ウィリアム・マグヌソンさんの、そもそも企業がなぜ生まれたのか、のお話に目から鱗が落ちました
曰く
"近年、企業の目的は何か、社会的な目標を考慮に入れることはできるか、取締役はもっぱら利益の最大化をめざすべきかといったことが延々と論じられているが、歴史的に企業を掘り下げてみると、企業のほんとうの存在理由、企業が創設されたほんとうの目的が見えてくる。
それは国の共通善を促進するということだ。企業はもともと国の目標を追求するために作られた"
"しかしひとたびそれらのイノベーションによって支配が確立されると、必ず、腐敗と濫用が起こった。その後、社会がその濫用をいやというほど味わったところで、状況を是正するための法律や政策が練られた"
"企業の歴史には、ひとつの真実がまざまざと示されている。それは人間は協力するとき、最大の力を発揮するということだ"
ここから私は、企業の在り方について、思いました
1、大義は、共通善を目指すことから始まった
2、仲間と、ともに最大の力を出す画期的な仕組み
3、パッションで、独善的になってはいけない
歴史から見ると、もともと企業の大義は、社会の共通善を創るためだったと言うお話に、目から鱗が落ちまくりました
そして、企業と言う形を作ったのは、人は仲間と協力し合う時に、1番力を発揮すると言うことからとのことにも、感動しました
言ってみれば、企業と言うのは、人間が仲間と協力しあって、最大の力を創出する最もイノベーティブな装置ということなのか、と思いました
しかし、そこに、これも歴史的に必然となるのが、腐敗や濫用が起きるということについては、ここに個人的なパッションが、よからぬ方向に炸裂してしまうと、いうことが起きてるのかもしれないなと思いました
私はいつも、イノベーター3つのフレームということで、個人のパッションが、大義を持つことで、仲間も集まって、大きな企業体となり、イノベーションが起きると話してますが
歴史的には、その逆のルートとして、国の共通善を守るという大義から、企業が生まれ、そして力を最大化するために仲間を集め、その中に働くパッションが生まれると、いうことも確かにあるなと思いました
さらには、一旦、大きな企業体になってしまったら、真ん中のパッションが悪い方向に向かった時に、仲間が止められなければ、よからぬ方向へ行く危険性もあると思います
パッションから生まれようが、大義から生まれようが、パッションと仲間と大義が、きちんと常に連携している、そんな形を常に作っておかねばならないのだなと
企業はそもそも共通善を目指すノベーション
そんなことを思いました
参考:本: 世界を変えた8つの企業 電子版発行日 2024年4月30日 Ver. 1.0 著者 ウィリアム・マグヌソン 訳者 黒輪篤嗣 発行所 東洋経済新報社
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