父親からの電話と母親の決断
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。 プリズムを通した光のように、様々な人がいることをテーマにお送りいたします。
打ち合わせが終わり、自分の席に戻ると、プライベートのスマホが鳴った。 画面には、牛山強兵と親父の名前が表示されている。
おふくろから話は聞いていた。 無視しようか一瞬迷ったが、出ることにした。
もしもし?
あ、ひろきか?悪いガキを止めてくれないか?
なんだか、こわ色がイライラしているようだった。
いやだよ。
なんでだよ。俺は父親だぞ。
親父はいつもこうだった。
父親だからなんだって言うんだ。遺伝子上のつながりがあるだけだろう。
浮気するような男を、嫁さんや息子に会わせるわけにはいかねえよ。
俺はそう言うと、電話を切った。
親父は一人でバチクソにキレているのだろう。
だが、俺の知ったこっちゃなかった。
離婚訴訟と秘書との関係
お母さん、本当にお父さんを追い出しちゃったんだ。
家に着いたのは、11時過ぎだった。
最近、いつもこんな感じだ。
だそうだ。
よくそんなことできたねえ。
たぶん、何年も準備してきたんだと思うよ。
俺たち家族のことだけじゃなくてさ、会社のこともあるから。
そっか。ひろきも毎日遅くまで大変だね。
鈴鹿も悪いな。急に東京からこっちに引っ越すことになって。
急だったのはびっくりしたけど、もともといつかはこっちに引っ越すって約束で結婚してるから。
ありがとな。
その1ヶ月後、親父とお袋の離婚訴訟が始まった。
親父は堅くなに離婚も遺写料も拒否しているらしい。
一方、親父の愛人は簡単に遺写料を受け入れてスパッと支払ったらしい。
その人は、俺が子供の頃からずっとかわいがってくれていた親父の秘書だった。
カラッとした人でこっそりお菓子をくれたりして、親戚のおばちゃんみたいな感覚で大好きだった。
今思えば、あの頃あの人はもう親父と愛人関係にあったそうだが、
一体どういう気持ちで俺と接していたのだろうか。
社長就任と社員のプレッシャー
母ちゃん、おめでとうございます。
柴さんはそう言うと、うやうやしく書類を差し出した。
柴さん、坊ちゃんはやめてくださいよ。俺もう37ですよ。
そうですね。もう我々の社長ですから、坊ちゃんなんて失礼ですね。
柴さんが差し出した書類をまじまじと見る。
牛山香さんの商業当本。代表取締役、牛山ひろきと書いてあった。
東京の大学を出て、東京の商社に就職した。
修行をして、いつかこの会社を継ぐつもりだった。
まさか、こんなに早くなるとは思わなかった。
柴さん、俺頑張りますね。
俺がそう言うと、柴さんは微笑んだ。
我々社員はみんな社長の味方ですよ。
俺は笑顔を返したが、社員全員を俺が守らなくてはならないというプレッシャーで吐きそうだった。
取引先との関係と社員の離職
父が大変お世話になりました。今後は私が会社を率いていきますので、何卒よろしくお願いいたします。
それから営業部長の岡本さんと取引先案件が始まった。
何の前触れもなく急に社長が変わったため、中には不審感を持つ人もいた。
急だったんでびっくりしましたよ。何かあったんですか?
父は一心情の都合で退くことになりまして。
一心情の都合ね。
永井商店さんは今後も変わらず、私が担当させていただきますので、ご安心ください。
岡本さんがついてきてくれてよかった。
俺にはまだ社長という説得力がついてきていない。
会社に帰ると、柴さんが俺と岡本さんを呼んだ。
どうしたんですか?柴さん。
柴さんは落ち着いた声色で話し始めた。
先ほど永井商店様から取引の中止のご連絡がきました。
え?
俺は言葉を失ってしまった。やはり起きたか。
はい。
岡本さんは俺の顔を見た。
社長、想定内なので問題ありません。これぐらいでたじろくような会社ではありませんから。
柴さんと岡本さんの優しい笑顔が、逆に残酷だと思った。
介護離職問題と新たな経営方針
俺、会社辞めようと思っててさ。
一息つこうと自販機の近くまで来て、そんな声が聞こえてきた。
え?なんで?
実は、親父の認知症が進んじゃって。
介護離職ってこと?お前お金は大丈夫なのかよ。
家のローン残ってるからさ、売るしかないかもしれない。
だったら辞めたらまずいんじゃないの?家族の生活どうするんだよ。
でも、待ってても施設開かないしさ。
俺はふと、うちの会社の制度はどうなっていただろうかと思った。
柴さん、うちの会社には介護による時短勤務や介護休暇の制度はありましたっけ?
修行規則を読み返しながら、柴さんに聞いた。
いえ、我が社にはそのような制度はございません。
前社長はふっくり後世にその、あまり興味をお持ちではなかったようですので。
制度がないって言っても会社の義務ですよね。
前社長の口癖は、会社に尽くせない人間はいらない、でしたので。
客観的に考えて、やばいやつですね。
その一週間後、営業部の浅見さんから退職願いが出されたと報告があった。
社長がじきじきに面倒なさるんですか?
浅見さんはそわそわしながら会議室の席に座った。
浅見さんとしっかりお話ししたいと思いまして。
別に俺は社長が嫌で辞めるわけじゃないんです。家庭の事情なんです。
聞いてます。お父様の介護が大変だとか。
もし浅見さんがお仕事を続けたいとお考えならば、
例えば在宅勤務を取り入れるとか、あと、介護休暇も有給に制度を変えようと思っています。
それでもきついということなら、いきなり辞めるのではなく、
とりあえず介護休業でしばらく様子を見るというのはどうでしょう。
本気でおっしゃってるんですか?
前の社長は仕事に家庭の事情を持ち込むな。仕事を優先できないなら辞めちまえって言ってました。
私は父とは違う人間です。
俺がそう言うと浅見さんは泣きそうな顔をした。
俺、会社辞めたくないです。
私たちには浅見さんが必要です。
できるサポートは何でもします。
そう、俺の仕事はこの人たちを守り、そして会社を育てることだ。
親父とは違う。やってやるんだ、俺は。
番組の締めくくり
いかがでしたでしょうか。
感想はぜひ、ハッシュタグプリズム劇場をつけて各SNSにご投稿ください。
それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。小島千尋でした。