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第236回 翻訳者と語る!原作と映画の魅力や違い『星の時』(ゲスト:翻訳者 福嶋伸洋さん)
2026-09-07 58:41

第236回 翻訳者と語る!原作と映画の魅力や違い『星の時』(ゲスト:翻訳者 福嶋伸洋さん)

spotify

文学ラジオ第236回の紹介本


『星の時』

クラリッセ・リスペクトル著、福嶋伸洋訳、河出文庫

https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309468341/


パーソナリティ二人で作品の魅力やあらすじ、印象に残った点など、読後の感想を話し合っています。今回はゲストに翻訳者の福嶋伸洋さんをお迎えしています。ぜひお聴きください!


【今回の内容】

ゲストに翻訳者の福嶋伸洋さん/『星の時』の映画と原作を紹介/映画で観る40年前のブラジルの街並み/はまり役のマカベーアとオリンピコ/『星の時』の概要/『星の時』との出会い/透明な翻訳を心がけた単行本と読みさを加えた文庫/『星の時』を再読して/ロドリーゴが登場しない映画/ラストをどう読むか/リスペクトルの死の予行練習/フェリーニの『カビリアの夜』のカビリアに重なるマカベーア/マカベーア役の女優/オリンピコが最後に持っていた人形は何なのか/グローリアとマカベーアの対比/ロドリーゴのモノローグをどう訳するかが翻訳のポイントに/文庫でポルトガル語のイエスにあたるsimの翻訳に工夫/北東部出身の主人公たちの口語/日本翻訳大賞受賞時の気持ち/受賞後に重版とリスペクトル他作品の翻訳/単行本発売当時の印象/ロドリーゴの語りが好きなら『水の流れ』、物語を楽しむなら『ソフィアの災難』がおすすめ/青山ブックセンター本店で福嶋伸洋さんの選書フェア/次回予告


【参考情報】

・映画『星の時』公式サイト

 2026年8月21日より全国順次公開

 https://alfazbetmovie.com/hoshinotoki/

・青山ブックセンター本店をはじめ各所で福嶋伸洋さんによる『星の時』選書フェアを実施中

 https://note.com/alfazbet_film/n/n72dd503ce3d8

・クラリッセ・リスペクトルの他作品

 『ソフィアの災難』(クラリッセ・リスペクトル著、福嶋伸洋編訳、武田千香編訳 河出書房新社)

 https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309209043/

 『水の流れ』(クラリッセ・リスペクトル著、福嶋伸洋訳 河出書房新社)」

 https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309209210/


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版元サイトより

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地方からリオのスラム街にやってきた、天涯孤独のタイピスト。
彼女は、自分が不幸であることを、知らなかった。
「ブラジルのヴァージニア・ウルフ」と呼ばれ、カフカやペソアと比肩する20世紀の巨匠が最後に遺した奇蹟の傑作。
本書で第8回日本翻訳大賞を受賞した訳者による全面的な見直しを行い、著者の息子であるパウロ・グルジェウ・ヴァレンチによるエッセイ「現実とフィクションの交錯」と、水上文による解説を収録した決定版。


【文学ラジオ空飛び猫たち】

硬派な文学作品を楽もう!をコンセプトに文学好きの二人がゆる~く文学作品を紹介するラジオ番組です。 案内役はダイチとミエの二人。毎週月曜日朝5時に配信。

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サマリー

今回の「文学ラジオ空飛び猫たち」では、翻訳者の福嶋伸洋さんをゲストに迎え、クラリッセ・リスペクトルの小説『星の時』とその映画化作品について深く掘り下げました。番組では、40年前にブラジルで製作された映画『星の時』の映像美や、当時のサンパウロの街並み、そしてマカベーア役の女優マルセリア・カルタッショのハマり役ぶりについて語られました。また、原作小説の持つ独特なメタフィクションの手法や、語り手ロドリーゴの存在、そして主人公マカベーアの悲惨ながらも力強い生き様について、映画との違いを比較しながら考察しました。 福嶋さんは、翻訳者としての「透明性」を追求しつつ、文庫版ではより読みやすさを意識した改訳を行った経緯を明かしました。特に、ポルトガル語の「sim」という言葉の翻訳における工夫や、北東部出身の登場人物たちの口語表現の再現について触れられました。日本翻訳大賞を受賞した際の喜びや、受賞後の反響、そしてリスペクトルの他の作品への翻訳展開についても語られ、作品の奥深さと翻訳の難しさ、そしてその魅力が語られました。 番組後半では、原作のラストシーンの解釈の多様性や、映画版で語り手ロドリーゴが登場しないという大胆な変更点について議論しました。マカベーアの死の解釈や、フェリーニ監督の『カビリアの夜』との比較、そしてオリンピコやグローリアといった登場人物たちの描写についても触れられました。最後に、青山ブックセンター本店で開催中の福嶋さんによる選書フェアの情報も紹介され、作品への多角的なアプローチが示唆されました。

番組紹介とゲスト紹介
どうも皆さんこんにちは、文学ラジオ空飛び猫たちです。 この番組は、いろんな人に読んでもらいたい、いろんな人と語りたい文学作品を紹介しようコンセプトに、文学と猫が好きな二人が緩くトークするポッドキャストです。 パーソナリティは私、ダイチとミエの二人でお送りします。文学のプロではない二人ですが、お互いに好きな作品を時にはつく、時には愉快にそれぞれの視点で紹介していく番組です。
今回は、クラリス・リスペクトルの腰の時、福島信弘さん役の映画と原作それぞれ紹介していきたいと思っています。 はい、そしてゲストに福島信弘さんに来ていただいております。よろしくお願いします。よろしくお願いします。今日はハルバル。
ありがとうございます。 ちょっと福島さんの研究室にお邪魔しております。ちょうど来週もちょっと福島さん引き続きゲストに来てもらって、あれはちょっとだけ話すと2024年の京都でしたっけ?文学リモ。
確かそうだったと思います。 ですよね。ちょっとお会いしてから交流が続いてまして、いろいろお世話になっております。そんな福島さん役されていた腰の時が、これ映画になったのは40年前。 そうですね。
ブラジルで映画に、もちろん本国でなって、日本では日本初公開みたいな書かれ方してますけど、1回だけあれですよね、上映されたことがある。 映画祭か何かで少し出たことがあったみたいなんですけど、労働賞としては初めてということなのかなと思います。
というところで今、ちょっと方形で蘇った40年前の映画が、2026年8月日本で公開しているという状況の中で収録させていただいてます。今日は本役者福島信弘さんを交えて、この映画とそして原作についてもちょっと語っていきたいなと思いますので、よろしくお願いします。
さっそくなんですけど、福島さんのご紹介させていただきます。
めちゃめちゃ面白かったんですけど、創作もされているという方ですね、というところになります。よろしくお願いします。そんなわけで、今日は映画星の時をちょっと紹介していきたいんですけど、私とみえさんは見たばっかりですね。
映画『星の時』の感想とブラジルの風景
映画はそうですね、公開されてすぐ見ましたね。 どうでした?
プラジルの風景ですね。原作ではリオデジャネイロが舞台なんですけど、映画ではサンパウロが舞台で。
そうですね、明確に示されてるわけではないみたいなんですけど、車のナンバーにサンパウロって書いてあるんですけど、僕も最初見た時はリオかなって思ったんですけど、配給会社さんの方に聞いたら撮影はサンパウロで行われてるということでした。
40年前の当時の街並みが映画の中で見れたんですけど、結構そこに感動しますね。
僕もそうですね、僕自身がブラジルに初めて行ったのが2003年とかなので、90年代も80年代もブラジルの風景って見たことがなかったので、やっぱりそういうのをリアルに見れるっていうのはいいなって思いました。
やっぱり2000年初めと映画の中の風景だと違っていたりするものなんですか?
そうですね、なんかやっぱりフィルムを通してっていうのもあるのかもしれないですけど、ちょっと不思議なノスタルジーを感じさせるような感じとか。
マカベイアがタイピストを日頃仕事でしてるんですけど、職場のなんていうんですかね、ほこりっぽさって言いますか。
今の時代ではなかなかないような、なんて言うんですよね、オフィスなんですけど、すごい土が、ほこりが舞ってるような。
確かに。
ああいうのすごい良かったですね。
地方の中小企業とかだとないですかね。あり得るんじゃないですかね。
でもタイプライターまずないですもんね。
そうですね。
それですごい、原作を読んで面白かったんですけども、これが原作の世界なのかっていう映像で見れてその感動はありましたね。
映画版の登場人物:マカベーアとオリンピコ
あとはやっぱり役者さんがマカベイアと、個人的にはオリンピコという、マカベイアの恋人になる男性なんですけど、原作だと地元でちょっと殺人を犯してしまって、そこでちょっと都会に来たっていうんですね。
そんな、原作を読んだ時はなんて言うんですかね、やんちゃな、ちょっとヤンキーみたいなイメージを持ってたんですけど、映画見た時にそうじゃなかった。やっぱりこの映画の中のオリンピコがやっぱりこの作品のオリンピコなんだっていうですね。
どうでしょう、僕はでもあの映画見た時にすごいヤンキーっぽいというか、やからっぽいというか、それがすごい上手く表現されてて、逆にビビるみたいなそれぐらい。
そう、ちょっとやんちゃではあると思うんですけど、ちょっとその小物感って言うんですかね。 あ、小物感。 なんかそれがちょっと出てきた。
それはもしかすると原作でも小物感は表現されちゃったかもしれない。その北東部の出身なんですよね、マカベアもそうだしオリンピコも、北東部ってリオデジャネイロとかサンパウロみたいな大都会からするとものすごく遠くて、
言い方はあれだけど田舎者みたいな感じがあって、映画だとその北東部の鉛っていうのがめちゃくちゃ発音されてて、もう見てる人は都会の人は田舎者っていうふうに見ちゃうような感じになってて、その辺の再現度というかクオリティーがすごいなっていうのを映像に関しては思いました。
リアルな人たちだなっていう。 そこはなかなか感じ取れながらいいですね、一般的に見たら。 結構多いんですけど、大都市部に移民っていうか労働のために移住してくる地方出身者ってブラジルでも多いんですけど、見た目とか風貌とかがこういう感じだよねみたいなのが伝わってくるっていうのはやっぱり映像の力かなと思いました。
オリンピックで言うと最初なんか写真撮ってるとこで映画始まるんですけど、あれは原作と違いますよね確か。最初出てきた時結構その見なりがいいというかしてるから。 そうですよね。
そうなんですけど、頑張って見なりを良くしてる感みたいな。普段着じゃないけどちょっと頑張ってスーツ着て、でもあんまり様になってない。それがめちゃくちゃ上手く表現されてた気がしたんですよね。
だからめちゃくちゃ派手なネクタイとかしてたと思うんですよね。カメラマンに載せられて。 深井確かに。 基本なんかブラジルの人ってあんまりスーツ着ないこと。役所の人とかでもカジュアルな人が多い気がしますね。本当に中心街のエリートビジネスマンが普段からスーツみたいなイメージはあります。
だから普通の人にとってはスーツ着るって結構特別なことみたいな感じはある気がします。 深井なるほど。すごいちょっとオリンピックのとこで最初から思い出しちゃいましたけど。でも私も映像で見てマカベエアのイメージっていうのはだいぶふわっとしたのが結構しっかり固まった感じがあってすごい良かったですね。
『星の時』の概要と福嶋さんの出会い
いやもうなんか本当にこのマルセリア・カルタッショっていう女優さん、この人もパライーバっていう北東部の州の出身の人なんですけど、だからといって誰でもできるわけではないと思うんですが、このすごく頼りない感じ、自分のことをすごく理解していない感じとか、これ演技なのかなって思うくらい。
そうすごい、なんか映画のパンフレット読んでいると結構あれでしたね、監督さんがもうこのマカベエ役の人に演技せずにその普段通りでいいよみたいな。 じゃあめちゃくちゃハマリー役だったんですかね。
なんかそんなことちょっと書かれてましたね、印象的なあれでしたね、ホットドッグを毎回食べてるんですけども、ちょっとソーセージがパンからはみ出て食べてるんですよね。 あの油がね。
そうですね、油が手について、それでタイピストの仕事をね、来たらやっちゃうっていう。 樋口それで失いかけるっていうね、なかなかすごい展開ですけどね。 そうなんですね、でもこれもパンフレットでこのマカベエ役の人が演じるにあたって、ホットドッグのウインナーを残して食べるっていうところもそこもちょっと意識していたっていうのも。
そうかもしれないですね。 じゃあちょっといろいろ始まってきちゃってるんですけど、ちょっとあのふわっと今中身に入っていっちゃったんであれなんですが、そうですね一旦じゃあちょっと星の時とはっていうところをちょっとざっくり説明したいと思います。
これはですね、ブラジルの作家で女性の作家ですね、クラリス・テ・リスペクトルという方がいて、これ最後の作品なんですよね、彼女の最後の作品となってます。 1977年に発表された作品です。ストーリーとしては貧しいブラジル北東部から大都市リオへとやってきた無知で純朴なタイピストの少女、マカベエヤの悲惨でささやかな日を描いた小説です。
メタフィクションという手法で書かれていて、これ語り手がいるんですけど、ある男性作家が語り手になっていて、物語を進めていく、語っていくという手法をとられています。貧困とか名もなき人間の生をどう描写するべきかという語り手自身の葛藤や自己嫌悪などが織り混ぜられ、創作者のものの苦しみやを読書にとろしながらマカベエヤの姿を浮き彫りにしていくという、一読書の時に思ったんですけどかなり独特で不思議なスタイルの小説だと思います。
これがですね、川手書房審査より2021年、福島さんの役によって翻訳されています。
だからちょっと見た情報だと、クラリステリスペクトルの生誕100年、2020年を記念して日本で再評価の流れの中で単行本として刊行されたとなんかで出てましたね。これはあってますかね。
多分2020年の生誕100年の時に海外、世界的に再評価というか早期されて評価され直した流れの中で企画が進んで、その単行本が最初に出たのが2021年だったので翌年ということになりますかね。
こちら第8回日本翻訳大賞を受賞しております。我々文学ラジオ空飛猫たちでも第74回で紹介しています。っていう作品なんですが、映画と原作で結構違うところもあるのでその違いなんかも話していきたいなと思ってます。
まずちょっと先に福島さん自身がこれ初めて読まれた時、翻訳する前に初めて手に取った時とか出会いとかってどういう感じだったんですか。
そうですね。もともとリスペクトルの作品って短編の方が読みやすくて、短編は結構読んでたんですけど、長編はちょっと、長編に関してはGHのジュナンっていう日本語役がすでに出ていた作品、高橋敏彦さんともう一方の役だと思いますが、そっちは日本語で読んでいたんですけど、
ポルトガル語の原書では読んでいなくて、川手の竹花さんっていう編集者さんがリスペクトルをぜひやりたいってことでいらっしゃって、その時は特にこの本をっていうことではなくて、もう何かやりたいって感じでいらっしゃったんで、そうですかって思ったんですよ。リスペクトルですかみたいな。
それで、やっぱり有名な、一番有名な作品がいいかなと思って、で、星の時を読んで、その時が最初でしたね。だからもう訳す前提で初読だったんですけど、それでこんな作品ですけど、やりましょうかっていうことになって。
その時の印象ってどうでしたか、読んでいた時。 これ本当にやるのかな、正直なところで。そうですよね。なんか私今回、ちゃんとは二回読んでまして、映画見た後に流し読みで一回読む文庫の方、文庫もあれですよね、過筆修正、修正?
翻訳のこだわりと文庫版への改訳
結構直しましたね。何年だろう、2021年に出てるから、もう5年近く経ってる状況で文庫にしますってことで、ゲラ出していただいて、それで読み直した時に、やっぱりより読みやすくしたいなって気持ちはあったんですよ。
正直最初に単行本出した時に、すごく入りにくい冒頭だし、中身の方に入るとさらさら進んでいく感じではあるんですけれども、悲惨なストーリーっていうか、あんまり救いがないというか、かわいそうと第三者的な視点から言うと見えるようなストーリーだったんで。
そんなに広く読まれるっていう自信はなかったんですよね。 なるほど。じゃあちょっと文庫になってもうちょっと何ていうか、間口を広げたいみたいな思いがあったんですかね。
単行本の時は、翻訳する時は常にそういうつもりでいるんですけど、何ていうか、自分が無になってというか、原作者が日本語で書くとしたらどんな文体になるだろうかっていうことを常に考えて、翻訳者は透明な存在でありたい、あるべきだという風な形で翻訳はしていて。
例えばこのリスペクトルの作品と、リオのファベラを描いたマルチンスの太陽に撃ち抜かれての文体とかっていうのは、日本語の文体としても全然違うようになってますけど、それはやっぱりそれぞれの作者の言葉遣いというか、息遣いというかが伝わるように。
なので、保守の時に関しては特にこのロドリーゴの文体っていうのが、すごく哲学的というか試作的な文体になってるかなと思うので、それをきちんと伝えられるような翻訳にはしたんだけど、決して原文で読んでも読みやすいものではない。だから読みにくさも残さなければならないっていう気はしてたんですよね。
それが多分単行本最初に出した時にはそういうふうに考えていたんだけれども、文庫になって映画と一緒に読んでくれる人がいるかなっていうふうに思った時に、もう少し読みやすい感じにはしたいなという感じで、それ以外に直したほうがいい部分とかもあったりして、それで全面的にっていう。
なるほど。
でも言うてそこまで変わってないかもしれない。
全く気づかなかったですね。
気持ちとしてはそんな感じで改訳の部分をしましたけど、でもそんなに大筋では変わってないかもしれないですね。
なるほど。
作品の再読と感動の変化
でも私すごい精算に読んだわけじゃなくて、結構この文庫の方は流し読みみたいな感じだったんですけど、前面白かったんですけど、映画を見た後だと結構入ってくる情報が割と鮮明になるところがあって、すごい読みやすくなったなって感覚があったんで、もしかしたら訳文の変更のものもあるのかもしれないですけど、
どうです?
こんな面白い、面白かったんですけど、なんか不思議と面白さが変わった気はちょっとしますね。
三重さんもなんか言ってたよね。
そうですね、僕はもう3回目、今回読んだのが一番面白いなと感じていてですね、1回目読んだ時ちょっとわからない、わからなさがありまして。
だいぶ。
マカベアのストーリーも確かにちょっとかわいそうやなと思うところがあって、2回目はラジオで読書会をしたことがありまして、その時に2回目読んだんですけど、その時はこれもまたロードリーゴなんですけども、このマカベアのストーリーをこういうふうに仕立てれるっていうですね、
その芸術性みたいなところ、この文章もそうですけど、そこにちょっと感銘を受けたのが2回目で、今回3回目はですね、これはなんかちょっと思ったの、映画を見てっていうところも入ってるんですけども、
1回目2回目、ロドリーゴから与えられたこのマカベアのストーリーを、それは自分が受け取っていたという感覚は強かったんですけども、3回目はロドリーゴが作ったこのマカベアのストーリーを、ロドリーゴを省いてというか、これは映画の影響もかなりあるんですけども、
自分なんかそのマカベアのストーリーとしてちゃんとロドリーゴとは切り離して、なんかちょっと読んでいたところがありまして、読んでいくとですね、結構このマカベアのストーリーによりのめり込むことができてですね、なんかすごい感動しましたね、この。
このロドリーゴの語りってすごく最初のところが長いじゃないですか、それに対して僕の周りで聞いた感想、反響なんですけど、この語りもすごく良いっていう人もいるし、そこを乗り越えるまでが辛かったっていう人もいて、
この前映画館で対談した水上さんは最初からすごいハマったっておっしゃってて、そういう方もいるんだなっていうか。
いやでも最初たぶんロドリーゴの語りのところが僕ね、3回ぐらいたぶん読み返す。
そうですよね。
読み返すと最初の30数ページなんですけども、ここさえ乗り越えれたら面白く読んでいけると思いますので。
でもこれってリスペクトルの文体ですよね。
そうなんですね。
水の流れっていう別の長編があって、それはもう少し前に書かれたものなんですけども、それは本当に延々とモノローグが続いていくっていうストーリーのない小説っていう感じ。
それがもうずっと詩のような哲学のような文章が延々続いていって、言ってみればロドリーゴが延々独り語りしてるみたいな。
でもその水の流れでは語り手は女性なんで、よりリスペクトル自身のプロフィールに近いような語り手なのかなっていう気がするんですけど、
それが作品ではロドリーゴがその部分を担ってるみたいな。そんな印象も受けますね。
映画版におけるロドリーゴの不在とラストの印象
なるほど。でもこの最初の頃のやつって、私今回読み返した時にやっぱ面白いなと思ったんですよね。
1回目は全然頭入ってこなかったんですけど、2回目見ると結構不積になってたりする、どこだっけな。
ちょっと付箋しとけばよかったんですけど、スターになるというか、死の時にスターになるみたいな文章ありますよねとか。
そうなんですよね。このタイトルのアオーラダエストレーラっていう、エストレーラが星っていう意味なんですけど、空の星もあるし、あと映画スターみたいなスターっていう意味もあるので。
その辺のことも出てて、結構ちゃんと最後に向けて書かれてるなっていうのがあって、今回読んだ時に感動はしたというか、なるほどなと思ったところではあるんですけど、ここは確かに最初別れそうではありますよね。
でも何度か読むとだいぶ入ってくるんですよね。書読ではなかなかちょっとハードルになりがちですけど。
個人的にはこの映画を見て、その後原作を初めて読む人がどういう感想になったのかすごい気になりますね。ロドリーゴは何者だって。
これは本当に大胆な変更ですよね、映画に関して。
これね、映画ではこの語り手のロドリーゴが登場しないっていう。
ここが大きな違いですよね。
そうですよね。これでも福士ハザマー映画はこうだって知った時はどう思われたんですか?
僕は正直すっきり知って見やすいなって思いました。確かに。
そうですよね。だいぶ複雑になりますよね、ロドリーゴが映画でいたら。
しかもこれ語り手ではあるけどストーリーに全然絡んでないじゃないですか。
本当に知り合いだったのかどうかもわからないくらい感じになってて、ちょっと見ただけみたいな描写はありますけど、
その割にはなんでこんな私生活のこと知ってるのっていう感じではありますけど、その辺の設定は多分細かく決めてやってないですよね、作者自身も。
なんとなく観察する語り手と観察される主人公みたいなのは設定されるけど、その二人が実際どういう関係なのかっていうところまでは詰めて書かれてはいない。
だから大胆な歯吹きではあるけど映画においては。でも結構英断なのかな。
そうですね。結構それによって、どんどん近接話しちゃうと結構ラストの印象がだいぶ変わったなと思ってまして、
映画見た時の方が感動があったんですよね。小説を読み終えた時の感動と違う。
なんかマカベーヤはこれでも書かれてるんですけど、なんか幸せだったのかなみたいなすごい思いましたね。
これは結構解釈が小説だと分かれてると思うんで、このラストは。
なんか本当にたくさんの人に読んでもらったり、映画も見てくださる方がたくさんいてっていう状況で、やっぱり思ったのは僕本当にただ訳したっていうだけなんで、
一読者に過ぎないので、このラストシーンがどうだっていうことは何か言えることがあるとは思わないんですけど、
でもやっぱりいろんな見方があって本当にそれもそうだなっていう、いろんな見方をそれぞれの人が教えてくれたりするっていうのがすごい役者としてはすごく嬉しいなっていうか楽しいなって思いました。
原作のラスト解釈とリスペクトルの死生観
なるほど、ラストの話まで言っちゃってあれなんですけど、ラストの話は結構気になってるというか、原作においてのこのラストもどう解釈していいんだろうみたいなのは結構私は初読の時に結構迷ったというか、分からなかった。
一番分かんないなと思ったのがこのラストだったと思う記憶があるんですよね、これは何だったんだみたいな、ロドリーゴの視点すごい面白いし、マカベエアの人生ってすごく救いようがないなっていうところもあって、
これを見せられた時のこの何とも言えない感情というかが結構分かんないなと思ってしまって、ここは最初読んだ時にはどうしたもんだろうみたいなところで自分は読み終えたんですよね。
僕が思うには単行本の後書きのところでも少し書いてあるんですけど、リスペクトル自身が占い師のところに行って良いことをたくさん聞かされた。
それでタクシーで家に帰ろうとしてた時にそのタクシーに引かれて死んでしまったらおかしいっていうふうに想像したっていう経験が元になってるみたいなことは書いてるんですけど、
結構そのリスペクトルって死をすごく恐れていたようなところもあると思っていて、それも後書きに書いてあるんですけど、
友人のリジア・ファグンジス・テリスという作家に対して一緒に飛行機に乗っている時に機体が激しく揺れたと。
そのリジアがめちゃくちゃ怖がっていた。それに対して一緒に乗ってたリスペクトルはリジア怖がらないで、私はベッドの上で死ぬっていう占い師が言ってた。だから大丈夫と励まされたと。
実際にそのように亡くなったということなんですけど、これ多分リスペクトル自身も結構怖がっていたんじゃないかなっていう気がしていて。
特に年齢がいってくるとそういう死を想像するっていうことが結構出てくるんじゃないかと思うんですけど、
僕はこの作品っていうのはそういうふうに自分の死に方を想像するっていうのが、想像がベースになってるって考えると、
自分の死の予行演習みたいな感じのところがあったのかなっていう気がするんですよね。
なるほど。でもそうですね、最後の何ページか結構死について書かれてますもんね、死ぬ。
確かにロドリオが最後いろいろ書いていて、それがちょっと難しくしていますよね。
これはどういうことだったんだろうっていう。
マカベーヤにとってはこの死がどういった意味を持っていたんだろうっていうのが。
マカベーアの幸福と映画版の感動
前提としてはマカベーヤがかわいそうな女の子だっていうのは、周りの人たちとか読者にも提示されているような見方であって、
でもマカベーヤ本人は別にそんなことは思っていないみたいな考え方は知ってるのかなという感じはしますよね。
映画もその印象がすごい強かったですね。
なんで、より映画を見た時にやっぱりマカベーヤは幸せだったんだなって思ったんですよね。
そこになんか変な感動はすごいあって。
マカベーヤのこの、ちょっとこれあれですよね、ちょっとさらっといろいろネタバレしてるかもしれないからなんですけど、
ちゃんとパンフレットのストーリーでは結構ラストまで実は書いてあって、
そこでそのマカベーヤが死んでしまうっていうことは書かれていて、
ちょっとこれを知るんと知らないで見るとちょっと違うかもしれないんで、
もしかしたらちょっとネタバレになってしまって申し訳ないかもしれないですけど、
でもこの最後のシーンっていうのは結構私は小説と映画では結構印象が違ったなと思っていますね。
映画はすごくなんか幸せそうな終わりになったんで、ちょっと感動したというか、
小説はなんとも言えない気持ちをずっと抱えているような気はしていて、
なんか良かったのか悪かったのかもわからないみたいな。
このスザーナ・マラウ監督がどこかでカビリアの夜と比較してますよね。
私にとってマカベーヤはフェリーニのカビリアの夜のカビリアのようだと並ぶほど大きな存在なんですって書かれてますけど、
映画版の描写と登場人物のたくましさ
これを見た時にカビリアの夜見たのも何十年も前でぼんやりとしか覚えてないんですけど、
確かあれって覚えてらっしゃいます?
いや、見たことがないんですよね。
あの映画の内容はほとんど覚えてないんですけど、
ラストシーンで本当に打ちひしがれたヒロインのカビリアっていう女の子が道を歩いていくんですよね。
お祭りの夜の道とかだったと思うんですけど、そこをカビリアが歩いていって打ちひし割れて。
で、突然微笑むというか、周りの風景に目をやりながら微笑んで終わるっていう。
物語としては全然救われてないはずなんですけど、
カビリアの感情としては突然全てを受け入れるというか、それでも幸福を見出そうとするみたいな。
そういう気持ちの転換みたいなのがちょっと描かれている。
そのラストシーンと比較すると面白そうだなっていう。
もしかしたらそのイメージをスーザーのアマラウ監督が持っていたのかもしれないっていうのをその一撃を読んだ時に思いました。
映画だとそうですよね、ちょっとしたその仕草や何かワンシーンで表現してしまえるところが。
原作だとすごい数の言葉を費やしているんですけども。
マカベアと同居人の女の子たちが結構貧しい感じでギリギリの生活を送っているみたいな。
言葉で読むとすごく生々しい描写というかがありますけど、また映像で表現するとまたさらに別の生々しさがありますね。
そうですね、あれは結構あの部屋はなかなかというか。
シャワー交代で浴びてテレビを隣の隣というか向かいの建物。
窓とか道を挟んで覗き込む。
でも原作より確かに映画で見た人たちの方がたくましさを感じましたね。
映画のあの部屋のシーンは結構マカベアの一人だけのシーンも含めて結構すごい印象に残るところが多かったですね。
映画だとやっぱりあれですよ、マカベアが一人になったこの時間ですね。
会社にちょっと休みを取って、同居人たちがみんな出ていて。
初めてそこでその孤独になってその孤独の瞬間を味わうんですが、そこもやっぱり映像だと感動しましたね。
一応原作にもあるシーンですけどね。
確かに、鏡を覗くシーンとか。
そうですよね、白いバスローブになるんですかね、白い布で。
シーツだったかバスローブだか。
ドレスみたいに。
ドレスみたいに作ってっていうのも。
そうですよね、あれが多分映画だと比較的まだ序盤の方になると思うんですけども、本当にすごい、最初からすごい良い映画だなって本当に思ったんですよね。
確かに。
でもそうだね、あとシーンはすごい良かったね。
マカベーア役女優の演技と受賞
でもやっぱり何度も出てますが、マカベーヤの表情がすごい、なんか上手いとしか言いようがないんですけど、所在ない感じが無垢さというか。
すごいですよね、マルセイヤか、マルセイヤさん。
あんまり作意がないっていうか、作ろうとしてないっていうところがすごい。
これ何ですよね、ベルリンの主演女優賞を取ってるんですよね。
そう、みたいに。
すごいですよね。
裏話でベルリンに行く費用がなくて、そこをどう区分するかっていうちょっとした裏話をパンフレットに書かれていて、そういうのも。
そうだよね、それで行ったら主演女優賞だもんね。
そんなことがあるんだって思いましたね。
僕もこの女優さんはこの映画以外では知らなかったんですけど、めちゃくちゃハマり役だから、この後どうなったのかなみたいなのが思ってたんですけど。
気になりますよね。
でも映画女優としてのキャリアはずっと続けていたっていうことで、最近シネ・ブラジルプラスっていう映画で公開された映画、割と最近の映画にも主演してたりとか、活躍されて。
ちょっと見たいですよね。
ブラジル国内での評価と作品の孤独な世界
保身の時はブラジルではやはり、原作はもうすごいブラジルの中でも評価されていると思うんですけど、映画もやはりブラジルの中でもよく見られていたんですかね。
実際どれくらい見られてたのかっていうのは分からないんですけど、国際的な評価がされているとブラジル国内でも評価が高まりやすいっていうのはあるので、リスペクトル自身すごく難解な作家っていうのがあるんで、
割とインテリ層に受けがちな作家ではあるのかなっていう感じがします。みんながみんな読んでるとかっていう感じの描き手ではない。
イメージで浮かぶブラジルとはちょっと違いますよね。
サンバがあれとか、ヨーキナーとか、そういったのとはまた逆方向な、保身の時は。
短編だとちょっとブラジルらしさが感じられるような作品もありますけど、長編だとすごく孤独な世界を描いている感じはありますよね。
大体の物事はこう部屋の中で進行していくような感じもありますし。
確かに。
オリンピコの描写と人形の謎
バカ部屋もなんかね、そしてコーヒーを飲むという。
そうですね。
コーヒー代は出すけど、ミルク代は出せないでした。
そうですよね。
面白かったですね。
確かにオリンピックのあのケチさは面白いですよね。
映像で見るとまたひと塩ですよね。
そうですね。
セリフもちょっと始まる前にも話しましたけど、セリフも結構まんまで、結構衝撃的なセリフが多いですもんね。
そんなこと言うみたいな。
でもなんか当時のブラジルの男性ってあんな感じなんですかね?
もしかして。
どうなんでしょうね。
それともやっぱりオリンピックのなんか小物感というか。
いやもう小物感はかなり強調して描いてるような気がするんですけど。
でもまあ僕の印象だと結構そういう男性が好きだったんじゃないかなって気がする。
ロックラリティでされてるのが。
なんかこういうロックでもないやつになんかこう独特の魅力を感じてたみたいなのがある気がするんですよね。
まあ確かにねちょっとかわいい面もあるんでしょうねきっと。
映画の中のオリンピックはやっぱり原作とはちょっと印象違って。
最後ちょっと人形。
人形だったんだろうね。
戻ってくるじゃないですか。
あれはグローリアにあげようとしたけど受け取ってもらえなくて。
でマカベアのところに持ってこようかなって知ってましたね。
あれはオリジナルですよね。
たぶんそうですね。
そしてあの人形はなんだったんですかね。
あれめっちゃ面白いんですよ形が。
あんなのが売ってるんだって。
映画のコラボでTシャツとか作ってる。
すごい出てますよね今ね。
あそこにぬいぐるみモチーフのTシャツとか。
そうなんですね。
すごいやつ選んだなって思いました。
確かにすごいかわいい人形でしたもんね。
あそこだけやったら現代っぽいですか。
なんかこの現代の日本とかでUFOキャッチャーでやってそうなぐらいの大きさのなんか。
UFOキャッチャーっていうかなんていうんですかね。
オリンピックをお前そんなことできたんだねって頑張ればできるみたいな。
そうですよね確かに。
グローリアとマカベーアの対比
あれグローリア欲しかったわけじゃないよな。
グローリアその時も本命の相手が見つかったっていうことですもんね。
グローリア金目狙いでしたよね。
そうですね。
なかなかひどい話です。
なんかオリンピックを奪うのも占い師に言われたから奪って。
そうですよね。
グローリア振り返るとハマリ役。
生命力溢れる感じが。
そうですよね。
そうですね。
パワフルだし。
グローリアっていうのはマカベイヤの勤めてる会社の女の先輩。
なんて言ったらいいんだろうな。
同じタイピストにはなるんですけど先輩で。
優秀なタイピスト優秀なタイピスト。
なんか夜渡り上手な感じ。
そうですよね。
で実家が太い。
そうそうそう実家太い。
でも面白かったのが職場の電話でグローリアが男性に電話。
男性から電話もらっててって言ってて職場に。
時代がそうなのかもしれない。
日本でも昭和とかだとあったかもしれないですね。
確かに携帯がない時代は。
そこで恋愛のもつれ話とか大声でするっていうのが面白かったです。
それを見てマカベイヤも自分に電話が欲しいからオリンピックに頼んだりとかしましたもんね。
そこも面白かったですね。
あの対比ってすごくよくできてるような感じがして。
グローリアってすごいいかにもブラジル人っぽい。
ブラジル人女性っぽいブラジル人女性。
で一方でマカベイヤもブラジル人にとってみたらすごい典型的なブラジル人女性っていう感じがすると思うんですけど。
不器用で地方出身で右も左もわからないみたいな。
そういうのに自分を重ね合わせるっていう人も結構いると思うんで。
両方のタイプを対比する感じで出せてるんじゃないかなって。
結構パソコンは結構あの事務所はうまく作り込まれてるんですね。
事務所の描写と中間管理職
でも面白かったですね。
時代が時代でよくちょっとわからないですけど一応マネージャーの人が使用期間を守ろうとするじゃないですか。
3ヶ月使用期間をマカベイヤはクビにできないんですみたいな。
社長はもうクビにしろって言うんですけど今すぐ。
この何ていうか上司、管理職、中間管理職みたいな人は守ってくれるっていう。
すごい優しいんですよね。
優しいですよね。
それは原作でもちょっと描かれてる部分ではありましたけど。
毛病とかをね、あえて気づいても見逃してあげたりとか。
面白いですよね。
映画の話をちょっとダラダラしちゃいましたけどそうですね。
原作翻訳の苦労と読みどころ
原作の話に少ししたいなと思うんですけど。
映画も見て、私もSNSとかで映画が良かったから原作読もうみたいな人も増えてると思うんで。
原作についてもいろいろ話したいんですけど。
ちょっといくつか語り手のヨドリーゴがいないとかいろんな話は出てていたんですけど。
実際これ翻訳するときに結構苦労された場所とか。
なんか読みどころってどこかなとかってあったりしますか。
ちょっと難しいかもしれないですけど。
そうですね。なんだろうな。
まずでもやっぱり最初のモノローグですかね。
このロドリーゴのモノローグの部分をどういう雰囲気で訳せばいいのかっていうところが。
ポイントになったのかなっていう気がします。
ここでもなんか哲学的なようで。
そうですよね。
不思議な。
そして全然このマカベーヤが出てこないから。
多分最初読んでるとき何の話をしてるんだろうってずっと思ってた記憶あるんですけど。
なんかでも好きな人は絶対ハマる文章なんですよね。
物語が物語であるからとかなんかすごいね。
ポルトガル語の「sim」の翻訳と文庫版の工夫
なんかこの文庫だと11ページになるんですけども。
この世界のすべては一つのイエスから始まったので。
イエスを最初はイエスなんですけどその後はうんでさらにそうとか。
このあたりの使い分けとかもすごい色々な試行錯誤と言いますか考えられて。
単行本の時にはこのイエスから始まったっていうところ。
その後もイエスで通しているんですよね。
そうだったんですか。
ここちょっと違ってて。
変えたんですね。
文庫本だとうんとそうにイエスっていうルビーを振ってあるという形になっている。
これポルトガル語の原文だとsinっていう単語にあたるんですけど。
英語のイエスにあたると。
これ一番最後の文章が。
一番最後の単語がこのsinで終わっているよねっていうのを。
実はキノシタマホさんっていうポルトガル語翻訳者の方。
ポルトガル文学の翻訳をメインでやられている方。
その方がそれこそ翻訳大賞受賞式の日に。
おっしゃってて。
それちょっと心に残ってたんで。
それがよりはっきり伝わるようにと思って。
文庫本では変えた部分。
なるほど。そうか。
やっぱりそういった細かいところを本当にチューニングされて。
そうですね。
文体選択と読者への語りかけ
ちょっと以前チューニングミスってた部分を。
チューニングし直したりとかっていうのは結構あります。
そうか最後と最初一緒なんだな。
世界全体は一つのイエスから始まった。
面白いな。
ここもちょっと交互っぽさはありますよね。
この文章にしても哲学的なんだけど。
哲学書みたいな文体ではなくて。
でも読者に話しかけてる文体にはなってる。
その辺もやっぱりある種チューニングというか。
文体を選択した感じ。
でもゴリゴリの哲学書みたいな熟語が並んでるみたいにはしたくなかったんで。
その辺は細かく丁寧に単語を選んでるかなとは思います。
確かにロドリーゴが語りかけているように読んでいけるので。
読みやすさがあるんですよね。
そこにやはり翻訳で選択が押されていらっしゃったんですね。
難しくおそらく書くこともできたと思いますし。
僕結構大学時代とかポスト入学ぐらいの時代だったと思うんですけど。
方言と発音の再現性
デリダとかフーコーとかデュルーズとかそういうのが割と流行ってた時代ではあったんで。
そういうのをたくさん読んできて。
そういうのも結構好きではあったんですよね。
でも翻訳はとにかく読みにくいなっていうのはずっと思ってて。
もっとうまく訳せるのになとかって思いながら読んでたんですけど。
なので結構そういうベースのトレーニングの部分はあったかなと。
そうですよね。読みやすさはすごいあるんですよね。文章自体は。
内容が頭にこう空中分解するだけあって。
これはもう作品の難しさというかリスペクトルの難しさみたいな。
でもマカウェイアとオリンピックは北東部地方の出身ということで方言とかがあるかもしれないですけど。
この翻訳の時の言葉遣いっていうんですかね。
文字で表現すると出てこない部分なのかなっていう気がして。
もしかするとですけど例えば方言っぽい感じで訳すっていう選択肢もあったのかなという気はしますね。
ちょっと生まってるみたいな話し方に訳すっていうのは。
ここで生まってる言葉遣いになってくるとまた印象がだいぶ変わってきそう。
そうですね。
確かに。
発音だともう割とはっきり出るんでもう一言喋っただけでこの人は北東部の人だっていうのが映像では伝わるようになってて。
それは強いなって思いましたね。
日本でも今は割と標準語が関東とかはもうどこ行っても大丈夫だと思うんですけど多分昔は田舎だったらすぐ晴れちゃいますもんね出てきたら。
翻訳期間と日本翻訳大賞受賞の喜び
晴れちゃうって言う方はあれだけどなんていうか鉛はなかなか消せないし残ってますよね。
今も気にしてるからこそ頑張って標準語をみんなが話してるみたいなところがありますよね。
そうですね。
この翻訳はどのくらいの期間でされたんですか。
そうですね。僕結構早いとは思うんですけど作品自体も長くはない決して。
でも結構大変でしたかね。これは。
最初この文体って言うんですかね。この雰囲気を決めるのにすごい。
やっぱりリスペクトルのこの語り口を見つけるのは大変な部分だったかもしれないですね。
すごい翻訳って苦労が多いものだと思うんですけども日本翻訳大賞って選ばれたということで。
その時のお気持ちというのはどうだったんですか。
その受賞が決まった時は電話をいただいたんですよ。
斉藤麻里子さんから携帯に電話がかかってきて。
その時は面識なかったんで。
名はなんで電話を通してお話ししたかって。
柴田先生とは大学の先生だったんで面識があったんですけど斉藤さんはなくて。
お電話をいただいたんですけど嬉しかったですね。
受賞そのものに関して言うと候補に入れていただいていたのは知ってたんですけど。
そうきたかっていうか。
あの時の模索結構いろいろあった記憶は一文字と星の時だから。
でも翻訳大賞は受賞されたらその後は何か変化と言いますか。
受賞後の反響と他の作品への展開
あの星の時の単行本は重磅していただいたっていうのはありました。
あとその後にこのオリジナルの短編選手ソフィアンの才能と水の流れというさっきもお話ししたんですけど。
あれは本当に難解というかストーリーのない物語小説なので。
まずそれを最初に訳そうとは思わない。
これを評価してくれるのであればぜひこれもっていう感じで水の流れ訳したんで。
そういうチャレンジはできたのかなという気がします。
それを考えるとすごいですね。
この翻訳大賞の賞を得たからそうかもしれないですけど。
次が続いていくっていう。
リスペクトリー一度日本語で訳されてましたけどGHの時の。
それは本当にやっぱり難解。
でもそれってやっぱりリスペクトリーの作品が難解だから難解だったんですよね、訳も。
しばらくもう20年以上30年くらい。
数十年の間に全然訳されていなかった作家。
それをまた再び取り上げるってなって。
一作出してもらってそれが読者を得たのでその後も続いていくという感じで。
その流れに乗って他の訳書も出させていただいたので。
それはやっぱり読者がいるからこそ出てくるものなのかなと。
ちょっと話戻っちゃいますけど星の時はなんか受賞する前から結構話題だった印象はすごいあるんですよね。
単行本発売当時の話題性と潜在的需要
結構海外文学好きとかは買ってる印象があります。
私もやっぱこれその書店で買った時は結構誰かがやっぱり気になってるかなっていうなんか情報があったから買った記憶があるんですよね。
当時京都にいたんですけどやはり丸善くとやはりこの星の時は結構目に留まりましたね、発売されて。
なんかこの単行本の作りがすごい面白い。
そうですね。
この帯もちょっと斜めに座っていたり。
文庫もすごくいい。
でも単行本の方が表紙の色合いがよりなんかちょっと黄金に金色に近い。
なんか高級感がありますよね。
そうですね。まずは想定のところとかにすごい気になっていましたし。
結構忘れられた作家みたいな位置づけにはなってましたかね日本では。
でもなんかすごいらしいっていう噂があって、それで伝説の作家というか作品というか。
それで潜在的な需要はあったんですかね。
ちょっと映画の話もあって、星の時も結構また文庫になって読む人が増えると思うんで。
今後の展望と他作品の紹介
またこっから多分ソフィアの災難とか水の流れとかってまた読まれるんじゃないかなと思いました。
ちょっと我々まだ読めてないんでちょっと読みたいなと思ってるんですけど。
やっぱりまたこのリスペクトルが日本でより読まれる状況になっていくんじゃないかなとはちょっと思ってますんで。
またちょっともしこの水の流れ。ちょっと今とりあえず水の流れを読みたくなってるんですけど。
水の流れを読む時があったらちょっとまた色々お話聞かせていただけると大変ありがたいです。
なんかこのストーリーの方に惹かれるのであればソフィアの災難の方がいいかもしれない。
ロドリーゴの語りがハマるんだったら水の流れに行っても大丈夫とかそんな感じがします。
なるほどそういうことか。でもじゃあ水の流れ読みたいな。
ロドリーゴの語りの魅力と小説の総体
なんかこれ映画を見てる時にロドリーゴ出てこなかったんで。 物足りなさ。
物足りなさっていうかなんかロドリーゴってもしかして邪魔だったのかみたいな。
ちょっとその印象がこう1回醸成されてしまったんですけど自分の中で。
でもこれ読み返してみるとロドリーゴの語り結構好きなんですよね。
特に最初のところちょっと全然100%理解できている気はしないんですけど。
なんかこの言ってることというかこの必死さというか焦燥感みたいなのがすごいあって。
なんかその小説ってストーリーに還元できるものではないじゃないですか。
語り口含めて全ての語りが小説である。だからそのロドリーゴの語りっていうのは決してとうもろこしの皮とかっていうわけではなくて。
それも含めてやっぱ小説という作品の総体ですよね。
そうですね。そうかなちょっと水の流れ気になりますね。
ソフィアの災難面白そう。
青山ブックセンター本店での選書フェア
読みやすさも。
物語性がある作品が入っているっていうので。
じゃあちょっとそんな感じで今回はこれで一旦終わりにしたいと思います。ありがとうございました。
ありがとうございました。でちょっと最後になるんですけど、東京の方限定になっちゃうんですけど、青山ブックセンター本店、渋谷と表参道の間にある本屋ですけども。
そこで福島さんのこの星の時に合わせた戦書と言っていいんですかね。
戦書フェアっていう。
が今展開されてますよね。で、もちろんそのブラジルの作品もあれば結構幅広くいろんな作品を。
あの私は実際ちょっと足を運んだ時があったんですけど、すごいなと思ったんですけど、結構このいろんな国から結構戦書されてて。
そうですよね。ブラジルも南米からで、英米文学に。
なんか世界文学のいろいろな作品と並べてみると結構見えてくるところはあるかなっていう。
そうなんですよね。韓国の作家さんもいらっしゃるし、詩集ですね。シーンもあったり。すごい幅広い。
一作一作、星の時に絡めてちょっとコメントが、福島さんのコメントが寄せられているんで、ぜひちょっとね、これ何冊ですか?結構なるんですよね。
30冊。
すごい。読んだことある本もあったんで、ベルジャーとか。
ソウジフのための手引き書とかね。
あとジンリースとかね、あったんで、すごい勤用がなったんですけど、ちょっと実際にあの場に行った時に時間なかったんで、全部読めなかったんで、
ちょっと今日原稿をちょっといただいたんですけど、結構これ面白いんで、ぜひ皆さん青山ブックセンターに行く機会があれば。
で、映画はおそらくしばらくは公開していると思いますので、ぜひ気になった方は見に行ってみてください。
次回予告と番組からのお知らせ
じゃあ今日はこんなところで一旦締めたいと思います。ありがとうございました。
ありがとうございました。
じゃあちょっと次回動くだけさせていただきます。
次回はもう引き続き福島さんをちょっとゲストに迎えて、ちょっと作品ではなく、ちょっと違うことを色々お聞きしたいなと思っていますので、お楽しみに。
番組の最後になりますがメルマー会員募集しております。
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番組の感想やリクエスト、またこのラジオを聞いて紹介された本を読みました、読み返しましたなどございましたら、
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ではまた来週。ありがとうございました。
58:41

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