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録画もできない時代に、テレビのチャンネルをガチャッと回すことが、人生を左右する決断だったと言ったら信じますか?こんにちは。
こんにちは。ちょっと大げさに聞こえますけど、事実なんですよね。
そうなんですよ。今回は、資料を送ってくださった方のルーツをたどるような、すごく興味深いテキストを徹底的に掘り下げていきます。
一見バラバラに見える出来事が、実は当時の情報の少なさを起点として繋がっていくっていう。
はい、非常に視差に富んだ内容になっていますよね。私も本当に驚いたんですが、今でこそ伝説のアニメである宇宙戦艦ヤマトが、放送当時は今で言う初回爆死した神アニメみたいな状態だったんですよね。
そうなんですよ。まあ理由は明確で、裏番組が強すぎたんですね。
ああ、なるほど。特撮の猿の軍団とかですかね。
ええ、それに加えて宮崎秀次らが掛けかけたアルプスの少女ハイジが立ちふさがっていましたから。
いやー、ハイジと引っ張ったらそりゃ厳しいですよ。録画機もサブスクもない時代ですから。
そうそう、物理ダイヤルを回して番組を選ぶっていうのは、文字通り取り返しのつかない決断だったわけです。
ですよね。ここで注目すべきなのが、その選択が生み出した特有の孤独感だと思うんですよ。学校に行ってもなんかみんなハイジの話ばかりで。
まさにそれです。ネットもない時代ですから、動詞を見つけることもできない。いわゆる独りヤマト状態ですね。
うわー、切ないですね。自分の記憶だけが頼りだったわけですね。
はい。しかしこの圧倒的な情報の枯渇がですね、視聴者を能動的な探究者に変えたんですよ。
なるほど、上が原動力になったと。
少しでも作品の世界に触れたいという渇望感が、ノベライズ版、つまり小説の購入という次の行動へ走らせたんです。
そこで資料を送ってくださった方も、石津嵐さんが書いたヤマトの小説版を手に取ったわけですね。
そういうことになります。
でもこれ読んだら、アニメと全く違う、もしもルートみたいな内容で大混乱したというエピソードがあって、なぜこんな全く違う内容が出版されたんですか?
当時はメディアメックスという概念も未成熟でしたから、今ほど情報統制が厳しくなかったんですよ。
あー、なるほど。
そのため、著者の独自解釈とか、アニメの制作過程で没になった初期設定の残骸は、そのまま出版されることも珍しくありませんでした。
へー、大らかな時代ですね。
ちなみにこの石津さん、後に時代小説を書くときに、板木一郎というペンネームを使うんですが、ご出身が福島県のいわけ市ということで、これ絶対、いわき一郎の文字入りじゃないですか。
あ、そうですね。ちょっとお茶目ですよね。
いや、本当に。
ここからがこの資料のさらに面白いところなんですが、この石津さんの虫プロ時代の活躍を漫画に描いていたのが、後にすぐできるパソコン通信を書いて、送ってくださった方にネット世界の概念を教えた菅谷光史だったんですよね。
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そうなんです。しかも驚くべきことに、石津さんと菅谷さんはご近所さんだったんですよ。
ちょっと待ってください。ご近所さんって、ただ偶然近くに住んでただけじゃないんですか?
いや、これが単なる偶然ではないんです。
どういうことですか?
ネットがない時代、クリエイターたちは物理的な距離の近さを利用して、意図的に情報を交換しあっていたんですよ。
あー、なるほど。
つまり、人間同士のアナログなローカルネットワークを構築していたんですね。物理的な近さがそのまま情報のハブとして機能していたわけです。
見えない糸みたいなロマンチックな話じゃなくて、意図的にアナログ回線をつなぐようにクリエイター同士が結びついていたんですね?
まさにその通りです。ただ、そのネットワークをつくっていた石津さんは2021年に大和の原案を手掛けた余裕あり津久さんも2023年に亡くなられました。
そっちが設立し、石津氏が顧問を務めたパラレルクリエーションという団体が良い例ですね。
その団体って、ただのファンクラブやサークルとは違うんですか?
全く違います。機場から独立して作家たちがアイデアを共有する、いわばクリエイターのインキュベーターでした。
不可欺みたいなものですね。
この組織構造があったからこそ、後に複数のクリエイターが共同で世界観を構築する、機動警察パトレイバーなどの名作を生み出す青写真となったんです。
いや、企業主導ではなくて、情報に飢えたクリエイター同士のローカルネットワークが新しい文化の土壌をつくったんですね。
そうですね。
私も昔のアニメの話から、まさか制限された環境がクリエイティブなネットワークを生むっていう話につながるとは思いませんでした。
情報が不足していたからこそ、自ら動き、ローカルなつながりを作り、それを形に残した。
はい。
あの時代の渇望感こそが、今のコンテンツ文化の基礎を築いたと言っても過言ではないでしょう。
影響は語り継がないと消えてしまいますからね。
本当にそうですね。
あの時、物理ダイヤルを回すというたった一度の選択が、時を越えて新しい文化を漂わしていると思うとすごくワクワクします。
さて、資料を送ってくださった方に向けて、最後にこんな問いかけをしてみたいと思います。
はい。
情報があふれる現代だからこそ、送ってくださった方が強い渇望感を覚え、自ら能動的に探し求めた体験って何ですかね?
いい問いですね。
その熱を次は誰に語り継ぎ、どうやって形に残しますか?ぜひ考えてみてください。
次回の配信もお楽しみに。さよなら。