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末広がりノベーション(1905回)
2026-07-15 17:37

末広がりノベーション(1905回)

7月大歌舞伎を観させていただき、めちゃくちゃ感動したと共に、能狂言を素材にした狂言舞踏「末広がり 長唄囃子連中」に大いに笑わせていただき、かつイノベーションのあり方についても考えさせられました


プログラムより

"幕が開くと、能舞台を模した松羽目の舞台に大名が現れ、太郎冠者に"末広がり(扇)”を買いに行くよう命じますが、太郎冠者が、”末広がり”がどのような物かを知らないことが、この物語の肝となります。


都の市に赴き、「末広がり買いましょう」と声を上げた太郎冠者は、人に勧められるままに古傘を買い求めます。


役目を終え安堵した太郎冠者は、酒を飲んで主人の許に戻り、買ってきた傘を差し出すので大名は怒りますが、太郎冠者は買ってきた傘が末広がりであると言い張ります。


そして、傘をさすなら春日山」と傘を手に踊り始めます。"


ここから私は思いました

1、ボケは進化思考の変異

2、ボケからイノベーションが始まる

3、ボケを許容できる世界が必要


1、ボケは進化思考の変異


太刀川英輔さんの「進化思考」によると、生物は、変異と適応を繰り返して、進化してきたとの理解ですが


お笑いで言ってみたら、ツッコミは、徹底的に深掘りをしていくので、適応で、ボケは、どんどん横に話がそれていくので、変異、ということができると思います


「末広がり」における太郎冠者が、末広がりのことを、傘だと、ボケてきたところから、この物語は始まりますので


まさに、おっちょこちょいに見える太郎冠者が、実は、イノベータとして、大いにボケて、それが変異となって、新たな進化を促進し始めているかもしれない


という見方ができると思いました。


2、ボケからイノベーションが始まる


「末広がり」のお話は、扇を頼んだのに、太郎冠者が傘を持ってきちゃったところから、話が回り始めますが


太郎冠者がガンとして、これが「末広がり」なのだと言い張るからこそ、イノベーションが生まれるのだと思います


じゃあ、例えば、傘がおめでたい、末広がり、だという世界だとしたらどうなるんだ?と考えられるかどうかが、ボケをイノベーションにできるかどうかの境目なのだと思います


それは、ピーターティールが、誰もが賛同しないあなただけの真実、みたいなことに通じるものだと思います


傘で言うと、この傘でおめでたいことってなんだろう?と考えた時に、傘の上で鞠を回しまくると言うところへ到達したのかもしれないなと思いました


つまり、普通の人が見たら、単なる間違いに過ぎないことが、イノベータのレンズを通してみたら、


これまで誰も気づいていなかった、さらなる新しい素敵な世界が広がっていた、ということ、それがイノベーションが生まれる瞬間なんだろうなと思いました


3、ボケを許容できる世界が必要


「末広がり」が素晴らしいのは、そんなおっちょこちょいの太郎冠者と、いつの間にか、一緒になって、大名が踊り始めて


見事なほどのシンクロした踊りをみんなに見せつけるところだなあと思いました


つまりそれは、そんな、おっちょこちょいがいるからこそ、人生は楽しくなるんじゃあないか、と言ってくれているような


さらには、そんなおっちょこちょいが、実はあたらしい世界を連れてくるのさ、と言ってくれているような、そんな温かい気持ちになりました


そして、それは実際に、扇も素晴らしいですが、傘で鞠を回すという、まさにイノベーションを生み出して


より喜んでくれる人が増える、ある意味、新しい大義を作られた、張本人こそ


おっちょこちょいの太郎冠者であると言うことかと思います


そして、そんな優しい世界にこそ、新しい進化が生まれる、新しいイノベーションが生まれる


この世界はそう言う原理原則でできているんだという、素敵なメッセージをいただいた気がしました


と言うことで、一言で言えば


末広がりノベーション


そんな話をしています


参考:7月歌舞伎「末広がり 長唄囃子連中」 出演 市川染五郎、中村隼人 他 歌舞伎座 松竹 https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/976/

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