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自分の足で登り着いた景色は必ず美しいノベーション(1696回)
2025-12-13 12:13

自分の足で登り着いた景色は必ず美しいノベーション(1696回)

恐竜学者の小林快次(よしつぐ)さんの、生きる道を選択する方法に、震えました


曰く

"えっとですね。大事なことはあまり人の話を聞かないことですね。


あのいろんなアドバイスと称してですね。いろんなこと言ってくるんですけど、そういうまあさっき言った常識と言われる


まあ例えば恐竜研究なんかやっても、まず就職できるのかとか、ご飯飯が食えるかとかあるんですけど


そんなのは好きなことやっていると自然とついてくるんですよね。とにかく自分の足で前進することが大事です。


で、それが高い山であろうが低い山とのは比べる必要は全くないんですよね。ただ自分の足で登りついた場所っていうのは必ず景色美しいので、それが低いから高いからって比べた時点で僕はちょっと良くないんじゃないかなと思ってます。"


ここから私は思いました

1、内発的動機と外発的動機

2、まずは踏み出しているか

3、自分の足でたどり着いた景色は必ず美しい


1、内発的動機と外発的動機

傾聴ということが大切という話は最近もよく言われていますが、全てがその一辺倒では難しくなると改めて思わせて頂きました


特に自分自身の進むべき道を選択するなどにおいては、さまざまな方々のご意見を頂いても良いかと思いますが、最終的には自分の心の声を聞けるかどうかがとても大切になると思いました


デシ&ライアンの自己決定論にあるように、外発的動機に基づいたものは、より短期的で続かない可能性があるため、人の声を聴くということは、よりそちら側に傾く可能性があるかもなあとも思いました


一方、内発的動機から発したものは、より継続的で折れにくい特徴があるので、自分の心の声を聴くということが大切で、それは、いつも私が言っている、パッションの源をより意識する、ということにつながるなあと思いました


2、まずは踏み出しているか

さらに大切なのは、思うだけでは、なんの意味がないということです。小林さんが、自分の足で登りつき景色を見るためには、登り始めなけれられば、ならないのですが、そこがとても難しいということがあると思います


エフェクチュエーション的に言うと、損失許容可能範囲な一歩を踏み出すということがあってもいいかもしれません


作業興奮の話からすると、1分でもいいからやってみる、ということをすると、気がついたら30分くらいやってるような、そんな仕掛けを利用する手もあるかもです


いずれにしても、パッションの源を感じたら、忘れないうちに、少しだけでも始めてみる、これがとても大切な気がしました


3、自分の足でたどり着いた景色は必ず美しい

この言葉は、その最初の一歩を踏み出す時に、とても勇気をくれる言葉だなあと思いました


その一歩で得られたものが、大きい小さい、または、成功失敗に関わらず、自分で歩み始めた一歩から見える景色は、絶対に美しいという原理原則がそこにある、ということかと思いました


自分で始めて作った料理が、どんな料理よりも美味しいのと同じく、自分で作った曲が史上最高だと思えるように、その景色は必ず美しいのだということを、知っていれば、一歩を踏みだ勇気をたくさんもらえる、んな気がしました


ということで、一言で言えば


自分の足で登り着いた景色は必ず美しいノベーション


大切だなあと思いました

そんな話をしています^ ^


参考:NHKアカデミア「小林快次(恐竜学者)」

2025/12/9(火)NHKEテレ東京https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-XW1RWRY45R/ep/EJ9V8L4YV7


動画で見たい方はこちら

https://youtu.be/bFIrt4ECS7E

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