妻の悩みと夫の無理解
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。 プリズムを通した光のように、様々な人がいることをテーマにお送りいたします。
夕飯を食べ終わり、一息ついていると、 高子が大きなため息をついた。
どうしたの、高子。そんなため息ついちゃって。
藤川さんと喋ってたら疲れちゃった。 高子は今日、藤川さんと久しぶりにお茶をしに行ったらしい。
藤川さんは、りゅうととひろやくんが 保育園の時からの付き合いだから、かれこれ15年くらいになるのだろうか。
藤川さんか。まあ、そうだろう。 エネルギーの塊みたいな人だし。
好きじゃない仕事をなんでやってるの?って言われちゃった。 好きじゃない?牛丼屋が。
そうよ、好きじゃないよ。 俺はてっきり好きなのかと思ってた。あなたまで。
実際、もう何年も続いているじゃないか。 別に牛丼が好きだとか、そういうことじゃなくてさ、
お店の雰囲気とか、業務内容とか、お客さんとのやりとりとか、 そういうのが好きなのかと思ってた。
勝手なことばっかり言って。
まあ、バリバリ正社員でやってきた藤川さんからしたら、 パートタイムの仕事なんて理解できないだろうさ。
藤川さん、独立するんですって。 へえ、すごいな。
子供の手が離れるから、やりたいことだけやるんですって。 なるほどね。高子はやりたいことないの?
ない。
ない?本当に?
毎日家族のことばっかり考えてきたから、 自分のやりたいことなんてない。
いいんだよ、別に。やりたいことがあったらやっても。 クルーズ船で世界一周とか、お金がかかりすぎることは困るけど。
ない。何にもない。
そっか。
高子はポロポロと涙をこぼし始めた。
私の人生空っぽ。やりたいことなんて何にもない。 ただ毎日のご飯何にするかだけの人生。
高子は自分の人生を否定するようにそう言った。
夫婦の家事分担と価値観
部長の奥さんって毎日夕飯作ってくれます?
会社の飲み会で急に徳永がそんなことを言い出した。
うち?作ってくれるよ。
鎌田さんは?作ってる?
作ってはいますけど、うち子供いないし、 それに定時であがらせていただいているので。
鎌田さんが申し訳なさそうに言った。
そういえば鎌田さんは去年結婚したばかりだ。
そっか。うち毎日炒めるだけのやつなんですよ。 火通すだけで食べられるやつ。
ミールキットってことですか?
そう、それ。けど毎日それじゃ飽きるんですよ。 うちも作ってほしい。
うちは嫁さんがパートだからな。 俺たちの時と徳永じゃ時代も違うし。
徳永さんが作ればいいじゃないですか。
鎌田さんが真顔で言った。
俺、残業時間45時間フルマックス。
頼むから超えるなよ。どやされるの俺なんだから。
俺の時代はただ働くだけでよかった。
女性も当たり前のように働いてはいたが、 今のように男が家事を求められるような雰囲気はなかった。
たかこが家事と育児に専念してくれていたおかげで、 俺は何時間でも残業ができた。
お金のことで苦労はさせない。
妻の笑顔と夫の感謝
そう思っていたが、りゅうとが中学に上がると、 たかこはパートを始めた。
俺だけの稼ぎでは家族を支えられないのだと落ち込んだりもしたが、 おかげでりゅうとを希望の大学に入れさせることができた。
もしかしてさ、母ちゃんって料理上手?
次の日の夕飯の時、りゅうとが急にそんなことを言った。
そうだよ。知らなかったのか?
え?
俺が答えると、たかこが驚いた顔をした。
なんで母ちゃんが驚くんだよ。
だってお父さん別においしそうにしているところ見たことないし。
いや、うまいよ。毎日今日もうまいなと思いながら食べてるよ。
父ちゃん、それは食い逃げみたいなもんだよ。
食い逃げ?
ただで作ってもらってるのにさ、おいしいって言わないで黙々と食べるなんて、 食い逃げみたいなもんっしょ。ねえ、母ちゃん。
考えたこともなかった。たかこの料理はうまい。 俺の中でそれは当たり前のことになっていた。
掃除もうまいし、衣服の管理も完璧だ。
たかこがいなかったら、俺はまともに仕事もできなかっただろう。
世の中にはお金にならないことは価値がないことのように思っている人もいるようだが、 俺はそうは思わない。
たかこのしてきたことは誇り高いことだ。
もしもそれが望んだことではなかったと言われたら、 ただ申し訳なかったとしか言いようがない。
趣味探しとネモフィラ畑
よかったらさ、二人で趣味でも始めないか?
趣味?どうしたの?急に。
あまりにも唐突にそんなことを言ったから、たかこが驚いている。
この前、やりたいことがないって言っていたろ。 だから、二人で探してみるのもいいかなって。
そんなこと考えてくれたの?
うん。何かやってみたいこととか、気になってたこととかある?
うーん、なんだろう。
そうだ。
俺はスマホを取り出し、AIアプリを起動した。
50代夫婦におすすめの趣味は?と。
すると、AIは、いきなり趣味を始めるよりも、体験教室に行ったり、 散歩をしてみるところから始めるのがおすすめです。と出た。
なるほど。
そうだ、ネモフィラ。テレビでやってて、行ってみたいと思っていたの。
たかこは、遠足前の子供のように目を輝かせた。
わー、すっごーい!
次の日曜日、車を走らせ、有名なネモフィラ畑へやってきた。
入口には人がふれ返っていたが、さすがに敷地内は広く、 青い空とネモフィラが視界中に広がっていた。
きれいねー。
たかこはそう言って、ネモフィラとネモフィラの間の通路を歩き出す。
たまにスマホを取り出し写真を撮り、ベージュの帽子がぴょこぴょこと動く。
たかこ、そこの段差に座ってごらんよ。
ここ?
俺はたかこを花壇の縁に座らせてスマホを向けた。
たかこは帽子が飛ばされないように手で押さえ、楽しそうににっこりと笑った。
どう?撮れた?
たかこに写真を見せると、「あら、私とっても楽しそう!」と言ってまた笑った。
20年前から変わらない俺の大好きな笑顔だ。
たかこが笑ってくれるなら、次はどこへ行こうかと思った。
番組の締めくくり
いかがでしたでしょうか?
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。