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042 舞台版『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を観たよ
2026-02-20 29:16

042 舞台版『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を観たよ

仙台に行って舞台を観ました

観光の話をしわすれましたが、ずんだシェイクとお寿司がめちゃおいしかったです🫛


■概要

■概要

東京郊外にも雪が降った / 仙台に行ってた / 東京公演のチケットを取り逃す /新幹線で読み終える体たらく / 信頼と実績の藤原竜也 / 舞台に立つために生まれてきた人 / 『25時、赤坂で』 / 顕在意識と潜在意識 / 世界観説明 / 円環構造 / 行って帰ってくる / 自分が暮らしていた世界をもう一度見る / 村上春樹を食わず嫌いしていた / 時の試練 / 女性の描き方 /「女は包丁をうまく研げない」/ 若い女性じゃないといけないのか / 異性愛に回収される / 心を失った司書の女性 / 主人公がやってあげる / 「この女、胃拡張だから」/ おもしれー女 / 再現性のない会話 / 主人公の料理を全部たいらげる / 好きなシーンはだいたい削られる / すべてが腑に落ちた / 解釈を挟む / 最後のシークエンス / 舞台転換 / 藤原竜也の悪あがきが見たい / やれやれ主人公 / 部屋を破壊される場面 / ピンクの女の台詞 / 『レオン』をいま見ると気まずい / 一角獣の身体表現 / トウシューズと杖 / 顎から転びそう / 要求が高すぎる / 仙台も東京も張り合えるぐらい寒い / このまま春まで元気でいたい


■言及した作品


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感想

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00:04
こんにちは、パーラーかぜまちへようこそ。 ということで、小説書きの風待葵です。
はい、ということでですね、寒いね。雪降ったよね。 私は東京の郊外に住んでるんですけど、雪が降りまして、ただ私その週、その雪が降った土日はね、仙台の方に実は行っていて、
仙台は仙台で寒かったんだけど、雪はね、そんなに降らなかったのね。 だから東京に帰ってきて、結構、あれ雪だー、みたいになったんですけど。
でもなんで仙台行ってたの?って言うと、あの、村上春樹の世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドっていう小説があるじゃない?
あれの舞台をやってるんですよ、今。 で、ちょっと前は東京で公演があったんですけど、私が気づくのが遅くて、東京公演のチケットを取れなかったんですね。
でも私たまにその、日本国内で泊りがけで出かけるのが割と好きなのね。 まあ一泊二日とかそれぐらいなんですけど、逆に長い旅行とか、がっつり観光みたいな旅行があんまり得意じゃなくて。
なんでそれぐらいのスパンというか、なんだ、一泊二日とか二泊三日ぐらいで国内旅行をするっていうのが一番自分に合ってるなーって思ってるんだけど、
ま、じゃあカッコつけて仙台ちょっと行ってみたいなーみたいな感じで私が言ったら、まあ母が旅好きなので、割と。
行こう行こうみたいになって、なんか私いつも一人旅にしようかなって一瞬思うんだけど、なんかそれを喋ると、私も行きたいみたいなことなんか母が割と気軽に言ってきて。
で、ああまあじゃあいいよーって言って、二人でそのハードボイドワンダーランドを見に行ったんですよ、舞台を。
で、まあちなみにその村上春樹の小説、私そんなに読んでるわけじゃないんですけど、まあその舞台に関しては、ちょっとやっぱさすがに小説読んでから行った方が良さそうだよねっていうことをまあ母とも話してて、
で、まあちょっともうさ、タイトル長いから適当に略しながら喋るんですけど、その今回の舞台化された小説は上下巻なんですよ。
だいたいその全体で言ったら文庫で800ページぐらいあるんですけど、まあ普通に考えて舞台の尺ってまあ2時間半とかなわけよ。
ってなるとめちゃめちゃに端折るよねっていう、その話が長ければ長いほど端折るから、多分読んでないとわけわかんなくなるよみたいな感じになって、二人で読もうつって原作の小説を読んだんですけど、
ただなんか私はその着手するのが遅すぎて、なんかもう息のその新幹線の中で読み終えるみたいな、あの手たらくだったんですけど、まあそれでもなんとか読み終えていきまして。
で、その舞台はすごくね、面白かったっていうかね、あの非常にまあいい意味でわかりやすくなってたなーって思いました。
なのでここからはその小説とか、あと舞台のネタバレをしながら喋るから、聞きたくない人はここでバイバイという感じなんですけど、
03:04
で、えっとね、その舞台は主演が藤原達也さんなんですよ。
てか藤原達也が出るならもう別に大丈夫でしょみたいな感じじゃないですか。藤原達也さんってやっぱり舞台に立つために生まれてきたみたいな人なんで、
信頼と実績の藤原達也なので、なんかそこは全然心配してなくて。
で、あともう一個要素として私が見に行こうかなーと思った理由としては、その小説が、まあタイトルの通りなんですけど、
その世界の終わりっていうパートと、ハードボイルドワンダーランドっていうパートの、その2つが交互に展開していくんですよね。
なので主人公がやっぱ2人いるみたいな状態で進んでいくんですけど、その片方の主人公が藤原達也さんで、
もう片方の主人公が2役というかダブルキャストでやってて、そこに多分新人というか、舞台あんまり経験してないけど売り出し中の俳優さんみたいなのを多分キャスティングしてて、
その中の一人が小牧根さんっていう方なんだけど、前に多分ラジオで話した25時赤坂でっていうBLのドラマがあるんですけど、それがめっちゃ良かったんですね。
それに小牧根さんがメインキャスターで出てて、すごいこの人他のお芝居もちょっと見たいなって思ってた時に、その舞台のことを知って、
その時ちょうど村上春樹の小説ちょっと何作か読んでた頃だったので、タイミング的にもありかなと思って、見に行こうって決めたんですよね。
小説の構造として、2つの世界が同列?同順位というのかな?のものとして存在するっていうわけではなくて、
ハードボリュードワンダーランド、藤原さんが主人公やってる本は現実世界なんですよ。
小説の発表が大体1980年代半ばぐらいなので、その時の日本を一応舞台にはしてるんだけど、ちょっと不思議なことも起きるよみたいな感じで、
ただそっちが言ってしまえば現実世界のパートなんですよね。
で、その世界の終わりっていうパートは、主人公の無意識化の世界の話なんですよね。
だからその後半に行くにしたがって、だんだんその2つの世界がリンクし始めるんですけど、
同列に存在しているわけではないっていう感じなんだよね。
健在意識と潜在意識みたいな感じで役割が分かれてるんですけど、そういう話で。
ただこれの構造みたいなのが、私結構小説読んでる段階だとマジでわけがわからなくて、
途中でその世界観説明みたいなパートが入ってくるんだけど、そことかも、え?え?みたいな、なんか半分も分からなくて。
06:07
正直もう読み飛ばしていいかなって思って読み飛ばしちゃったんだけど。
だから一応ちゃんとその作品中の理屈みたいなのもあるっぽいんだけど、ざっくりその潜在意識と潜在意識の話かなみたいな感じで私は理解しました。
テーマも非常に現代人的というか、もうね、随分現代という括りで、同じ括りでやっていいのかっていうぐらい、
前の話っていうか、またさらにそこから随分社会とかも変わってるけど、
割とその現代人の悩みとか、なぜ自分は存在しているのかみたいな根源的な問いみたいなのをすごいずっと提示してくるタイプの作品で、
途中でそのワンダーランドっていう言葉が不思議の国のアリスみたいなと同じようなものであるっていう言及が途中であるんですけど、
ハードボイルドワンダーランドに関しては、アリスって現実世界があって、うさぎの穴に落ちてワンダーランドに行くじゃん。
最後、もう一度現実世界に帰ってくるっていうのが円環構造になってる話なんだけど、
ハードボイルドワンダーランドに関してもそういう円環構造の話で、最初は本当に現実世界から始まって、
一回変なビルみたいなとこに行って、地下空間みたいなとこ通って、おじいさんがいるんですけど、研究者のおじいさんに会って、
いろいろ喋ったりとかして、ミッションをもらって帰るんですよね、一回現実世界に。
で、もう一度結果的に地下に潜って、またもう一度路地にあって、また現実世界に戻るっていうのがあるので、
その円環構造というか、行って帰ってくるっていうのが2回かな。
正味2回繰り返されるみたいな話なんですけど、クライマックスに向かって帰ってきて、その後が私すごい好きだったんだよね。
結果的にその主人公が散々世界の倫理というか、世界の仕組みというのかな、
枠組みみたいなのに振り回されて、結局自分ではもう何も解決できないけど、巻き込まれて結果自分がもう存在がなくなるみたいな展開になっていくんだけど、
それをわかった上でもう一度自分が暮らしていた世界を見るみたいなパートがあるんですけど、そこがすごくいいんだよね。
だから村上春樹さんの小説、私正直食わず嫌いしてたけど、メッセージとか言ってること自体は非常にあの、なんて言ったらいいんだろう。
まともって言うとすごい語弊があるけど、だなっていうふうに思いました。
で割となんていうか、私本当にチラッと聞いた話で恐縮なんですけど、村上春樹さんの作品自体が何かキャンセルされそうになってるみたいな、
09:08
のどっかで聞いたんですよね。で、まあその理由としてやっぱりその女性の描き方であるとかになんかやっぱあるじゃないかっていうのはまあ予想はつくじゃん、なんとなく。
で、私もそれは確かにまあそうなんだけどっていうふうに思って、どの文豪とか名作みたいなものをくぐり抜けてきた試練ではあるんだろうって思ってて、
だから一回いなくなるんだろうと思うんですよね。私前に似た話した気がするんだけどさ、あの金加古みたいな話だと思うんですけど、
一回やっぱそのキャンセルされるみたいなのってあると思うんですよ。なんかそれがまあ時の試練みたいなことだと思うんですけど、
一回多分消えるフェーズがあるのかもしれないですよね。だからその、それはなんだろう、一回も消えない作家だっているじゃんみたいな、まあそうかもしれないけど、
なんかキャンセルされるその時期はまああるのが普通なのかもなって思ってて、だからあんまそこは正直メインの問題ではないっていうか、
別にそこがそのなんだろうな、村上春樹さんの作品の真髄というか、角ではないっていう考え方もできんじゃねっていうのは思ってて、
まあだから非常にその細かいところの見方だと思うんだよな。私がまあちらっとそのまあ読んだ限りで、その今回の長編読んだ限りで思ったのは、
なんかこう女でその包丁をうまく研げる奴はいないみたいな文章が入ったりとか、なんか正直それいるみたいな感じじゃん。
まあなくても作品として成立するなぁみたいな文章じゃないですか。だから別にそれは時代が出ちゃったねみたいな終わりでいいんじゃないかなみたいな、
のはあるのよ。ただなんかその物語の根幹に関わるところで言うと、おそらくその女性のポジションですよね。なんかそれが割と問題視されがちなのかなぁとは思うんですよね。
具体的に言うとその世界の終わりの方が多分顕著なのかなと思うんですけど、その世界の終わりパートでえっと師匠の女性が出てくるんですね。
それは図書館、ちょっと変わった図書館を管理している女性なんですけど、それがその主人公、世界の終わり側の主人公の補佐役として登場する女性なんですけど、
まあよくよくその話が進んでいって、彼女の境遇とかを探っていくと、心を失ったみたいな、その女の子が心を失ってるっていうので、それを彼女自身は自分で見つけることができないっていう構造になってるんですよ、物語上。
今だと、なんかそれはどうなのって、まあ多分なるんだよね。その女性が自分の力でその自分の問題を解決できないっていう構造になってるっていうことが、なんかちょっとうーんみたいなことを、なんかこう思うというか、まあ正直読んでてそんなに楽しい気持ちはしないよね、みたいなことなんだと思うんですけど。
12:08
まあだからおそらく今だったら、その女性である必要があるのかっていうのはやっぱ問われるんだろうと思うんですよね。その作家に対して、やっぱここはその若い女性じゃないといけないのかっていう問いが一個あると思ってて、だからそれをその異性愛に回収するのかみたいな話なんですよね。
まあその、この作品の場合は完全にその異性愛で回収されてる気はするんだけど、そうじゃなくて、例えばうーん、なんか障害を持った人物であるとか、例えばわかんないけど、あと子供とかね。じゃなくて、その女性じゃなきゃいけないのかっていうところとかがまああるのかなとか、展開的にその主人公がやってあげるっていう風にしなきゃいけないんでしょうか、みたいなところとか。
まあただ今回の話に関しては主人公がやんなきゃいけないっていう理屈でいいと思うんだけど、まあなんかそういうなんだろうな、結局その村上春樹という作家が書くとそうなってしまうっていうことなんでしょうね。だからそこの問題だと思うんだよな。
まあ男性でとか、あとまあおそらくシスジェンダーのヘテロセクシャルですよねとか、そういうところが問題になるのかなというか、問題というかなんだろう。まあそれは別に作家性の一部でもあると思うんですけど、まあそういうところでちょっとなんか不利なのかなとか思ったりはしましたけど、まあでも基本そのあんま気にしなくていいとは思うんだよな。
その読む側としては別に気にしなくていいっていうか、まあそういう話なんですねぐらいでいいのではと思うんですけど。
ただなんだろう、その村上春樹さんの自身、村上春樹さん自身とその作品で書かれてる男性のなんかこう造形みたいなところで言うと、
なんか私の勝手な予想なんだけど、なんか村上春樹さん自身はおそらくその主人公となってる男性、まあ今回のその主人公に関しては、なんかおそらくこういう振る舞いをやっちゃう男として書いてるだけで、別に村上さん自身がそれをいいと思ってるかどうかって別の話じゃないですか。まあそれは別にどの作家にも言えることなんだけど。
なんか私が結構なんかこう、その読み手側というか受け手側の実際にありそうだなってちょっと思った点が一個あって、えっとねそのハードボイルド側の主人公の世界にもその図書館の師匠の女の子が出てくるんですね。
まあだからさほら、潜在意識と健在意識の話なんで、まあちょっと符号するところとかもあるわけですよ。
図書館の女の子が出てきて、まあ師匠ね、でその子がめっちゃ大食いなのね、でそれ自体はすごい面白いなって思ったわけ。
まあ私もその結構食べる方なんで、なんか珍しいなと思って、その大食いな女って珍しいなと思って、まあ読んでたんですけど、で最後の方でその二人が一緒にご飯食べるシーンがあるんですよね、イタリアンかなんか食べるんだけど、
15:14
その時にあの主人公がめっちゃお腹空いてる時なのね、あのなんかもうろくに物食べてないですみたいな時に一緒にご飯食べ行って、
でその女の子になんか張り合えるぐらいの量のなんかオーダーをするのね、であのすごい量になっちゃうけど大丈夫みたいなことを店員さんが二人に対して聞いてきた時に、
その主人公の方が、いや僕はねって言って、全然あの食べてないんだよねって言って、あとその一緒に今来てるこの女の子は威嚇症だからっていう風に言うところがあるの。そういうセリフがあるんですよ。
で別にその場はそれでいいんですね、小説の中だとそれで普通にオッケーみたいな感じなのよ、まあ波風も立たず特に。
なんだけど、なんかそのこういうことって別に言わない方がいいと思うんだよね、あの通常の場面で、あのこの女威嚇症だからって多分言わない方がいいじゃん。
なんかあのちょっと好感持ってる女の子に対してそういうことを言うのってはっきり言って余計な一言やん。
おそらく村上春樹自身はそれを余計な一言であるっていうことをわかりながら書いてるんじゃないかなって思うんだけどこの部分。
なんかすごい村上春樹を読んでなんかめっちゃ好きになっちゃった男の人がいるとするじゃん、なんか
それでさ、なんかその司書の女の子ってめちゃくちゃまあ言ってしまえばよくそのテンプレ化するとするのはおそらく面白い女に分類される女の子だと思うんだけど
実際のさ現実にいる女の子とさデートしたとしてさ、その威嚇症とまでは言わないけどなんかすごいよく食べる子だからみたいなことなんかまあポロッと言ってしまうとするじゃないですか。
そうするとおそらく普通の女の子の場合ってまああんまり褒められたとかいい意味で言われたっていう風に受け取らんやん。
でなんかこいつ一言多いなっておそらく思うわけですよね、現実の女の子は。
でまあおそらくお前さーみたいな一言多くないみたいなことをその女子が言った場合に
その男の子が、いやなんだこいつ全然面白い女じゃねえじゃんみたいな、なんか俺の理想の女じゃないじゃんみたいな
なりそうとか、なんか現実にそういう悲しい出来事がちょっと起きそうだなって
いうのは思うんだよね。まあ別に起きたところでまあどうでもいいんですけど私は。
なんかそういうことってありそうだなぁと思って。まあでもそういうなんていうのかな、なんか村上春樹さんの書説の魅力中華
うーんはやっぱそういう会話の中にもあるなーっていうのは確かに思うんだよね。なんかこの二人の間であれば別にそれがなんか
クリアできるというかまあ通る会話として存在しているっていうのがいいところだなって思うんですよ。
まあそれってでもすごい唯一無二っていうか再現性がない会話だなーっていうふうに思うから、まあそれで余計にこうなんか
憧れというかさ、なんかいいなーってきっと思うんだけど、そこの難しさあるなーって思いましたね。
18:06
大食いの女の子はめっちゃいいよね。なんか私あの最初にさ、その主人公の部屋にその師匠の女の子が来て、すごいその主人公が作った料理をもう全部食べられちゃうみたいな
場面があるんだけど、あそこ本当に面白くて大好きでしたね。ただ舞台版の方では削られちゃってましたね。
だから2回ご飯食べるシーンあって、その前半の私が好きって言った方のシーンは完全に削られてました。
結構その脚本のアレンジすごいなって思ったんだよね。その舞台版の方の脚本のアレンジすごいなって思って、私やっぱりさ原作読んでるからどこをどういう風に削りさせるのかなって思いながら舞台見てて、でもすごかったその削り方のなんかダイナミックさみたいなのもすごかったし、全然成立してて
そう、なんかそれにも驚いたかも。なんかこんだけ削っても大丈夫なんだっていう。だからやっぱそれぐらいそのコッシーがしっかりした話っていうのはもちろん理由としてあるんだろうけど、なんかここまでその細部の細かいエピソードとか削ってかつすごいわかりやすくなってて、最高の舞台かやんってなりましたね。
でなんか母も小説読んだ時ちょっとわかんなかったんだよねみたいに言ってたんですけど、なんか舞台版見たらなんかそういうことかーってなって全てが腑に落ちたみたいなこと言ってて、なんかそれぐらいその話の編集の仕方っていうんですか、めっちゃ良かったと思います。
やっぱりああいうメディアミックスになると、そういうわかりにくい作品というかすごく読むのが大変だったりとか、なんか難解だなーっていうものは、間にその脚本家とか、なんかそういう別の人の解釈が挟んであって、間接的にあの伝達されるみたいなとこがあるから、それですごくその一個の解釈をなんか最初からこう与えてもらえるっていう意味では非常にわかりやすくていいなーって思った。
ただ逆に言えばその小説の方でも読解力が結構あって、小説でも完全にわかったみたいな感じの人がその舞台を見た場合どういう風な感想になるのかっていうのはそれはそれで気になるけど、私はすごくいいアレンジだったと思う。
あのネタバレすると一番最後の最後ですよね。
小説の方だと一番最後は世界の終わりのショーで終わるのね。
えっとそう、世界の終わりのショーで終わるのって、最後の最後、字の文が全部一人称なんですけど、最後は世界の終わり側の主人公の言葉で終わるんだけど、舞台版だとその最後のセリフというか、最後のシークエンスを藤原達也さんが演じるんですよね。
つまりハードボールのワンダーランドの方の主人公が世界の終わりの、原作で言うところの世界の終わりのシークエンスを演じるんですよ。
これによってめっちゃわかりやすくなるの、話が。
21:02
全てが何か、辻褄が合うわけ。
私もそういうことだ、確かにそう、確かにそういうことだったみたいな感じで、最後めちゃくちゃスッキリしたんですけど、あらすじの細部とか一切説明しないからこのスッキリ感全然共有できてないけど、そう、全てが腑に落ちたんですよ、それで。
さっき言ったみたいに、その2つの世界を行き来しながら話が進んでいくって言ったと思うんですけど、さっき。
で、その舞台版の方も割とそのシーンの切り替えっていうか、やっぱセットとか使うので、
まあ世界の終わりのセットとハードボールワンダーランドのセットって両方もあるやん。
場面切り替えの時に必ず暗転して、ハードボールで暗転して世界の終わりっていう感じで1幕目は進んでいくの。
だから、その両方のセットが混じり合わないようにちゃんと切り替えるんですよ、舞台は。
なんだけど、その話が後半に行くに従って、その切り替えのタイミングがどんどん曖昧になっていくんですね。
つまりその舞台の上にハードボールの人と世界の終わりの人が一緒にいるみたいな時間とかがだんだん増えていくの。
で、なんかこれほんとすごいと思って、小説で読んでるとやっぱそれがわかるんですけど、
そのだんだんこう混じり合ってきてるなっていうのは、その読んでてわかるけど、でもそれを舞台化するってなったらその説明するの限界あるから、
そういうふうに視覚的に見せていくみたいなところですごいわかりやすくなってて、そこも非常にいいし、
あとどこだったかな、私が好きなシーン。でも好きなシーンがくだらなすぎて全部削られてるんだよな。
私が好きなシーンってほんとどうでもいいところなんだよな、たぶん。物語上あんま関係ないシーンばっかり好きなんだよね。
だから結構削られてるところも多かったんだけど、ただなんかその藤原達也さんが主人公をやることによってすごくいいなって思ったのが、
なんか割とその原作の方だとハードボールワンダーランドの主人公って割と淡々としてて、
なんか動じないんですよあんまり。こう文章でその動じてる感じとかがそこまでこう見えないよね。
シェリフとかも結構皮肉っぽかったりとかするから、なんかこう混乱してたりとか慌ててたりっていうのがあんまり伝わってこなかったんだけど、
やっぱ藤原達也さんがやることによってすごいなんていうか、王女際が悪いっていうか、
悪あがきするみたいなところがすごい出てて良かったんだよね。やっぱ藤原達也の悪あがきが見たいやん、どう考えても。
そこがすごい良くて、それが加わったことによってよりなんか面白くなってるなーって、
すごい好きだなって思ったのが、藤原達也の方の主人公が部屋を破壊される場面があるんですよ。
よくわからない二人組が来て、家を破壊し尽くして去っていくっていう場面があるんですね。
当然そのやっぱ破壊されたくないんじゃない?その当たり前やけど。そこで結構小説の方だとなんか大人しく破壊されるんですよね割と。
なんかまあ壊れちゃったみたいな、あのやれやれでしたね。
24:02
よくその村上春樹あんま読んだことない人あるあるとして、その村上春樹はやれやれと言いがちみたいな、そういうあるあるがあると思うんだけど。
割とやれやれっていう感じだったね、今回の主人公は。まあそれはいいか。
だから結構そのやれやれ感が強めなんですよ、小説の方だと。
なんですけど、その舞台版だと割となんかこう、悪あがきが強めというか、その藤原達也さんがやっぱ悪あがきする芝居をするから、
なんかそこが私すごく好きで。まあそうですね、なんかソフト化とか配信とかされることあるのかわかんないけど、
まあその時が来たら、あの見てほしい場面の一個だね。
まああと私がすごくいいなーって思ったのは、メインキャラクターとしてもう一人、そのピンクの女っていうのが出てくるんだよね。
舞台版の俳優だとピンクの女っていう風になってるんだけど、まあ名前はなくて。
いつもそのピンク縛りというかピンクコーデ、オールピンクコーデの17歳ぐらいの女の子が出てくるんですけど、
その女の子のそのセリフ回しが変わってたっていうか、原作だと何々よね、何々だわーとか、
そういう女の子言葉というか女性言葉が割と強めの感じになってるんですけど、舞台版だとなんとかだよーとか、
そういう風にこうちょっとこう元気な感じに変わってて、それがすごく良かったですね。
なんか現代になってあのレオンを見ると気まずいみたいな感じで、あのリュックベストのね、レオンあるやん。
まあレオンを見ると気まずいみたいなのと一緒でさ、やっぱ17歳の女の子がその、えっと35歳なのかな主人公が、
設定上35歳の主人公を誘うみたいな、性的に誘うみたいな、そういうシーンというかそういうセリフとか結構いっぱいあるので、
やっぱあまりにもそのもう現代の2020年代のその舞台で、やっぱ実際の女優さんにそれを演じさせるっていうのは結構気まずかったんじゃないかと思うんだよね。
だからそういうセリフも結構減らされてて、まあ無くはないですよ、ちゃんとあるんだけど、残ってるんだけど、なんか減らされててかなり。
でその言い方も結構元気がいい感じ、その普段の喋り方もその元気がいい感じになることによって割とそのまあ、今見ても見られるぐらいの感じになってたっていうね。
っていうのは結構舞台版になって印象的でした。
あと言うなら、まあ今回振付家がなんか多分その有名、大御所なのかわかんないけど、大御所の人が担当してて、
割とその身体表現がまあ特色みたいな舞台だったんですけど、で一角獣が出てくるんですね。
でその一角獣の表現がすごかったし、あとハードそうだったっていうのを覚えてて、
まず一角獣役のダンサーさんは全員トーシューズ履いてるんですね、あのバレエのね、トーシューズ履いてて基本つま先立ちなのね。
27:04
かつ、その前足と後ろ足を表現したいから、その前足つまり手ですね、手になんか棒を持ってて、まあ棒って言い切っちゃっていいのかな、
なんかもうちょっとあの描写したいけどちょっとパッと出てくる、なんか棒を持ってて、その棒が足みたいな棒なんですよ。
でそれを、こうまあ杖みたいな感じだね、だから両手に杖持ってるみたいな。
でそれをこう両手で床についてることによって、そのトーシューズでそのつま先立ちになってる両足と、
その杖で、その支えてることによって4つ、4本足を表現してるんだけど、それの体勢がめっちゃキツそうだったっていうのはあった。
なんか大変そうっていうか、私そのまあ一応バレーを習ってた時期があるので、トーシューズ履いたこともあるから、なんかどんな感じかってなんとなくわかるんですね。
めちゃめちゃなんかあれ結構怖いんじゃないかな地味にって思って、まあ練習で怖くなくしてはいくと思うけど、
手で支えてるその杖みたいながつるってその滑っちゃったりとかしたらもう顎から転ぶんで多分あれ、めちゃくちゃ怖そうだなって、
思いました。多分ね、どっかに画像とかその舞台の写真とかあると思うから見てみて欲しいんだけど気になる人は、
その一角銃の表現がすごく、あの要求が高そうだなって思いました。その身体表現のその要求がめっちゃ高そうだなって思いながら見てました。
はい、ということでね、今日はその若見晴樹さんの話が主になったんですけど、まあ仙台はね、正直その東京、
その同じ時期の東京と同じぐらいというか、マジで張り合えるぐらい寒かった。
ですとか東京が東北並みに寒かったんですけど、まあ言ってしまえばね。
まあでも仙台もちょっと雪ちらすいたりしてましたね。だからすごい寒かった。ということで皆さん引き続き風とかには気をつけながら
過ごしていきましょう。私は今のところ元気なんで、このまま春まであの行きたいなと思ってます。
はい、ということでお聞きいただきありがとうございました。
29:16

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