ムーミン作者のトーベヤンソンさんは、自由について以下のようにお話しされています
曰く
"彼らの幸せは、ひとりでいる自由、自分だけの考えにひたる自由、だれかに打ち明けたいと思うまでは自分の秋密をあかさずに、隠し持つ自由から構成されています"
"このコートピア的とも言うべき家族、をわたしはなにかしら敬意と驚きに近い感情で見つめてしまう"
(What is Freedom)より
ここから私は思いました
1、幸せはひとりで味わう
2、ひとりになれる自由
3、それを認め合う仲間
1、幸せはひとりで味わう
ヤンソンさんは、戦争に翻弄されたことが一つの要因として、ムーミンを創り出されたとのお話に、ある意味、脱出パッションからの、「戻らなければならない現実逃避」とも言われていましたが、一つの世界の創造だったのかなあと思いました
1人でいる自由、という言葉には、様々な抑圧に飲み込まれていく中での、叫びのようなものも感じます
でも、考えてみると、今自分においても、果たして1人きりになっている時というのは、どれほどあるのかとも思います
時間が空けばスマホを見てしまったり、ドラマを見ていたり、友達と会っていたり、何か、1人っきりになることがまるで怖いかのように、その時間を埋めようとしているような気もします
誰とも、何とも、繋がっていない、孤島ひとりぼっちのような経験というのは、関係性の動物である人間には、やはり恐怖なのかもしれませんが
でも、自分自身が本当に今、幸せなのかどうかっていうことは、雑音のない状態で、自分自身に問いを投げかける空間にいないと、わからないのかもしれないなとも思います
孤独は怖いですが、仲間の中にずっといるだけでは、本当の自分の気持ちはわからない
自分のパッションの源と会話する、1人の時間というものが、必要なのかもしれないなあと思いました
2、ひとりになれる自由
そう考えると、本当に1人になれる自由ということが、とても大切になってくるのかもしれないなあと思いました
会社や家庭で多忙な毎日の中では、それを考えることもできない状態になってしまっているような気もします
でももしかしたら、戦時中では、本当にそんなことを考えることもできないほどだと思いますが
今の自分にとって、1人になる自由があるはずなのに、それを選択しようとしていないのかもしれないとも思うこともあります
自分は独立をしようと思った時、そして、その後にも、とっても恐怖を感じましたし、今でも、たまに襲ってくる何かを感じることがあります
エーリッヒフロムが言われたように、自由からの逃走をしたくなる気持ちもよくわかります
でも自分には、実は、1人になれる自由があって、それは、実は、得難い自由であって、それを選択することがもしできるのであれば、または少しの時間だけでも、自分を1人にしてあげれるか
そして自分と向き合う時間を作ってあげる、ということを意識的にできるかということも、とても大事なのかもしれないなあと思いました
3、それを認め合う仲間
人生の幸せは、健康、仲間、富(成功)であるというお話を、シリコンバレいー最大の思想家のナヴァルさんや、樺様紫苑さんがおっしゃっておられた気がしますが
その中には、必ず、仲間ということが入っていて、愛情ホルモンのオキシトシンが出る関係作りが、とても大切と理解しています
でも、ずっと仲間の間位にいると、気持ちはいいかもしれませんが、自分って本当に何をしたかったのか、みたいなことが逆に希薄になることもあると思います
そいう意味では、仲間がいることは、きっと、絶対条件なのですが、その中で、1人になる時間や、1人で考える時間、さらには、言いたくないことは自分の心にしまっておけるなどの、1人の自由があることも、絶対条件なのかもしれないなと思いました
ムーミン谷の仲間たちは、みんな、優しくて、哲学的で、個性的ですが、みんな各々の考え方や悩みがあって、それと向き合おうとする、そんな姿勢と、仲間のみんながそれをわかってくれている、そんな環境が、自分に勇気をくれていたのかもしれないなあと、そんなことを思いました
ということで一言で言えば
ムーミン谷の自由ノベーション
そんな話をしています
参考: こころの時代 ファンタジーに秘められた宗教(3)『ムーミン 孤独な小さき者たち』2026/6/1(月) NHKEテレ東京 https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-X83KJR6973/ep/X43VWMM3L9
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