2024年、科学誌『Science Advances』に掲載された、アニル・ドシさんとオリバー・ハウザーさんによる研究から、生成AIは、人間の創造性を高める一方で、創造物を似通ったものにしてしまうという話に、AI時代の人間の創造性について深く考えさせられました。
曰く、
「生成AIを利用できることによって、書き手が単独では達成できなかったかもしれない水準にまで、物語の完成度が高まります。
言い換えれば、生成AIは物語を、よりプロフェッショナルなものにするのです。
全体的な効果として、物語はより新規性が高く、さらに有用性も高まり、文章の完成度が向上し、読んでいて楽しめるものになります。」
「もともとの創造性が低い書き手ほど、自分の物語について大きな改善効果を得ています。」
「生成AIを利用できることによって、物語の評価が事実上同じ水準に近づき、書き手がもともと持っていた創造性の違いによる不利や有利が解消されました。」
「私たちの研究結果は、生成AIのアイデアを利用できることによって、物語が同じ実験条件で制作されたほかの物語の平均的な内容に、より似通うようになることを示しています。」
「特に創造性の高い人間が単独で達成できる水準を、生成AIによってさらに超えることができるのか、ということです。本研究では、その可能性を裏づける証拠は得られませんでした。」
ここから私は思いました。
1.AIによる創造物のコモディティ化
2.AIをどこで使わないかが差別化要素
3.好きなことは自分でやり切る
1.AIによる創造物のコモディティ化
今、私もこのYouTube のサムネについては、何回かやり取りはするものの、AIに作成してもらえるようになって、サムネ画像のクオリティが圧倒的に良くなったことを実感しています
なのでこの研究結果における、より創造性が低い人ほど、改善効果があるというのは、めちゃくちゃ実感しているところです。
ところがそれによって、全員の創造性の平均的クオリティが上がる代わりに、似通ったものばかりができてくるという、副作用があるということには、衝撃を受けました
それはある意味、個性がなくなってくることにつながるし、多様性がある世界も、失われねないということを想像してしまいました
ビジネスアイディアも技術も、進展・浸透していくにつれて、誰もが同じような機能を提供し始めていく、コモディティ化というのは必ず起きることですので、そうなるよね、という話でもあるのですが
これが、こと、人間の創造性ということになると、それ、本当に大丈夫?人間の最も人間らしい部分が、AIであまりにも簡単に誰もができるようになっちゃったら、人間なんのためにいるの?ということにもなりかねないなと思いました
これまでは、人間の存在意義を脅かすようなコモディティ化はなかったけど、AIの出現は、人間の創造性、もっと広げると、生物の変異や進化も、起きにくくなってしまう影響があるのでは?
みたいなところまで、考えてしまい、少し怖さを覚えてしまいました。
2.AIをどこで使わないかが差別化要素
そう考えると、他の人との差別化をする創造性を発揮するためには、ある意味、あまりAIに頼らない形での、創造性の発揮が大事になってくるのかもしれないなあと思いました
人間は、どうしても、便利な方向へ流れていってしまうし、私自身もこのサムネをやっぱり自分で作るから意味がある、とか言われても、絶対に戻れないので、AI活用を止めるのは、相当難しいかとも思います。
だとすると、オリジナリティを出したい、とか、私ならではのものを作りたい、という差別化をしたい場合には、肝心なところは、AIに任せないということを適切にコントロールすることが大事な気がします
新規事業で言えば、仮説のアイディア出しは、どんどんAIに考えてもらって、なんなら図解でわかりやすくしてもらって、それを元に、自分としてはどうなのか、という創造性や決断を入れるフェーズを必ず意識しておく、そういう使い方を意識することが大事かと思います
曲を作る場合にも、歌詞と雰囲気を入れて、こんな感じで作って、と言えば、たちまち出てきますが、あくまでもそれは、デモのデモってことで、叩き台として
そこからどう料理をしていくかというところに、オリジナリティや多様性をさらに発揮していく、ある意味、パッションを注入するところを、必ず意識しておく
AIをどこで使わないか、それが差別化要素として重要となってくるのかもしれないなと思いました。
3.好きなことは自分でやり切る
そこで、思い出すのが、1999回にお話しした「好きを捨てないノベーション」で取り上げた、楠木建さんの考え方です。
AIをどこで使わないのか。ズバリ、好きなことには、AIは使わない、ということが、ここでも生きてくると思いました
私のYouTubeで言えば、話す内容、書く内容、そして話をすること、これだけは、絶対にAIには渡す気にはなれません。なぜならば、それが好きで始めているから
逆に、サムネ作成や編集は、全然好きじゃないので、AIにお願いをしてしまう
例えば、サムネ作りがとっても好きだったら、きっと自分でああでもないこうでもないと作っていたと思います
それによって、少なくとも自分の中では、話す内容への驚きと新鮮さ、そしてワクワクが止まらない状況で、続けていられるような気がします
これが、話す内容も、記載も、お話も、やろうと思えば、AIでできちゃう気もします。でも、そうしたら、なんのために、何が楽しくてやっているのか、全く意味不明になるのでやらない
そのおかげで、毎回やっているうちに、これは自分比較ですが、着実にノウハウが溜まってきているような気がします
時には、おもろいネタがなくて、七転八倒している時も、ありますが、その苦労も含めて、自分でやる。
それが、AIとのベストな付き合いかたのような気がしました
そして、それが、実は、人間としての創造性を、AIに全て受け渡すことにならず、人間としてのいる意味を持ち続けることができて、生き甲斐にもつながっていく
好きだからこそ、苦労してでも自分で考え抜く。その積み重ねが、実はAIの生み出す平均的な創造性を超えて、誰にも真似のできない、自分ならではの創造性を生み出していくのかもしれない。
そう考えると、AI時代だからこそ、好きなことを自分でやり切る意味が、ますます大きくなっていくような気がしました。
ということで一言で言えば
創造性のコモディティ化ノベーション
そんな話をしています
参考
Anil R. Doshi、Oliver P. Hauser(2024)「生成AIは個人の創造性を高めるが、新しいコンテンツの集団的な多様性を低下させる」『Science Advances』第10巻第28号。https://doi.org/10.1126/sciadv.adn5290
楠木建さんの考え方については、第1999回「好きを捨てないノベーション」を参照。
※研究論文の引用部分は英語原文からの日本語訳です。研究で確認された実験結果と、それを踏まえた筆者の考察を区別しています。
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