山口周さんの、これまでにないリーダーシップ論に目から鱗が落ちるようでした
曰く
“リーダーシップという現象は「行為そのもの」ではなく、部下による「行為の意味づけ」によって発現します。”
“結局のところ、実際に「任せる」と「丸投げ」のどちらに受け止められるかは、「行為そのもの」によって決まるのではなく、最終的には、その指示の受け手である部下が、その行為をどのように受け止めたか、つまり「意味づけ」によって決まります。”
“リーダーシップの本質が、当座の状況とそれまでの経緯によって規定されるのであれば、私たちが注意を向けるべきなのは「私自身」ではなく、「私・他者・状況・関係といったコンテキストのあり方」にならざるを得ないからです。”
ここから私は思いました
1、お互いのパッションの源の理解
2、自分軸と他人軸の「ベン図の真ん中」の理解
3、リップルモデルの大義の理解
1、お互いのパッションの源の理解
「任せる」が信頼になるか、丸投げになるか。
その分かれ目は、その人が何に動かされているのかを、こちらがどれだけ理解しているかにあるのかもしれません。
心理学者エドワード・デシは、人は内発的動機づけによって最も深く動くと言っています。
つまり、その人の中にある「やりたい」「意味がある」と感じる源泉。
そこに触れていない状態で仕事を渡せば、不安や負担になるのは自然です。
逆に、その源が見えていれば、「任せる」はその人の力を引き出す行為になる。
リーダーシップとは、仕事を配分することではなく、その人の内側にある動機の流れを理解すること、それがコンテキストを理解する、まずは第一歩なのではないかと思いました
2、自分軸と他人軸の「ベン図の真ん中」の理解
人は、自分軸だけでも、他人軸だけでも、生きていけないのだと思います。
どこかで、自分が大切にしたいことと、誰かに応えたいことが重なり合う場所を探している。
その“ベン図の真ん中”こそが、生きがいや意味の感覚につながっているのではないでしょうか。
心理学者ヴィクトール・フランクルは、「人間は意味を求める存在である」と語っています。
その意味は、自分の内側だけで完結するものではなく、他者や世界との関係の中で立ち上がるものです。
だとするとリーダーにできることは、「自分のやり方を押し付けること」ではなく、
相手がどんなベン図を描いているのか、どこに重なりを見出そうとしているのかを、丁寧に知ろうとすること。
そこを外してしまうと、「任せる」は孤立になり、「関わる」は侵入になってしまう。
リーダーシップとは、相手の“意味の交差点”を理解する営みなのかもしれない、それがまたコンテキストを理解していくことにつながるかもしれないなあと思いました
3、リップルモデルの大義の理解
そして、その一人ひとりのベン図の真ん中が、バラバラなままで終わらないために必要なのが、大義の存在だと思います。
哲学者ハンナ・アーレントは、人の行為は他者との関係の中で意味を持ち、世界に波紋のように広がると言いました。
これはいつも私が話しているイノベータリップルモデルととても呼応します
一人ひとりの意味が違っていても、「どこに向かって波紋が広がっていくのか」が共有されていれば、
その違いはむしろ力になる。
逆に、それがなければ、すべての行為がバラバラに解釈され、不信につながる。
リーダーシップとは、意味を統一することではなく、
異なる意味が、同じ方向に広がっていく場をつくることなのかもしれないなあと
そして、それをわかりやすい物語として展開していくことができる力、のことなのかもしれないなあと思いました
ということで一言でいうと、
コンテキスト・リーダーシップ・ノベーション
そんな話をしています
参考:本: コンテキスト・リーダーシップ 「最高の上司」と「最悪の上司」は文脈で決まる 2026年4月8日電子書籍版発行 著者―山口周 発行所―株式会社光文社
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