哲学者のウィトゲンシュタインの言葉にグッときました。
曰く
"人は思想に対して、値札をつけることができるかもしれない。
値の張る思想もあれば、安い思想もある。
では、思想の代金は、何によって支払われるのだろうか。
私の考えでは、それは勇気によってだ。"
ここから私は思いました
1、自分の思想をそのまま出せるか
2、人の思想をそのまま受け入れられるか
3、思想は何にも縛ることはできない
1、自分の思想をそのまま出せるか
私は毎日YouTubeやpodcastで私の気づいたことや考えた事などをお話しして発信したりしておりますが
その言葉が、本当に自分自身の偽らざる気持ちとして、本当に話すことができているのか?
と指摘されているような気がしてしまいました
どうしても、炎上しないかなとか、こんなこと言ったら誰かから批判されちゃわないかなとか、心のビビり作用が働いてしまって、自分自身の本当の言葉になっていないのではないか
そこに必要なのは、ひとかけらの勇気なのであると
ウィトゲンシュタインさんから、厳しく指摘されたような気がしました
2、人の思想をそのまま受け入れられるか
また、逆に、人のお話を受け取る際にも、それはとても権威のある人の話だからとか
ベストセラーで売れているものだからとか、外的要因によって、値付けされている基準で
思想を受け取ったり、とらなかったりしているのではないか?ということにも、自分の中で問い直さなければならないかもしれない
そんなことも思いました。
もしかしたら、たまたま隣にてお話しした方からのお話に、とても大切な思想への気づきがあったり、本当に大切なことが隠れているということにも
心を常に開いていられるか、そんなことを問い直されているような気もしました
3、思想は何にも縛ることはできない
そう考えると、どうしても資本主義の中に住んでいる私としては、値札が高くついているようなもの
または権威があったり、有名だったり、そんな思想や考えに、ついつい流されてしまっているのかもしれないなあと思いました
自分自分がお話しする時もそうだし、人のお話を聞く上でも、何にも縛られていないオープンな気持ちで、思想について、思いを巡らし、発信することができるか
そこには、さまざまな批判を受けるかもしれない、または反対意見をいただくかもしれない
でも、そこに自分の思想を打ち込むことこそ、生きている上での大切なあかしになるし
自らの情熱の源に突き刺さる、そんな生きがいを得られる行動なのかもしれないなと、勇気、という言葉を大切にしたいと思いました。
ということで一言で言えば
思想の値札ノベーション
そんな話をしています
参考: NHK Eテレ東京 100分de名著 ウィトゲンシュタイン“論理哲学論考”“哲学探究” (4)心はどこにある? 4月27日(月) https://www.web.nhk/tv/an/meicho/pl/series-tep-XZGWLG117Y/ep/L2K3MQ17LP
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