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2025-03-19 12:05

【MRD2503】朗読 「雪原の音」

#MRD
#MRD2503

企画運営されているrinrin0423さんに感謝です✨
はじめてのMRD配信となります✨✨✨

台本「雪原の音」水城ゆうさん

音源 涙は蒸発し雨となって降り注ぐ by alaki pacaさん

#朗読
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00:16
スピーカー 2
雪原の音 水木ゆう
どこまでも続く雪原を渡りながら、夏の出来事を思い出している。待ち合わせ場所に現れた君は、
暖炉から取り出したばかりの、マシュマロみたいな笑顔を浮かべた、歯に噛んで首を傾ける仕草。肩より少し長い髪が揺れ、
横に並ぶと、いい匂いがした。ビールを飲みに行こう。
僕はそう言って、君の背中をそっと押した。その手のひらの感触を思い出しながら、
僕は雪原を歩いている。まるで夢の中のような光景だ。緩やかな起伏が曲線を描いて、
遥か彼方に見える、山のその間で続いている、白雨の起伏。冬の太陽が斜めに照りつけ、
起伏を強調している。まろやかな雪の膨らみのてっぺんは、
光を反射して、キラキラと輝いている。膨らみの谷の部分、日陰になった場所を、
何かの足跡がてんてんと辿っていた。多分ノウサギだろう。まだ冷え切っていない昨夜の夜のうちに歩いたらしい。
月光の中で目を赤く光らせながら、
雪原を辿っていくノウサギの姿を、 僕は想像してみた。意味もなく笑みが浮かんでしまう。
スピーカー 1
誰もいないのに、照れくさくなって顔に手をやると、 手袋に凍りついた水滴が、
スピーカー 2
びっくりするほど冷たかった。僕はノウサギの足跡を辿るように、 雪を踏んでいった。夜の間に固く凍りついた雪の表面は、
僕がしっかりと体重を乗せても、びくともしない。 きっと昼過ぎまでは、この雪原が緩むことはないだろう。
03:03
スピーカー 2
幾手の彼方にある立ち木から、 粉のような雪が音もなく落ちるのを見た。
ほとんど風もないさや渡った大気に拡散され、 煌めき、
雪原へと降り注ぐ水の結晶たち。 不意に音楽が聞こえた。僕は立ち止まり、
辺りを見渡す。誰もいない。 ぐるっと体を回して確かめてみたが、
ここにいるのは僕一人だ。でも音楽が確かに聞こえてくる。 ピアノの音?何の曲だ?妙に懐かしい。
柔らかな旋律の、 ゆるやかなテンポの、
サティみたいだ。僕は思って耳を澄ました。 でも、
サティではない。 柔らかな旋律を支える不協和音の進行が、
曲に心地よい緊張感を作り出している。 ちょうど枯れ枝からこぼれた粉雪が、
風のない大気に、 複雑な煌めきを残しながら拡散していくような、
この曲は、 サティよりずっと新しく、
そして同時に、 古くもあるような、過去と未来を切り結ぶみたいで、
聞き覚えがあることを思い出した。 あの時、
あのバーで、 君は僕がひどくビールを飲みたがることをおかしがった。
僕はバーテンダーにビールを急かし、 慌ただしく飲んだ。ひどく渇いていた。
半ば飲み干し、ようやく落ち着いた。 君が横にいた。この横に並んで座っている。
僕は初めて会った人のように君を発見した。 君はマシュマロみたいな夢を浮かべ、
髪からはいい匂いをさせ、 そして、
音楽に包まれていた。 そう、
あの時の曲だ。これは、 過去と未来を切り結ぶ曲。
06:08
スピーカー 1
今君がすぐ近くにいることを感じる。 どこにいる?僕は再び、
スピーカー 2
雪原に足を踏み出した。 靴底が氷の粒を踏み固めるざっくりとした感触。
登山家にでもなったような気分だ。 雪原を登っていく僕。
ざっく、ざっくと踏みながら、 ノウサギの足跡をたどって歩いた。
ピアノの音がどんどん近くなってくる。 エアコンのよく聞いたあのバーで、
スピーカー 1
君は少し寒いと言った。寒いと言って、 首を少しかしげた。今となっては、
スピーカー 2
それが君の癖だということがわかる。 僕は、
冬だったらコートをかせるのに、 と思った。思ったけれど、
スピーカー 1
口には出さなかった。 口に出してしまうと、
嘘になってしまう気持ちというのは、 確かにあるからだ。伝えるためには、
スピーカー 2
長編小説を一冊書くか。 そう、
一曲の演奏が必要だ。 僕は黙ってピアノの曲を聞いている。
緩やかなリズムから、 不意にテンポが増し、
スピーカー 1
音の密度が増えた。 僕は一つの音も聞き逃すまいと、
耳を澄ます。 密度はどんどん高まり、
スピーカー 2
音はまるで、 壁のように分厚くなっていく。
それにしてもこの密度の濃さは何だ? そうか、と僕は思い当たる。
ピアノは一台ではなかった。 これは音の共演だ。
会話だ。過去と未来の音が出会い。 出会いの喜びを表現しているのだ。
僕は音の粒を追うことを諦め、 音の波の中に、
身を任せた。 冷たくもあり、
暖かくある。 古くもあり、
09:01
スピーカー 2
新しくもある。 柔らかくもあり、
鋭くもある。 優しくもあり、激しくもある。
まるで僕ら自身のように。 音はいろんな顔を見せる。
スピーカー 1
雪原を歩いていた僕の体は、 いつしか静かに空中へと飛び上がっていた。
スピーカー 2
眼下に広がる果てしない雪原。 どこから来て、
どこへ行くとも知れぬ、 野兎の足跡、枝いっぱいに、
粉雪をためた枯れ木の森。 雪のうねりをきらめかせながら、
太陽が空を飛行した。 突風にあおられ、
僕の体が一回転した。 いや、突風と思ったのは曲の転調だった。
ふらふらする僕の体を、誰かが掴んだ。 背後から腰に回されたその手を掴んで、
僕はすぐに、 それが君だとわかった。
小さな、 僕の手のひらにすっぽり収まる、
君の手。 やあ、また会えたね。君は首を少しかしげ、
笑みを浮かべた。 柔らかな笑みを、僕がコートの前を開けると、
君は中に、するりと潜り込んできた。 コートの中にすっぽりと君を包み込んでしまった僕は、
ゆっくりと雪原へと降りていく。 曲は再びテンポをゆるめ、
終局へと向かっているようだ。 過去と未来を、
君と僕を、 そしてあらゆるものを包み込んで、
音は雪原へと舞い降りていく。
12:05

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