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ぶつかり稽古ノベーション(1086回)
2024-04-01 22:57

ぶつかり稽古ノベーション(1086回)

海軍史研究家・大和ミュージアム館長 戸髙一成さんからの"戦争のない未来は築けるか?"への答えにとても考えさせられました


曰く

“主観教育”である美術教育というのは、100人の人間が同じモデルを描いたとすると、100の答えが出るんです。絵は100ないといけない。同じ絵を描いた人がいたらすぐ捕まって「君、まねしただろう」と言って叱られるわけです。


つまり主観教育というのは、すべての人間はそれぞれの考えを持っているし、持っていなければいけない。ということは「自分の考えと、他の99人が違う考えを持っていて当然だ」という考えなんです。


そういった考えをもう少しきちんとした形でみんなが共有することができれば、自分の考えと違う人がいても当然だし、もしそこで考えの衝突があっても、お互い相談をしながらその妥協点を探すことができるのではないか。妥協がなければ、いつまでたっても衝突のままです。"


ここから私は思いました

1、主観教育

2、自らを出す教育

3、ぶつかる教育


小学生の頃から美術は大好きだったのですが、とにかく枠からはみ出して書くことしかできずに、なぜ違うんだろう?と漠然と思ってました


先生はそれを咎めもせず、むしろ褒めてくれたのを良いことに、全く矯正されずに、いまだにきっちりした絵を描くのが苦手です


今回の戸高さんのお話は、やっぱり良い先生だったんだなあと改めて思わせてくれる内容でした


主観教育というのは知りませんでしたが、自分が思うままに表現できる場、というのは必要なんだなと


それはいつもパッションの源に目を向けようと話をしていますが、自分というものを素直に出していくことなのかなと。そして自分が他の人との違いに気がつくということが第一歩なのかなと思いました。


その上で、ぶつかることを敢えて厭わないような場の設定も必要なのかなと思いました


自分を出せば、必ずぶつかる、だから自分を抑える、または相手を抑えつける、ということではなくて、


自分を出せば、必ずぶつかる、そこから一緒にどうやって乗り越えるかということを、何度も痛い目を合いながら経験していく


ということがとても大切なんだなと、改めて教えて頂いた気がしました


ぶつかることを避けてしまいがちな私ですが、ぶつかり稽古をしておかないと


大きなぶつかりが生じた時に、乗り越える方法が見つからない


ということになるのかもなと


ぶつかり稽古ノベーション


そんな話をしています^ ^


参考:NHKアカデミア 戸髙一成(後編) 戦争のない未来は築けるか?

初回放送日: 2023年8月16日

https://www.nhk.jp/p/ts/XW1RWRY45R/blog/bl/pEGA4e5nv7/bp/pqE5V9n4Oq/


動画で見たい方はこちら

https://youtu.be/ZFnTKPF4c9o

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