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はい、シゴクリラジオ、大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。
よろしくお願いします。今回のテーマは、こつこつやっていこうみたいな話です。 僕は、クイズゲームと言いますかね、そんなめちゃくちゃ面白いとも思ってないんですけど、どうですかねって感じで作っているクイズ、具体と抽象というゲームがございます。
簡単に言えばですね、選択肢の中から具体の方はどっち、抽象の方はどっちっていうのを選んでいく2択のゲームで、とてもシンプルな作りです。
最近ですね、タイムトライアルっていうんですか、60秒の間でどれだけ問題を解けるか、みたいなのも追加したりしましたけど、そういうふうにですね、モードとかいろいろ変えていって、どうなるかと。
バージョンは1.0.8みたいな、1.00から8回ぐらいアップデートしてるって感じです。 そのゲームの話はどうでもいいんですけど、じゃあそれを開発して届けていくってところで、どういう感じでやっていくかと。
でですね、いろいろ観点もあると思うんですが、一つですね、Googleのサービスでデータスタジオっていうのがありまして、それでですね、レポートみたいなのが見えるんですよ。
レポートが見えるというのは自分が設定したんですけど、例えばGoogleなんで、GoogleのAnalyticsを、これはブラウザーゲームなんで入れてまして、ゲームの中にね、スタートを押した、要はクイズゲームをどれぐらいの、人というよりも回数ですよね。回数はどれぐらいなのかとか。
リプレイしたのか、それともリプレイはあまりなかったのか。リプレイというのはもう一回やるってボタンを押したかどうかですね。そういうふうにログは入れてまして、それでわかるんですよね。毎日どれぐらいの人が。
っていうのって、毎日見てまして、今言ってないんですけどね。ここで何人がどうとかは言ってないんですけど、そういうのを見てて、見ていくことが大事なんじゃないかと。もちろんですね、それで反応がなかったり変化がなかったら飽きちゃって見なくなるんですけど、めちゃくちゃわかるんですけどね。
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そういうのめちゃくちゃわかるんですけど、見続けていってどうかっていう、そういうのってないですかね。それがですね、ある種コツコツやっていくのを、やるって言っても、何か開発するとか、主体的と言いますかよくわかりませんけど、何か作るとか、そういうわかりやすいものだけの話じゃなくて、
これはアナリティクスだとちょっと違いますね。ユーザーでプレイした人の行動データを観察するとか、分析するとか、そっちですよね。それもコツコツやるの一つですよね。
でも何かそういうのって地味すぎるというか、開発とかジャンルというかね、やることで分けてしまったらマーケティングとかっていう領域になるかもしれませんが、その領域とかどうでもよくて、全部やらなきゃいけないわけなんで、個人開発だとね。
そういう時に、毎日データを見ていくことって大事じゃないですかね、そんな話です。そんなに膨らみはないかもしれませんが、そんな話をしていきたいと思いますので、何かコツコツやるとか、いいよねっていう人は別にそんなめちゃくちゃいかなくてもいいかもしれないですけど、どんな感じなんだろうねっていう人はもしかしたらヒントになるかもしれません。
今回も興味がある方は引き続き聞いてみてください。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いします。今回テーマはコツコツやっていこうというわけで、冒頭でお話した通りで、僕が作っているゲーム、具体的な抽象というクイズゲームの話で、ゲーム自体はどうでもよくて、それで毎日Googleのデータスタジオでデータを見てますと。
これはユーザーのプレイデータみたいなものです。別に大した話じゃないです。直近1ヶ月で45回くらいです。つまり1日1回か2回くらいです。
しかも直近だと5月28日から1月1日まで6日間連続で誰も使っていない。そんな感じです。要はゼロもあるし、1、2くらいって感じです。
現実はそんなもんかなと思います。めちゃくちゃ使われてると思ってた人は期待させて申し訳ないですけど、そんなもんです。
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よくノートとかで個人開発の人の取り組みを見てますけど、そんなもんですよね。アップストアなりGoogleプレイ出しても、宣伝とか何か出していかないと放置してたら数百が限界なんじゃないですか。ダウンロードですよ。
ダウンロード数って数百が良いとか悪いとかじゃなくて、認識していただくとかっていくと数千はいるんじゃないですか。ちょっと分かんないです。どういうものにするかによると思うので。
そんな世界というかね。1日に1、2回使われてるぐらいの、遊ばれてるぐらいのゲームだと。
タイムトライアルですか。60秒入れたらギャッと増えるかっていったら、そんなわけはなく、別に特にそんなに変わりもなく状況になってます。
今回そういうゲーム開始数というか、ゲームをプレイしてくれた人の数。人の数じゃない。ゲームをした数か。人とは言えないんで、もしかしたら熱狂的な人が1人ずっとやってくれてるかもしれないし、新規でたまたま見かけた人とかがやってくださるかもしれない。
ちなみに自分のやつは入ってないはずです。自分のIPとかからは除外してるはずなんで、カウントされないはずなのと、僕自身は全然ゲームのURLにアクセスしてないっていうのもありますね。
開発するときにローカルですし、仮に動かしたとしても最終確認でリリースしたやつを見るっていうのが感じですね。
1日何に使おうかどうかとか置いといて、1つこれいいなと思ったのがありまして、それこそあるノートで書かれてましたけど、じゃあ1日1人2人だから使ってくれてる人がいて、その人が同じ人かもしれないしそうじゃないかもしれない、わかんない。
だけど、それってすごいんですか?すごくないんですか?もしくはいいんですか?よくないんですか?ってなるじゃないですか。
どうですか?そのあたり。リスターのあなたが個人開発、プログラミングとかゲームを作ったりとかアプリを作ったりという経験がないとよくわかんないかもしれないですし、
あとそういう経験じゃなくても絵を描いたり写真を撮ったり文章を書いたり、何でもいいんですけど何かを作って出したというご経験があれば、それの意味がだいぶ違ってくるかなと思います。
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やったことある人とない人でだいぶ違う。だからやったことがないからダメとかね、そういうことじゃないですよ。
やったことない人は想像していただきたいんですけど、1人とかってすごくないですか?っていう話なんです。
そのノート記事もそんな感じで、1人とか2人しか使われてないよってもしかしたら思われてるかもしれないですけど、1人2人がこのゲームを遊んでくださるって素晴らしいことじゃないかと。
そういうことを言うと、いやそれで満足で終わりっていう感じに聞こえたかもしれないですけど、それはそういうことじゃないんですけど、まずそこを大事にしましょう、見ましょうよねっていうことですよね。
そこから積み上げていくって感じですかね。だから数字的には誰も心立ちが低いかもね。
心立ちが低いなってもしかしたら思われるかもしれませんが、1日誰も使わない日がない。要は1日1以上みたいな。1回以上プレイしてくれたら嬉しいと。
そうなんです。そんなところで、一旦いいかなって。コツコツやっていくって時に、飽きちゃいけないっていうか、飽きたらダメではないんですけど、飽きないようにやっていくっていうのが大事なんですよね。
飽きるっていうのは、マラソンじゃないんですけど、パワーバランスというか。
マラソンとかは別にやってないですけど、僕はやったことないですけど、長距離を走る時にいきなり体力が無かったら無理なんですけど、いきなり走れる体力があっても、いきなり最初飛ばしたりすると後もたないわけですね。
体力はあんまり回復しないですよね。出力ですね。走るスピードっていうのを最大出力にすれば当然速いけど、間に合わないですよね。
昔はスーパーファミコンなのかファミコンなのか、世界陸上みたいなゲームがあって、アスリートみたいな。ひたすら連打しましたね。何だったんだろうなって。
それだけですよ。連打してそれだけっていう。コントローラーの連打機能がないのをやってたので、爪を立ててボタンをガガガッと擦るみたいな感じで。
コントローラーボロボロになりますけど。思い出しましたけどね。
そうやってですね、ペースを一時的に上げて走ってしまえば、もう全然持たないんですよ。そのマラソンもありましたね。あんまり速く走るとそれはダメだったんです。
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いい感じのペースで走らないと持たなかった。懐かしいな。なんかあったらやりたいですね。
それを置いておいて、そういうふうに適した出力でやっていった方がいいんじゃないですかね。っていう話なんですね。
誤解を恐れずに言うと、たぶん1日1人やってもらうっていうのもない人もいるわけですよ。
ゼロが続く日が多すぎて、月に1回ぐらいしか誰もやってくれないとかわからないですよ。
僕の場合はクイズゲームだからちょっと違ってくるんですけど、アプリとかサービスですよね。
例えばダイエット記録アプリとかだと、それをダウンロードしてもらってもあんまり取れないわけですよね。
体重ぐらいのデータはいいけど、それを誰かと特定されたら怖いですし、それをどう使ってて使わなくなるかっていうのもそうだし、
毎日体重記録アプリを見るかどうかも、それは開発者の人だったら見るかもしれないんだけど、
自分にとって、特にユーザー、利用者にとって、
例えばこのクイズゲームだったら、体重記録アプリも数あるうちの1個でしかなく、だからいいっていうこともあるんだけど、
それでっていうふうに過ぎ去っていくわけですよね。
引っかからないとかいうのでもいいし、毎日起動してなんかやるものでもない。
起動コストみたいな感じっていうのが習慣化してなかったらめんどくさいですよね。
そういうのもあるんで、なかなか状況もつかめないし、
毎日使ってくれたらいいっていうわけでもないわけですよ。
わかります?この辺り。
それはそのアプリやゲームが何を目的としているか。
だから別にこれを記事とかイラストとか写真とか、何でもいいですよね。
作るものに置き換えていただければいいんですけど、
それが最適化されてるってだけじゃないんだけど、毎日使われているからいいとかね。
そうなんですよ。毎日使われてないからダメとか、もうちょっと極端なわけですよね。
そういうことです。
じゃあおばさんは何でこのゲームを作ったんですかって話になると思うんですけど、
シンプルで具体的に抽象っていう考え方や感覚を身につけたり、
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もしくはそれを知るきっかけとしてもらうぐらいですかね。
で、1個出しといてそこをちょっとリリースして、
改善していってどうなるかっていうのをちょっと見ようかなっていうのもあって、
やってます。
これはですね、友人と話してちょっと驚いた部分もあって、
簡単に言えばそういうアウトプットするんだけど、
そのデータですね、いわゆるどれぐらい人が使ったとか、
そういうのをあんまり見るっていう感覚がなかったって話をしてたんですね。
それ結構驚きでして、僕からすると見るんですね。
で、見たら改善しなきゃいけないわけじゃないんですよ。
見たら毎日見続けてやってくださいっていう。
そういう話じゃないです。
そういう話じゃないんですけど、
だけど見続けていって、ヒントというか材料はあったほうがいいんじゃないか。
だからここの切り離しが1つの分岐点と言いますか、
1つの熟練度と言ったらおかしいですけど、あるんでしょうね。
要は毎日見たら成功するとかね。そんな話じゃないです。
だけど自分のやっていることをその反応を見られるものがあり、
しかもそれがずっとゼロとかでもないから見えるわけですよ。
しかもGoogleのデータスタジオっていうのは毎回見に行っているというよりも、
メールで届くんで、添付ファイルでも見えるし、
リンクしたらサイトを見に行きますけど、
毎回レポートで組み立ててカチカチって押して見に行くというよりも、
レポートでまとまっているやつを僕がまとめたんですけど、
くどいですけどね。
僕が出力してくださいっていうものを見ているだけなんで、
3ページくらいのものをピックアップしたものを見ているだけなんで、
別にグラフと数値があるだけです。
見ているだけなんで、別に大した時間がかからないですよ。
って言っているけど、そういうのも見るの大変だよっていう人もいたり、
見たところで、これもありますよね。
何をしたらいいかわからないっていうのもありますよね。
そうなんだって。
でも、分からないです。
僕も別に分かっているわけじゃないんですけど、
見るっていう習慣とか、取り組みとしてそれを見ようとして見ているということ。
例えばさっき言ったように、新クイズモードを入れたら、
ガッとプレイ回数が上がるとかっていうのを
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思ってはなかったんですけど、
そこまで習っていないわけですよ。
その時に、別に自信を持ってって話じゃないんですけど、
自信を持って言うのもおかしいんですけど、
確かに根拠として新しいアプリの新機能でもいいですけど、
ゲームでそういう新しい取り組みっていうか、
それは機能でいいのかを入れたら、別に増えるわけじゃないですよね。
それをちゃんと届けて使ってもらうっていう風にしないと、
意味があんまりないですよ。
使ってもらいたい賞を増やしたり。
開発でよくありがちなのが、
特に個人開発で絞って言っておくと、
機能をたくさん作ったら見てくれるっていう幻想があるんですよ。
これは1回壊したほうがいいと思ってて、
幻想っていうのは、確かに機能として本当に何もやらなかったらダメなんですけど、
それは増やしたら人が来るかっていうと、
もしくはそれは魅力的だと思うかっていうと、
逆ですよね。ごちゃごちゃしてて何ができるかわかんない。
もちろんそれが他機能だからいいっていう人もないわけじゃないんですけど、
多くはラーメン屋って言った方がラーメンってことがわかりやすいですよね。
ラーメンだけどチャーハンがあって、チャーハンがあってステーキがあって、
ステーキがあって中華があるみたいなの見せて、
行きます?って話なんですよ。
それ何屋みたいな。
そういうことを言うと、
肩書きみたいな話して何々っていう肩書きでやってますとか、
何々ですっていう風に言い切った方がいいっていうのもわかるんですけど、
それやると今度本当にラーメン屋やりたかったらいいんですけど、
あとステーキ屋やりたかったらいいんですけど、
分かりづらいからステーキ屋って言ってますみたいな感じになるんですよ。
この分かりづらい、自分が分かりづらいと思われるからステーキ屋とか、
妥協肩書きみたいなやつですよね。
妥協のラベリングっていうんですか。
自分でですよ。
誰かに言われたんじゃなくて、自分でそうやって掲げていくのは正直あんまりお勧めしないですね。
あんまりね。
要はそれで、
ないのかもしれないですけど、
自分は別にステーキ屋とか掲げたくないんだけど分かりやすいからステーキ屋さんって言ってるんです。
それで認知されました。
でも別にそんなステーキに力入れてるわけじゃないんだって。
バレますよね。
そういうことです。
つまり自分が掲げているものっていうのに、
別に全部100%やるってわけじゃないんだけど、
本当こうなんですっていうふうに体が前止めになるような感じじゃないなら、
無理して言わなくてもいいんじゃないですかね。
じゃあお母さん、それの場合、
もしかしたらラーメン、ステーキ、中華、チャーハンとか分かんないですけど、
そうやって掲げているところで迷っててどれを押し出せばいいか分かんないけどどうしたらいいんですか?
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っていうのが来るかどうか分かんないですけど、
来たとして、実際のあなたがそう思ったらどうするかって話なんですけど、
正直難しいですよね。
別に掲げなくていいんじゃないですか。
のと、今言ったステーキとかラーメンとかっていうのを出すときに、
妥協をしないほうがいいと思いますよね。
妥協っていうのは、ラーメン屋でいいじゃん、ステーキ屋でいいんだみたいな、
そういうのはやめといてはいいと思います。
だってそんなの妥協じゃなくて、
ガチ勢でガチでガンと来てラーメンだとかステーキやってる人がいるんで、
そこで戦おうとしているって言うんだったら、
もうちょっと愚かですよね。なかなか難しいですよね。
っていうことなんですよね。
しかも、これはもうちょっと聞いていただきたいんですけど、
肩書きで決まるわけじゃないですから、
あとステーキ屋って言ってるんだけど、
別にラーメンじゃないとか、
ステーキよりも米がうまいよねとかね、
芋がうまいよねみたいな、ちょっと分かんないですけど、
その人なりの何かってあるんじゃないか。
すみません、話はちょっと脱線していますが、
そうやってですね、
妥協で何か言うのはやめといてはいいよねっていうのは、
一つ脱線してますけど、
掲げたほうが楽だっていうのは分かるんですよね。
だけど、僕の感覚だと自己分析、
別にAI使うほうが何でもいいんですけど、
自分のことがこうですっていうふうに分かるのって、
あんまなくて、
人から言われたらそういうふうに見えるんだなっていうところを
押し出していったほうが、うまくいったりすることもある。
絶対うまくいくとは言ってないですよ。
絶対言わないですから。
言わないというよりもないですから、それね。
しごくりっぽく言えば、
自分がいいなと思っていたり、
自分がダメだなんとか、
大したことないなとか思っているところで、
実はそれすごいいいよねって言ってきて、
ごめん、そんなんでいいの?みたいな。
だったら別にいいよ。
お金もらっているの?みたいな。
仕事になっているみたいな。
そんなうまい話ありますか?っていうね。
タスク詐欺とかなんちゃら詐欺はダメですよ。
よくわからないことをポチッとやったり、
なんか変な口座を打ったり、犯罪ですからね。
やめてくださいよ。
それはダメです。
よくわからない写真を送ったら1万円もらえるとか、
そんなのないですからね。
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それはちょっとうぶだと思うので、見極めてください。
社会をいろいろ働く。
それこそしごくりってそういう意味でめちゃくちゃ良くないですか?
企業をしろってことじゃなくて、仕事を生み出してお金をするのは大変じゃないですか?
っていうのを特に若い時からやっておくとめちゃくちゃ良いんじゃないかなと思います。
だいぶ年が経ってからやるのは結構大変だなと思います。
別に遅すぎることもないと思います。
60だろうが70だろうが80だろうが。
理屈ではできると思いますし、やろうと思えば全然できるけど、
その気力体力みたいなどうしても補えないものとかあるじゃないですか。
蓄積っていう意味では、今までの蓄積はやっぱりあるわけだから。
自分が良くないなとか、大したことないなってやつですね。
が、人から見ていいよねっていうところがしごくりポイントと言われている。
僕の言葉で言えば、労せず感謝されるっていうふうに言うんですけど、
別にそれは悪いことをしろとか、騙せとか、何もするなとか、
そういう強いメッセージじゃないんですよ。
日々の生活や仕事とか、家事、育児、プライベートの様々なことの中から、
自分がコミュニティですね、所属する、もしくは所属していない中でも関わる中で、
それいいですねって言われるようなことが、社交事例も含めつつ、
そういうのも全部含めて、あれ自分がそこまで自分の中で大したことじゃないなとか、
そんなに得意と思ってないんだけど、彼女からしたら得意じゃんって。
例えば僕もIT得意とは思ったことないんですけど、多分得意な方になるんですよ、いろんな人とか。
会話とかコミュニケーションも、あんまり得意だと思ったことないんですけど、本当ですよ。
でも得意な方になると思うんですよね。
そんなにポッドキャッシュで喋ってたら喋れるなって思いますよね。
一人で喋ってるんですよね。
そう考えるとちょっと怖いですけど、別に誰か目の前にいるとかなくて、
台本とかもないですし、メモコツコツやろうっていう、ただメモがあるだけなんで、
よしなに?って感じで。
だからそれが得意っていうわけでもなく、話が面白いかどうかはまたテーマだったり、
聞いてる方の気分やテンションや、またこの人しごくりの話してる。
またろうせずの話してるって思ったら、その人はしごくりすごいフリックですけど、
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ぜひ取り入れてやってみてください。
別にしごくりしなくてもいいですけど。
そうなんですよ。
話戻すと、今の自己分析の話ですね。
自分が肩書きとしてもそうなんだけど、
もちろん自分が心からやりたいよねっていうのがあればそれを掲げるのもいいんだけど、
それも向き不向きあるなって僕は思いますね。
掲げたらそれに引っ張られてできますみたいな、
なんでしたっけ、卑怯性じゃないか。
言ったほうが意識できるからね。
まあいいんですけど、言わずにもついついやってしまう、
やっぱり考えたいよね、やっぱりこれ面白くしたいよねとか、
あるじゃないですか、そういうのもあるし、やっぱり性格やタイプによるよなと思うから、
万人ができる万人のためのやり方とかって多分ないんじゃないかなと思う。
だから批判的に言えば、僕が言っている老舗で監視されるみたいな、
自分が得意じゃないと思ってるんだけど、相手にとってはいいよね、得意だよねとか、専門家だよねじゃないんだけど、
それも一つかなって感じですかね。
別にそれに絶対持ち込まなきゃいけないわけじゃないですよ。
そうすると狭くなるじゃないですか。
こういうやり方をしなきゃいけないっていうふうなものに持っていくと、
言ったほうがよくないっていう、難しいんですけどね。
結局あらゆるものが学習ということでとられると、学びでとられると、
型っていうのは最初は習得しなきゃいけないんで、その型の部分を得るには一定程度、
決まってくるんですかね、みたいなのはやっぱりいるかなと。
だけどそれずっとやってるわけじゃないから。
50年かかる、30年かかるとか、そういうものじゃないような気がします。
武道的な道みたいな話だったらわからないですけど、
その手前のものはもっと短縮できて、だけど数年はかかるんじゃないですか。
でも身についたらそれは型として残るから、それをどうするかって話ですよね。
があれば、やり方とか考え方の短縮っていうかショートカットができるって感じですよね。
そのショートカットってここの守護国ラジオでも散々言ってるのがくどいですけど、
そのショートカットをしようとして、なんかやるのはよくないんじゃないかって。
型が得るから短くなるっていうだけなんで。
型はやっぱり時間がかかるんですね。
ここに尽きるかなと思います。
話戻してってコツコツやってこうなるんですけど、
分析、クイズやゲームやアプリを毎日見ていったら成功するとかそういう話じゃないですよ。
だけど、それを見て取り組みとして見ていって、
こういうことをしたらもっと喜んでもらえるんだろうかとか、
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こういうことをしたら面白いんじゃないかなっていうような開発者視点で言えば、
どうだろうか、こうしてみたらどうだろうかっていうようなものを見てやり続けるしかないっすねっていう話ですね。
なんかあるでしょ、商売とか店舗でもいいですしね、サービス業でもなんでもいいんですけど、
結局毎日お客さんが来たり、もしくはお客さんがあんまり来ない日があったりした時に、
そういう時の状況で、じゃあどうやっていったらいいんでしょうかっていうのって別に正解ないじゃないですか。
なんかその言われたことやってるよとかね。
別にSNSやったら全部解決したらみんなSNSやってますよね。
やったところでそれを見てもらうっていうところまでは難しかったり、
見てもらうっていうのも別にラーメン屋の店主の朝ごはんを知りたくないじゃないですかみたいな。
まあその酷いこと言ってますけど、それは話の例えとしてね。
ラーメン屋さんの何を見たかったりするんですかとかは、そこの来ている人のお客さんによるから、
本当に朝ごはんを見たい人がいるかもしれませんよね、ラーメン屋店主に。
で、今だったらYouTubeとかで僕も見ますけど、
お店の厨房とかもしくはお店でずっと定点監視みたいなのがありますよね。
前はなかったような気がするんですけど、いろんなところでやってるような気がしますよね。
それでね、著作権があるわけでもないですもんね。
映像の著作権じゃなくて撮り方ですよね。
撮り方がこれってあの人のやつだって分かるレベルって、
なかなか言いづらいと思うんでね。
天井とか上から撮ったっていうのも別にできますしね。
そうするとそれが当たり前になっちゃうから飽きてきたりしますよね。
そんな感じで工夫していくしかないかなって感じですよね。
すごく地味な話ですけど。
で、長期戦だという話です。
コツコツやっていくってことは、
結局この個人開発みたいなところがどんどん型があって、
こうしたらうまくいくなんていうのは僕はないんじゃないかなと思います。
なんでかっていうと、結局この四国理ラジオでも話してますけど、
その型を得るために時間がかかるのと、
そのノウハウ的なものを得たところで、
それが仮に正しそうだとか、いけそうだとしても、
それを得た本人がやれるかはまた別問題だからですね。
AIを手に入れたらみんなうまくいくみたいな。
例えばプログラミングとか開発もできるっていう風に聞いて、
ワクワクする人はいるかもしれないですけど、
それはうまく動いた分にはいいんでしょうけど、
裏で何が行われてるとか、ちょっと怖い部分もありますからね。
だからそんな甘い話じゃないってことですよね。
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いい風にそういうふうに物事を見て、
自分にプラスにしていくっていうのは全然アリなんですけど、
それだったら全部AI使ったらうまくいくから、
話がもっとシンプルになるんですけど、
そうはなってませんよねっていう。
ならないですからね、実際ね。
その出してきたコードや出してきたものが実際にうまくいって、
自分で使う分には全然いいかなと思いますけど、
誰かに出したり誰かに使ってもらっていく分になっていくと、
結構長期性になっていって、
一発出して、正確に言えば一発出してそれを使うとか、
プロタイプみたいに使うとか、
あと自分だけで使うならいいんですけど、
それを改造して重ねていくと結構設計とかの話になっていくんで、
マラソン型になるっていうね。
一発短距離走で一発バーン出すんだったらいいかもしれないですけど、今のね。
そういう長期になっていくと結構しんどいのかなっていうのがありますね。
人間側が見る分の余地が増えてる感じはしますね。
なんで話はまとまらないんですけど、
コツコツやったら別にうまくいくって話でもないんですね。
だけど、そのコツコツやって飽きずに見てってこうしてこうねみたいなのって、
僕はマラソンだと思ってて、
ショートカットしたりとかすぐ何かやろうっていう人はここで手抜いちゃうんですよね。
悪い意味で。省いちゃう。
もうそんなちまちま毎日見て何かやるなんて信じられんわと。
別にそれはそれでそういう感想を抱いてもいいと思うんですよ。考え方なんで。
だけど何やるんですかっていう。
そうそうそう。そうなんです。それだけです。
で、ノウハウ買ってきてそれやるんですかって。
で、やってうまくいったんですかっていうね。
いや、やってうまくはいかってないんだけど、そのうちうまくいきますっていう。
まあまあそういう考え方もあるんでしょうけど。
あと、うまくいった人がいるんで大丈夫ですとかも。
そうですね。
だからそういうところを突き詰めて考えていくと、結局自分っていうのがそこまで信じられないっていうのに僕は陥るんですよね。
要は自分は絶対大丈夫だみたいなのって、僕は正直ないんですね。
じゃなくて、いや全然だなーとか思いながら、でもこういう人がいるときに、
こういうことをやっていった方しかないかなみたいな、割とネガティブに見てるんです。そこはね。
だからそれも固定概念と言いますか、バイアスですよね。
なんか新しいことをやるっていう人はワクワクしてポジティブに捉えてるっていう人は、
もちろんやっていくことに対してもうダメだって言ってたらできないのはわかるんで、それはその通りなんですけど。
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その構えとして、これは絶対こうなってうまくいくぞみたいなだけでは僕はないのかなと思ったりしますね。
自分に自信があるっていう人はもちろんいると思いますし、そういう人がもちろんいてもいいし、それは考え方の違いなんですけど、
そこまで自信を持ってなんかやるっていうのも逆に怖いなって思うんで。
逆にっていうのは、要は単に経験値が不足してて知らないだけなんじゃないかとかね。
単に持ってやれますって言ってやれないっていう。
ちょっとこれは外国と日本の文化で違いみたいなのがあったりすると思うんですけど、それは置いておきましょう。
いろいろ考えてしまうんで、あんまりこうしたらああしたらってことじゃなくて、
たぶん自分のいい感じのスタイルっていうのはあるんじゃないですかねっていうぐらいで留めておいた方がいいんじゃないかなと思います。
だから僕の話もそうで、別に僕が言ってるから全然これ正解でもないし、考え方の一つでしかないですから。
僕の考え方が絶対正しいなんてないし、それちょっと違うんじゃないっていう人は、それは批判的に捉えていただいて、自分ならこうするっていう。
その自分ならこうするがたぶん大事なんですよね。まさにAI時代。
そこで自分なりなりのやり方はこうでした。もしくはこうやってみたらいったよ。
で、その時にじゃあだからおかしさんが言ってることは違いますよねっていうのももちろんありなんですが、
それはその人が違っているだけであって、誰が僕の言ってることが全然違ってたっていう、全くかすらんかったってことも、僕もないのかなと思います。
自信がないとは言えね。そこはバランスなのかなと思ってるんで、いろいろあるよねっていうのを楽しみつつ、
その上でいろいろやってみたりやってみようとする中で、自分のペース感っていうのをどう作るか。
これ長くなりますね。結局モチベーションっていうのか言いますけど、自分の中でやってて探ってるしかないから、そんなんないっすよっていうね。
それだけは確かです。そんな上手い話はないし、
自動販売機のボタン、お金、キャッシュフレーズか、ボタンを押してから払う。いいんですけど、決まってガタンとすぐ出てくる何かはないですね。
それを肝に銘じていけば、そんな変なことにならないんじゃないかなっていうところは、唯一メタ認知的に言えるかもしれません。
ちょっと長くなりましたが、今回は以上となります。四国理ラジオ大橋でした。ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上です。失礼いたします。