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第5911回 中編 日常から生まれる哲学
2026-07-31 12:00

第5911回 中編 日常から生まれる哲学

この番組では、最初に日常の話から入ることもありますが、そこから話題が次々と移り変わっていきます日常のささいな出来事をきっかけに、人間の認識、意識、存在、そして意味づけの仕組みを観察する思考実況ポッドキャストです。

哲学や心理学を教える番組でも、人生の答えや救いを与える番組でもありません。

「何を知っているのか」

「それは本当にそうなのか」

「確信はどこから生まれるのか」

人はなぜ何かを信じるのか。

なぜ物語を作り、意味を見出し、自分や世界を理解しようとするのか。

私たちが見ている世界、自分という存在、記憶、感情、快感、思い込み、そして後から作られる物語を静かに掘り下げます。

信じることで成り立っていた世界から離れたとき、人は何を見るのか。

意味や物語が最初から存在するのではなく、人間がそれらを作り出していることに気づいた後の世界を観察します。

人生に意味はあるのか、どう生きるべきなのかという答えを探すのではありません。

意味や目的が揺らいだあと、それでも人間はどのように日常を維持し、考え、動き続けるのかを記録します。

結論よりも、考えている途中の揺れ。

完成された思想よりも、変化していく認識の記録。

自己啓発ではなく、答えを急がず問い続ける。

虚無を終点ではなく前提として、人間という存在の仕組みを見つめる哲学的独白番組です。

感想

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00:03
存在ない意識、意識、現実、記憶、記憶、世界、世界。
すべては自分
作られている
皆さん数秒前のことって忘れることありますか? 自分は別に
記憶障害でもないんですけど、番組名なぜか 決め決まったんですね。
今回は
過去の半年間考え続けた自分としては、信じられないぐらい1日で決まったんですよ。
でもその数秒後、なぜ
今また変えようと思ったのか、忘れてるんですね。 あとですね、朝からまあ
アプリのUI変更とか
ただでさえ自分は機械オンチだけど、 結構あるんですよ、アプリの
仕様の変更とか
内部の変更にも耐えられないのに外部で変更される変化があるとですね、もうパニクりますね。 あとはですね
番組名も一応決まって、徹夜で考えて決まって
でジングルも決まって ただですね今度録音のことで
いやー ちょっと考えなければいけないことがあって
どうしても効率化を図ろうとして、大抵失敗するんですけど
あとですね、まあこんなこともありまして動画見るの少ないと、 暇つぶしして見るの少ないと分かり
まあそれなら 焦る必要もないだろうと思って、でもですね
予定狂うと本当に
うまくいかないんですよ。夜ラジオ聞かなければと焦ってたけど逆に
じゃあ今度ね何をやることあるんだと考え始めるんですね やっぱりそのさっきの集中の話
記憶の話ですけど 深く入り込むタイプなんで
別の方向に切り替わると 前の流れって全部失われるんですよ。だからよく言うのが
舞台をやっている役者さんが別の配置に着くと今度前の舞台が
のセリフ全部一気に吹き飛ぶみたいな そういうことですよね。あと
ワーキングメモリーは知能テストである方だと言われたんですよ 得意な部類ではあるんですよね
03:41
生活してて集中しようとしたら逆に集中することに 集中するし行動してると
意識変わるから集中すること 意識にあっても
忘れるから集中できるかどうかって遺伝だし意識してできるのは
少しの間 あとは運次第だと思ってですね戻ってこれるか意識が戻ってこれないかわからないと思うん
ですね あと
悩みとか性格の不都合なところ不快な感じは出る意識の仕方 すべて消せようとすると逆効果
なんですね かといってそのままにしておくということでもないんですけど例えばトラマ
出たら打ち消えそうとすると力づくでどうにかするのではないんですね
例えば 食事中考え事してしまうとき考えないようにすることに意識いってしまったら集中するのは
そのことだ と申しそれはこれは考えないようにするとか
逆に脅迫感 それは逆に脅迫感になるとか
脅迫観念
あとは寝ようとしたら逆に寝れないっていうのと同じ 現象なんですね
不快な感情を消すことに集中してはいけないんですよ目の前に 集中するんですね
あとは運だと思うんですね
では次デートに誘ってくれた 例の高校生の時の子
10年前のことの方に2年間悔しく思ってデートしてたらここでこうしてかなぁとか
細かいこと考えるんですよ別にこれから付き合うわけでもないね昨日はですね 100均に行ってカゴ
本人が取ろうとしたけどいや一つでいいよって言って戻すとかねそういう細かいとこまで 考えてるんですよ
あと親戚には合わせるかなぁとか親に会うときはこうかなぁとか
浪人し初めてメールして
こんなメールの文面ででもし
地元にいるとしたら 一緒に勉強するっていう風になってたら夢のようだなぁとか
カラオケ行ってたらこんな曲歌ってたなぁとか
少しでも一緒にいようと思ってだから学校帰りも一緒にいるかなぁとか 休み時間も一緒にいるかなぁとか1回出会ってるかなぁとか
06:03
そんなことですねひたすら考えてしまうんですよ夢のように その分岐点ですねもしその時
付き合っていたら現実ではっていうふうに現実では起きなかった 未来を細かく作ってしまうんですね
あと人生の流れが変わる入り口に見えるんですよ 失われた可能性の後悔なんですよね
あとですね次の話は本当にこれ 知った時は面白いなと思ったんですけど
あの 普段も抽象的とかいう言葉使うし
国語の評論文の時間で抽象とか具体的に習ったこと
どうなんでしょう偏差値
50ぐらいの以上の学校であれば習うんでしょうかねわかんないけど
猫と犬の 上位概念抽象化させたものって抽象度を上げたものって
動物ですよね何でかというと猫と犬両方 含むのが動物なんですよね
動物とか植物のまとまりが生物なんですよね
生物の上位概念はものなんですよ
で なんだけど
これどの いや相当少ないと思いますこんなこと言う人ちょっとだいぶキテレツな人だけど
でも自分も なるほどと思ってしまったんですけど
いやでもこれは
だいぶ一般的な捉え方と相当乖離してますけど
逆に動物の方が具体で猫の方が動物より抽象的だという考え方もできるんですよ
ちょっと頭で考えても分かりづらいけど
で 動物って生きてるとか動くとかそれぐらいの単純な概念なんですよ
猫ってのは髭があってとか
耳の形はこうでみたいな色々特徴があると思うんですよ
髭があって毛がこれぐらいあってとか
すごい複雑なものなんですねこの概念
だから抽象的だっていう人がいたり
あと動物っていう箱として例えると犬も猫も魚も鳥も入る
09:03
でも何でも入る代わりに
これっていう形は入ってこないんですね
なんかぼんやりしたものなんですよ
それで思ったんですよね
猫は思いがける
でも動物は思いがけない
今回は話せないですけど
じゃあ動物 猫っていってもいろいろペルシャ猫もいればいろんなものがいて
それを全部合わせたものが猫で
頭に思い浮かべてるのって具体的なものではないんですよね
そういう意味じゃ同じことになる気もするし
ただ猫っていったら一応いろいろ種類はあるとはいえそれっぽいものは思い浮かべれる
でも動物っていったらあまりにも違いすぎるから思いがけない
動物は空っぽの概念なんだけど
一応理屈としては成り立つが意味があまりないというか
それ言い出したらペルシャ猫も無理矢理一つのカテゴリーにして
ラベルを張る行為の味だから
だからここまで話すとちょっと深すぎるけど
じゃあ特定の猫に
例えば猫に名前なんか付けたとしますよね
するとそれは特定の何かかというとそれもやっぱり名前なんですよね
特定の猫に名前付けても結局手とか足の集合をその名前で呼んでるっていうだけなんですよね
だから哲学的に言うと名前っていうのは世界を切り分ける道具でしかないんですよね
手とか足でさえその境界線が宇宙に書いてあるわけじゃないんです
人間がこれは手と足と言い
もっと分ければ細胞を削ってしまってもっと分ければ粒子
では次言葉は現実を発見
哲学的な説明でですね
全てを分割すると最後粒子になるみたいな説明のされ方してるけど
そういう抽象的な話で特に仏陀の諸法無我の説明で
粒子の説明入れたら絶対出られると思うんですよ
あと商業無常の説明も細胞変わるから人は変化してるとか
いやいや仏陀はもっと抽象的な意味で言ってるからそんなことするわけじゃない
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