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2026-03-18 20:00

ゆるくやろう、で多分上手く続く気がする

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はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。 このシゴクリラジオはパーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっております。よろしくお願いします。
今回のテーマは、先回から続いていますが、その続けるにはみたいな、瞬発力ですね、瞬発的にやって燃焼して終わっちゃうみたいな、そうならないために、
先回とか先々回とかですか、わかりませんけど、要は中長期的に続けていくには、論的なものとか理性的なものとか、リスナーのあなたがお得意かわかりませんが、仕組みとか習慣か、みたいなことをしていくといいよね、みたいな。
それをしないと、短期的に感情に持ってかれて終わってしまうよね、みたいな話をしていましたが、
始めた方はそんな話をしていました。でですね、なんかそんなごちゃごちゃ言ってもどうなんすか、みたいな話もあると思うんです。確かになと思ってて、
いちいちですね、考え方として、まず長期的と短期的な考え方があり、感情的なものと理性的なものがあり、そのバランスを両者で取っていかなきゃいけないですよねって。
ちょっと長いじゃないですか。で、そういえばと、そんなことを考えてて思いついたというか、思い出したのが、一言で言うと、ゆるくやろうっていう。
たぶん、ゆるすというか別に気にしないですけどね、佐藤さんの本ですが、ゆるくやろうでいいんじゃないかな、みたいな。
というわけで、ゆるくやろうっていうのの意図じゃないですけど、その話をして、
しごくりんもですね、ゆるくやろうと。ゆるくやるっていうと、意味合いとして真剣にやらないとか、ほどほどにやるっていうか、本気を出さないみたいな風に思われるとちょっと違うんですけど、
とはいえ、本気でやるからにはみたいなのにやると、本気って気合じゃないですか、気持ちじゃないですか。本気って言ったときに、
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その習慣化とか仕組み化みたいなのを、いわゆる思い出しづらいと言いますか。このあたりはもう感覚になるんですけど、なんかずれるなと。
なので、ゆるくやるっていうのが、最適とは言えませんが、ベターなんじゃないかというわけで、しごくりゆるくやろうみたいな。
ってやるといい感じになるんじゃないかなという、そんな話を少ししていければ、今回はそんな話でいきたいと思います。今回もどうぞよろしくお願い致します。
はい、しごくりラジオ大橋です。よろしくお願いします。今回のテーマはですね、しごくりをゆるくやろうと。
そうやってゆるくやることが多分、続けてかつ、いい形になるんじゃないかという、ひとつの提案提言みたいなものです。
ゆるくやるというのは、今までの話を踏まえるならば、感情と理性ですね。直感と論理でもいいんですけど、
その両者を程々に使っていく、もしくは両方を意識する。どうなんでしょうね。感情的になってたら論理を、論理的になってたら感情を、みたいな。
両者を議義する感じでいくと、いいんじゃないのかなということを言ってます。どっちかでいいっていう主張はしてないです。
バランスというのは、5対5とか50対50みたいな感じではなく、揺れ動くっていうのもひとつ付け加えたいです。
ただ、0-100-100-0とか10-0-0-10はないんじゃないかなと思います。多分。どんなに気合だって言っても論理が欲しいし、
どんなに仕組みや習慣かって言ってても、やっぱり気持ちは欲しいのかなと思います。
僕自身の感覚では、ゆるくやるというのは、ゆるいので、やること自体はものすごくなことをやらなくていいんですよ。
ちっちゃなことでいい。ですが、やるんですよね。やると言ったからにやると。
それは、気合とか意思じゃないんですね。やると言ったからにやるというのは、僕自身がやれるように環境を整える仕組みを作るということに他ならないという話になります。
例えば、ここにメモがあります。メモ帳があります。ペンがあります。メモをするには、メモ用紙と言いますか、白い紙があり、そこにボールペンを置いておくということで、
これが機能するか置いておいてすぐメモが出ますよね。気づいたらメモできるようにしてあります。
ということは、何か気づいたらそこでメモできますよね。という話なんですよね。例えば。
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でも、これがメモ用紙もありません。ボールペンというか書くものもありません。ということはメモはできないですよね。
メモをするという習慣を身につけたいのであれば、環境としてメモ用紙とメモを常に目につくところに置いておくと。
別にそうじゃなくても常に持っているとかね。わかりませんけど。スマートで録音するとかもいいんですけどね。それはもう各々各々一緒ですか。
各自が考えたアイデアを実施すればいいと。だけど、具体化個別化の話ではなく、抽象化してしまえば仕組みを続けられる環境。
仕組みを続けられる環境があっているか。環境を作りましょうという話なんですね。自分がメモできる環境を作りましょう。
継続できる環境を作りましょうという話です。環境というのは今言っているようにメモをするということを続けたいのであれば、ボールペンを置くと。
そこに当然意志はいります。意志が絶対いらないというわけじゃなくて、ただメモ用紙がありメモができるのであればメモをするんですよ。きっと。
もちろんメモしたい内容がなければダメなんで、話はどんどん細かくなっていくんですけど。
大橋さん、そんなこと言っても、メモ用紙があります。ボールペンがあります。でもメモしないって言う人いませんか。
おっしゃる通りなんですけど、それは何かをメモしたいということがないのであれば、それはちょっと頑張ってくださいというか、コントロールする必要があって。
今言っているのは、もうちょっと進んだ話で、メモをしたいんだけどメモするものがないのでメモしませんでしたみたいなことを避ける話ですよね。
じゃあ何でメモするのみたいな話になってきますよね。何でメモしたいんですかってなってきますから、そのあたりは学んだことを忘れないとか、
気づいたことはアウトプットしたいからとかね。そういうのがないと無理ですよね。
だからそのあたりは設計の仕方になるんで、ちょっと細かくはもちろん言わないというか、細かく言えないというよりも言えないですね。人によって変わってくるんで。
メモをしろというわけじゃなくて、そういう習慣かメモをする習慣をつけたい人はメモ用紙を用意しボールペンを用意しておかなければできないよね。
むしろそういうことをやっていてそれに対して自覚的じゃない習慣化できてる人はもう既にそんなことやってるんじゃないかなと思います。
実際の方はメモの習慣がどういうふうにされているかわかりませんし、習慣化がないという方もいらっしゃるかもしれませんが、そんな感じになるんじゃないかなと思います。
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で、緩くやるっていうのは、そういう仕組みは作りますということはやらなきゃいけないです。
なのでそれ緩く緩くないよねって思った方はごめんなさい。
作ってやるんだけど、必死というかですね、気合でやらないって感じですか。やると多分継続できるんですよね。
で、そういう枠を作りその仕組みっていうことにはまっていくと、あとは感情ですよね。
楽しいの面白いなとかいうことを入れていけば、おのずと習慣化され中長期的に続き、それは自分にとって楽しいことである、面白いことであるってことなんで続いていくわけです。
バラ色じゃないですか。
っていうところを目指そうっていう話ですね。
で、仕組みにおいては自分の仕事や事業を作るってことなんで、その事業を作るためにやることをやらなきゃいけないと。
何度も言ってますが、仕組み的に言えば自分がそんなに大したことじゃないなと思っていることが他人からですね、人からそれいいよねって、いいよねちょっと教えてよとか、それできるのすごいねっていうようなことがいいかなと思います。
労をせず評価されるじゃないけど、多分それが続きやすいと思います。
で、そこでお金を得るためにみたいな話で、趣味でもいいんですけど、お金にする、自分のやってることをお金にすることに対して抵抗感があると。
例えば飴をいっぱい作れる人がいて、飴じゃなくてもいいんですけど、ハンドメイドとかいいですけどね。
で、ハンドメイドで服を作れる人がいたとして、ぬいぐるみとかね。
それは自分にとっては普通だから材料費だけでいいですよっていうような人がいたと、時間がかかってるのね。
それはその人の考え方なんだけど、仕組み的に商売とかビジネスにするのであれば、ちゃんとお金を取った方がいいですよね。
ときにお金を取ることに抵抗感がある方は割といらっしゃるんじゃないかなと思います。
今は知らないですけどね。昔だと結構いらっしゃったような気がします。今は知らないです。
だけど、今もそんな変わってないと思ってて。
自分で作ったものを売るんだけど、自分が作ったものは大したことないし、他にもすごい人がいっぱいいるから、申し訳ないですっていう人が多分いると思うんですよ。
これはよくある話だと思ってて、自信を持ってくださいっていう風にするか、
世の中にはですね、
手術学的な話でもないんですけど、しようとしてないんですけどね。
自分の世界、自分が見ている認知している世界っていうのがあります。
で、他人から見た世界というのは違うんですね。
例えば、桜はまだ咲いてない、咲いてたりしますけど、桜っていうものが綺麗だっていう人もいれば、桜に対して悪い思い出があって、見たくないっていう人もいらっしゃると思うんですよ。
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だから、みんなが桜いいよねって言ってるのは、若干危険なわけですよ。
でも、空気を読むというよりも、配慮して、おもんぱかっていったやつですね。
配慮して、桜がいいように見に行こうねっていう人の気持ちはわからんでもない。
だがしかしだ、みたいな。
そうじゃない人もいらっしゃるよね、みたいな。
まあまあまあまあ、十箱の隅とかナンクセつけるとかいろいろあるから、その話は例え話ですけど、
そういうふうに、自分が見てる世界が全てじゃないんですよね。
っていうことを認識していればOKだと思います。
もしくは、自分が見てる世界と他人が見てる世界は違うので、他人が見てる世界でOKっていうふうに言われるのであれば、
多少気持ち悪さがあるかもしれません。
こんなんでいいのかな、みたいな。
多少気持ち悪さがあるかもしれません。
そうは言ってもね。
それでOKとするか、できるかは、最近は性格じゃないかなと思ってます、僕は。
慣れでもありますけどね。慣れない人もいると思うんですよ。
もう慣れないな、みたいな。
しょうがなくないですか。
自分が作ったハンドメイドのぬいぐるみのヨーモノの服を売るってことに慣れない。
すごい素晴らしいものを作っててもね。
慣れない人がいたときに、もう慣れないです。
で、お金は取れないです。
取ったら精神が崩壊しますと。
あ、ご自身のね。
だったら無理ですよね。
でも、世の中の仕事、商売、ビジネスもそうなんですけど、そんなもんじゃないですか。
要は、無理してやってくれとは誰も言ってないわけですよ。
無理してぬいぐるみを作り、ぬいぐるみの服を作って売ってくれっていうわけじゃないですよね。
だったら、よくも悪くも趣味でお金を取らずにやるのがいいんじゃないでしょうか。
っていう話になります。
そのあたりを守護国っていうふうに掲げることで、
試しましたか?試してみましたか?と。
試してないならやってみてください。
で、アレルギーじゃないんだけど、お金を取ることに対して拒否感が発動して、
できないわっていうんだったら、それはやめた方がいいんじゃないかなと思います。
なので、そういうこと、その行為ですね。
守護国意思を何かやってみよう、ゆるくやってみようという行為をチャレンジとしてやっていって、
これはいいかな?これはできるかな?みたいな、できないかな?みたいなことをやっていかないと、
身がかれないわけですよ。
守護国利力みたいなのはないんですけど、みたいなものがあったとして、
ただ、考えないと身につかないし、やってみないと身につかないから、やるしかないんですよ。
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で、いうのを僕はゆるくやるっていうふうに言ってます。
だから、ゆるいから適当、つまり、やっつけ仕事みたいな質の低いことというか、
言われたからやりましたみたいなのはちょっと違いますよね。
それはもう従々承知されているかなと思いますけど、という前提で喋ってますけど、
な話でした。
ゆるくやろうという感じです。
じゃあ大橋さんと、ゆるくやることで不安な方がいて、保証してくださいとやることに対して、
必ずうまくいくと保証してくださいと。
そうやって思ってなくても言ってくださいと。
もしかしたら言われる方いらっしゃるかもしれませんが、僕言われたことはないですね。
僕今まで言われたことはないですけど、アイディア出したら必ずうまくいくことを保証してくださいと。
ないです。
残念ながらないです。
なので、アドバイスする、コーチングじゃないけど対話する、
過別する、全部そうですけど、こうしたらうまくいきますなんていうのは保証することはございません。
安心してください。
で、なんでそう言っているかというと、そんなことを言い切っている人の方が怪しいですよね。
僕は知らない、そんな言い切っている人ね。
必ずできる。
必ずできるなんて言葉自体がそもそも怪しいわけです。
それはモチベーションということで、やるぞやるぞやるぞいくぞみたいなね。
その気合を入れるための言葉だったらありです。
でもそれは感情的な言葉であって、論理として必ずできるなんてことはないと思います。
もちろん必ずできると思っていた方がいいと思いますよ。
でもそれを他人が、つまり僕が保証するというのはちゃちゃらおかしい話じゃないですか。
主観で自分が必ずできる。
僕はその守護国で必ずビジネスとして何か生み出すよっていうふうに言うのはいいですよ。
自分がね、僕がね。
リスナーのあなたもご自身もそうやって自分が何かやることに関してやるのはいいんだけど、
人の話に対して、人のことに対してどうこうしますっていうのを保証するのは違うんじゃないかなと思ったりします。
特に性質的に正解がないようなものは特にそうかなと思います。
だがしかしですよ。
だけどそこを保証をしなくても必ずやらなくても再現性がある程度高くなくて、
アイデアを出すって言ったのに出せませんでしたはさすがにダメだと思いますよ。
それは商品的な話というか。
クリーニング屋さんにクリーニングしてるのにクリーニングされてなかったとかね。
そんな話になってくるんで。
それは商売というか品質が低いんじゃないですかね。
というわけで考えてほしいかなと思いました。
というわけでまとめますと、ゆるくやろうということを意識されると、
ゆるくっていうのはフワッとしてるんだけど、
でもそれは感情と論理、仕組みですね。
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とか直感的な意思的なやつと気持ちでやるっていうのと本気ですね。
気合ですね。
いうのだけじゃなく論理仕組みで回すっていうのが入ってくるような感じを覚えました。
僕の中ではしっくりきたかなと。
ゆるくやろうっていうふうにやると多分いい着地になるんじゃないかです。
多分です。
人によってはゆるくやるっていうふうになると、
もうグダグダになってできませんっていうふうになるかもしれないんで、
その人はもうちょっとやったほうがいいかなと思います。
たまにですね、スパルタってやつですよね。
要はビシビシ言ってくれっていう人がいると思うんですけど、
それって結局自発性、述性みたいなものが芽吹かないといいますか生まれないんで、
その管理者であるスパルタでいう人がいないとできないような気がしません。
っていう意味で僕はワークしない、要は機能しない、つまりできない。
そういうことはできないんじゃないかなと思ってます。
知らないですよ、実際は。
でもそれって偏差値教育みたいに詰め込み教育みたいな感じで、
何か覚えて何かやるみたいな感じがしてて、
ちょっと古い感じはするかなと。
そうやって覚えてやってきたんだっていう人がいたら申し訳ないですけど、
僕はちょっとよくわかんないかなっていうところではあります。
これくらいにしましょう。
というわけで、ゆるくやろうっていうことを意識されて、
施工クリもそうですし、いろんなことをゆるくやろうって言ってみて、
その仕組みと感情ですね、気持ちと論理って言いますかね、
その2種の違うものを混ぜこぜにしながらやれると思った以上に続くんじゃないのかなっていう話です。
もしくは続いたものはそういう風になっていたっていう風に
演劇的なやつですね。
後からそういう風に気付かれるかもしれません。
今回は以上となります。
施工クリラジオ大橋でした。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上失礼いたします。
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