AIを使うか使わないかの基準について、楠木建さんから、目から鱗が落ちるお話を頂きました
曰く
"人間と知的奴隷としてのAIの役割分担をどう考えるか。僕の基準はいたってシンプルです。「自分が嫌でやりたくないと思うことはAIにやらせる。自分が好きで自然とやりたいと思うことはAIに任せない」
組織でまとまって動くときは別にして、個人の知的生産であれば、これがいちばんアウトプットの質を上げるというのが僕の今のところの結論です。
ポイントは、何が嫌で何が好きかは極めて主観的なものだということです。
「こういう仕事はAIに、こういう仕事は人間に」と客観的に一般化できるものではない。あくまで「つまらないからやりたくない」「面白いからやりたい」というその人の自然な感情が基準であるべきだと考えています。”
ここから私は思いました
1、タイパ、コスパ以外の選定
2、好きを知る必要がある
3、意味を考える意義
1、タイパ、コスパ以外の選定
このお話は、楠木建さんの講演などでも、何度か聞いたことがあったのですが、私にとっては一番インパクトのあるお話だと思います
基本的には、AIは、タイパ・コスパに代表される、効率的にできるところは、すべてAIに任せることによって
人間は、もっと、付加価値の高いことをやっていけるようになろう、というのが、一般的な風潮かと思います
そこに、ある意味、本当にそれでいいのか?という、本質的な論点を投げかけているお話だなあと思いました
私で考えてみると、例えば、このyoutubeで自分で話すのが、とても楽しいのに、残間AIでもういいじゃん
または、アカペラの録音で、本人よりよっぽどハモるんだから、残間AIに歌わせちゃえばいいじゃん、的なことがまずは該当する気がします
いや確かに、そこはAIから比べると不完全だけれども、それ取られちゃったら、生きがいなくなりかねないよ
ということは、世の中にめちゃくちゃある気がします
それは、失われる可能性のある職種とかいう以前に、人間の根源的な、生きがいを取られちゃいかんだろうということに、めちゃくちゃ腑に落ちる話だと思いました
2、好きを知る必要がある
そこで、より大切になってくるのは、自分の何をとられちゃったら、自分は腑抜けになるのか、ということを、わかっているか、ということだと思います
これは、私がいつもお話ししている、自分のパッションの源を、定期的に棚卸して、今現在の自分自身のパッションを理解しておくことが、とても重要ということかと思います
それをやっておかないと、知らず知らずのうちに、AIで便利じゃんこれ、とかいうことから、どんどん侵食されていき、
自分自身の人生さえも、仕事のようにやらなきゃいけないジョブをこなすだけの、自分自身が好きなことがなんだっけ?ということになりかねないような、そんな恐ろしさを感じました
皆さんは、これだけは、AIがどんなに便利になったとしても、絶対に面倒くさくても、やりたいこと、ってすぐに言えますかね?
言えない場合は、情熱のポートフォリオを今一度紐解いて、大好きなこと、利他したいこと、個性出したいこと、成長・脱出したいこと、などを整理してみてもいいかもしれないなあと思いました
3、意味を考える意義
ここまでの話はあくまでも個人の知的生産に関するお話となるかと思うのですが、この話は、実はもっと組織的な話にも展開するのではないかとも思いました
つまり、この組織において、AIに任せてしまうことを決める際に、本当にタイパ・コスパで見てしまっていいのか?という問いが湧いてきました
つまり、個人では、好きを捨てない、ということがとても大切だということですが、組織においては、ある意味、その能力をAIで外部化することが本当にいいことなのか?という議論が必要な気がしてきました
企業の中で、効率化を考えるあまり、ノウハウの外出しをしすぎてしまって、ドーナツ化現象というのが、一時期、よく言われていたことを思い出しました
AIネイティブで全てを自動化してしまうということは、もうその部分のノウハウを持つ必要がなくなることにつながりかねないリスクもあると思いました
当初は、AIがなかった時代の人たちによって、その検証ができますが、時代が進むと、誰も、自動化の結果を評価できる人がいなくなってしまうということも、ありうるのではないかと思いました
例えば、ノルウェーでは、2026年6月に、小学校1年生から7年生までは、原則として生成AIを使わせないという政府方針が発表されました。
その理由の一つは、AIを使うことで、子どもたちが自分で読み、書き、考えるという、学習に必要な過程を飛ばしてしまう危険性があるからだそうです。
AIを使えるようになることも大切ですが、AIに任せる前に、自分自身が身につけておかなければならない能力もあるということなのだと思います。
教育という面でも、もちろん、AIを使いこなせるようになる必要はあると思いますが、自らがその検証をできるようなノウハウまで、身につけることができなくなるリスクもあるのかもしれないなあと思いました
そういう意味で、今回の、好きを捨ててはいけない、というお話は、個人のお話から
組織においては、組織の好きという意味での、組織におけるそのノウハウの意味合いを、外部化していいのかどうかという判断が、とても重要と思いました
ということで、一言で言えば
好きを捨てないノベーション
そんな話をしています
参考:本:知的生産のセンス 2026年8月25日 1版著者 楠木建、山口周 株式会社日経BP 日本経済新聞出版
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