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こんにちは、今回の深振りスタートしていきましょう。 はい、こんにちは、よろしくお願いします。今回の資料をですね、あの、送ってくださった方、本当にありがとうございます。
えーと、今回私たちが読み解くのは、夏アニメのやにネコなんですが。 そうですね、やにネコ。これ、資料の筆者ご自身がですね、絶対におすすめしないって念を押すくらい、かなり下品な作品なんですよね。
えー、実写だったら完全に放送事故レベルの内容ですからね。 ですよね。なのに、なんで今回わざわざ時間を割いて深掘りするのかなって、私最初思ったんですよ。
まあ、一見するとただの下品なコメディに思えるのは間違いないんですけど、実はこれ、人間の依存っていうすごく深くて重いテーマを描いているからなんです。
なるほど、ただのギャグアニメじゃないぞと。設定を見ていくと、舞台は神奈川県にゃがみ原市のボロアパートで、もともとはXの投稿から始まって、今はヤングマガジンで連載中ですよね。
タバコ中毒の猫見少女、やにネコたちの日常を描いているんですが、内容が本当に衝撃的で、ゲロがまだ可愛いレベルってどういうことですかって感じじゃないですか。
まあ、相当ハードな描写が多いですよね。
正直私、若い頃に無茶してた友人たちを安全な遠くの場所から眺めているような感覚になったんですよね。
ああ、まさにそこが重要なポイントなんですよ。なぜ私たちがこの不快になりかねない描写を受け入れて、しかも笑えるのか。
はい。
それは視聴者と作品の間に3つのフィルターがかかっているからなんです。
3つのフィルターですか。
1つ目はアニメという虚構であること。2つ目はキャラクターが人間ではなくて獣人であること。そして3つ目が若さですね。
ちょっと待ってください。アニメの絵柄で、しかも猫見の獣人だから生なまましさが薄れるっていうのはすごくわかるんです。
はい。
でも、若さがどうして心理的な距離を生むフィルターになるんでしょうか。体を壊していることには変わりないですよね。
それがですね、若さゆえの無茶とか暴走に対して、私たちは無意識に一時的な気の迷いだろうとか、まだ回復できる若さがあるって錯覚してしまう部分があるんですよ。
ちょっと想像してみてほしいんですが、もし吐き気を催ながらタバコを吸い続けるのがリアルな中年男性のキャラクターだったらどうでしょう。
うわー、それはちょっと直視できないですね。
ですよね。
ただの悲惨なドキュメンタリーになっちゃって到底笑えませんよ。
そうなんです。若いキャラクターだからこそ、バカだなって笑って消費できる心理的な安全権が保たれてるんです。
でも、同時にそこに恐ろしさも潜んでいて。
確かに、その安全権から見ているからこそ、不意に突きつけられるヤニ猫の異常さが際立つというか。
ええ、まさに。
実家からの仕送りを全部タバコに消しちゃうなんて、完全に依存症のそれですよね。
そうですよね。
あと、資料にあった肺に穴が開いて入院したのに、退院して最初の言葉がまた衰退だったっていう、筆者の方の友人のエピソード、あれはちょっとゾッとしました。
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リアルな依存の恐ろしさですよね。このアポートの住人たちって、実は全員が何かに依存してるんですよ。
全員ですか?
ええ。違法な薬に手を出す薬猫とか、酒に飲まれて記憶をなくすある猫。
はいはい。
さらには、笑いに依存してて、面白くなるならどんな手段でも選ばない関西っていうキャラクターもいて。
依存する対象は違えど、その根底にある弱さみたいなものは人間の本質ってことですね。
そうなんです。全員が何かに縋って生きている。笑ってみているうちに、視聴者は自分も何かに依存しているんじゃないかって突きつけられるわけです。
なるほどなあ。でもこういう深刻な依存症とかタブーな話題って、普通ならメインストリームのメディアでは自主規制されちゃいませんか?
そうなんですよ。本来なら避けられる臭いとか汚いっていう現実をですね。
へえ。
現代の可愛らしい絵柄とコメディーっていうオブラートで見事にカムフラージしているんです。
なるほど。だからXみたいなSNSとか青年誌っていう表びたいに居場所を作れたんですね。
その通りです。本当に得意な作品ですよね。
なんかアングラーとかタブー表現の駆け込み寺だった1980年代の伝説的な漫画雑誌の月刊ガロの精神に通じるものを感じます。
ああ確かにそういうアングラー感はありますね。
普通の場所では到底発表できないような読をギリギリのバランスでエンタメにしているというか、それにオープニング映像には映画好きにはたまらない名場面のオマージュが散りばめられているそうです。
はいはい。
作り手自身がこのギリギリの表現を楽しんで遊んでいる熱量が伝わってきますよね。
そうですね。制作者たちが人間の暗部をあえて笑いに消化させている点もこの作品がただの死ネタで終わらない理由の一つなんだと思います。
なんか今回資料を送ってくださった方がなぜこの作品を深掘りして欲しかったのかすごく腑に落ちました。
ええ。
ヤリネコは自分は一体何に頼って生きているんだろうって笑いながら考えさせられる異色の問題作なんですね。
そうですね。最後に一つ考えてみてほしいんですが。
はい。何でしょう。
もしアニメという表現が人間の見たくないダメな部分を安全に直視させる装置として機能するのだとしたら、他にどんな見たくない現実がこの手法を使えば描けるでしょうか。
うわーそれはすごく考えさせられるといいですね。皆さんの日常にある見たくないものもフィルターを通せば強烈な円溜めになるのかもしれません。次回の配信もお楽しみに。さよならー。