、あれ見てさ、ちょっと思ったのが、
なんかあの、お嬢さん、なんていうの。
もう鼻から、死の交渉じゃないけどさ、そういう格付けをずっと虎さんにしてたんだなっていう。
遊びはするし暇つぶしはするけれども、あなたを世間一般の人間としてはもう鼻から認めてなかったら別に悪気も何もないんだよね。
犬と戯れてるのと同じくらいなのも。
多分そうなのかもしれないね。だから結局御前様の娘さんってことは地域コミュニティのトップオブトップだからね。
36:08
そうそうそう、レジェンドじゃん。もう揺るがないレジェンドだもんね。
そのくらいは僕らが当時の下町に対して理解を深めないといけないところだったりするわけだよね。
だから御前様という存在が一体どういう存在なのかという。
地域コミュニティのトップなんだよね、あそこはもう完全に。
大尺典というご立派な自社を中心にした町なわけで。
だから御前様も結局虎のことを覚えていて、虎も御前様のことを当たり前に知っている。
だからコミュニティの中での子供たちをちゃんと把握しているわけですよね。
この地域社会の中でそこの人々というものに対してちゃんと理解をしていて、常に目を配っている。
だからちゃんと周りの人から信頼され、なおかつ信頼されるに足る地域の見守りが行われている御前様によって。
そんな御前様の娘さんであるからっていうふうに考えると、トップオブトップですよね。
ゆえにその鮮明意識が虎さんに対して、ああいう形で出てしまったのかもしれない。
虎さんからすると神対応、天使対応だけどさ、一歩引くとあれほど残酷なことはないよね。
残酷だし悪夢でしかないな。怖いですね。
そうだったな、お嬢は。
気がないのにデートしちゃダメだよ。
そうね。
何のためだよ。
なんかちょっと我が身を振り返ってちょっと辛い気持ちになっちゃった。
ということで、他なんかあります?
あと一個だけ。さっきの桜の件なんですけど、犯罪者です。
何ですか?何したっていうんですか?
いくら大らかな時代とはいえね、着せるはいかん。
しかも堂々とした着せるじゃん。
大らかだから。
大らかだからいいの。大らかなの。
乗って。乗っちゃいかんね。せめてホームで泊まっとけ。
いいんです。いいんです。
そういうのは人情が大事だね。
そうか。
事情がそこにあったら別に許される。そうかそうかいっつってね。
そうかいそうかい。大変だったねーっつってね。
許されるような時代ですから。
でもね、そこが大事だと思うんですよ。秩序上と人情というさ、
この二つの間に揺れ動く地域社会っていうものが雑者にあったと思うんだよね。
39:01
今もうさ、多分そういうジレンマがそもそも働かないよね。
まあそうだね。ダメなものはダメ。
ダメなものはダメでしょっていう。そういう議論が生まれることすらないという。議論のせいにこっちじゃないっていうさ。
世の中に結構もうなっちゃってるから、だからこそそこらへんが結構ね、
昔はそうだったんだみたいな感じになっちゃうっていうのはありますよね。
だって結局はそのヤクザとかっていうのはさ、昔はその御前様じゃないけどもさ、
地域社会の朝廷役だったりとか、それこそ江戸時代ぐらいのレベルの話になっちゃうけどさ、
それはヤクザという家業でちゃんと社会が入っていることでもちゃんと社会が回るようなシステムになってたのか、
だんだんちょっとはみ出していく部分が大きくなって、今ではヤクザというと大変な人たちになってるけども、
時代とともに地場というものが変わっていくっていうのは大西はあるんだろうね。
ヤクザにも本当にいろいろあると思いますけれども、本当に虎みたいなね、殺しだ強盗だみたいなところではなくて、
汚いもので売りさばいてしょうもない小銭を稼いで生きていくしかない人たち、
そういう地域社会の枠の中に入りきれないものとしてのヤクザみたいなのも当たり前にいたんだよねっていう。
それをなんとなく解除させてくれるような映画になってるかなって思いますよね。
アフランはちょっと俺、いまいちあの時代の背景がよくわかってないんだけど、
あの時代って敵屋とああいう浪人みたいな人っていうのはまたちょっと別なの?
だから虎は、ここもちょっとあれだけどね、僕がこの後喋ることにも関わるかもしれないけど、
要は虎は究極のはみ出し者なわけですよね。
つまりその土地土地のどこかのヤクザの家にお世話になることすらできないわけですよ。
だからその土地土地のお兄さんお姉さんにご厄介なりないからですね。
つまりその行った先でその島を持ってる人たちのお世話になって、
で、何か買いをするのであればその売るためのものを渡してもらって、
で、それをさばいて、情納して、自分がその余った小銭で食っていくっていう。
そういう生き方しかできない人。
そのどこかについて、つまりどこかのコミュニティに属すということが、
その表社会でも裏社会ですらもできていないという。
42:02
つまりはそういうことですよね。
だからそのいろんな土地土地にご厄介になっているから、顔は広いんだけれども、
誰か決まった人にずっとつくができないという。
まあそういう人として描かれているわけですよね。
っていうことだと思います。
僕も一個ジャブあったわ。
オープニングでトラが河川地に座ってるんですけど、
昭和あるあるかわかんないけど、草くわえるのってあれなんなの?
なんで草くわえるの?
弟者 僕らだって筒子とかチューチューしたじゃん。
筒子はチューチューする。甘いもん。あとサルビアとかね。
弟者 そうそうそう、アリンコのお尻のところとかチューチューするじゃん。
ギサンは舐めない、別に。
弟者 アリンコのお尻食べなかった?
食べねぇよ。俺は食べないですけど、
とにかく土下弁でも草くわえてるやついるじゃん。
弟者 あれ花咲くからね。
なんなのあれ。いわきかいわきか。
弟者 育ててるんだよ、口の水分で。
よくわかんねえんだよ、なんで草くわえてるんだ。
弟者 わかんない。
全然わかんねえんだよ、草くわえるやつに。
弟者 それが息みたいな感じの扱いが突き刺されてるもんね。
たぶんあったんでしょうね。
土下弁のいわきの銅像はあるらしいですけど、
口に生えている葉っぱの部分が何度も壊されて何度も盗まれたらしいですね。
弟者 そうね。
誰が欲しがるね、ほんまに。
そんなわけでね、ぼちぼち本題に入っていきましょうかね。
前回はトイストーリー?
弟者 トイストーリーだね。
どっちからしゃべったっけね。
じゃあ俺からいこうかな。
弟者 あ、はい。
はい、ということで、今回の僕の説ですけど、
本当にカビの生えたような話をさせていただきます。すいません。
映画男はつらいよ。
トラさん、究極の同期施設。
弟者 そう。
トラがピエロなことを今更言ってもしょうがないんですけど、
トラは常にピエロなんでね。
弟者 そうね。
そんなピエロじゃねえかみたいな感じでよくありますけれども、
僕が言いたいのは今回ピエロじゃなくてね、
トリックスターとしてのトラ二郎をちょっと語りたいなというふうに思うわけです。
前50作品、見た方は多分ピンとくるかもしれないですけれども、
とりあえず今作は人情喜劇、完全なコメディとして描かれていて、
45:01
今では失われた昭和ノスタルジーに浸れる作品、
トラは愛すべきダメ人間みたいなね、そんな感じで認識されていると思いますし、
それはその通りだとは思うんですけれども、
トラ二郎っていうのがただのコメディレリーフというか、
本当にただの記号化された存在ではなくて、
実は彼という存在がコミュニティにおいて、
失われつつある価値観というものを、
その状況を攪乱することによって改めて、
それも大事だよねっていうふうに思わせてくれるような、
一つの装置として、トリックスターとして機能してるんじゃないのかということを言いたいんです。
僕としては、これを見るたびに全然経験したことがない昭和の出来事にもかかわらず、
なんか懐かしくて、やっぱいいよねっていうふうに思っちゃうのは、
自分の体の中に流れてる日本人の血が操作させるんじゃないのかみたいな、
ちょっと考えたくもなっちゃうんだけど。
なっちゃうんだけど、実際はそういう血が云々というところではなくて、
ちゃんと構造としてそういうふうに機能してるんじゃないのか、
そしてそれが映画公開当時にちゃんと狙った形で仕組まれた構造になってるんじゃないのかっていう話をしたやつですね。
ちょうどですね、この発表年、1969年ですよ。
1969年。
ちょうどうるせいやつらのど真ん中ぐらいなんだね。
うるせいやつらのど真ん中?
1960年ぐらいじゃなかったっけ、うるせいやつらって。
連載開始?
いや、連載開始じゃなくて。
連載のど真ん中?
当たるたちの生活の場って。
うるせいやつらは1978年連載開始らしいです。
ちょっとずれてるね。
うるせいやつらよりも前です。
前か。
大丈夫だよ。
怒られそう。
1969年ってどういう年かっていうと、アポロ11号が月面着陸に成功した年。
ほー。
なんですね。まさしく日本に限らず世の中がイエーイな時で、特に日本においては高度経済成長、ただ中にあるわけですよね。
1969年、70年には大阪万博があるわけですよ。
万博があるってことは?
つまり?
新幹線開通?
それは東京オリンピックか。
それは東京オリンピックか。
とにかく万博があるってことは、それに向けてですね。それこそ東京にあることは決まってるわけですから。
そうですね。
沸き立ってるわけですよ。
こんにちわーっつってね。
48:02
こんにちわー。
とにかく日本中がある種輝かしい未来と、そこに連なっている現代っていうところに、何も期待をして全く疑いを持たないぐらいの活気がある時代だったというふうに考えていいんじゃないのかと。
そしてその活気の源っていうのはやっぱり輝かしい未来、先端の未来であって、それを考えると映画において描かれているこの舞台、そこにそれが見えるかどうかというと、これ見事に全然違くないですか?
未来と真逆ですよね。
そうだね。
進化していく、進歩していく社会っていうものにみんなが期待をして、豊かな日本豊かな未来を信じている時に、描かれたこの男は辛いよの舞台は葛飾柴又ですよ。橋がない江戸川を渡し舟で渡るんですよ。矢切りの渡しっつってね。
確かに橋渡れよってちょっと思ったもんね。
ないから、あの辺には。だから矢切りの渡しがあるわけですよね。そして石畳の山道があって対尺点が中心にあって、そしてベランメ区長じゃないですけれども東京弁で喋る皆さんがいるわけですよ。
はいはいはいはい。
これは下町なんですよね。下町っていうのは隅田川、荒川、江戸川に近い、低いところですね。対義語として山の手があるわけですよね。
武蔵野大地の高台側が山の手、そして川沿いのあたりが下町というふうに。これって実は江戸時代からの住み分けなんだよね。山の手の方っていうのは麹町とか四ツ谷とか、その辺の高台は大名や旗元の武家屋敷とか並ぶ土地なわけですよ。
見晴らしが良くて水害にも当然強いわけでね、高台だから。権威としても高い位置にいることはすごく意味があるわけですよ。
対して下町っていうのは日本橋とか京橋、神田そのあたりですかね。町人の町ですから水運がいいわけですね。水があると物運びやすいわけですね。便利が良かったりするし、
そういったところで商人や職人とかが集まって、いわゆるベランメクチョ、東京弁というものはそこから生まれていくわけですよ。いわゆる人情文化の中心地は山の手ではなくて下町になるわけだ。
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だから僕らがイメージする江戸っ子みたいなのも結局あれは下町文化の中で醸成されたものなんだよね。
その構図というか、山の手はある程度の権威のある人たちが住んでいて、下町には下町の文化があってっていうのは明治以降もそのまま引き継がれていくわけです。
っていうふうに考えると、今回この舞台になった葛飾柴又は下町の中でもさらにハズレなんだよね。
もう完全に浅草みたいな、そういうど真ん中ではなくて、完全にその外縁にある江戸川旗の千葉県と接するような、そんな境界の町。
完全な橋の端にいるようなところが舞台になっているっていうところも非常に、ある意味では先端も最新鋭のもの、最先端の技術、輝かしい未来っていう、そういうふうに世の中が進んでいく中で、
あえて完全に下町は下町のさらに端っこで大尺典を中心にした非常に古いコミュニティがずっと残り続けていた場所を舞台にした映画を作ったっていうところに、完全に意図を感じませんかっていう話なんですよ。
なるほどね、確かにそうだよね。すぐそばには市川とか松戸とか千葉県の地があるわけだもんね。
だからこういう場所を選んで、下町文化っていうね、下手したら忘れ去られゆくようなものを中心にした映画を撮ることによって、ある種進歩の外側に置き去りにされていこうとしているものに対するノスタルジーっていうものを、もっとこれ大事にしてもいいんじゃないっていうのを逆説的に引き出すための映画だったんじゃないかという。
そこに虎二郎ですよ。虎二郎なんかはまさにその下町文化っていうもの、そのティアンレイ・ベラボーメの世界で生きてきた、その下町文化というコミュニティにすら入れない、さらに外れ者なわけですね。
そういうこぼれ落ちてきたもの、進歩の中でこぼれ落ちてきたもの、そしてこれから先おそらく置き去りにされて消えゆくものにも、日本人として大事にしてきた何かがあるんじゃないですか。
そしてそこにこそやっぱり今、こういう世の中がどんどん先のこと先のことって見ていく中で、いや、古いより大事にしてきたもの、この地域コミュニティの中で大事に育ててきたものにも意味はあるよねっていうのを、虎二郎という存在を通して思いっきりバーンとカウンターとして出していったのが、このところは辛いよだったんじゃないのかなっていうふうに考えるわけですよ。
はい、どう?ここまで大丈夫?ここまで。
54:00
で、まあね、トリックスターの話をちょっとしておきますけど、文化人類学者の山口雅夫さんっていう人が、道家の民族学っていうのを出してるらしいですね、この人もなんか、これもでもね1969年から70年に雑誌連載をしているらしくて。
これだからまさに、男は辛いよの好概念なんですよ。
ちょうどこの時期に、中心と終焉っていう枠組みね、中心権威だったり、あるいは秩序だったりっていうのが集まる場所と、そこからはみ出た無秩序でわい雑な場所、その組み合わせによって社会は成り立ってるっていうことをこの人言ってるんだよね。
でもこれって本当にまさにその通りで、世の中がクリーンなもの、秩序だったものでどんどん構成されていけばいくほど、その周辺には当然そこからはみ出たものがずらーっと並ぶよねっていう。
だいたいSF作品なんか必ずその構図になりますよね。選ばれし者の美しいシティがあって、その周りにスラムが並ぶみたいな。
でもそれって別にSFだけの話じゃなくて、実際に世界中どこ見てもあるんですよ。
ま、多いよね。
でもまさにこの1969年の日本っていうのは、その勢いが増そうとしていた時代だったんじゃないのかというね。
新しい日本の未来を美しく秩序だったものへというふうに進んでいこうとすると、当然その中ではみ出していくものっていうものが当然生まれていくような、そんな構図にあったんじゃないのかなっていうふうに思うんですよね。
またさらにね、その中心地から外れたもの、それを体現して、そして体現するものとしてトリックスターがいるというふうに。
こいつらは結局ある種、狂言回しのような、笑いによって物語を転がしていくような存在。
トラジロンもまさにこの作品においては、まんまそうですよねっていう笑いによって。
ただ彼は本当に外れにいるからこそ、誰に対しても全く持って、立場みたいなものに左右されずに物を言うことができる存在として動き回ることができるわけですよね。
彼には主従関係みたいなものは存在しないわけですから、別に誰に対しても好き放題言うことができるっていう点で言うと、
下手したら宮廷道化師みたいな、権力者に対しても物を示せずに言うことが許される存在として描かれているという。
ある意味超ビッグだったんですね。
そうそうそう。それを通して、本当に以下みたいなものが行われていて、みんながそれって当たり前だよねって流してるようなことに対しても、彼はどんどん突っ込んでいけちゃうっていう。
それを通して彼の言葉でハッと気づかされてしまうっていうふうなことが、外れにいながら、さらにその外れからも外れてしまうトラジロンという存在によって、それを成し遂げてるんじゃないのかなっていう気がするわけですよね。
57:11
はい。
で、ここでちょっとキャラクターをもう少し深掘りしていくと、トラジロンはどの陣営にも属していないわけですよ。
それって結構、本作においては常に二項対立が存在していて、例えば親がいない桜、残された肉親は兄弟のトラだけなんですけど、
そのトラも20年いなかったわけですから、完全に身寄りがいない、お嬢おばしかいないっていうふうな状況。
今日の桜と非常に家柄のいい見合い相手っていうのは、これ完全な対立構図になってるわけですよ。
そして下町での生活、葛飾柴又の生活と桜が働いているオフィスビル、これも完全な対立構図になってますよね。
そして職工として働く広志、そして大学教授の父、これも完全に二つの対立軸になってる。
何もかも対立軸になってるんで基本的に、常に対比されている、それらが。
ただトラはじゃあどこに入ってるかって言って、どこにも入ってないわけですよ。
おそらく。
オフィスビルにもいないし、柴又にも溶け込めてはないんですよ、彼は。
そこからも外れた人間ですから。
だからもう全ての対立構図の中に一切属していない。
でも彼は属していないからこそ、外側にいるからこそ、構図の外側にいるからこそ、誰に対しても失礼な口を聞くことができるわけですよ。
だから物をすることはない。だってそもそもそこには何の意味しもないわけですから。
好き放題言うことができる。でもそんな彼だからこそ言える言葉がたくさんあるんですよね。
ここでこの第1作において出てきた名言をいくつか見ていきましょうよ。
もうさっきね、大間が言ってくれたんですけども、「お前と俺とは別な人間なんだぞ?」
早い話がだ。俺が芋食ってお前の尻からプッとヘが出るか。
これですよ。
この後に何て言ってるかですよね。
どうだざまみろ、人間はね、理屈なんかじゃ動かねえんだよって言ってるわけですよ。
ここがすごく面白いのは、その理屈で動く人間っていうのをもう少し解釈していけば、
ある種、進歩して秩序が重んじられる社会において、理屈でこそ人間は動くとされるわけですよ。
こうして、こうやったらこうなる。結局、あらゆる仕事っていうものがどんどん効率化していく中で、
結局全てがプロトコルで動いていくような感じになるわけだよね。
こうする、こうする、こうする、そうするとこうなる。でも人間の情ってそうじゃないでしょって。
1:00:03
Aと言う人間とBと言う人間が同じプロセスを踏んだとて、結局同じ気持ち同じ行動になるかって言うとそんなことは絶対ないわけで。
だから彼が言ってるこのイモクってお前の尻からプッとヘが出るかっていう例え話はさておき、
彼が言ってるそのお前と俺とは別な人間なんだ。だからこうお前の気持ちをお前が察しろとかね。
あるいはお前がそうなるからって俺がそうなるわけじゃないだろうっていうそんな当たり前のことを結局彼は、
彼なりの言語でぶつけてきてくれるわけですよ。
同型がある理屈っていういわゆる新しい世の中における一つの権威なわけですよね。
秩序っていうもの。秩序や理屈っていう権威に対してそれを落として、むしろ人間が生きるっていうこと、
人間の心情っていうその不可解なものっていうものにこそ価値があるっていうことを言ってるセリフなわけですよ。
完全なカウンターなんですよね、この当時の社会の流れに対する。
で、もう一個ね、これもちょっとわけわかんないんですけど、これも広瀬に対してですけどね。
おいこら青年ね、お前大学で出てなきゃ嫁はもらえへんってのか、ああそうかい、てめえはそういう主義かっていう。
これもね、自分で桜は学歴のある相手に突かせるみたいなことを言っておきながら、
広瀬がそれを言うと、お前はそういう主義かみたいなことを言うわけですよ。
けれども、彼自身同型ですから、自己矛盾なんて一切恐れないわけですよね。
恐れずに、でも結局世の中はそういう流れになっていってるわけじゃないですか。
家柄のよろしいところに行くのが幸せであるだとか、そしてただし身寄りが少ないんだから、そういったところに嫁に行って、ぶんぬんかんぬんみたいな。
でもそういう理屈じゃないよねって、世の中がどんどん理屈や秩序によって構成されていくようになると、
結局置き去りにされるのは人の情なんだよね。
って考えると、この言葉の中にも彼自身がこの世の中の流れに対する一つのカウンターを提示してきているっていうことが読み取ることができるんじゃないのかというふうに感じるわけです。
だから理屈だったり秩序、新しい価値観、新しい身分秩序としての学歴、そういったものが完全に正しいのかどうなんだいっていうのをトラは自分の言語で見てる人たちにも突きつけてきてるわけなんだよね。
そしてそれってまさしくこの変化しゆく世の中の中で、何か違和感を感じていた人たちの言葉を完全に代弁しているようなものだと思うんですよ。
だって69年に世の中がどんどん新しい方へ新しい方へと進んでいく中で、そのスピードについていけない、ついていきたい、あるいはついていきたくないのかもしれないっていう戸惑いを感じていた人たちは確かにいたはずだよね。
1:03:09
そういう人たちにとって完全に外れ者としての記号となっているようなトラがその思いを代弁してくれるっていうのは、実に気持ちのいいことだったんじゃないのかと。
いやいや、僕らが大事にしてきたものってそこじゃないんじゃないの?っていう。そういったところが非常に当時の人にも刺さったし、おそらくは今、この1969年どころじゃないですね。
極めてクリーンで、正しくないものは全て正しくないという、正しくないものは悪であるみたいな空気になりつつあるようなこの世の中に暮らしている僕らにとっては限りないオアシスに見えるわけですよ。
まあ、まあ確かにね。
そう。で、最後ですね。最も重要なのは最終的なさくらの決断なわけですよ。
彼女はある種、新しい世の中に適合しようとしてきているわけですよね。オフィス外で、まあもう時代は電子ですから、電子の仕事をしているわけです。
進歩する日本の人生というのを歩みかけていたさくらが、トラとの再会を機に、食行のヒロシと下町での生活を選ぶことになってるわけですよ。
だってこれトラ帰ってこなかったら、あそこで演談まとまってますよ。
そうだね。
トラが帰ってこない、オイちゃんはお酒を飲まない、トラがいないし、オイちゃんは元気だからオイちゃんと一緒にお見合いに行く話は続かなく決まる。
はい、おしまいですから。
さくらは新しい世の中、新しい日本の住人として物語を歩んでいくことになるんだけれども、そこにトラがやってきて、コミュニティに騒ぎを起こす。
そういった中で彼はさくらたちに対して、今まで自分たちが大事にしてきたコミュニティのあり方、コミュニティの秩序、コミュニティだけに通用する秩序。
そういったものの価値っていうものを彼らにもう一度再認識させたことによって、広島の下町での生活を選ぶというふうに言ってもいいのかもしれないわけですよね。
だからこそ、トラジローっていうのは女に振られ続けるダメ男っていうね、簡単に説明するとそんな感じですし、必ず一作に一回は振られるんですけれども。
実質それはコメディという枠組みを存続させるために必要なプロットだっただけで、実際にはこの作品が一体人々の何をつかんでいたかっていうと、
忘れられゆく日本の景色だったり、日本のコミュニティの中で極めて狭いコミュニティの中で大事にされてきたその人情という秩序ね。
理論ではない、理論ではない人情という秩序に対する愛着をもう一度我々に思い起こさせてくれるような、そんな存在だったからこそ未だに愛される存在になってるんじゃないのかなというふうに言いたいわけです。
1:06:15
だからもう令和の今こそもう一度見てくれと、効率化最適化グローバル化っていうね、それこそが正義であるかのように語られつつあるじゃないですか。
ちょっとでも何かこうはみ出たことがあると、まあそれはまあみんなで袋叩きにすればいいのみたいなテンションになっているけど、ちゃうやろとはね。
そこじゃないでしょうと、っていうのをもう過剰なまでに主張してくれる存在がいてくれることによって、
ああ、ちょっと自分を追い込みすぎてたかもしれないみたいなふうにみんながちょっとほっと一息つけるような場所として男はつらいは今でも機能してるんじゃないのかというお話でございました。ありがとうございました。
なるほどね。ちょいかぶりだな。
どうしよう。 いいですよ、かいつまんででも。
ちょいかぶりだからちょっと続けてお話ししちゃうでもいいですか? いいですよ。
えっとね、僕何々説っていうのがちょっとなかったから、昭和は良かったと本当に言えるのかなんですけども。結局まあ結論から言うと、昔は良かったっていう風説ってまあどの時代にもあるじゃないですか。
ありますね。
あれの正体ってなんだっていう話なんですけれども、まあ69年の話をさっきもこちゃんがしてくれたので飛ばして、
トラさんっていう人が今回の映画の中では敵屋みたいな形で物を売っていくと、で、なんかこうてんてんとしていくっていう人で、さっきコミュニティのどこにも属してないよっていうのはそのまこちゃんが言う通りで、
実は多分、そこが一番懐かしむという感情の中で一番大事なのではないかなというところで、コミュニティのどこに属していてどういう体験があったかっていうのが、昔は良かったの正体なんじゃないっていう話なんですね。
トラさんを見ていると、いきいきしてるシーンがいくつかあるんですよ。
一つはさくらの結婚式、もう一つはお嬢さんとのデートっていうところなんだけど、お嬢さんとのデートっていうのは、トラ二郎からすると、お嬢さんに何かを求められていると。
それを自分が提供することで喜ばれるっていう、その一つの人とのつながりであったりとか、コミュニティに属しているぞっていう感覚があるときに、トラさんはこう、いきいきと笑顔でシャンシャンとやっていくわけさ。
1:09:20
結婚式のシーンもそうなんだよね。コミュニティの中で、結婚式の中ではトラさんはよそ者だからみたいなことを誰一人言わないわけさ。
さくらの結婚式だからこそ、トラさんはさくらのお兄さんだというところで、結構みんなから尊重される立場にある程度はあると。
そういうときにトラ二郎っていうのは、いろいろ楽しく過ごせる。ある意味お見合いのときもそうだったんだよね。
あなたが行ってほしいみたいな頼まれ事があったっていうところで、やっぱり共同体の中で何かの役割を求められて、そこの役割を遂行できてるっていうときに、
トラ二郎がすごく生活ができているっていうところで、
僕は山田陽次さんのことについてちょっと調べたんよ。
山田陽次さんという方を調べたところ、どうやら子供時代は満州で過ごされていて、敗戦後に日本に引き上げてきた、
っていうような経歴を持つ方らしいんですよね。 だからこそ、
山田陽次さんの正確なというか明確なというか、故郷っていうのはもう存在しないわけさ。
満州の方はどんどん変わっていったわけだから、明確に中国という国にも変わってしまったっていうところ。
その人が自分の故郷であったりとか地域との繋がりみたいな映画を描いていくっていうことは、
やっぱりそこのコミュニティにどう属すかっていうところが大事なんだよっていうような映像を撮っているんじゃないかと。
いろんな年代の人が昔は良かったっていう話をしていくんですけれども、
まこちゃんもよく平成初期は良かったとかいう話をよくしますけれども、
まこちゃん以外にもやっぱり、僕らの親父世代とかおじいちゃん世代とかも何とかの時代は良かったなみたいなことをずっと言っているんだけれども、
ノスタルジアっていうそういう感情に関してなんですけれども、
懐かしさには結構ね、自己連続性って呼ばれるような動きがあるらしいですし、理学的には。
1:12:04
で、その昔の自分と今の自分が地続きであることを確かめるっていうことがすごく大事らしくて、
自分が今の事故っていうのが非常に揺らぐときに過去を思い出して、
で、ああ、あの時はこうだったなっていう輪郭を確かめていくっていう。
だから懐かしいっていうのは単なる後ろ向きな感情だけじゃなくて、懐かしむことで今がどうなってるかっていうような形作るっていうような役割があると。
あとは、これはもう記憶というものの整理質だけども、
嫌な出来事にくっついていた感情の方が、要は良いことよりも早く忘れていくと。
嫌なことっていうのはもう本当に衝撃的なことじゃない限り、トラウマとして残るものじゃない限り、
大体良いことっていうところが感情は残っていくらしいのね。
それはなんか、自分の幸福を守るためにそうなんだろうなと思うんだけれども、
そうすると、あともう一個。
人が肯定的に思い出す時期っていうのは、共通点があるっていうふうに心理学的に言われていて、
先ほどから何回も言ってるように、自分に何か役割があって誰かとつながっていたっていうのと、
先並み通しがある程度立っていた時期っていうところが懐かしみの対象になるらしいです。
で、やっぱりこのトラさんの話にもつながっていくんだけども、
トラさんにもつながりはあるんだけど、
渋谷マータに帰れば迎えてくれる家族と言っていいのかわかんないけれども、
お姉ちゃんおばちゃんがいて、桜がいると。
でも帰って行った時には役割がないと。
し、彼の生活は見通しがないから安定もしてないと。
だから先ほど言ったような懐かしさの働きかけと記憶と、
あと肯定的に思い出す時期っていううちの二つが欠けているわけさ。
だからその懐かしんでる時代そのものじゃなくて、
その時代にいた自分自身がどうであったかっていうところが、
懐かしみの昔は良かったの正体なんじゃないかなと。
同じ話ちょっと繰り返しちゃうからもうここら辺でちょっと聞いちゃうんだけど、
映画の中の男のつらい世では温かい柴又っていうところが、
義林城みたいなところがすごく描かれているんだけれども、
そこの中で自分が生活していたとかっていうところを、
そこを想起させるっていうところが、
この男はつらい世から通される、
その昔は良かったのを風説に繋がっているんじゃないかと。
なんていうんだろうな。
でもこれって結構モロハの刃みたいなところがあって、
1:15:00
確かに地域のコミュニティって非常に懐かしむっていうところで見た場合、
すごくよく見えるんだよね。
でも裏を返してみれば非常に監視社会の真っ只中でもあるわけさ。
虎さんがお嬢さんと通っていた時には、
すぐに原稿から地域の人たちに噂話が広まってとか、
お見合いの一つでもあれば次の日には地域がもうみんな知っているみたいな話があって、
そういう監視であったりとか、ある意味虎さんも、
そういうコミュニティの中の噂話のネットワークによって排除される人の一人でもあったりもして、
そうするといいことばかりでもないけれども、懐かしんじゃうのって怖いなっていう話です。
つまり何も結論はない?
懐かしいっていうのは、あまり実態がないものだなというところと、
都合がいいところを懐かしいって思うんだよねっていう話。
自分は懐かしく思ったの?
これを見て?
うん。
全然。
全然おかしくない?
そういう人がいるよねっていうところからよ。
昔は良かったおじさんがよくいるじゃない?
そうですね。
昔が良かったおじさんってあまりよくわかんなくて、今の時代が一番生きやすいと思ってるからさ。
そうなんだ。
今の時代の何が生きやすいの?
僕はテクノロジーが一番…っていうより、
多分僕かなり陰キャだから、コミュニティに属するっていうのはそもそも僕難しいのよ。
新しいコミュニティを作ったりと、コミュニティを維持したり存続したりっていうのが非常に難しいから、
逆にあの時代って僕生きにくいのよね。
じゃあ確かにそうかもしれないね。
個人主義社会っていうものが、結局今現在の世の中の作りの根本にあるじゃない?
個人の自由、個人の幸せの追求みたいな。
それが結局、完全な自由を生み出す代わりに、
ありとあらゆる制約は外れるけれども、
完全な自己責任の世界になりつつあるよね。
結局この自己責任の社会を、いいよねいいよねって言ってる人たちの多くは、
自分には無限の可能性があるって信じてる若者。
あえてバカ者と言わずに若者と言いましたけれども。
1:18:02
そういう人たちばっかりなんですよね。
いざ世の中に出た時に、何も通用しないなってなった時に、
誰も支えてもらえない自分がそこにいるという、
恐ろしいエンディングを迎える可能性があるということを、
あんまり考慮してないってことがあるのかなって気がするんだよね。
オウマは今の世の中で自分でちゃんと生きていけてるじゃない?
だから今そこが住みよいって思えてて、それで叱るべきだと思うんだけども、
今の世の中で自立して生きていけるかどうかがまだ分かっていない状況の中で、
それを雷散することの怖さっていうものは俺はあると思ってる。
そういう人って樽を知らないのよね。
今の自分の中で何を楽しみとして、何を是として生きるかっていうところの、
天井がない高望みをしている人が非常に多くて、
僕今の現状の、今もらってる金と、今もやってる趣味と、
今もやってる仕事で、割と満足してるから、
あとは穏やかに少しずつ過ごせればいいやっていうぐらいだけどさ。
多少の目標はあるよ。自分の仕事でこういうことをやっていきたいなとかっていうところはあるけれども、
上を見れば上がいっぱいいるし、下を見れば下がいっぱいいるしさ。
多分自分の能力の限界値みたいなのも高が知れてるから。
すると自分だけでする仕事っていうのはあんまりないなっていうのは、
要は分かってるわけさ。
ただそれをコミュニティを自分が運営していけるような人物かというとそうではないから、
じゃあ自分が満足するところで生きるしかないよねっていう、
そういう半ば諦めみたいなところもある。
でもだからそれでいいんじゃないっていう。
だからそう感じられる人たちはそれでいいし、
結局それでちゃんと自分で力を持ってるからいいんだけれども、
要するにつまずいたときにリスタートできるかっていう。
結局下町文化の中で見ればわかるけれども、
誰もが失敗しても別に普通になんとなくそのコミュニティで生きてはいけるっていうさ。
虎なんでまさにそうじゃないですか。
そこだから総監視社会かもしれないけれども、
それゆえにみんなが結局なんだかんだで目かけてくれてる安心感みたいな、
そういったものがそこには生きているのかもしれないね。
だからそれに対してすごく生きづらいよねっていうふうに思う人がいても当たり前だし、
これにはこれの温かみがあるよねっていうふうになる人たちもそれぞれいるんでしょうけれども。
ただやっぱり大事なのは男はつらいは完全なフィクションであって、
全く現実味を帯びた話ではないっていうところもすごくいいのかなって僕は思ってるんですよ。
1:21:00
本当に完全なスクリーン越しの非現実な世界だからこそ、
彼らの生き様だったり彼らの言葉っていうものを、
本当にまるっきり自分に重ねてつらい思いをする必要は全くなくて、
それでいいで確かにその通りだなと思わせてもらえるような言葉は吸収できてっていう、
そういう心地良さってコメディの強みじゃないのっていうふうに思うわけ。
そんな馬鹿なしか起きないから、別に重ね合わせてつらくなる必要がない。
でも本当に都合のいいところだけ抽出して自分の人生の糧にできるって良さはそこにあるのかなって気がしましたね。
そうだね。
ある種かなり羨ましくはあると思う。こういう生活を送れる人。
まあそうね。
陰キャの俺からすると共同社会みんなつながっててさ、
一声かければみんな大トロさんみたいに言ってくれたりとかさ、
まあないもん、俺の中の生活の中で。
まあなかなかないですよね。
なかなかないですよ。
なかなかないし、そんな人もはやいないんじゃないですか。
人としては事案だからね。
そうですよ、今やね。
やっぱりそういう安心感、みんなに知られてる安心感というか、
なんか慕われるってそういうことだよね。別に尊敬される必要はなくて、慕われているっていう風な。
そういうなんか羨ましさすぐ感じますよね。
慕われていたいなと思います。私も。
慕われていたい。
慕われていたい。
はい。じゃあまあそんなところですかね。
はーい。
今日なんか意外とそっくり終わったね。
いやいやいや、こんなもんかなって思ってましたよ僕は。
これから先もトラさんはだいたいこんな感じで続いていきますんで、
ぜひ一作見てね、もうなんかちょっと面白かったなと思ったら、
ぜひ二作目三作目を見てくださる方がいてくれると僕は非常に嬉しいので、
ぜひ気になる方はご覧くださいということで。
じゃあ何かありましたら、言い残したことでも。
そうね、男は辛いよで、トラさんも辛かったかもしれないんですけども、
多分この映画の中で一番辛かったのは、おいちゃんとおばちゃんだろうなって思いました。
語りたいものがある。好きでたまらないものがある。
それならもう話すしかない。
気になったもの、はまったもの、人生をちょっと楽しくしてくれる者たちを持ち寄って、
本気で語り倒す30分。
笑えてちょっとタメになって、たまに明日何か書いたくなる。
毎週日曜更新、俺たちの物語。
誠大間でお送りいたします。
1:24:04
おいちゃんに至ってはさくらの名前間違えるぐらいですからね。
間違えちゃったっけ?
もう有名なセリフがあるじゃないですか。
おい枕、さくら取ってくれって。
間違えそう、確かに。
定番ですからね。
親戚筋とはいえ、全然関係ない子をあそこまで育ててさ、
それで厄介な兄貴が来て、
大変なことになるって。
本当に大迷惑だと思うよ。
大迷惑には違いないんですけれども、
それでも許してしまうという。
そこの懐の広さよね。
そこなんじゃないですかね。
謎の感動がいるんですけれども。
名作と呼んでいいエピソードはいくつもありますので、
ぜひ皆さんに見ていただきたいんですよ。
こう見えて。
電車で、
俺たぶん漫画で読んだと思うんだけど、
これダメだって言って。
あれ?妻が子供に逃げられた人を見つめてくるやつ?
そうそう。
確か漫画版に収蔵されてて、
なんとなくイメージあるんだけど、
あれは映像で見たいなと思って。
あれも良かったですよ。
東平の娘ね。
あれも最高ですよ。
地獄ですからね。
ぜひとも皆さん、
男はするよ。
名作が多いので。
なかなかでもわかってもらえないですね。
なんか古い映画でしょとか、
なんか古臭い価値観の映画でしょみたいな感じで、
言われがちなんですよ。
ちなみに僕これ借りた時にですね、
師匠の方に、
二度見されたんで、
好きなんですよって言ったら、
見たことないですねって言われたので、
ぜひオススメなんで、
っていう風にオススメしたんですよ。
見たことないですけど、
たぶん私の趣味じゃないですって言われて、
見たことないのに趣味かどうか、
言うんじゃねえよって言って、
キレそうになりました。
はい。
そこはちょっとグッと大人が。
グッと堪えてね。
そこはね。
もう虎さんじゃないですよ。
グッと堪えてね。
そこが都政人のつれいところだと言って、
1:27:01
帰りましたけどね。
そんなわけでね、
ぜひ先入観持たずに、
見てみてください。
非常に面白いのでね。
そんなわけで、
次回何やる?
打ち上げ花火。
ほうがイベントが続くんですよね。
ほうがイベントでできれば、
僕らが中学校の、
あんな時間に見たんだっけ?
美術だっけ?国語だっけ?
国語じゃなかった。
美術はラブレターじゃない?
ラブレターか。
国語か。
国語で見ました。
なぜか。
いまだにちょっと説明を覚えてるのが、
世にも奇妙な物語の、
昔バージョンに、
なんとかっていう番組が、
タモさんがやっててねっていうくだりを、
先生が説明してたら覚えてるんだよね。
その一環で流れたみたいな。
というところの、
打ち上げ花火、
上から見るか横から見るか。
上からじゃねえな、下からだな。
そこら辺怪しくなってますけれども。
僕は本当に、
大きな恵の前世紀はあそこだと、
確信した作品なので。
大きな恵って何?
夜中水泳する子?
水泳する子。
帰っちゃう子ですね。
水泳を見守る子です。
そんなわけで、
お聞きいただきましたのは、
リールフレンズイン東京。
今回はテーマをなぜか序盤に
言ってなかった気がしますが、
夏の放歌祭り。
男は辛いよ。
あの頃の日本はどこへ行ったのか。
でお送りいたしました。
番組では投稿フォームを通じて寄せられた
感想やリクエストを実際に、
番組のテーマや構成に反映しながら
制作しています。
面白かった、ここは引っかかったなど、
短い言葉でも大歓迎です。
また、Xでハッシュタグリルバルをつけたポストも
受け取っております。
頂いた声は番組の中でご紹介させていただくこともありますので、
ぜひあなたの声をお届けください。
公式エクサカウントはリールフレンズイン東京で検索。
フォローもよろしくお願いします。
リールフレンズイン東京は
アップルポッドキャストをはじめとする主要な
ポッドキャストアプリで配信中です。
本日のお相手はまこと、
大間でした。
それじゃ、またねー。
またねー。
01:29:40

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