こんにちは、こんばんは、おはようございます。カフェインよわおです。
この番組は、夫婦とも働きで、2児の子育てに立ち向かう父親カフェインよわおが、
育児、家庭、仕事、ジェンダー、自分自身などなど日々打ち当たる立ち行かなさを背中で語らず言葉にしていくポッドキャストです。
よろしくお願いします。
新年度になりましたね。
新年度が始まりましてですね。
うちの7歳児は無事に小学2年生になり、
5歳児、改め6歳児は
保育園の年長さんとなり、という風な1年間がまた始まるわけでございます。
ね。不安しかないね。マジでどうなっちゃうんだろうな。この1年間は。
なので、それぞれの新旧式ですとか、始業式とかも終わって、
来週ぐらいから本格的な新年度生活が始まるかなという、まだちょっと切り替わりぐらいのタイミングなんですけれども、
その下の6歳児がですね、
まあ行ったわけです。年長さんとして保育園に登園しましてですね。
たぶん、将来につながる話かなんかを先生からされたんだと思うんです。
みんなは将来何になりたいとか、どういう風に過ごしたいとか、なんかどうやらそういう風な感じの話をしたらしくてですね。
で、家に帰ってきてからもその話が出てきたんですよ。
僕は将来何になろうかなーって言って、お風呂でさ、髪の毛流しながらね。こっちで髪の毛をシャワーで流しながら、僕は将来何になろうかなーって言ってたわけ。
で、長らく彼は警察官になりたいと言っていたんですね。
かわいらしいですね。非常に。なんか改めても男を警察官になりたいってのは、いかにも男の子だなっていうような感じがしますけれども。
で、やっぱり警察官かなーって言ってるわけ。
今まではそれで終わりだったの。僕は警察官になる、警察官になりたいおしまいだったんですけど、今回もう一押しあったんですね。
やっぱり警察官かなー。
パパは僕、警察官になったら帰りが遅くなると思うからよろしくねーって言ってきてさ。
そこなんだと思って。警察官になって悪い人を捕まえようとか、みんなを助けようとかじゃないんですね。
で、もはや彼にとっての警察官になるってことは、いろいろ忙しいことがあって残業が発生するから帰ってくるのが遅くなるっていうのが警察官のイメージらしくてですね。
斬新な切り口だなーって思ってね、あのにっこりしたエピソードだったんですけど。
で、上のね、小学2年生になった7歳児はですね。
とにかく去年のクラスが大好きだったようなんです、彼は。
一人だけどうしても折り合いがつかない奴がいて、そいつのことはマジで許せないっていう風にずっと言いながら1年間通ってたんですけど、
でもその1年何組、彼が所属していたクラスのことがとにかく大好きだったらしいんですね。
新年度始まって春休みが終わって、その修行式に彼が向かうときもね、
今日から2年生だねって言ってもちょっとブスーッとしてて、2年生なんてなりたくないよって言って、
まだずっと1年何組が良かったよっていう風にブーブー言いながら彼は小学校に向かっていったんですが、
それで2年生になって新しいクラスになって、1日2日過ぎてですね、
どう?2年生のクラスはどんぐらい気に入った?って言ったら、
99点って言って、もうそんなに素晴らしいクラスなんですか?すごいですねって言って、
100点満点のうちの残りの1点は1年の時にいたイケスカない奴が今回も同じクラスだったらしくて、
それで1点マイナスになってるらしいんです。
まあ1点マイナスでするくらいだったらね、全然いいっすよね。
全然かわいいもんだよな、そんぐらいだったら。
だからまあ、なんとか今年度も頑張って彼らは学校と保育園に通ってくれたらいいなという風に心から願っているところでございます。
いやー、どうなるかな?
全然全くもって安心はできないですけれど、まあまあ頑張っていきましょう。
結構、結構バタついたんですね、この日ね。あのちょっと本数字とは全然関係ないんですけど、結構バタついたんだ、この日。
平日の午後7時から午後8時の時間でそのオンライン会議をやりましょうっていう風な感じだったんですけど、
まあ普通に僕はあの仕事で妻も日勤だったので、
なんとかこう気合を入れて7時までにご飯とお風呂を終わらせて、
あとは準備万端、あとはよろしくねという風な状態で妻に引き渡せないかなっていう風なの試行錯誤して、
あの結構気合を入れて取り組んだんですが、全然ダメでしたね。
ご飯は作った。ご飯は作ったし、お風呂への誘導もやったけど、さすがに全部終わらせることは全然難しくて、
ほぼほぼ妻に丸投げする形になっちゃって、非常に申し訳なかったなという風に後から反省したのですが、
まあまあでもそれを差し引いても非常に参加してよかったなっていう風に思った次第です。
で、そうだな。
なんか僕ね、結構このポッドキャスト上でやっぱメインで話しているのって、
なんで子育てってこんなにしんどいんじゃいみたいなことを結構よく話していると思うんです。
でも事実しんどいなぁと思いながら日々を過ごしているし、そりゃそうなんだけど、
なんていうかな、そういうふうな子育てとか子供にきっちり向き合うのって、
現代社会で働きながら、自分がやりたいこともやりながらってめちゃめちゃ厳しくないみたいなことを、
ある程度、改造度高く話せる、話してきたことによって、
子育て界での市民権を得ているみたいな感覚がちょっとあるわけです。
ありがたいことにですね、それなりに他に子育てをしている方であったり、
あるいは別に子育てはしていないけれども身近にそういう方がいるという人からね、
共感のお声というかお褒めの言葉というか、
そういう物事に対するポジティブな感想をいただくことがそれなりにありがたいことにあるわけですよ。
これが子育てで超楽しい、ハッピー、子供とかわいいし、子供と遊ぶのめっちゃ楽しいし最高っていう風なスタイルで、
もし仮にやってたとするならばそうはなってなかったと思うんですよね。
なんていうのかな、僕は子供と割と真面目に関わっているんだぞっていう風なことが、
僕がそういう子育てってでも実際問題しんどくないっていうネガティブな内容を表に出していくことによって、
皆様に認めていただいているみたいな感覚があって、
なのでポッドキャストを経由して知り合った方々もそうだし、そうでない方々、僕の職場とかにいる方々に対して話すにしても、
相手が感じ取っているであろうしんどさのところのラインにこっちが合わせて、
そこからようやく子供に関わることの話がスタートできるラインに立つっていう風な、
そういう動き方を僕は基本しているんですね、日頃。
今のところその持っていき方であってるなっていう風な感覚はあるわけです。
その、なんていうんだろうな、ちっちゃい子供がいる方に対して、
いやーそんぐらいの子ってめっちゃ可愛いですよねっていう風な走行で進んでいくんじゃなくて、
そんぐらいの時期だとなかなか夜中も寝ないししんどいですよねっていう風な方で入っていった方が、
割とうまくいきやすかったりするわけですね、実際ね。
なので、僕が子育てとか子供に関わるものものに対して、
それこそ今回みたいにイベントに参加するとか、誰かと話す機会をもらいましたって言ったら、
基本ベース、そこのしんどさの部分を掘り下げていくものになるだろうなって思ってたんです。
で、僕は全然それでもうそういうもんだと思ってて、
抵抗もなかったし疑問も抱いてなかったんですけど、
今回のキッズニュースのイベントっていうのは全然ベクトルが違うわけですよね。
そういうもろもろがその参加者の方々であったりとか、
あらいさんであったりとか、運営にすぎべさんもいらっしゃったんですけど、
すぎべさんだったりとか、そういう風なベースがいろいろあることは一定前提として、
それはそれとして子供に対してニュースに興味を持ってもらいたいとか、
ニュースで取り上げられていたこういうトピックに興味を持ってもらいたいとかっていう風な
ポジティブな働きかけをしようっていう時にどういう風にしたらいいかを
みんなでちょっと一緒に考えてみましょうよっていう風な場所なわけです。
だからそのしんどさを共有する場ではなくて、
ポジティブな働きかけをするためにはどうしたらいいかなを考える場なわけですよね。
で、あの、なんか変な話なんですけど、
僕はね、このイベントに参加して、
僕もこういうところ入っていいんだって思ったんです。
率直に。
なんかずっとね、相手のしんどさを理解するみたいな方で生きてきたので、
どちらかというとね、どちらかというとそういう系があるので、
そういうポジティブな働きかけを考える場に自分もちゃんと所属して、
その場でこう意見言ったりとか、みんなの意見を聞いてはーって思ったりとかしていいんだっていうのが、
なんかちょっと僕の人生の中でそれがまず新鮮な体験でとても良かったなっていう風なことを思った次第です。
イベントの感想っていうかなんていうかっていう感じになっちゃったけどね。
でそうそうそう結局そのその中で話されていたテーマは、
戦争って何を子供に聞かれたらどうしようだったんですけど、
戦争って何という風な部分に対してとかはまあちょっと一旦そうは言ってもちょっと脇に置くとしてね。
そのそういう風な問いかけを子供から受けた時に、
こういう風なリアクションをしてもいいんじゃないか、こういう風な姿を子供たちに対して見せてもいいんじゃないかっていう風な意見がいくつか出てね。
その、分かんないじゃん。戦争って何って。
なんで戦争すんのって分かんないじゃん。もはや。
特に最近の国際情勢を見てると、僕にはあの分かんないんですよ本当にね。
あのかの大統領の方の一存によって決まっているものなのか、彼が実は裏で何かを人質に取られているのか何なのかちょっと僕には到底知る余地もないんですけど、分かんないじゃないですか結局そこのところって。
その分かんないものをそのごまかすことが正義ではないのではないかと。
なんでなんだろうね。
で、素直にその大人だって分かんないんだよっていう風なことをこうメッセージとして伝えたりとか。
うーん。
その悩んでいる姿を見せたりとかっていうこと自体も、大人も分からなかったり悩んだりすることがあるんだなっていうことを子供が理解するためには重要なのかもしれないね。
ってなったりとか、むしろそういう風な姿を見せてた方が、僕が分からないことも自然なんだって思えるようになったりとか。
そういう風な良いことがありそうですねっていう話が出たりですとか。
お一人ね、すごく教育的な観点で、それはもう何か100点満点の答えですねっていう風なのを僕の感覚では出した方がいらっしゃったんですけど。
なんで戦争って何なんだろう。なんで戦争は起こるんだろう。なんで戦争は終わらないんだろう。みたいなことを自分で考え続けていくことで、戦争しない大人になれるかもしれないねっていう風な声かけをしたらどうだろうかっていう風なことをおっしゃってた方がいたんですね。
100点満点じゃんって思ったんですよ。僕はもうそれを聞いた瞬間にね、それです。それ大正解ですっていう風に思ったんですけど、さっきの悩んでる姿を見せるとか、分かんないねっていう風なことを表明するのとか。
別にどっちが優れているという風なことではなく、多分その時の子供自身のテンション感と子供との関係性とタイミングといろんないわゆるTPOみたいなものによって、多分適切な答え方っていうのが変わるんだろうなっていう風なのをその回を通してね、
気づくことができて、大変に有意だったなーっていう風に思いました。
なんかちょっと僕ね、子供との関わりの中で教育的なところを意識しすぎている節があるなという風なのは前からちょっと感じておりまして、
そのなんていうんだろうな、浄土の形成とか、そっち方面の関わりが非常に下手くそだなっていう風に思ってるんです。
僕がもしこの問題について一人で考えていたのであれば、それこそ教育的な自分でそういうことをしっかり考えていくことで、世の中がちょっとずつ平和になっていくんだよとか、
なんかそういうね、すごく道徳的教育的な言葉選びに、多分一人で考えてたら行き着いていただろうなっていう風に思うんですけど、
大人もなんかなんて答えたらいいか、どうなんだか、要はわからんっていう風な姿を見せている方が、子供の心情が楽になったりとか、
いい関係性が築けることになるのでは、みたいなのはね、結構驚きだったんですよね。
まあなので、多分あの今のタイミングでね、また改めてその子供から戦争って何?って言われたら、
うーんって絶対絶対なっちゃうと思うんですけど、今でもね。
まあまあでも、それでいいんだと思えるようになったのは、僕の中ですごく大きな発見だったし、本当にこうイベントに参加させていただけてとても良かったなっていう風に思っております。