2026/04/14
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おはようございます。花火鑑賞士、気象予報士の鶴岡慶子です。 この配信では、花火や天気、言葉に関することなどをお話ししています。
今日は、雑草魂について考えてみたいと思います。 秋田県民にとっては、とても印象的な言葉として、雑草軍団があります。
2018年、第100回の夏の甲子園で準優勝した金橋農業高校の球児たちに対して、この言葉が使われてきました。
これは2018年に始まった言葉ではなくて、ずっと金橋農業高校に対して雑草軍団って使われてたんですね。
2018年は、準優勝もしたっていうこともありますし、校歌を目いっぱい、体を削らせながら歌う姿に、全国の方々が本当に魅了されたんです。
エースの吉田高生当初を中心に、地元の秋田の選手たちだけで戦い抜いたチーム。 本当私なんか近所なんで、この辺の子たちだよなっていうふうに思うんですけど、
競合校のように恵まれた環境ではない中で、ひたむきに勝ち上がっていく姿、本当私たちも胸躍りました。
どんな環境でも諦めないことだったり、苦しくても踏ん張る、がむしゃらに努力する、これが雑草のイメージだと思うんですよね。
根性っていう、そういう言葉も浮かんでくるわけなんですが、でもここで面白い視点があるんです。
雑誌プレジデントに載っていたことなんですが、植物学者の方がこんなことを言っています。
雑草は頑張っていない。雑草って頑張っていないそうです。
例えば、アスファルトの隙間に咲くタンポポってありますよね。
あの姿を見ると、こんな場所で咲くなんてすごいとか、必死に頑張ってるって私たち人間は思ってしまうんですが、実はタンポポにとってはそうではないみたいです。
雑草はその場所で生きられる能力を持っているからこそそこにいる。ただそれだけなんです。
しかもアスファルトの隙間っていうのは、実は雑草にとっては日当たりが良くて、水も集まりやすくて、抜かれにくいという意外と条件の良い場所のようです。
つまり雑草は無理をしてるんじゃなくて、自分に合った場所で力を発揮しているだけなんですね。
ここでちょっと最初の話に戻るんですが、金足の魚高校は、じゃあ本当に雑草だったんだろうかっていうことです。
もしこの考え方で見ると、あのチームは無理をして戦っていたんじゃなくて、自分たちのスタイルを貫いていたとも言えるかもしれません。
派手な設備とか眼鏡じゃなくても、チームとしての結束だったりとか、役割の明確さだったりとか、そして自分たちの戦い方を徹底していたからこそ、あの舞台で力を発揮できたとも言えるかもしれません。
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そう考えてくると、雑草軍団とか雑草魂という言葉も少し見え方が変わってきませんか。
がむしゃらに頑張ることじゃなくて、自分の力が生きる場所を見つけること、そしてそこでちゃんと力を発揮すること、これが本当の意味での雑草の強さ、雑草魂なのかもしれないんです。
私たち人間は自分にどんな力があるのか最初からはわからないですよね。
だからこそ、まずやってみるとか、まず試してみるとか、それで違ったなって思ったら違ったでいいと思うんですけど、こうやってちょっと遠回りに見えるかもしれないんですが、その一つ一つが自分のスイッチを見つけることにつながる作業だと思うんです。
雑草のように生きるっていうのは無理をすることではなくて、自分の力を知ってそれが生きる場所に立つことなんですよね。
そんなふうに考えると、がむしゃらじゃないし、我慢じゃないし、根性ともちょっと違う気がするんです。
雑草の生き方、実はすごくスマートだなって思います。
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それではまた明日。
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