僕が体験してないとか体験できないこととか、その人がどう考えている、そこでそう考えるんだみたいな。
それが好きですよね。っていうのが多分体温みたいなね。話も惜しくて体温っていうか、僕という人間がまさにその可視観というサービスに向き合うというのはちょっと大げさですけど、
を使ってます、使って考えた、感じたことを書いたっていうことがきちんとっていうのが変なんですが、
そこそこと言うかね伝わったんじゃないかなっていう意味で評価いただいたっていう話になります。
でですね、この体温っていうのが割とポイントだなって思いまして、
このポッドキャスターも話しているように、初めて聞く方もいらっしゃるかもしれませんが、
AIに記事書かせたらいいじゃんみたいな人もいらっしゃると思うんですよ。
だけど、記事書かせますよね、AIに。なんかちょっと気持ち悪いわけですよ、多分ね。
なんか予想通しだったり、ちょっとよくわかんないものになると。
で、文章自体は短いものとか、記者の新聞記事とかの記者さんが書いたような記事で端的に事実を挙げるものはその人のキャラクターみたいなものは出す必要はないし、
出してはいけなかったりするかもしれませんよね。だけど、でも人じゃないですか。
で、人が書いた記事っていうのはその人の考えや感覚、感情か、みたいなものも出てくると思うんですよ。
出すなっていうんだったらちょっと違ってきますけどね。
出さないっていうのを好む人もいるかもしれませんけど、正直僕はそんなつまんないんで、それ。
あんまりやりたくないし、だったら別に他の人にやってくださいみたいな。
その突っ張られてるわけじゃないですけど、感覚ではあります。
で、そういう時に結局いろんなAIに記事を書かせても、なんかつまんないわけですよ。
全部ダメだっていうわけじゃないです。AIを絶対使うなとかそういうことではないし、AIに記事を書かせちゃいけないわけじゃないんだけど、
じゃあ、ひるがいってと言いますか、僕がブログ記事、個人の人が書いてる、しかもその人知らない人のやつを見て、
なんかこう楽しいってなんだろうなってね、これは結構引っ張ってまして、去年の12月とかでしたっけ、
何度かここでも話しているんですが、改めて言えば、簡単に言えば、
自分が書く記事に書こうとする文章があって、それを過剰書きで10個くらい並べて、論点と言いますか、ポイントを書いて、
それを今まで僕が書いている文章があるので、僕が書くような感じにしてくださいみたいな風にしたときに、
あんまり面白くないわけですよ。自分、書いてないからね。過剰書きで10個アイディアというかエッセンスは書いてますよ。
それを書いてくださいってAIに先生させてるんで、別に書いてることは間違ってないんだけど、つまんないんですよね。
で、なんでつまんないんだろうなと思ったときに、いくつかアイディア的な話はあるわけですよ。
要は、覚えめぐらすみたいなパターンがあって、要は記憶の早期と言ってもいいと思いますが、
要は思い出すわけですよ。書きながら、こういうこと言えるなって。それが寄り道になることもあるんだけど、戻ってくる。
寄り道してってそのまま終わっちゃったらダメなんですけど、ちゃんと戻ってくるっていう前提にして、
一旦寄り道しましょうみたいな。で、戻ってきますみたいな。そういうことがあったり、自分でも気づく。書いてて、
あ、そうだそうだ、このこと書いててこれも言えるよなみたいな。で、収集つかなくなったりしてたらまた別のことで書けばいいから、
一旦広げてみようとかもできますし、要は授業で課題を書いて、それを正々堂々に書かせて終わるっていうような作業じゃないんですよね。
だから人によっては全然違うと思います。
リスナーのあなたが書くことがあんまり得意じゃなかったり、あんまりやりたくないなという人にとっては、
僕自身が僕が言っていることはよくわかんないし、そんなことを真似して書きたくないと思うかもしれませんが、
そういう意味では僕は書くのは好きなんです。自分の感情でもいいし、もしくは事実や論理とか伝えたい情報を届けるっていうのは、
多分割と好きなんですよ、きっと。で、その時にAIに書かせてね。で、面白いかって言ったら面白くないわけですよ。
っていうことをわかんないです。ライターをやっている人とか、プロと言いますか仕事でやっているっていうね。
仕事でやってたらプロですね。っていう人がいるのか、どういうふうにやっているかわかんないんですけど、
つまんないわけですよ。そんなAIに書かせてしまうと。で、だけど一方でAIでいいよねっていう動きもあるわけですよ。
書かせればいいよって。で、そうなるとどういうことになるかって言ったら、
人が書いた漢字っていうのが多分説明できるかどうかが難しいところですが、
少なくともこれ何か人が書いてるなっていうのって、まだわかるわけですよ。多分。
で、まあね、星一一章っていうね、AIを使ってもいいっていう小説ですよね。
ショートショートだけじゃないと思いますけど、そういう章ではAIを使ってもいいから、人間とAIのコラボレーションみたいになってきて、
別にAIが書いたからダメってわけじゃないですけど、AIじゃない人が書いた文章を読みたかったりするみたいなのは、
僕だけじゃないんじゃないかなって思ってるんですね。ニッチかもしれないですけど。
で、確かにそういう時に小説を書いて読んだんだけど、AIに書かせたものだったっていうふうになると、
なんかちょっとガッカリするというか、残念な気持ちになるというのはわからなくもないです。
だけど、そのクオリティが高かったりするときは、その人がちゃんと見て判断してるからクオリティも多分高いんですよね。
だからちょっと言い方が雑になるんですけど、AIそのままバンって出したようなやつで、
いかにもっていうのが難しいんですけど、書き方、あと特徴的なのが、チャットDBGとかジェミンとかセーセーAIの特徴で、
マークダウンだと思うんですけど、アスタリスクですよね。2個を並べて強調するみたいなのがあって、
それがそのまま出ちゃってるやつありません?あれはね、これ見直してないのかなって思っちゃいますね。
だから2つ不審になる。これ見直してないAIにそのまま出させたやつで、かつ見直してないから、
その人の伝える能力が低いか、が露呈するか、もしくはそこが整理できてないっていう感じわかります?
AIに書かせてるだけで、自分でその状況が整理できない。だから客観視やメタ認知能力があんま高くないって言ってるようなものになるんですよ。
絶対そうだとは言いませんよ。絶対そうだとは言わないんですけど、それがその人の本気というのも変なんですけど、
100%でありこれですよっていう時にやっぱりきついですよねみたいな話ですね。
そういうのが面白くないんで、自分なりに感じたことや考えたことを書いていくっていうのが僕はいいなと思ってるって話です。
一方でそういう文章ですよね。僕じゃなくて他の方が書かれたのも、これAIじゃなくて自分で書いてるなっていうのがわかったり、
今言ったような、生成AIが好むような特徴的なものが出てきたらしらけるみたいなのがあって、
そういう中でライターをやってる人、ライターメインの人でもなくてもいいし、ライターをやるっていう人もいいんですけど、
人間が書く文章って何なんだよねっていう人ですね。もしくは僕がですね。書く文章って何なんだろうねっていうのが多分ポイントになるんじゃないかなと思います。
これが人間の体温が感じられる文章だよねってことを僕自身が定義はできないんですけど、少なくとも今回の記事広告では僕らしさみたいなのは多分出たんじゃないかなと思います。
僕の記事の特徴かわかりませんけど、カジュアルすぎるっていう人はいいかもしれないけど、
なるべく親しみがあるような感じで、かつ論点というか要件を抑えつつ、
その人の感じた言葉、僕が感じたことを出しつつ、そこそこ読める。
そこそこ読めるのはちょっとわかんないですけど、さっき言ったようにアイディア、提案ですね。
このサービスはこういうふうに使ったらいいんじゃないか。もしくはこれを改善するといいんじゃないか。
そこでそういうものが要素としてあるっていうのが一旦僕らしい文章になるのかなと思いました。
それは微細というかすごい細かい紙一重の話かもしれないですけど、
それが僕が今まで特徴を付けてきたというか、プログラマーをやってたりとかね、
工藤さんの官邸さんのところで勤めてたりね、リサーチや企画考えたりね、
IT周りでウェブ周りでごちゃごちゃっとやったりね、アイディア出したりね、
ビジネスの企画考えたりみたいな、そういうことをごちゃごちゃっとまとめた感じがそれかもしれないし、わかんないです。
ぜひ宣伝になりますが聞いた方で、自分のサービス、特にウェブサービスとかITサービス、アプリとかね、
GoogleのAndroidはないのでそこは対応できないんですけど、iOSであれば対応できるというところですが、
気になる方はぜひ記事書いていただきたい方は、四国理の問い合わせが四国理ラジオのところから、
四国理から行けますのでそこからでもいいですし、レーターでも大丈夫です。
送りいただければいいかなと思います。宣伝しちゃったんですけど、もし気に入っていただけたらって感じですね。
もちろんこの四国理というものを愛している方がいるかわかりませんが、フリークな方でいいよという人がいたら、
こういうこともやってますよということで、お楽しみに、ネタとして楽しんでいただければいいかなと思ったところでした。
対応という意味ではそういう形になるかなと思います。
別にライターがどうとかってことは僕からはそんなに大したことは言えないんですけど、
自分が感じたことや考えたことを書くってことがですね、
もう一つ話が細くなるんですけど、YouTubeをやってるんですよね。
これはちょいちょい言ってて、1年くらいやって方針が変わったのか、
友人のアドバイスではないけど、友人が紹介してくれた、
エクスカルドローという海外のサービスですけど、いわゆるホワイトボードみたいなやつがあって、
それを最近書きながら、図解みたいなものです。ホワイトボードみたいな画面があって、
そこで書いて、僕が喋ってるみたいな。だからこのポッドキャストもYouTube側にも一応リンクしてあげてるんですけど、
ポッドキャストは全部言葉みたいな感じで、ちょっと弾丸浴びるみたいになってる人もいるかもしれないんで、
ちょっとそこは申し訳ないなと思いながらも、一方でYouTubeの方は図というか絵と言いますか、
書いてるんで、それを見ながら弾丸を浴びるみたいな。
考察YouTubeみたいになってる感じです。考察ってほど大したことではないですけど、
でもそういうことを普段やってるんで、苦しいとか辛いとかもやりたくないっていうふうではなく、
別にこんな考えたらどうするかみたいなぐらいでやってるんですけど、
それはですね、意外に需要というかニーズがあるかを置いといて、いいのかもしれないなって思ったんです。
で、なんでそんな話してるかというと、別にそれはYouTubeの発信というかところでやってたし、
別にそれはそれでいいんですけど、今回ですね、体温という話をしたじゃないですか。
人間が書くっていう。そこで体温を感じていただけなかったら、僕も寂しいんで、
そこは自信があるというか良かったなと思って、結果論的に話してるんですけど、
YouTubeの方も考察ということで、ゆっくり動画とかYouTube見られる方がもしかしたらご存知かもしれませんが、
別にいいんですよ、VTuberとか。VTuberは別に対応があるのか。
AIですね。AIに喋らせたり、AIの音声とか、人が関わってこないようなもの。
あんまり僕は見てないような気がしますけど、そういうのがあったときに、結局このポッドキャストも同じように感じてもらえればいいんですけど、
僕が今喋って、収録ですけど、喋ってるってことが意味があって、それがまさに体温というか。
嬉しいことがあれば嬉しいし、悲しいことがあれば悲しい。
そのテンションが高まれば、すごくめちゃくちゃ早口になってきて聞きづらくなる。
めちゃくちゃ聞きづらいわけではないかもしれないけど、まあまあまあ。
リズムがあるわけですね。
こないだ話したようにリズムがあって、それはAIには多分ないし、そのリズムはすごく意図的に頑張って作るしかないんですよ。
AI側にもね、指示して喋り方を意図的にゆっくりしてくださいとか。
それって台本があって音楽みたいな感じになっていくから、
それが聞きやすい、聞き取りやすい、構成として優れている、何かいい感じだったらいいんですけど、
ちょっとやっぱ平均的になっちゃいますね。
そもそもそんなふうに、指示できないですよね。
人間側がね。
いい感じに喋ってくれるフォトキャスト、もしくはYouTubeみたいなの、台本みたいなのをAIに喋らせてみたいなのがあるかもしれないけど、微妙でしょうね。
で、なんでそういう、それこそAIが喋るとか、ポッドキャストみたいなのが出てきた時に、正直あれじゃないですか。
気持ち悪いというか、なんか機械っぽいわけですよ。AIボイスってね。
結構聞けるっていうのもあるけど、ずっと聞いてきたくないわけですよ。
なんでしょうね。飽きるし、体温がないんでしょうね。きっと。
でもそういう話です。
だからそれを摂取するなとは言いませんが、摂取し続けるのはちょっときついだろうなっていう。
もちろん人間は人間なんで、僕の話を聞きたくないという人ももちろんいらっしゃると思うので、閉じていただいて大丈夫なんですけど。
そういう、なんていうんだろう。
相対的にですね。これは何度か言ったかもしれませんが、相対的にAIでコンテンツを作るってことですね。
音声や動画、記事ですね。作れるじゃないですか。今作っていける。
その時に人間が出てきたり、人間が喋るっていうのが手間がかかるわけです。
それをやっているっていうところが、一周回って、それでいいじゃんみたいな。
なんか伝わりますかね。
今までは、人間がやってきました、AIが来ました、撮って叶われますみたいな話をしてるんだけど、
いやいやいや、待ってくださいと。そのAIが撮って変わったとしても、それを聞きたいんじゃない?みたいな。
AIポッドキャストを聞きたいんじゃない?
AIYouTubeを見たいんじゃない?
AIの記事を読みたいんじゃない?って僕は思うんですが、リスナーの方はどう思います?
そういう時に、何見ます?何聞きます?っていう時に、もちろん著名な方とか、
実績のある方とか、僕実績がない。何に対して実績があるか分からないですけど、
そういう時に、素人の話は聞きたくないわ、みたいなのはもちろんあるかもしれませんが、
僕は素人ですけどね。何に対して素人か分からないですけど、
そういう時に、YouTubeっていろんな人が発信してるから、
ぶっちゃけトレーニングとかして、動画として面白いとか、ポッドキャストとして面白いとか、
記事として面白いとか、ある程度の型みたいなのはあると思うんですけど、
一方で、あとは限界があるじゃないですか。その人が届けられる範囲というか、
出会うとかってね。ある中で、じゃあ何を届けていくっていうか、
AIじゃないものを見ていくかって言っていくと、結構そこがフリーダムというか、
自由な領域でもあるから、いわゆるチャンスがあるんじゃないかなと思ったんです。
ちょっと長くなりましたけど、要は、AIに変わっていくことで、AIがどんどん増えてきた時に、
そこに飽き飽きする人が出てくると。例えば僕ですね。僕みたいに感じる人は、
みんなが僕みたいに思う顔とは思わないです。だけど、なんか意外に、
なんか人間っていいよねみたいな見直して、それを摂取したいというか、
得たいよねっていう人はいらっしゃるんじゃないかっていう説ですね。
そっちに、てかそこにしか僕は多分かけることができないと思いました。
YouTubeもそうだし、人間臭い、泥臭い、泥臭いっていうのは違うかな。
生々しいというか、簡潔に分かりやすく、はいこれです、じゃあこうしましょうみたいなのは、
ぶっちゃけ誰かがやればいいなって思いますし、もちろん僕も整理してこういうことですっていうのは、
もちろんそういうことをやっていきたいんですけど、それって量をこなし、
ある程度やった人が言うからまとまってるわけです。抽象化できるわけですね。
抽象化して何かすごくエッセンスみたいなことを伝えることは、
それなりのまず具体の経験や量を減らなきゃいけないわけですね。
減るであってますね。それは、何て言うんだろうな、
多分ある程度時間が経たないとできないです。
今だって、僕は誰も答えが持ってないと思いますが、
AIが教育が丸めつかるのかって言われたら、やってみるしかないじゃないですか。
もしくは仕事を奪うみたいな話があるときに、どういうもので仕事を奪われ、
どういうものだったら仕事を奪われないか、分かります?
分からないじゃないですか。だから自分のやってきた中で、
もしくは今やれる範囲で、もしくはAIを使ってみてどうなるかとかを、
実験と言いますか、挑戦と言いますか、トライしていくしかないですね。
試行錯誤していくしかないという主張です。
ここで言えることは、それをやりながら、
ビジネス作ったり仕事作ったりしていくしかない中で、
僕なりにそれを言えることは言っていくし、
分からないことは分からないと言っていると思います。
素直な媒体だと思います。素直なメディア、個人メディアだと思いますけど、
それでどこまでやれるかは知らないですけど、そこをやっていくしかないなというところです。
というような取り組みを見せていくというと、
つくろっている感じがするんですけど、
共有するとか押す分けということは僕は知っていますけど、
その感覚でやっているわけです。じゃないと続かないし、
大変なんでやりたくないってなりますよね。
そういう経験や具体的な経験とか体験とかを通して、
上でバチッと最後にまとまるというわけです。
なので、自信を持ちましょうと言うとちょっと上から目線になりますけど、
やっぱり今回話を戻していくと、記事広告を書かせていただいたときに思ったのが、
それをAIができてしまうということはないんじゃないかなと思います。
もちろんそういうふうに、記事じゃなくていいよねっていうね、
依頼主の方、企業の方ということですけど、がなければ、
もちろん成立しない仕事ですし、みんながみんなそれでいい、
おばさんいらないです、AIでいいですという人もいらっしゃると思うんですよ。
その状況によってはね。だけど、待ってくださいと。
多分そういうのって求めてる人とか、求めてる人とかも多分いて、
書いて欲しいなっていう人は実はいて、いてですよ。
妄想かどうか置いといてね。いるかもしれないなと。
そういうのを書きますよと。もちろん僕がやれることは限られますよね。
インタビューしてもいいんですけど、インタビューしても面白いかどうかわからないから、
それは企画次第ですけど、記事をね。
サービスということで、人間が書いて紹介するってすごいアナログですけど、
いいじゃんってね。本当に心から思いました。
別にこれ自分の記事を褒めてるというよりも、そういう行為でいいんじゃないっていうことですね。
行為っていうのは人間が感じて話すこと、人間が書いて記事にすること、
人間が書いてアウトプットすることっていいんじゃないかな。
わかんないです。それがうまくいくかはまたわかんないですし、
YouTubeの書きながら考えるっていう謎コンテンツになってるんですけど、
ダメじゃないんじゃないかなと思ってます。
特にAIについて考えたい人って、僕は結構考えたいんですけど、
別にAIを今めちゃくちゃ使っててどうこうってことはないんですけど、
こいつって言ったら怒られますけど、どう付き合っていくか、どうなっていくんだろうねっていうのは、
誰も答えがないからこそ、どんどん自分なりに使ってみる可能性をアウトプットするのは、
多分ですね、結構な人が知りたかったりするかもしれないなと思いました。
ゲームでもいいんですけど、やるまでもないんだけどレビューしてあって、
紹介してあったらちょっとやってみたくなるとかありません?
そういうので僕もやってみたことあってハマったこともありますし、
ツールでもいいですよね。アプリでもいいですけどね。
なんか紹介されててとか、そういうのって多いんですよね、きっとね。
そこのニッチかもしれないけど、隙間はなんかいいんじゃないかなって思いました。
あとこれは僕の力不足ってことでありますけど、いわゆるマーケティングといいますか、
宣伝っていうところは個人の力では難しい部分があるから、これしょうがないんですけど、
ただ、今回はその可視観というサービスになりますけど、
これってもしかしたら、もちろん僕の知り合いでね、
本を読んだりとか管理したりっていう人はいるかもしれないですけど、
だけどこれを直接知り合いで使いたいなっていう人は、
もうちょっと申し訳ないんだけど、直接は思い浮かばなかったんですよ。
申し訳ないってわけじゃないですけど、
だけどこれって意外にコミュニティとか、可視観りするところってあるわけですよ、きっとね。
なくならない。だってその組織もそうだし、仕事の法人とかね、記号もそうですけど、
NPOとかいわゆるコミュニティ、市民のサークルとかでもいいですけど、
絶対あるんじゃないかなと思うんですよね。
例えば健康麻雀みたいな。健康麻雀のところで、麻雀時代の可視観りは知らないですけど、
そこで例えばどっかに旅行に行くからカメラを貸してほしいとか、
わかんないですよ、そういうのがいいかどうかね。置いといて、
そういうことで可視観りをするときにそういうシステムがあれば、
スマホを持っている人も知り合いの方でも多いですから、使ってみたりとかって結構あるんじゃないかなって。
別にそれは健康麻雀向けのサービスではもちろんないんですけど、
そういうところでも使えるよなって思ったりするわけですよ。
そういうときに、部活動とかね。
だから、そういうのをマーケティングで言えば届けられる仕組みとか、
こういうやり方をすればいいんじゃないかみたいなところを、
多分これは僕の力不足でしかないんですけど、できたり形にしていったらめちゃくちゃいいんじゃないかなと思ったわけです。
これは結構ある流れだと思います。
つまり広告とかでインフルエンサーとかの人とかでもいいですけど、
自分の媒体を持っているもので宣伝するっていうのはあるわけじゃないですか。
例えばペットの影響力というかフォロワーが多い人が、
YouTubeなりInstagramで紹介して、TikTokでもいいですけど、
そこでペットフードを売るとかも全然いいと思うんですよ。
だけど、僕はそこまでのものはないわけなんで、
じゃあ別に諦めるというわけじゃなくて、
どうすればこのサービスを広げることができたり、
届けるっていうのは誰にでも使ってくださいというわけじゃないですよ。
改めて基本かもしれませんけど、
どういった対象者にお客さんは誰で、
その人はどういうことに困っていて、
もしくは何を得ようとしているプラザのことを持っていて、
それは何で解決策ですね。
どういう解決策、サービスでもいいですけど、
どういうふうに解決するのか。
それに対して最後に価値。
お金を払っていただけるかどうか。
その4点。
もしくは価値の部分は絶対なんですけど、
お金を払ってもらえる前の価値ですね。
価値があってもお金を払ってもらえなかったらダメなんで、
そこはちょっと前後しますけど、