歌舞伎役者の 中村獅童 さんが、映画で人気を得て、歌舞伎でも主役を張れる役者になろうと必死に挑戦していた頃、十八代目 中村勘三郎 さんからこんな言葉をかけられたそうです。
曰く
「あなた、映像・映画であれだけの芝居、心で演じることができる役者なんだから。
歌舞伎で型がある世界だって、今はできないかもしれないけど、必ずできるようになるから。
型をやろうやろうとして気持ちが入らなくなっちゃうんだったら、型なんか今はどうでもいいから、
心でがむしゃらに演じられる役者、思い切ってやってくれ。」
(参考:NHKアカデミア「中村獅童(後編)」2026年3月11日放送)
この言葉の中に、私は創造の本質を感じました。
私はここから、三つの気づきを頂きました。
1、創造は「がむしゃら」から生まれる
2、「型破り」は型を極めた人にしかできない
3、イノベーターは「人の可能性」を信じられる
1、創造は「がむしゃら」から生まれる
イノベーションプロジェクトでも、ビジネス創発でも、様々なフレームや、アクセラレーションの代表的な型があって、まずはその型にはめながら議論を進めましょうとか
そのためには、まずは、その型をきちんと理解して、使いこなせるようになりたい、というようなお話を伺うことがありますが
確かに型はとても整理されていて、効率的に進めやすいとは思いますが、それをやったからといってイノベーションや、ビジネスを起こせるわけではないということに、とても似ている気がしました
哲学者 フリードリヒ・ニーチェ が
「人は自分の中に混沌を持たなければ、踊る星を生み出すことはできない。」(出典:『ツァラトゥストラはこう語った』)
と言われているように、まだ整理されていない感情や衝動、葛藤こそが、新しいものを生み出すエネルギーになるので
勘三郎さんが言った「心でがむしゃらにやれ」
という言葉は、まさにこの混沌の力を信じる言葉だったのだと思いました。
私はパッションや情熱の源という言葉を使いますが、新しい物事を始める時には、もちろん型も大事です。
しかし自分の心の中にある、説明できないけれども、ほと走る思い、これがないと、新しいことはなかなか前に進められない、そんなことを
がむしゃら
という言葉で、言ってくれた、そんな気がしました
2、「型破り」は型を極めた人にしかできない
世阿弥 の有名な言葉として
「型を極めて型を破るを型破り。
型を知らずして破るを型無し。」
(出典:『風姿花伝』)
というのがありますが、
• 型を知らずに自由にやる → 型無し
• 型を極めた上で新しい表現を生む → 型破り
なので、まずは型を習得することがとても重要で、そこから守破離として、独自の型を創造していくというのが、やはり王道なのだと思います
型に縛られて魂がどこかに行ってしまってもダメだし、型を習得せずに自由にやってもいけない
両方がとても大事だということなのだと思います
そして、初めて創造はその先に訪れる、
勘三郎さんは
「型なんかどうでもいい」と言いながらも、
その先には必ず 獅童さんが、型に到達する未来 を見ていたのだと思いました
3、イノベーターは「人の可能性」を信じられる
もう一つ、私は、勘三郎さんのリーダーシップ の素晴らしさを感じました
18代中村勘三郎さんといえば、平成中村座という、江戸時代の仮設芝居小屋を再現して、客席との近さだったり、お弁当売りだったり、さらには、海外への進出など、イノベーターの真髄のような方ですが
中村獅童さんへの、この言葉が、今でも獅童さんの心に残っているということは、文字通り、型どうりの育て方というよりも、
獅童さんの 心で演じる力 を見抜いていたのかなとも思いました
つまり、ある意味、型ではなく、人の可能性 を信じた。
ビジネスの世界では、例えば、王道ビジネスモデルが一つの型とすると
それよりも、そこにいるメンバー、つまり、人に焦点を当ててみている、ということかと思います
それは、ベンチャーキャピタルが、出資先を見る際に、ビジネスモデルよりも、誰が何故やろうとしているのか?をまずは見ようとしている、そんなことにも通じるような気もしました
実はこれは、イノベーションを起こすリーダーの共通点なのかもしれないなあと思いました
ということで、一言で言えば
がむしゃらノベーション
そんな話をしています^ ^
参考:NHKアカデミア「中村獅童(後編)」2026年3月11日放送
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