どうもみなさんこんにちは、文学ラジオ空飛び猫たちです。 この番組は、いろんな人に読んでもらいたい、いろんな人と語りたい文学作品を紹介しようコンセプトに、文学と猫が好きな2人が緩くトークするポッドキャストです。
パーソナリティは、私ダイチとミエの2人でお送りします。 文学のプロではない2人ですが、お互いに好きな作品を時には好きな愉快にそれぞれの視点で紹介していく番組です。
今回は作品紹介のない番外編となっております。 先週に引き続き福島さん、福島信浩さんをゲストに迎えての会員になります。よろしくお願いします。
前回は福島さんが翻訳された、星の時というクラリスリスペクトルの作品が映画化されたので、映画化されたわけじゃないか。何て言いたいんですかね。
映画が公開された。 40年前の映画が法系でよみがえって、今2026年の8月に公開されていたので、その意味絡めていろいろお話しさせていただきましたが、
今回は福島さんの他の活動についてもちょっとお聞きしたいなと思っているので、ちょっといろいろお聞きしていきたいなと思っております。
改めここで福島さんのご紹介をさせていただきます。福島信浩さんですが、1978年新潟県生まれ、教立女子大学文芸学部教授でクラリスリスペクトルの作品を翻訳しており、
星の時で第8回日本翻訳大賞を受賞されています。 リスペクトル以外にはマルチニスの太陽に打ち抜かれてなどの翻訳があります。
著作にニコの海などの創作もございますというところです。というわけでちょっと今日はまたよろしくお願いいたします。
いやーでも今この教立女子大学の福島さんの研究室にお邪魔していまして、
まずはあれですかね、大学の教授をされているということで、どういったことを教えていらっしゃるんですか。
今日は夏休み中ということで、誰も学生のいないときに来てもらいましたけど。
場所がいいですよね、尋募町って。 そうですね、この窓から小学館とか、みしょてんとかが見えるという。
教えているのは文芸学部っていう。 はい文芸学部、文学と芸術の学部っていう感じで、文学の授業とか美術とか舞台芸術とかそういう
芸術系の授業の揃っている学部っていう感じです。 その中で福島さんが担当されているのはやっぱりブラジル文学。
ここではブラジル文学の授業はやっていなくて実は。やっているのはポピュラー音楽関係の授業であるとか、あとは創作系の授業もやっています。
なるほど、音楽をされていらっしゃるという。 もともと趣味でずっとやってたんですよね、マンボウさんの場とかなんですけど。
ああ、いいですね。 はい、でまあそれは趣味なんですけど、文学作品とか映画とかの中で音楽が描かれたりしてる。
まあそういうところに注目してみたりすると面白いっていうところがあって、
そういうポピュラー音楽の歴史とか文化とかそういうのを授業で結構やってるんですけど。 他の先生は文学の読解みたいなあるとそのものをやる授業が多いかなって思うので、
それでちょっと珍しいところをやった方がいいかなっていう。 なるほど、面白いです。文学の中のカルチャーって言いますか音楽ですよね。
もしなんかその最新のって言いますか、文学の中のその音楽のところでこういう傾向があるとかですね、もし何かありましたら。 ちょっと待ってくださいね。
パッとは出てこないですかね。 結構でもその文学の中というか、何でしょうね、映画とかもそうかもしれないんですけど、中で描かれる音楽ってやっぱ変遷はあるんですかね。
そうですね、その時代ごとで流行る音楽って違うじゃないですか。 それでこうなんかその時代ごとの
音楽を聴くのって若い人たちが多いですよね。 だからそのユースカルチャーというか若者文化がこう
どんな形で変わってきたのかみたいなのをその音楽の歴史をたどりつつ見るみたいなところが面白いなと個人的には思います。
本当に歴史というか文化というか、中に位置づけられるとその当時の大きな流れに対するカウンターみたいなのもあったりとかすると思うんですけど、
そういう音楽って結構そういうところ一面もあるよなと思ったりするんで、奥が深そうだなと思うんですけど、流れっていう意味では、これが流行ってこれが流行ってこうなっていってみたいな。
でもそれにはその当時の政治的な圧力とかがあったりしてみたいなところが多分あるんだろうなと思って。
今はちょっとなんか時代も結構今逆行してるというかまた戦争の流れも来てる中で、そういう意味でもなんかちょっとまた音楽が持つ力っていうのは多分あるんでしょうけど、
でも一定もう音楽は権利を得てるというか自由な表現の一つだと思うんで、なんかあんまり弾圧はされにくいのかなとかちょっと勝手に思ったりするんですけど、実際にもしかしたらすごい弾圧されてるかもしれないですけど、ちょっと分からないなと思いながら勝手に今想像で話します。
ブラジルは結構実際あったんですよね、軍制の時代は。権圧とかあったりとか、ミュージシャンが亡命を余儀なくされる国内に留まっていられなくなるっていうことがたくさんあって。
それはやっぱりその表現が当時の政府からするとちょっと都合が悪いっていうことですかね。
そうですね、直接的な批判とか政権批判とかはやっぱり難しいっていう状況にだんだんなっていくっていう。
南米が独裁政権が兼ねされていくっていうところで、弾圧が厳しくなっていくと音楽もそうなんですね、もしくは。
そうですね、ブラジルなんかはやっぱりそのポピュラー音楽の中で政治的な発言っていうのがかなり積極的になされた国ではあるかなと思いますね。
ノベル賞を取ったボブ・ディランとかも反戦とか公民権運動への賛同とか、そういうのを歌で表現していた時期がありましたけど。
ちょっとやっぱり日本にいるとあんまり感じにくいところかもしれないですね。
音楽って日本だとあんまり政治と関わらないことが多い。
なんかエンタメのノリがすごい強いですよね。
その枠に収まっていなさいみたいな圧力はありますよね。
そういうことか、なるほど。
音楽ってそこまで考えたことなかったかもね。
そういうのを結構学生さんにも教えてる。
そうですね、授業ではアメリカの音楽の歴史とか見る中では公民権運動との絡みとか、モータウンとかですね。
あとは反戦の機運とかウッドストックとか、そういうのを見ながら。
あとはセクシャルマイノリティに対する弾圧とそれに対する抵抗とか、そういうのがディスコ時代にはあったよとか、そんな感じの話をしてますね。
でも大学のことで言うとちょっと話が飛んじゃうんですけど、文学フリマに学生さんと出展されてて。
ありましたね。
そういえば学生さんの書いたものを買った記憶がありますね。
そしてまだ読んでない気がするんですけど。
1回は一緒に出展して、前回は確か別々に出てたんですけど。
創作のコースか何かを取ってらっしゃる?
そうですね、創作の授業で受けてた子たちが、じゃあちょっと一緒に作ってみようかって感じで1回出して。
じゃあ創作は小説を。
そうですね、すごく短いものなんですけど、1回1回の授業で課題として提出できるくらいって感じなんで、800字ぐらい。すごく短い。
800字だという、なるほど。
結構書けるんですよね。
800字?
何か一瞬で。
そうですね、多分書き始めて、アイディアがあって書き始めたら結構書けちゃう。
それ何か書き始めるきっかけみたいなものは?
毎回テーマを決めてやってますね。こういうテーマで書いてください。
その条件に合う中で物語を想像して書くみたいな。
なんか楽しそうな授業ですね。
そうですね、楽しそうだね。
毎回優秀作品をピックアップして、みんなで読んで、投票して、優劣じゃないけど得票数を決めるみたいな。
その時どうなんですか?結構鋭い意見の交換の試合とかになるんですか?
グループで話し合ってもらって、そのグループの話を発表してもらうって形でやってるんですけど、
作者がいいとしただろう点を深く読んでくれる、読みも出たりしますし、
あとちょっとここはもうちょっとこうした方がいいとか、
ここはどういう意図なのかわからなかったとかっていう意見も出てきたりする。
でもその中でやっぱり票が集まるやつはそれなりに良い作品が出てきてるかなっていう。
それは書いてきて持ってきて交換するってことですね。その場で書くわけじゃないんですか?
その場で書くわけではないですね。書くのは宿題で数日間とかに。
自分が書いた作品が結構辛辣な言葉に語られたらちょっと怖いなと。
別に勇気いりますよね。
めちゃくちゃディスるみたいなことはやめましょうねみたいな僕の前提はありますけど、
褒められるにしてもドキドキはすると思います。
そうですよね。前回の報酬の時の話からブラジル文学が全然出てこないっていうんですよ。
福沢さんの。
そうですね。ちょっとブラジル文学の文脈を大学の授業に落とし込むって結構難しいのかなっていう。
正直ブラジル音楽でも難しいなっていう気はしていて。
それでいろいろ流れ着いて、じゃあ英語圏の音楽かなみたいなところはありますね。
本当にいろいろな範囲が広いと言いますか。
本脈だけではなく創作ですね。小説も書かれていらっしゃいますし、
あとは本脈にしても詩の本脈もされていらっしゃって、それぞれ本も出されているということで。
本だとまずあれですかね。ニコノウビシ。
そうですね。これが2025年。ちょうど1年くらい前に出たんですかね。
書かれたのは結構前なんですよね。
主にスバルに載ってたやつが2つ入ってるんですけど、だいぶ前に掲載はしていただいて、単行本化ってなるとなかなか難しくて、
それで将来者さんにお願いしてっていうので、少し時間がかかったという感じですね。
読ませてもらいましたけど、めちゃくちゃ良かったというか、自分の青春時代を思い出すような、青春時代を思い出す気持ちを思い出すというか。
大学時代や高校時代、そこから現在に向かっていくっていうので、
この小説のでも、ちょっと共通しているところだと、舞台が新潟県の長岡市福島さんの生まれのので。
自伝的フィクションっていう感じ。自伝とかではないですけど、ベースにしたフィクションっていう。
確かにこれ読んでいて、どこまでがフィクションなんだろうっていうのはすごい気にはなったところですね。
その辺は結構わざとわからなく知ってるところはありますかね。
すごいリアルなんです。基本的にはすごくリアルで、これが現実にはこんなことあるのかなというかですね。
ここはでもえらいリアルだしな、どっちなんだろうっていう。
結構これ現実だろうなっていうところが嘘で、嘘っぽいなってところが現実だったりするかもしれないですね。
そうなんですよね、いろいろあるんですよね。
高校時代、刺繍を学校図書館で女の子が借りた刺繍を借りたけどなくしてしまって、迷惑をかけてしまったというエピソードとか。
面白いなと思って、これはさすがにフィクションなのかなと思ったりとかですね。
答え合わせに言ってましたね。
言います?
ちょっと聞いてみたいなところがありますね。
そこは嘘ですね、フィクションです。
そうですよね。
あり得る。
確かに確かに。
話も読むとすごく自分の青春とか、特にこの10代後半から20代あたりを本当に思い返してしまいたくなるような内容だと思いますし、
あとはラジオを聞いてくれている方やはり海外文学好きな方が多いと思うんですけど、文章がすごく個人的には好きで、
読みごたえというんですかね、文章がですね、やっぱりかなり描写が丁寧なところもそうですし、
本当に小説を読んでいるという、それがすごく感じられる、この描写の一つ一つがありまして。
僕どちらかというと、翻訳をやるより創作をしたいという気持ちが最初だったんですけど、
実際には翻訳の仕事の方が先にたくさんやっていくという感じになって、
その中で結構翻訳的な文体っていうのが自分の文体になっているのかなっていう気もしますね。
あたかも翻訳をしているかのように日本語を書くみたいな、そんな感じもあるかもしれない。
ちょっとその海外文学を読んでいるときに感じるような感覚は、やはり感じていてですね、このニコノミを読んでいるときに。
この高校とか大学とかの振り返っていく話の中に、そんな海外文学を感じれるようなこの要素もあって、
そこがすごく面白いなと思ったところでもありまして。
私は逆にあれですけど、日本の小説を読んでいるんで、
久しぶりに日本の小説をたくさん読みたくなりましたね、これを読んでね。
なんかお伝えしたかもしれないですけど、自分の小説を書きたくなったんですよね、これを読んでニコノミを読んだとき。
小説を書きたいなってすごい思って。
海外文学を読んだときってその気持ちわかないんですよ。
この間、山内真理子さんの小説をこのpodcastで紹介したんですけど、その時も小説を書きたいなって気持ちになったんで。
日本の小説を読むとそういう気持ちになるのは何なんだろうとか思いながら、海外文学を読んだときは全く思わないですよね。
何なんだろうなと思ってるんですけど、ちょっとこれはわからないんですけど。
ちょっとわかるかもしれない。
僕もね、どっちかっていうと圧倒的に翻訳ものであれ、海外文学を読むことの方が多いですよね。
でもなんかこう、自分でも書くっていう気持ちを立てられるのは日本語の。
日本の作家が書いた日本の小説そうですよね。
自分だったら違うやり方をするなみたいな気持ちになるのは日本の作品かもしれないです。
でも私はもしかしたら海外の小説を読むと圧倒されるのかもしれないですね。
これに別に勝つために書くとかはないと思うんですけど、わざわざ自分が書かなくてもなって気持ちになっちゃうのかもしれないですね。
自分を重ねれやすいんですかね、日本の小説の方が。
かもしれないですね。
むしろ福島さんのこのニコの海はさっきも話しましたけど、結構10代後半20歳前後ぐらいのお話なので、
なんかそれは重ねやすいですよね。
この空気感も含めて、渋谷のバイトの空気感とかなんかすごいわかる。
渋谷でバイトしたこともないんで、あれなんですけど。
世代はちょっと違いますかね。
多分そうですね、私が84年生まれなんで。
一つ違い。
世代は多分1か2つ世代ぐらい違うと思うんですけど、大学かぶらないぐらいだと思うんですけど、
でも私が大学の時も多分そんな変わってないと思うんですけど、
フロムAでバイト見つけて、今と多分全然違うと思うんですけど、
フロムAでバイト見つけてっていう感じなんで。
そんな小説も多分あんまないですよね、例えばフロム映画みたいな。
もうないでしょうね。
ある時代では本当に当たり前で、誰も気にしなかったようなことが少し時間が経ってみると、
すごく特別だったように感じられるっていうのはすごいあるなって思ってて。
確かにそうっすよね。だから今、例えばMDとかそうっすよね。
MDとか本当に時間で見ると、期間で見ると、
短かったですよね。
そう、多分CD、MDですもんね。
その後、CDを焼くとか出てきたし。
そうですね、またCDプレイヤーを持ち歩くって言った時ありましたね、MDの後ちょっと。
2008年くらいにiPhoneが出ましたよね。
iPod、iPhone、ウォークマンか。配信で貴重に学ってっていうあれですけど。
確かに時代を切り取ると、あんなことしてたんだなみたいなのとかあるんで。
結構そういう共通の記憶とかもみんな知ってたんだけど、
でも誰かが言葉にしないと結構あっという間になくなってしまうみたいなのありますよね。
そうですね、確かに。Z世代とか次がアルファ世代かとかには通じないものって、
どうしていいんだろうなってたまに思いますね。
それこそ大学生と接してると多分あると思うんですけど、
別に私そんなにアルファ世代のことを接することってほぼないんで、Z世代はまだありますけど。
今の大学生はZ世代?
2000年、いやアルファ、違うギリギリZ世代かな。
どうなんですかね。
2010年代生まれ。だからまだ高校生くらい。
もうちょいですね。
そうですね、高校生くらいですね。だからZ世代ですね。
そっか、ジェネレーションギャップっていう言葉で片付けていいのかあれですけど。
でも本当に大学生の生き様というか年々変わっていくんで、毎年毎年。
今大学生、特に文芸の学部の学生の中で人気の作家さんとかっていたりするんですか。
そうですね、でもエンタメ系が多いのかなっていう印象はありますね。
アサイリョウさんとかであるんですかね。
僕らの時は、あれ、どうやったっけな。村上晴樹さん。
でも森見富彦とかが、私は大学の時はよく読んでましたね。森見富彦がグワッときてましたね。
ああそうか。大学の時はそうですよね。伊坂幸太郎。
伊坂幸太郎もたぶんちょうど売れ始めぐらいが私大学入ったぐらいでしたね。
ちょっと気になったんですが、文芸の学の人でも純文学を好む人っていうのは少数派だったりするんですか。
少数派だと思いますよ。
そうなんですね。でも確かに私も文学部でしたけど、みんな純文学好きなわけじゃなかったもんな。不思議ですよね。
コアな作品を好きっていう人ももちろんいますけど、そういう人ばっかりではないかなって。割とライトユーザーみたいな人の方が多いかもしれないですね。
意外と経済学部とかのやつが読んでたりするんで、なんか不思議だなって思いますね。話が通じるのが意外と文学部じゃなかったみたいな。大学の時ちょっと思いましたね。
この創作は、ニコの今年スピンオフという形になるんですかね。
今のところはそうですかね。僕としては一つの世界で拡張して書いていきたいっていう気持ちがあって。
文学界の2026年4月号に3月16日の雪という短編が掲載されています。それがこの最新の作品に。
今のところそうですね。
東日本大震災から15年というところで掲載されている作品になりまして、これも確かにこのニコの海読んだ後、この登場人物、東京で一緒にアルバイトしていて地元に戻った人が、その後こういう人生を辿っていたんだっていう。
結構そこの感動がまずありまして、このジャマイカ料理店が出されるんですけども、そこでお店に出された後、知り合ったクラフトビールの醸造家が作っている人ですね、クラフトビールを。
それは家族で作っていたのを受け継いだ女性と出会ってて、こういう話になっていくのかっていうすごい面白くてですね、これもまたクラフトビールの作るところからすごいリアルって言いますか、細かくてですね。この作品ものめり込んで読みましたね。
ありがとうございます。
この震災の話なんですけども、このジャマイカ料理店知ってる人がお店を結婚されてお店を出しますよっていう、出す前に一回ジャマイカ実際行っておこうかっていう。
ジャマイカ行ってる時にこの3.11の震災が起きるっていう、そこの設定もすごい面白いって言いますか、リアルなところってでもそうなのかもってちょっと思ったり。
この3月16日の雪はニコの海に入ってるもう一つの中編の永遠の後に来る最初の一日っていう作品にちょっと脇役的に登場しているハツミっていう女性が主人公になっているという感じなんですけど、そのハツミは宮城出身で、
こっちの永遠の後に来る最初の一日の方の語り手の僕にとっては消息がわからないっていうような状態になっている。それでどうしてるんだろうっていうふうに想像するだけで終わってたんですよね、こっちの作品の中では。
で、無事だといいなと思ってるというような、そういう距離感の人だった。で、この作品を2018年に書いた時にそれがちょっとこう無責任に放り投げているというか、ずっと気になってはいたんですよ、そのハツミはどうなったんだみたいな。
それでずっと考えてはいたんですよ、ハツミがどうなったんだろうっていう。で、震災後の被災地の人たちとかについていろいろニュースを聞いたりとか、ということで物語を膨らませていったり。
で、こっちの絵の後にくるの方は、ゼロ年代の渋谷部隊で、これも結構自分の経験に基づいて書いている部分はあるんですけど、やっぱりそのあちこちでバイトしてた時にこう仲良くしてた人たち。
で、ずっと関係が続いている人もいるし、そうでない人もいる。その中であの時あそこにいた人たちは今どうなってんだろうみたいな、そういう気持ちもあって。で、その中で、例えば土産に戻っている。で、料理やっている。
で、そういう人はもしかしたら今クラフトビールを作ってる人と知り合いになってるかもしれないみたいな。そんな気がしたんですよね。わかりません?その感じ。
やっぱりお店をすると、そこから生まれる繋がりって。
あとそのなんか、やっぱり関西が近い人と繋がるとかってあると思うんですよ。それがなんかこの渋谷、宇田川町から宮城に舞台が移った時に、例えばクラフトビールだったりするんじゃないかなみたいなのを思いついた時に、この作品を書けるかもっていう風に。
そうか、なるほど。すごいな。
頭の中でこのイメージを膨らませて書けるかもってなって、やっぱり書いていくものを。
そうですね。こっちのニコの海に入ってる作品の方は割と経験ベースなところがあったんで、そこから膨らませていけばっていうのはあったんですけど、こっちの3月16日の雪っていうのはほぼ創作ベースだったんで、やっぱりリアリティを持たせるにはどうすればいいかっていうのは割と気をつけた部分ではあって。
だからこそそのクラフトビールとかは僕自身は全く作ったことないんですけど。
作り方すごい細かい。
それは結構一生懸命調べて、なるべくリアルに感じられるようにっていうのは。
なるほど。ちょっとこの謎かけみたいなところも入っていて、このクラフトビールの作り方の中に。そこもそういったところも練られていたんですね。
音楽絡みですよね、それも。
そうですね、確かに。
そうですよね、クラフトビールは今いろんなところで作られてるか確かに。
2010年くらいに結構ひと回りブームになった感じがありまして。
今でもそのいろんなクラフトビール屋さん、クラフトビール作ってるとこは全然あって、すごい流行ってるイメージはあるんですけど、確かになんかそのウィスキーとか作るよりは多分クラフトビールの方が多分経験なんだろうな、多分手軽なんだろうなと思うんですけど、でも難しいとは思いますし。
クラフトビールを作っている女性の、その人のストーリーですよね、背景。そこにも大きな物語があって、主人公の女性とクラフトビールを作っている女性と2つの物語が短編なんですけども、入っているっていうのですごい大きな作品に感じたんですよね。
90枚くらいかな、分量的に。
結構、そうですよね、短編のボリュームでは、そうか、中編のボリュームですね、なるほど。
創作においてなんですけど、結構その翻訳があって創作があってって言って、まあ創作の方がしたいようなお話はされてましたけど、今後ってどういう軸足を。
そうですね、まあその自分でやりたいと言ってもできるとは限らないですね。
いや、まあそのいろんな、翻訳もそうですし、多分創作も、まあでも何でも自分でやってしまえばあれだと思うんですけど、難しいは難しいですね、商業というかに載せたりするのは。
本当にそうだと。で、翻訳は話題の作家とか作品とかがあったら、じゃあそれを訳しますって言うと、結構こうなんか代謝がいいというか、どんどん新しいことできるし、それに対する需要も掘り出したりとかできるっていうのがあるんで、翻訳を続けられるっていうのはすごいありがたいなっていうふうに思ってます。
で、まあ自分の文章も書きたいんですけれども、やっぱりこう読みたいと思ってくださる方がいないと続けられないっていうのはあるので、まあそれもちょっとどの辺に需要があるのかっていうのを見定めつつ、そしてまあ自分の書きたいものを見定めつつっていう感じにはなるか。
ちょっと前に小説家の方にね、ゲストに来てもらったときに。 みんなこそアメロさんですね。
ゲストに来てもらったときにおっしゃったのが、なんかこれまで割と自分が書きたいを優先してずっとやってきて自由にやってきたから、この後はもうみんなに読んでくれる、需要をめがけて書いていくみたいなことをおっしゃってて、一周してもうそこを目指せるようになったっておっしゃってて、ああそういうものなんだなとその時はすごい思ったんですけど。
今福島さんだけど結構バランスを取り終おうとされてる感じですね。 そうですね、僕はどうだろう、でも1人称の作品っていうのは結構ここである程度書けたな、書き切ったまでは言わないけど結構書けた。
これを書いてた時期には自分が3人称の作品を書けるとは思ってなかったんですよね。つまりゼロから作り上げるみたいな、しかも他人の話とか難しいって思ってたんですけど、でもこの3月16日の雪はまあそういう形で3人称の物語を作ることができたなっていう手応えはして、
やりたいなって思ってるのは、自分の周りに行った人たち、特に同世代の人たちがどんなふうに生きていたんだろうみたいな想像をしていくっていうことで、
なんかこの本の中では割と僕たちっていう1人称複数を使ってたんですけど、もうなんかこれ以降の時代になると1人称複数で書けることってあんまりないなって気がするんですね。その僕たちっていう種を例えば立てることがすごく難しそうな気がする。
それは時代的な問題ってことですか?みんなが同じ方向向いてないみたいな意味合いなのか?
それもあると思いますし、もう物理的にバラバラになってるじゃないですか。
自分たちの世代がってことですかね。
でまあやっぱり年を重ねていく中で価値観とかもバラバラになってるだろうし。
いやめっちゃわかりますね。
そしたらもうあの僕たちってもう完全に嘘っていうかありえないんですよね。っていうのはあって、そしたらやっぱりこうバラバラの物語を書いていかないといけない気がするんですよ。と言いつつ、でもやっぱりそのなんだろう世代の僕たちみたいなものを探したいみたいな気持ちも。
でもまあすごいわかりますね。なんか私も、
そうっすね。僕たちっていう主語を使える大学のサークルとかのイメージしかない。
ある程度なんかこう価値観とか生き方とかっていうのを共有してた時期があるじゃないですか。
そうっすね。
まあそれもちょっとなんか勝手な思い込みなのかもしれないけど、誰かの気持ちを想像する僕たちっていうのは思い込みの部分があるかもしれないけど、でもまあそう言いたくなるような空間時間があったと。
そうですね。
それに対してもそれはない。
確かにそうっすね。でもなんか全然あれですけど、なんか今の話聞いて久しぶりに僕たちっていう言葉をなんか使いたくなりましたね。
まあお二人は僕たちの理由は言わないですよね。
まあなかなかないですよね。
まあ日常生活で僕ってあんまり言わないかもしれないですけど。
うん。我々。
だから僕がもうずっと僕で通してるんですよ。
日常ゲーム。
そうなんですよ。もうこれはあれなんですよ。なんか俺とかって使いだすとだんだん大きくなっていきそうになる。
なるほどね。素晴らしい。
そうなんです。感覚で僕たちってなんかこれもしかして人によって違うんですかね。
学生時代でそう思う人もいると思うし、なんか20代の半ばぐらいまで。
そのコミュニティとかにもよりますかね、集団とか。
パッて自分で噛んだのはやっぱ20代半ばぐらいですね。
まあ同じグループだとしてもそのみんなを代表して僕たちみたいな言うって結構ないですね。
そうなんですよ。こう考えると思った以上にその短いスパンの中だったのかもしれないなと。
すごい記憶としては濃いんですけども、時間としては案外短い中での記憶だったのかも。
なんかその僕たちっていう言葉を使えるっていうか使いたいというか、
それをこのニコ生の中の2作品を書いていたときにはすごく感じて、僕たちって言える時代の経験だったのかな。
なんかあれですね、僕らの七日間戦争とかの僧侶様か、僕らのシリーズとかもありましたし、
確かに何か一定の年齢というか、一定の未成熟な何て言うんですかね。
あの時の気持ちを共有している仲間のことを僕たちと確かに言ってたような気もしますね。
また成熟していく中でやっぱそれぞれの個性というか違いとかもよりクリアになっていくと思うんですけど、
それが身分感な時期っていうのもありますよね。
そうですね、大学のサークルでずっと一緒になってたメンバーがやっぱ就活になるとバラバラになってきた時の何とも言えない寂しさみたいなのを今ちょっと思い出しましたね。
そうですね、ありますね。
なるほど確かに僕たち。
確かに。
学校とか卒業した後、友達であったとしても卒業してしまったらもう繋がりがなくなってしまうとかっていう人の方が結構多いのかなって思ったりしますし。
時間経ってから再会したとしても同じ感覚でいられるとかない部分もありますね。
そうですね、本当に数年前ですか20年ぶりぐらいに学生時代以来に会った人と再会して、再会した時はやっぱりお互いテンション高いんですけども、そうなると特に何も続かないんですよね。
そういうものなのかなって。
そういうものですよね。
そうですよね。
でもやっぱり違いというかそれぞれの生き方とか価値観とかを尊重するような形の作品も描きたいなって気持ちがあったんですよ。
じゃあそれが一応このニコの海ではできてる?
ここで一応僕たちの話は終わりかなと思って、そこから三人称行っていきたいなっていう。
やはりこの後も世界観を拡張していくような作品を。
できれば描きたいなと思ってます。
ちょっと楽しみですね。
そうですね。ちょっと個人的に気になるのはやはりブラジル文学翻訳されていて、ブラジル舞台とかですね。
でもそれもちょっとあります。
なかなか日本の作家さんでブラジル舞台で作品ってなかなかないんじゃないかなという気もしますし、そこも単純に面白そうっていうのは思いますね。
続いてですね、小説から詩に移れたらなと思いまして、雪の詩集という本も出されていらっしゃって、これも去年の年末にサウダージブックスさんから。
この雪の詩集は翻訳になりますね。本当にもういろんな詩人の詩、雪に関する詩を集められて、本にされているという。
これもすごいテーマが面白いっていう。お聞きしたところ、これも今回雪で出されていて、その続きと言いますか、このテーマをまた分けて今取り組んでらっしゃるんですか。
次はコーヒーをテーマにした詩集っていうのを今準備しているところで、カフェっていう単語、フランス語とかポルトガル語とかスペイン語のカフェっていう単語はコーヒーの意味もあるし、空間としてのカフェっていう意味もあるので、コーヒーとカフェの詩集っていう感じでタイトルをつけて、
コーヒーが出る詩とかカフェが出てくる詩とか、それを集めた詩集を準備しているところです。
近々また出される。
多分今年中には出るのかなと。
じゃあもう一応翻訳とかいう作業は終わってる感じですかね。
そうですね、原稿はお渡ししてある状態です。
楽しみですね。
この雪の詩集もすごい良かったんですよね。
ボリュームは同じくらいのイメージですか?
おおよそ同じくらいかなと思うんですけど。
僕ちょっと驚いたのがですね、この雪の詩集を読んでいるとウンベルトサワーとかですね、イタリアの詩人さんが出てきたり、いろんな国の詩人さんが、シェイクスピアも出てきていますし、ということはこれ何言語一体。
これはですね、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語。
1、2、3、4、5、6ですね。
ドイツ語は実はあんまりできないので、同僚の片山光二郎さんという方に。
この後書きで。
協力していただいたんですけど。
あとフランス語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語とか、単語が似ている。そして文法も似ているっていう。一応僕大学の時にそれぞれ勉強はしたんですけど、そんなに難しい感じではないですかね。
そうなんですね。
専門ではないので、わからぬ間違いがあるかもしれないんですけど。
一人でこれだけの幅広い言語をカバーされていらっしゃるというのに、そこにまずびっくり。
写真って短いじゃないですか。だからわからない単語があっても、辞書を調べれば。
確かに。何とかなるんですかね。
何とかなるんですかね。そんなことはちょっと言い過ぎかもしれないですけど。
でもこれ雪にしろ、コーヒーとカフェにしろ、どうやって見つけてくるんですか?いろんな言語の方の。
探し方ですか。これは結構ありがたいことに、今パブリックドメインになっている書籍って結構インターネット上でアーカイブ化されてるんですよね。
なるほど。
もともと本の中で知ってる作品もあるし、調べて見つけた作品っていうのも結構あります。
その中で見つけて読んで、いいなと思って。
そうですね。いいやつをピックアップして。
だからコーヒーはちょっと気になりますね。やはり時代によって。カフェもそうですけども、今と前にちょっと。
コーヒーは結構面白くて。
商品のされ方も違うのかも。
雪に関して言うと、あんまり地域性みたいなものが出てこなかったような気がするんですよね。
いろんな雪のイメージはあるけど、ポジティブなイメージ、ネガティブなイメージとか、明るいイメージ、暗いイメージとかいろいろありますけど、
でも地域によってそれが偏るみたいなことがあんまりなくて、むしろその詩人の感性によって変わってくるみたいな感じがしたんですけど、
コーヒーだと、コーヒーって産地は結構限られるじゃないですか。
で、その産地の詩、それから消費とコーヒー文化を形成していったヨーロッパの詩とかって結構見方が全然違う。
産地の詩もあるんですね。
そうですね。
なるほど。
コーヒーは世界商品っていうふうにも言われることがあって、歴史を動かしてきた商品、産物でもあるんで、そのコーヒーの詩っていうのも結構世界史の動きとかがわかる感じの詩が多いかなと思いました。
そうか、どっちかっていうとやっぱり輸出しているわけですもんね。
そうですね。やっぱり南米の産地とかだと奴隷労働とかが多いんで、その生産の搾取される側の苦しみっていうのが表現されている。
一方のヨーロッパでは贅沢品ですし、カフェインがあって精神に良い刺激を与えるものみたいな。それがまた創作であるとか哲学であるとかに関わっていくみたいな感じの構図が見えてくるかなと。
そうですよね。
そうですよね。こういう詩の中に産業も歴史も芸術もいろんな分野のものが含まれているんだなと。なんかすごい詩集を豊かに感じれそうな気分になってきました。
三重さんは京都でカフェをやっていたんですよね。
そうですね、カフェを。ちょろっとだけしていました。
そうですね。
その時は行きつけのコーヒー屋さんがありまして、そこのマミュアルで。もう毎回同じものを出してましたね。
僕もコーヒーとかカフェめっちゃ好きで、この作品、美子の海の方も。永遠の後に来る最初の1日もカフェでバイトっていうテーマになってますし。
そうですよね。
結構単純に飲食は好きですね。
本当にコーヒー、カフェもそうですし、音楽もそうです。すごい福島坂の好きなものがどんどん翻訳であったり、お仕事に絡めていってるのがすごくいいなと思いますね。
確かに。
というよりも好きなものがあるっていうのがやっぱりいいのかもしれないですね。そんな気がちょっとします。
なんですかね。
この雪の詩集もわりと趣味の延長というか、雪の詩が好きだったんで訳しましたっていう感じなんですよ。
でも意外と同じテーマでいろんな国のいろんな言語の詩をまとめる詩集みたいなのってあんまりなかったかなっていう気がします。
確かに。すごいいいですよね、そういう視点はね。
確かに。
そうかな、結構好きなものが結構創作とか仕事になっていくっていうのはいいですね。コーヒーもすごい楽しみですね。
消費する側と生産者側のちょっとコントラストはちょっと気になりますね。
ちょっと読み比べてみたいですよね。
じゃあちょっと福島さんいろいろ今日はありがとうございました。2週にわたりありがとうございました。
ありがとうございました。
逆に福島さんが我々に質問というか最後言っておきたいようなこととか、もしくは宣伝でもいいんですけど。
そうですね、一言言っておきたいことと言ったらこの文学のプロではない2人ですがってもういらないんじゃないですか。
ああそこはちょっと。
この2人以上に海外文学を呼んでる方ってあんまりいないんじゃないですか。
保険を入れさせてほしいところですね。
なるほど。
まあでもその文章って毎回読み上げるんですけど、1回目から書いてないんですよ。
そうですね。
ちょっと変えてもいいのかなと思いながら、そこは取りたくないんですけど。
ちょっと言葉を変えるとか。
なんかさすがにずっと書いてなさすぎるなっていうのは。
そうですね。
初期はそうだったかもしれないですけど、今はすごいですよね。読んでる量とか。
いやでも昔の自分の配信とかを、今回の星の時もそうですけど聞き直すとですね、いや昔の方がよく読めてたんじゃないかって思うことがやっぱり多くてですね。
いずれにせよ全ての記録をインターネット上に公開してるわけですから、その度胸をたるやって感じですよね。
ありますね。
読みが浅くなってる回も絶対あるんで。
そうなんですよね。
それは本当に山が多いと思うんですけど。
作品に対するこの愛情っていうかリスペクトというか敬意というかがすごい毎回感じられるので本当に素晴らしいと思います。
ありがとうございます。
褒めてくださいって言ってしまったようですごい恐縮なんですが。
恐縮ですね。
今の部分は使ってください。
でもそうですね、その中で言うと星の時は多分結構紹介するときに自分が多分これ3分の1ぐらいしか理解してないなって思いながら話す時ってあるんですけど。
星の時は。
星の時は多分その感覚で望んで、その後何回か読んでまた英語を見てだいぶ理解が深まったというかリスペクトですごいな。
それに関しては僕も結構同じ気持ちです。星の時に関しては。
徐々に映画も見てみたいな。映画は結構ちょっと先週の話ですけど見てだいぶ自分の中の印象が強化された部分と変わった部分が結構あって面白かったですねやっぱり。
そうですね本当あの星の時最初はい読んだ時やっぱりそのわからなさみたいなところがどうしてもあったんですけどやっぱりこの映画と文庫を読み直してこんなに面白かったんだっていう感動が味わえたのでやっぱり再読してみるものだなと。
再読重要。
そう本当思いましたね。映画も見てみるものだなと思いましたしそういったので星の時が2021年に出て2026年の今また映画も文庫も出て続いてきているのですごい面白い作品なのでもっとこれが長い時間この星の時っていうのがなんかいろんな人の目に触れるところで続いて欲しいなってちょっとファンとして思いますね。
そうですね。
じゃあなんかそんな感じ。
ちょっと最後。
星の時の話になってしまいましたね。
ちょっとこんな感じで今回は締めたいと思います。
よろしくお願いします。
一瞬にわたりありがとうございました。
ありがとうございました。
次回はですねちょっと番外編をお届けしようと思っております。お楽しみに。
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