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皆さん、おはようございます。 雷鳴龍馬です。
今日は、ある書物から、記憶に残った言葉について、皆さんと分かち合いたいと思います。
その言葉とは、隅になるより、嘘をつくのが恐ろしい。
日本的人間の中に、いつの間にか、すり込まれていると言われる文脈の中で使われた言葉です。
隅になるより、嘘をつくのが恐ろしい。
皆さん、いかがでしょうか。
嘘をおつきになったことはありますか。
いろんな嘘がありますよね。
ついてはならない嘘。
ついてもいい嘘。
嘘に、そんなついてもいい嘘ってあるんでしょうか。
聞いて、実際聞いたわけじゃないんですが。
ミャンマーにおいて、ある経験をしたことを思い出しました。
なぜか、どうでもいい、その場しのぎの嘘、許されると思っている人が結構いらっしゃるんですね。
どういうことかというと、相手の喜ぶ顔、相手が満足する顔。
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そのためについた嘘は、善であるという教えがどうもあるようです。
そんな嘘ついても、すぐに真実が相手に伝わり、逆に信頼を失うということになろうかと思うんですが、
なぜか、今、目の前にいる人が喜ぶのであれば、どうでもいい、軽い嘘であれば、ついてもいいと思っている人が結構いらっしゃったんですね。
みなさんはどう思われますか。
ついてもいい嘘と、ついてはいけない嘘が分けられるんでしょうか。
おテント様が見ているとか、神様が見ているとか、結局最終的には嘘はダメよというふうに教えられることが多いのではないでしょうか。
一方で、サンチと呼ばれる中国のベストセラーですね、SFの。
このシーンを思い出しました。
教祖的な動きをする人が、神と呼ばれる人と、人というか、マイクの向こう側、スピーカーの向こう側になりますが、対話をしているときにその通信を切られてしまう。
その最後の言葉は、人間は嘘をつく、という言葉だったことを思い出しました。
人間は嘘をつく、その最後の言葉を持って、神との通信が切られたわけですね。
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生性愛が進展していく中で、もしかしたら、いろんな局面での嘘が見破られることが多くなるかもしれませんね。
そうなってくると、AGI、ASIと進化するその過程の中で、人間は嘘をつけなくなるのかもしれないなと思った次第です。
心根としては、嘘は良くない。
守ったりために、自気的なずらしとか、思いやりからくる嘘もあるかもしれないなと。
そういう嘘は、神様も許してくださるかもなと思った次第です。
さあ、皆さんいかがでしょうか。
嘘について、今日は皆さんと分かっちゃいました。
身体根拠創命リーター。
今死一体雷鳴昇降。
小僧目中観測水田。
生きとし生けるものに平安を。
愛はの世を創る。
今日も一日健やかにお過ごしください。
ありがとうございました。