息子を訴えたい母親
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。 プリズムを通した光のように、様々な人がいることをテーマにお送りいたします。
息子を訴えたいんです。 息子さんを訴える?
戸崎さんのお母さんが、突然そんなことを言い出すもんだから、俺は一瞬理解が追いつかなかった。
正直、私ももう息子に払ってあげられるお金はありません。 死んだ夫は付き合いや浮気ばかりで、家にろくにお金を入れてくれなかったので、貯金ももうあまりありませんし、これ以上息子に渡せるお金はありません。
だから損害賠償請求したいんです。 息子の滞納した家賃を肩代わりさせられたのだ。
怒る気持ちもわかる。 しかし、息子を訴えたいという人は初めて見た。
息子さんに損害賠償請求ですか? 正直それは難しいかと…
できないんですか? 給償権の行使といって、今回お母様が代わりにお支払いされた金額を息子さんに請求することはできます。
それでいいです。それでお願いします。 でも息子さんは支払い能力がないので、弁護料がかかるだけでおそらく一円も返ってきませんよ。
いいんです。私はただ息子にもう支援はしないって宣言したいだけなので。 口で宣言すればよろしいのでは?
そんなことで伝わるような息子ではありません。 それに、私も自分がそこまでしないと息子に泣き疲れた時、また助けてしまいそうなので。
戸崎さんのお母さんの手は震えていた。 家庭内の問題を表に出すのは生き恥だという人もいる。
しかしこの人にはもう味方といえる家族はいないのだろう。 わかりました。
私がお母様の弁護をするのはちょっと具合が悪いので、腕のいい他の弁護士を紹介します。
ありがとうございます。 あと、あの…
はい? 私の名前は戸崎かなです。
そう言われた時、はっとした。 この人は母ではなく一人の人間として自分の尊厳を守ろうとしているのだ。
失礼いたしました。戸崎さん。 ありがとうございます。
家族の選択と運命
なんか大変そうでしたね。
戸崎さんを見送った後、同席していたババくんがポツリとつぶやいた。 戸崎さんは何も悪くないのに、運が悪かったとしか言えないんですかね。
息子がボンクラになったのは戸崎さんだけのせいじゃないからな。 家族って選べるようでいて選べないんですね。
ババくんの言う通りだ。 家族のせいで人生をめちゃくちゃにされた人をいくらでも見てきた。
本人は何も悪くない。運が悪かったとしか言いようがない。 しかし、運が悪かったと言って突き放すことは正しいことなのだろうか。
弁護士の紹介と過去の回想
はじめまして。弁護士の関口と申します。 1週間後、戸崎さんのもとへ関口を紹介しに行った。
わざわざ東京からご損労おかけして申し訳ありません。 いいえ、私は市内ですので、朝日菜先生は東京からいらしていますけど。
たまにはね、仕事にカコつけて旅行したいんですよ。 近くに温泉があるでしょ。今日はそこで一泊しようと思いましてね。
朝日菜先生は変わらないですね。 関口先生はね、昔同じ事務所にいたことがあるんですよ。
一緒に働いていた頃はまだ20代でしたけど、勉強熱心でいい弁護士なんです。 やめてください、恥ずかしい。
そんないい先生をご紹介していただけるなんて。 戸崎さんの気持ちとかご意向を誰が一番理解できるかなって考えたんです。
やっぱり男には難しいだろうなーって思ってしまって。 弁護士の男なんて大抵家族に迷惑かける側ですからね。
その時ふと、そういえば関口先生が県内にいた気がするって思って連絡したら、 氏も一緒だっていうもんだから、これも何かの縁だと思いましてね。
いろいろ考えてくださってありがとうございます。
戸崎さんは深々と頭を下げた。 朝日菜先生、ちょっと意外でした。
戸崎さんのご自宅を出た後、車を運転している関口がそんなことを言った。
何が?
そんなに依頼人の気持ちに寄り添うタイプだったんだなーって。
何を失礼な。俺はいつだって依頼人の利益を一番に考えてるよ。
戸崎さん、お金を使うだけになってしまうかもしれませんけどね。
俺は車の外をぼんやりと眺めた。
景色は流れていき、大きな川に差し掛かった。
河川敷でキャッチボールをしている父親と子供がいた。
ふと、親父のことを思い出す。
親父はお袋に暴力を振るう男だった。
俺は子供の頃からそれを見ていた。
親父は、あいつは頭が悪いから殴られて当然だといつも言っていた。
お袋は中卒で働きに出て、二十歳で親父と結婚していた。
だから額がないのは当然だった。
俺は県内で一番の新学校に通わせてもらっておきながら、
お袋は頭が悪いんだから殴られて当然だと信じ込んでいた。
東京の大学を出て司法試験に受かって、
俺は偉くなったんだって一丁前にオーダーメイドスーツなんて作って里帰りに向かった。
スーツで川に飛び込む
実家への道の途中で大きな川に差し掛かったとき、川に入っていくお袋を見つけた。
俺はびっくりしてスーツのまま川に飛び込み、お袋を引っ張り上げた。
何してんだよ、お袋。
お願い、死なせて。
なんで。
よしひさにも殴られるくらいなら、死んだほうがいい。
俺はお袋を殴ろうと思ったことなんてなかった。
でもお袋は殴られて当然なんだと思っていたのだから、殴っていたのと同じだった。
俺はそのままお袋を連れて東京に戻った。
親父には俺からお袋と別れてやってくれと言った。
親父は混乱して物を投げたり、障子をへし折ったりしていたが、何回も通って説得を繰り返し、最後は届けに反応してくれた。
庭では、世話をする人がいなくなったなすが、しおしおになっていた。
家族との再会と未来への願い
ただいま。
パパ、おかえりなさい。
家に帰ると、りみが出迎えてくれた。
りみは両手を差し出している。
これが欲しいってか?
イエス!
俺はお土産届けにいいんじゃないぞ!
そう言いながら、りみにお土産の入った紙袋を渡した。
ありがとう!
ママ、おばあちゃん、パパのお土産だよ!
そう言いながら、りみはリビングへ向かった。
リビングへ向かうと、りみとエプロン掛けのレイナとピンクのムームーを着たお袋が、紙袋からお土産を一つずつ取り出していた。
まあ、こんなにたくさん!
何がいいのかわからなくてさ。
あっ、ご飯のお供が入ってる!
ちゃんとわかってるじゃん!
レイナがうれしそうにビンを開けている。
そうだ!ヨシヒさんにお願いがあるの!
何?
来月ね、フラダンスのお教室でイベントに出演することになったの!
だから、ビデオ撮りに来てくれない?
いいよ、開けておくよ!
ありがとう!
楽しみだね、おばあちゃん!
いっぱい練習するからね!
お袋のフラダンス、と。
俺はスマホのカレンダーにスケジュールを入れた。
顔を上げると、お袋とレイナとリミが楽しそうにお土産を広げている。
これが俺の限界だった。
お袋よ、どうか泣かされた100倍笑って生きてくれ。
家族に苦しむ依頼人を見るたびに、俺はそう願うのだった。
エンディング
いかがでしたでしょうか?
感想はぜひ、ハッシュタグプリズム劇場をつけて、各SNSにご投稿ください。
それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。