その影ができるので、例えば腕を左右に動かしてみると影も動きますよね。
ただ立体の動きは多分あまりできないと思うので、平面と言いますか、物理とか数学とか私が得意じゃないですけど、
とりあえず日光からの角度と腕の角度によっては大きくなったり、腕を当てれば大きくなったり小さくなったり、影が起きますよね。
この行為で影で、手でもいいですけど、狐みたいなものを作ってもいいし、輪っかみたいなものを作ってもいいし、大きさを変えて遊んでもいいですし、
影で友達というか、誰か相手がいれば影で何かくっつけるとか、遊んでみてもいいと思います。
影の遊びをしたいんじゃなくて、そういうふうに戻して中小化すると、自分の身体、
身体じゃなくてもいいんだけど、とりあえず頭でもなんでもいいんですけど、とりあえず体を動かして、それで影が動きます。
影が動いたっていう、その影っていうものが生成物として変化かなと思います。
介入って言ってるのは、要は体を動かすようなことっていうことを介入とここでは言いました。
要は世界に対して自分の体を動かしてみると、その体を動かした結果、そのフィードバックとして影が生まれて、
動かなくても別にいいんですけど、でも動くことで影が生まれますよね。
実際には停止したり、自分の体を止めたりしますけど、そういうふうに動かすことで影が生まれて、影へとして、
影じゃなくてもいいんだけど、影が作られて遊ぶことができますよね。
その変化がなかったら意味がないというか、遊びにはなりづらいなと思いまして、
そういう影だったらそういうことが言えるんじゃないか。
つまりまとめると、自身が世界、外界に対して介入、なんか変化を起こすことで、
その変化を受け取って影が生まれるっていうようなことで遊びになるんじゃないか。
別に難しくしてごまかそうとしてるわけじゃございません。
この遊びという話をまずしました。これが遊びだと。
じゃあ、アイデアを試すとか、何か思いついたことを試すってことは、何なんでございましょうって話なんですね。
それも遊びなんじゃないかってことなんです。
つまり、今コーヒーを飲んでたんですけど、このコーヒーを飲むと、飲んでみようと言っても、
飲んでないじゃないですか、実際にね。飲んでみようではね。
でも飲んでみました、もしくは飲みましたってなると、コーヒーって水分よりも利尿効果があったりするんで、
あまり良くないかもしれないですか、水分的にはね。水分にはあまりならないかもしれないけど、
とりあえず何も飲まないよりはいいと。
というときに、コーヒーを飲むことで潤ったり、カフェインが入ってたんで集中ができるとか、
そういう効果を得られるじゃないですか。
だからそれは別に仕事作りとかに関係ないんですけど、コーヒーを飲んでみようというアイディアがあっても、
コーヒー飲まなかったら、何も世界は変わらなくないですかっていう話なんですよね。
コーヒー飲もう飲もうと言ってても飲まなかったら、コーヒー飲んでないですよね。
これは逆にすれば、何か買おうとして買っちゃう人は、買おう買おうとしてて、
買うものリストみたいに入れておいて、しばらく経ったら忘れる。
いわゆるカゴ落ちみたいなカートに入れておいて、落とすっていうのも忘れ去るっていうのもありかもしれないですね。
買ったものとするとかね。本当に買いたいんだな、どれ買えばいい。
なので、もっと違う例を言うならば、ボールペンの話とかも何がいいんでしょうね。
水筒にしましょうか。新しい水筒を作って、こうしたらこういう水筒がないのかと。
例えば炭酸を入れる水筒ってあるんですけど、炭酸水を入れる水筒があればいいのになって思ったら、
それを思っているだけでは思いつきのままかな。もしくはアイデアでもいいんですけど、炭酸水を入れる水筒っていうのを思いつきました。
もしくはそういうアイデアがあります。それを実行しないとしましょう。
あったらいいなをやらないとダメっていうよりは、あったらいいなっていう状態をもし世界に、もしくは形にする、
もしくはそれを実現していくっていう、したいのであれば、それでは実現できないですよねっていう話ですね。
だから自分が考えた思いつきアイデアは、何らかの形で実行する。何でもいいんですけどね。
しないといけないわけですね。少なくとも、普通の水筒に炭酸水を入れて試してみるとかはありかもしれないです。
だけど、物によってはね、これは別に推奨をもちろんしていなくて、炭酸水って多分よくないと思ってて、密封されるんでよろしくないのかなと思います。
わかんないです。もし試される人がいたら、自己責任でぜひお願いします。
炭酸水を入れる水筒みたいなのがあったんで、それはそれで仕組みが違うんじゃないかなと思ってます。僕も詳しくは知らないです。
だけど、あるときに、もしそういうのはなかったときに自分で作ろうと思ったり、そういうのが何でないのかなって思ったとするじゃないですか。
思ったらそれを調べていったり、自分で試したり、何でないのか考えるくらいですけど、
人とする人がいないのかとか、自分は作ってみたとかね、そういうことをやるっていうのがまさに、繰り返しになりますけど何かやるということか、
自分が認知している世界や外に変化を与えることですし、もしくは変化を受け取ることでもあるわけですね。
変化を与えるというのは、自分で試すことですね。水筒を買ってくれてもいいし、自作で水筒は作れないかもしれないですけど、
何か似たような代替手段はないのかみたいな感じで、ペトロドルで炭酸水を入れて飲めばいいじゃんっていうことかもしれないですけど、
それだと冷えないじゃないですかって話で、冷えたまま炭酸を維持する方法はないのかみたいな、そういうことでどんどん考えてて、
わかんないですよ、氷を詰めていけばいい、氷を入れたらいいのかとかね、ちょっとわかんないです。
だけど、そういうふうに色々試行錯誤していくっていうことが、仮に何もないと、思ったままのアイディアが冷凍保存されますよね。
もしくは冷凍保存もされないかもしれない、忘れるかもしれないですけど、世界に働きかけてはいないし、外界に対して試してないから何も起きないですよね。
というところの確認ですね。
そうですよねって思われる方は、既にやられている方なんじゃないかなと思います。
そういうのはやられない方とかやらない方がいたときに、それは趣味の問題ではないと思うんですけど、
自分ではできない問題みたいなのがあるわけですね。
自分ではできないから、そういうのを他の人にやってもらうっていうやり方はもちろんありますから、
それは誰かにやってもらうっていうことで、その誰かを探していくしかないですよね。
ここでは具体的に言えば、炭酸水を入れる水筒というのを、僕は作れないなら、それを作れる人を探します。
でもそれを作れる人は誰かってことになってくるのと、それを作るための、
自分が作れなくてもこういうものが必要だよねっていう材料と言いますか、情報と言いますか、
こういうところのいる人とか、こういう情報やこういう技術があるという人ができそうだなということは、やらなきゃいけないですよね。
だから簡単に自動販売機みたいに、お金を入れたら出てきますみたいな、そんな甘いというか、
そういう仕様ではないんですよねっていう話なんですね。そこは確認しておきたいですよね。
だから自分ができないから諦めろとか、自分ができないから誰かにやってもらうという方法がダメなんじゃなくて、
じゃあ自分ができないから誰かにやってもらおうという時に、それなりに何か動かなきゃいけないですよねっていう話ですね。
それを何もせずに誰かがやってくれるんだろうは、やる気がないという表現はよろしくないんですけど、
やろうとはしていないように見えますよね。やろうとしていなくても、やろうとしているように見えても、どちらでもいいんですよ、ぶっちゃけ。
こちらには関係ないんで。でもその人から見て、やろうとするという人からすると、
世界外界を変化させているかというだけなんで、これは主観じゃないですか。
その人が僕が何かをやろうとしている。例えば僕が炭酸水を作ろうとしているかなんて、
思ってても思わなくても、メディアさんのあなたが把握することは不可能じゃないですか。言っていなければね。
だから言葉を使うとか、今ここまで進んでますとか、こういうのやりませんかっていう風に、
これは言葉の話じゃなくてコミュニケーションですよね。伝えていくしかないですよね。って思いません?
っていうのが、ある種口で全部述べてもしょうがないんで、企画書とか提案書とかじゃなくてもいいんですよ。
そういうもので形を作っていって、少しずつ進めていくんですよね。
だからこのあたりで企画書具っているんですか?とか、そういう質問がもしかしたらあるのかもしれないですけど、
いや、いるも何も、それがなくてできるならやれるんじゃないですかって話ですよね。
別に絵本でもいいし漫画でもいいですけど、台本というか脚本とか小説にプロットとか、なくても書ける人は書けるんじゃないですか。
だけど混乱したりしないんですか?とか、それだけです。
だからできるならやってくださいみたいな話です。
それは今回の集ではないです。今回お伝えしたいことは、遊びっていうのが外界に対して変化を与え、介入ですね。
それを変化を受け取る、加減みたいな遊びをイメージしてください。
同様に手ごくりで何かアイディアを試したり、自分で仕事を作ろうとするときは、必ず外界に対して何かを調べる。
何か自分で試してみる。そこからフィードバックを得る。
だから何度も言ってますけど、対象者であるお客さんに近い人に話を聞くでもいいし、
同じようなことをやっている人や事例を見つけてきて、そこから考えるでもいいし、
実際に試してみて、近しいことをやってみたり、他に代替手段というのがあるからみんな欲しくないのかなとか、
炭酸水の冷たいやつね。いいとは思いますけどね。
多分あるからそういうのを、僕も欲しいなと思いますけど、いいのあれば。
でもそこまで炭酸水必ず飲まなきゃいけないかっていうところになるとちょっと分からないです。
ただ、そういうふうに自分で変化を仕掛けなければ、自分の中では変わることはないですよね。
全く変わることは本当にないと思います。ないので、それは思いついてアイデアがある状態であって、
そこからのステータスと言いますか、状態が変わるわけじゃないので、
意味がないっていうわけじゃないんだけど、それで仮に実現しようとかしているのであれば、実現できないですよね。
それだけです。別に批判とかでもなくて、変わらないっていうだけですよね。
変わらないことが確認できてますよねっていう感じですか。
っていうふうなことになっている場合、それは変わらないので、変えたいですと言ってもすごくシンプルじゃないですか。
よくないですか。なんか起業したい人とか、ビジネスやりたいっていう人に、こういうことをやってみたいです、やりたいですって言ったら、
言葉を選ばずに言うならやってみたらどうですかって話になるわけですよ。僕からするとね。
それは別に上から目線でも全くなくて、本当にその通りで、じゃああなたが今いるところがあります。
別に僕と勝負するわけでもなくて、競い合うでもないんで、そのところから今やれることをやるしかなくないですかっていう話になってて、
それをあまりにもすごいことを求められたら壊れますし、あまりにもそれが簡単なことだったら表紙抜けしますよね。
あとその人の期待値みたいなのがあって、銀の弾丸っていうIT業界でやりますが、一発で狼男を倒せるような魔法みたいなものです。
そんなのはないんですね。そんなのはないということを確認できている人、もしくはそれを認識できたと。
ないよねって思っている人は当たり前の話のように聞こえるかなと思います。僕の話はね。
だけど、そうなんですか、そんなのあると思ってますっていう人は、面白くないと思います。僕の話がね。
すごくそのフィルターがかけられるような話でもありますよね。だから本質っていうのはそっちかなと思います。
僕はそういうふうに変化を何か自分から仕掛けてなんかやらないと。別に誰かから提案したものを受けるとか、その細かい話はいいんです。
でも少なくとも変えなければ変わらないよねっていう当たり前の話ですね。
それをいきなり究極に変えることはできないから、少しずつ変えていくしかないですよねっていうのでもありますね。
本当に少しずつやっていくしかないですね。
だからアイデアなり思いつきなりを実行できないとかしないっていう方は、別に僕からその人たちを攻撃するわけでは全然ないんですけど、
その前提が全く違うんだな。つまり遊ぶのが下手だったりするかもしれないですね。そういう意味ではね。
同じなら今の話で僕の仮説ですけど、遊びと何かやるっていうのがほぼ同じであるならば抽象化してね。
遊びっていうことがよくわからなかったり、遊び方がうまくなかったりするかもしれないですね。
遊びの提案ができないと言ってもいいですかね。
例えば本当に遊びの話でいけば家芸をやりましょうって言っても、いや家芸はちょっとみたいな否定する人がいると思います。
じゃあ何がいいのって言って、歩いて歩きながらしりとりするとか、2つ同時に縄跳びしながらしりとりするとかね。
それは結構難易度が難しくないですか。難易度が高くなりますよね。
そういうことをやったらどうですかって言ったら、いやそれもちょっとみたいな。
そういうことを言っていくと、やる気ない、遊びたくないんだとか、そんな気に入らないんだみたいになってて、
ちょっとは考えろよみたいになって、小学生とか子供だったら、こいつ全然やらねえなみたいになるんですよね。
でも様々な状態があるから、そういうやつでも別に一緒に遊ぼうぜってついていくよとか、性格とかもありますからね。
みたいなのはあるかもしれないけど、僕がそういうふうに否定というかそれはちょっとっていうなら、
3回ぐらいはアイデア出すけど、じゃあ別にそこまでして無理して遊ぼうって言ってるわけじゃないですよね。
それってめんどくさくないですか、そういう人ね。どこまでそれを付き合いするんですかってなりますよね。
そうそうそう。って思いました。
多分ね。だから今の話を遊びじゃないビジネスとか仕事作りの話をしたら、
例えばですよ、自分で出版して本を出したいですっていう人がいたときに、じゃあこういうことやってみたらどうですかって言ったら、
いやそれをちょっととか、そうそうそうそう。
じゃあ企画提案書とかいてはどうですかとか、難しくなくて何を書きたいかとか、
サンプルの文章を書いてみてくださいって言われたら、いやそれはまだちょっととかね。
その実行をしないっていう人がいらっしゃいます。
これは深読みではもちろんあると思いますが、実行が怖い方ってもいらっしゃると思うんですよ。
実行というのは企画書を書くことが怖い。
なんで怖いのかっていうと、どちらかというと不安。
なんでかっていうと、これはですね、左利きのエレンでしたっけ、ちょっと名前忘れましたけど、
1回ここでもお話しさせていただいたと思うんですけど、
カッピーさんという漫画家の方ですか、クリエイターの方がいらっしゃって、
夢をやらないみたいな、自分がやろうとしていることをやらないことで、
ゾンビと言いますか、死なないわけですよ。それが冷凍保存っていう話です。
つまり、自分は出版をするんだっていう夢でね、する。
だけど、それを今叶えないってことです。
今やらない、今言ってるように何度も言ってきましたけど、
世界を変えない、世界に介入しない、外観に対して働きかけない。
影みたいに自分で手を動かして影を動かしてみようっていうことを全くしないってわけですね。
遊ばないってことです。つまり、やらないってことです。
実践しない、トライアンドエラーしないってことですね。
じゃあ出版したいって嘘なんですかって言ったら、いや嘘じゃなくてやりたいんですよって。
例えばですよ、今じゃないみたいな。
分からんでもないです。今ちょっと時間がないとか、お金がないとか。
まあまあまあまあまあ、そういうのはありますよね。めちゃくちゃ分かる。
分かる分かる分かる。だけどお金かけずに、時間かけずにやれることもないですか。
まあお金は置いておきましょう。お金はいろいろあるけど、
でも時間ってぶっちゃけ、24時間あった時に睡眠とか生理的なね、
トイレとか食べたりするとか、食事とか、それ抜いた時に仕事とか、