芸術家の岡本太郎さんの言葉に、ハッとさせられました。
曰く
「自分を大事にしたら、自分を失いますよ。
自己否定することが逆に自分が生きることなんで、自分を大切にすると自分は死んじゃう。」
(参考:NHK 日曜美術館 日美50特別アンコール「私とピカソ 岡本太郎」2026/3/15)
「非認知能力を育てることが大切」
「自己肯定感を高めることが重要」
この2つ、どこか違和感がありませんか?
特に子供の教育の場面では、よく聞く言葉ですが、この岡本太郎さんの言葉とは、かなり対照的だなと思いました
その意味について、私なりに、3つのことを思いました。
1、存在の肯定
2、要素の破壊
3、要素を破壊しても壊れない自己肯定感の醸成
1、存在の肯定
岡本太郎さんの言葉は、決して、存在そのものを否定すると言う意味ではないと思います。むしろ、そこには、自己を否定してでも、揺るがない圧倒的な
自己肯定感があると言ってもいいのではないか、と思いました
「自分はここにいていい」
「自分には価値がある」
この感覚がなければ、人は挑戦しないし、失敗も引き受けられない。
心理学者カール・ロジャーズは
「無条件の肯定的関心が、人の成長の基盤になる」
と述べています。
ただし、ここに安住した瞬間に、
“守るための自己肯定感”になる危険性がある
そう言う意味が込められている、自己否定、そんなふうに思いました
2、要素の破壊
少し前に、リスキリングや学び直しの話がよく話題になってましたが、それは決して、自己の存在そのものを破壊することではなく、自己の存在の上に載っかってる、要素を、破壊する
ここでいう自己否定とは、「存在」ではなく「要素」を壊すことだと思いました
・できていたことを手放す
・得意だったやり方を捨てる
・自分の定義を更新する
哲学者ヘーゲルは
「否定性こそが精神の生命である」
と述べました。
つまり、
自分の中にある、様々な要素を、壊すことこそが、進化の本質ということなのだと思います
ともすると、自己肯定感がとても大切という文脈から、否定は悪、という極端な解釈もありうるなと思いますが、自分の要素は常日頃、本当なのか?と破壊し続けることが
専門性の罠からも抜け出す方法なのかもしれないと思いました
3、要素を破壊しても壊れない自己肯定感の醸成
そう考えると、自己肯定感と、自己否定は、一見矛盾するように思えますが、両方ともに共存させることが大事ということかなと思います
ではどのようにするのか?についてですが
自らの存在自体を肯定する自己肯定感の醸成には、よく「安全基地が大切」との話がありますが、その安全性があれば、自らを壊しにいくかというと少し違う気がします
本当に壊し続けられる人は、安全だから壊しているのではなくて、壊さずにはいられないから、壊しているのではないか。と、思います
つまり、外側の安心ではなく、内側から湧き上がる動機。
私はこれを、イノベーターリップルモデルにおけるパッションが鍵になると捉えています。
圧倒的な自己肯定感のもとに、自身を破壊し続ける人というのは、
自らが自らのパッションの源に沿って生きているという実感と、その内側から突き動かされている、自らの成長のための破壊、そういう構造なのではないかと私は思います。
自らを壊せる強さの正体とは、自己肯定感minamototonaruhaパッションである
そんなふうに思いました
一言で言えば
自己肯定と自己否定のあいだノベーション
そんな話をしています
参考:NHK 日曜美術館 日美50特別アンコール「私とピカソ 岡本太郎」2026/3/15
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