この番組では、最初に日常の話から入ることもありますが、そこから話題が次々と移り変わっていきます日常のささいな出来事をきっかけに、人間の認識、意識、存在、そして意味づけの仕組みを観察する思考実況ポッドキャストです。
哲学や心理学を教える番組でも、人生の答えや救いを与える番組でもありません。
「何を知っているのか」
「それは本当にそうなのか」
「確信はどこから生まれるのか」
人はなぜ何かを信じるのか。
なぜ物語を作り、意味を見出し、自分や世界を理解しようとするのか。
私たちが見ている世界、自分という存在、記憶、感情、快感、思い込み、そして後から作られる物語を静かに掘り下げます。
信じることで成り立っていた世界から離れたとき、人は何を見るのか。
意味や物語が最初から存在するのではなく、人間がそれらを作り出していることに気づいた後の世界を観察します。
人生に意味はあるのか、どう生きるべきなのかという答えを探すのではありません。
意味や目的が揺らいだあと、それでも人間はどのように日常を維持し、考え、動き続けるのかを記録します。
結論よりも、考えている途中の揺れ。
完成された思想よりも、変化していく認識の記録。
自己啓発ではなく、答えを急がず問い続ける。
虚無を終点ではなく前提として、人間という存在の仕組みを見つめる哲学的独白番組です。
感想
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存在、存在、意識、意識、現実、記憶、記憶、世界、世界、全ては
作られている
はい、現在はそれで普通ですね。 運が悪いなぁと思ったり、運が良いなぁと思ったりすると思うんですけど、まぁ上手くいかなくていい時に上手くいくなぁと思うんですよ。
一番寛容性、大腸炎があるんですけど、豆腐
食べるようになってから毎日昼ですね。 腹壊さなくなって、でもその前から腹壊してなかったのに気づいたんですよ。
だからまぁ、もちろん別の理由で豆腐にしたんですけど
しかも食物繊維も、なんで
こんなたくさん摂り始めたのかわからなくなったんですね。
あと人間的基準って必ずあると思うんですよ。 価値観もそうだし価値基準もそうだしですね。最近
元ギャスで話す内容、全体的に多少変わってですね。
変わってきたこと自体は変わってないんですけどね。
もう一回改めてメモを色々してて、いろんなトラウマのこととか
トラウマ、メモしようと思ったんだけど、過去のことは全部話してるし
と思ったんだけど、じゃあ今度はこの話もしなくていいだろうと。別の話、気になり始めて。
でも逆に別の基準から言うと、やっぱりメモした方がいいと。朝物読んでましたよね。
だからもう1日前、数秒前、なぜこんな風に考えたのかってわからなくなるんですね。
昔のメモしてたのに、あることについてはメモしてない。
今までの何だったんだって思うんですよ。今までなら無理に、それが無駄にならない方向に行くようにしてました。
だから過去を取り返すっていうよりも、過去のために現在を取り返すみたいなことですよね。
過去を取り返すんだとしたら、過去は失敗したけど、なんとか逆転狙ってみたいなことだろうけど
過去のが無駄だとならないように、意味があると思えるように現在を変えるんですね。
03:06
では次。
1日早く生まれてたらこの自我ってできないわけです。
1時間前でも自分が生まれてないってことですね。
でも早い遅いの話ではないと思うんですよ。
同じ時間だとしても、しかしですね、無数の中から自分が現れた感覚だと
それって自分がいると思ってしまってるんですよ。
でも処方無、無我って言って自分なんてないんですよね。
生まれてこなければという人いるけど、その人にとってたまたまこの自我になったっていうのは辛いことですよ。
でもそんな認識間違ってると思うんですよ。
もしかするとこの自分が生まれてきてないのではと考えることはできるけど
自分なんていないし、しかしいくらこのこと考えても自我が考えてる限りわからないんですね、このことは。
ちなみに自分も全くイメージがつかないというか、いやこれは自分でしょうと思ってしまいますね、どう考えても。
自分も同じように生まれてこなきゃよかったと思ってるし。
でもそもそも生まれてなんかいないってことですよ、だから。
例えばミジンコが細胞分裂しても新たな生まれて名前つけちゃったりしないですよね。
ミジンコ好きな人は、微生物好きな人は名前つけるかもしれないけど。
あとメスにくっついて機関になるっていう魚いるんですね。自分と他の個体との境なんてないんですよね。
人が認識してるだけで都合よく追近とるために戸籍与えて名前つけるだけで、微生物だってどっからどこまでがこいつでどっからどこまでが別のそいつなんてないんですよね。
頭2つ、体1つのヘビってよくいるらしいんですよね。人間でもいたらしいんですね。
1人なのか2人なのか決めることはできないんですよね。人が勝手に手足から頭胴体これで1人と認識弁儀上してるだけなんですよね。
社会の中にいたらこんなこと、都合が悪いから忘れられるんですね。自分みたいにずっと家にいるとこんなこと考えてしまうんですよ。
次。自分の先生が部活意味ないと言ってきたんですね。プロになるわけじゃないのに。そんなことわかるみんな入ってますよね。
先生が社会否定するのは自由ですけど、生徒個人にその価値観を教えつけるのっておかしいと思うんですよ。それぞれ目的があると言ってもですね。
というよりも目的なんかなくても共同現象で入る責務感みたいなものもあるし、しょうがないと思うんですよ。周りが入るから自然に入るとか、
学校では部活に入るのが当たり前という雰囲気があるとか、誘われたとかなんとなく続けてるとか、辞める理由もないとか。
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はっきりした目的がなくて参加してるって、部活以外でもよくあることだと思うんですよ。社会的監修、同調圧力、規範もあるでしょうね。
次。優柔不断すぎてるんですけど、基準がはっきりしないからかもしれないですね。価値観がはっきりしてないからというのもあると思うんですね。
シェーバー壊れかけてるのに今朝ですね。諦めつかなくて。一度買おうとしてるのにまた使い始めたり。
過去だと進路3年が迷って浪人してからも悩んで勉強しないでいたり。パブリックドメインどの作曲家か悩んだり、ブログジャンル悩んだり。
アパートどんな部屋がいいか歯磨きの方法。マイク関係でしょう。あと昼食カレーかどうか。
どのようにやっていくか。あと暇つぶしの方法。細かいこと言うとかなり色々あるんですけど。
優柔不断の気持ちはでも分からないですね。
あとですね、潔癖症って人によって全く気になることと違っていて、それも同じような心理なの。
他の人見てなんでこれ気にならないのかと思うんですね。
自分は空想をするのが日曜サハンジなんですけど、何パターンかあるんですけど。
まあトラウマを思い出してとか、何か主張してるってですね、結構ドラマチックになっていることが多いんですよ。
北大に行った先輩が初めて会ったんだけど、生物質かな。
天使です。この天使の人いるんですねって言ってるところ。
あとはバンド漫画のドラマがボーカルに。
お前が何があっても家族で色々あったことも知ってて、
その中で色々あるかもしれないけど、俺だけは信じてるみたいに言うとか。
しかもこのケース、どういう欲求でそういう空想がなされるのか分からないですね。
あとは申し訳なく思ってる先輩にもっと相性良くしてればなとか、
相性というか仲良くしてればよかったなとか。
あとは番組の司会者が、お前の感性は嫉妬してしまうぐらいだって褒めてたり、そういう褒める空想もよくしてますね。
ちょっと話戻りますけど、ドラマの話やめる。
やるとしたら学校のドラマをどうするのか基準が曖昧になったり。
もう一つちょっと心配事がポッドキャストであって、
哲学的発想最近湧くんだけど、それはもし出なくなった場合どうなるんだって。
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何かがうまくいけば必ず異常なぐらいの不安がつきまとうんですね。
ガムシャラにあったらそんなの吹き飛びそうだけど、落ち込んだエネルギーがなくなるんですね。
だから無理なんですよね。
以前は絶対に変わってはいけないと思って続けてたんですよ。
今は変化も起こるし、普遍も関係ではないと知った上で続けてるんですね。
変化と普遍の区別そのものが揺らいでいることを知って、
しかし多少変化してもいいという甘い考えに変わったというのと違うんですね。
これもちょっと今日はドラマの話に続くんですけど、
部活の先生が味方でいてくれたと思ってたから、そうでないと10年経って気づくんですね。
これについて考察10年以上してきました。
いつも部長である自分を否定してたんですね。
直接は言わないけど、自分に厳しくしろ。
人には優しくと言うんですよ。
今考えてみると人に優しくってなぜ言ってたか、それはそうなんですよね。
そうやってみんなに言ってたんですね。
部長に分からせてやりたかったから遠回しに行ったんだと思うんです。
その正解か分からなくても、そうだという前提で考えを進めないといけないことはあると思うんです。
そうしないと解決しない。
部長という立場、厳しくするのは自然だし、どの程度厳しいかは個人差ありそこは問題でないし、正解もないし不正解もないし。
部活紹介、今の実力見せつけてやりましょうと言ってきたこともあるんですね。
部長のせいで弱いと言いたいんだろうけど、だったらもっと早く言うべきだし。
あと今のやり方否定してどうするのか、他の方法あるわけでもないし、ただただ否定したかっただけなんだろうと思うんですよ。
何かもっと否定いい方法あるんですけど言ってやればよかったと思うんですね。
ただ他の可能性も考えられるし、例えばチーム全体の方針を変えたかったとか、唯一の正解と限りませんよね。
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でも自分はトラウマ、都合よくは考えたくないですね。
そんなんで救われないですね。都合よく楽な方に考えないですね。
トラウマ思い出したらお互い様、自分も迷惑かけてきたと考えることもないですね。
そう考えたら胸のほころみも取れそうだけど、やってきて失敗してるんで。
お互い様だからと言って相手を許してるからトラウマできるんですね。
徹底して威嚇していく必要があるんですよ。それくらいはいらないといけないんですね。
処方無我だから一人で生きていない。あらゆるものに支えられてる。
言う人は僧侶とかで多いんですけど。
でもですね、ブッダが言いたいのはもっと抽象的だと思うんですね。
大地に生かされてるなんていう綺麗事を言いたいわけではないと思うんですよ。
物理空間全てのものは関係性ネットワークにより存在するのを飛躍させすぎだと思うんですね。
支えられてるから感謝しよう。ではなくて、単体で成立しているものではないという認識なんですね。
固定して見えるものが固定ではないという認識のズレだけなんですよ、問題にしてるのは。
だから美談化しすぎだと思いますね。
ちなみにですね、ブッダの立場を現物で言うならば、存在とは関係性であるとまでは言ってないんですよ。
よくですね、仏教で、別に自分は仏教に興味あるわけじゃないんですけど、
あくまでもブッダの話。
今はあまり興味ないんですけど、以前は興味あって、存在とは関係性であるということをよく聞くんですけど、
聞いていましたが、存在とは関係性と言ってしまうと定義付けしてしまってるんでしょうね。
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次、希望の何が問題か。
自分にとってですね、成功や快感を発生させる何かを思い描き、実際にもうそうなっていると錯覚してしまっているのが問題なんですね。
もう快感とか成功、成功や快感を発生させる何かを思い描くだけではなくて、もうそうなってしまっていると錯覚してしまっているんですね。
こんなことを話している間にもですね、トラウマを思い出していて、
京都の坊さんがですね、自分がトイレに行くなと言われているのに一旦自分に腹立ったらしくて、
でも自分は風邪で腹痛で仕方ないんですよ、トイレに行くのなんて生理現象みたいなもんだし、
どんな理由でトイレに行ったかも聞かず怒るのっておかしくないかと思うんですよ。
偉い僧侶なのに何の分別も知恵もないし。
京都の偉い僧侶の話。
毒目まぶれだし、受け狙いすぎだし、承認欲求の塊だし、怒りの患者を剥き出しだし。
本当ひどかったですね。
何の深みもないし。
これをちょっと誇張しすぎな表現だったら逆に嬉しいけど、京都の偉い僧侶ですよ。
仏教ができて2000年、一体どうなってるんだと思いませんかね。
本当にひどかったです。
話に戻りますけど、成功や快感をリアルに想像して達成済みと処理してしまう。
希望ってそれ以外のなんでもないと思うんですよ。
現実で動く必要性が減る。
だから高校生の時も勉強しないでとどまっていました。
だから希望が現実を襲うエネルギーにはならないんですよ。
現実の大会になってしまってるだけなんですよ。
勉強を進んでいなかった理由の一つにはなるでしょうね。
医学部行ったつもりになって、あたりは大学に憧れて大学生活を送った気になってたんですよ。
先取りして消費してしまってるってことですよね。
では次。人と比べるなという人。みんな素晴らしいという人。
個性は比べるものでないという考えなんだろうけど、比べるから個性って浮き彫りになるんだけどなと思いますね。
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この人たちとの違いはですね、自分の考えは人と比べても違いしかないということ。
そもそも自分なんて実体はないという考えなことなんですね。
一般的には比較は気づくから見ようという発想なんですよね。
自分より上を向いてしまうからとかですね。
自分を比較しても入列ではなく差異しか出ないと思うんですよ。
では次。これやっても意味ないと考えて削るとですね、そもそも生きてる意味ないだろうと考えるですね、最終的にはですけど。
でも一瞬のうちにそこまでたどり着きますね。
行動の理由、あるいは意味を削ると、
行動自体を削るとそもそも、今やめたけれども、そもそもこれだけじゃなくて生きてる意味もないだろうとなるんですね。
意味がないなら自由にやっていいってなれるかどうかですよね。
というかそうなっていないといけないんですよね。ある程度生活していこうとしたら。
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