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みなさん、おはようございます。 雷鳴龍馬です。
今日は、私の知人であり、尊敬する方がいらっしゃるんですけども、その方が書いていらっしゃった言葉から、一つ学びがございましたので、みなさんとシェアしたいと思います。
それは、共感についてです。
よくわかる。わかるよ。
俺にもそんな時があったよ、という言葉、それに似たような言葉で、共感を示す時がありますよね。
ただ、その共感の言葉に感じる距離感、ということについて書かれています。
確かに、いやいやいやいや、違いますからと言いたいような、そんな距離感を感じるかもしれませんね。
共感とは、感情を重ねることではなく、想像の扉を開け続けることです、とおっしゃっています。
共感とは、感情を重ねることではなく、想像の扉を開け続けることです、とおっしゃっています。
なるほど。確かに、重ねることではないですね。
共感をもし重ねることだとしたら、自分が引っ張られることもあるでしょうし、そこには何か違った感覚が、こちら側にも出てくるような気がします。
ですから、想像の扉を開け続ける、この言葉は非常に言えてみようかなというふうに思います。
その人のことを考え、その状況を想像し、あたかも同じような形の体験をしたかのような扉を開け続けるという、想像の扉を開け続けるという言葉は、この共感というのに非常にマッチしているのではないでしょう
か。
私はそう感じます。
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この共感という行為、もしくは、ある意味、認識であったり、いろんな意味で、英語で言うとシンパシーとかエンパシーってありますけれども、この辺の違いがわかるのかと言われると微妙で非常に難しいのではないか
と思います。
ですから、この共感という言葉、まさに想像力を生かし、その想像力の扉を開け続けるというようなこの表現、とてもとてもハッとさせられました。
日頃、いかがでしょうか。
いろんな悩みを聞くときに、自分はそういった、まるで言葉で慰めようとする、そういう姿勢が相手には、距離感というものが出てしまう可能性はゼロじゃないですよね。
できる限り、想像の扉を開け続け、聞く、そういうことしかできないのかもしれません。
今日は、共感という言葉について、私の友人が語っていたことを皆さんとシェアしました。
いかがでしたでしょうか。
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生きとし生けるものに平安を愛はの世を作る
今日も一日健やかにお過ごしください。ありがとうございました。