こんにちは、パーラー風待にようこそ。 ということで、小説書きの風待葵です。
はい、ということでですね、第2シーズン、第1回、2月になっちゃったんですけど、 もうね、早いもんで、説文も終わってしまいまして、
まあ私、そろそろ花粉症が始まるというか、もう始まってるはずなんだけど、まださ、薬をもらいに行ってなくてないかに。
まだなんとかなってるんですけど、でもいい加減行かなきゃなーとか思ってて、 全然予約するの忘れてて、なんか私が言ってるないかって完全予約制なのよ。
だからなんか、ネットから普通に予約すればいいんだけどさ、面倒くさくてやってなくて、やばいと思いつつ。1月のことをいきなり振り返ると、まあなんだ、
原稿は書いてたんだけど、なんか思うように進まなくなっちゃって、 ちょっと詰まり気味ではあるんですけど、まだ、
まあ私結構時間に今回余裕を持って進めてるので、まだなんとかなるから、 こっから頑張ろうかなーみたいな感じですね。
なんで、まあ今日は特に何か決めず雑談という感じなんですけど、 1個おすすめの商品の話していいかな。ちょっと今日これ飲みながらやるんだけど、
あのキッコーマンから出てるさ、パック入りの豆乳の飲み物みんな知ってますか? きっとさ、太陽と鳥が書いてある豆乳なんだけどさ、
まあロゴなの?これはロゴですか? 私最近気づいたんだけど、
あの紅茶とかコーヒーとかってあるじゃん、あれの。 でね、それの砂糖不使用っていうのが出てたの。私本当にこれを待ち望んでたんですよ。
私基本的に普段の生活で牛乳飲まないようにしてて、 まあなんですかね、牛乳って別に飲まなくていいみたいなのを聞いたことがあったのと、
あと日本人のなんか大半が乳糖不耐症ですみたいなのを聞いて、なんかあんまもう飲まなくしてるんですけど牛乳を。
だからそういうミルク割りみたいな、なんか酒みたいな言い方しちゃった。ミルク割りみたいなのあるじゃん。カフェラテみたいなのとかは基本全部植物性のもので選んでるんですね。
だから豆乳変更できたりする店行ったら絶対豆乳のソイラテにしたりとかするんだけど、
で私このカミパックの豆乳飲料好きなんだけど、あのバナナ味が大好きなんだけど、砂糖が入ってるんだよね全部。
で私砂糖が入ってる飲み物も基本飲まないようにしてるんですね。だから紅茶とかもすごい好きなんですけど、
あの豆乳の、同じ会社キッコーマンが出してる豆乳の紅茶味もすごい好きなんだけど、砂糖入ってんのかなと思って。
小さい時は飲んでたけどもう飲むのやめちゃったんですよね。っていうところにこの砂糖不使用の紅茶が現れたんで、買うしかないってなって買ったんですけど。
で今日ね、その隣でコーヒー、その無糖の豆乳入りコーヒーが売ってんのも見かけて、買っちゃったよね。
だからすごい嬉しい。飲めるものが増えて嬉しいなと思いました。っていう感じです。なんか何の話?みたいな感じなんですけど。
あ、でもね、牛乳は飲まないんだけどヨーグルトとかチーズは食べますね。
なんか発酵してる乳はオッケーみたいな謎の線引きがある。自分の中に。
なんか食事ってだいたいそんな感じじゃない?なんか自分の中の線引きに従って食べてるよね。
まあ最近はそうですね、本もまあ読んでる、じゃあ読んでるんだけど、あの久しぶりにジェーン・オースティンを何作か読んで、
まあ何作かっつって2作なんですけど、あれね、高慢と偏見とさ、あとエマを読んだの。
で両方とも上下感なんですよ。だから正味4冊読んでるんだけど、作品数としては2つなわけよ。
で両方読んで、まあやっぱ面白いんだけど、でオースティンって他4作ぐらい多分書いてるんですけど、
私正直その2つしか読んだことないんだけど、今のところやっぱ高慢と偏見の方が面白いですね。
うん、あれは好きやん。なんで、なんでだろうなぁと思うんだけど、やっぱ割と全員キャラが好きなのかも。好きなキャラが多いのかもしれないんだけど。
いやでもオースティンのすごいところって、まああれだいたいいつぐらいの話なのかな。
江戸時代末期とかなんじゃないかと思うんですけど、日本で言うと、映像化とかもよくされるんだけどオースティンって。
もう時代劇の範疇なんですけど、でまあ何がすごいって、その普遍性がやっぱすごくて、
まあオースティンってすべて例外なく結婚話しか書かない作家だったんですけど、で全部ハッピーエンドらしいんですね。聞くところによると。
確かに今とこコーマント偏見もエマもハッピーエンドで、まあ終わっていく話なんですけど、
まあだから言ってしまえば幸せな結婚話を書いた作家っていう感じなのよ。
うーんまあそれをその、なんていうのかな。
例えば、ハーレクイーン小説って呼ばれるジャンルがさ、まああるんだけど。
まあそれもそうですね。いわゆる海外のあの情報コンっていうのかな。
その上に、あの方角の方で情報、で情報コンっていう言葉が、まあわかんないけど俗語かも。
まあいわゆるその情報コンを書いた海外の文学作品をハーレクイーン小説って呼ぶんですけど、
なんか多分それの多分元祖みたいなところもあるんだけど、
なんだろう、まあ私が最近触れたやつで言うと、そのあれですね、ムコダクニコ感もあるんだよね。
まあホームドラマ的な、その家族の言い合いとか、なんかちょっとこう微妙な関係性の、
なんかこうすれ違いとかちょっと歪みみたいなものとかも入ってくるっていうところですごい深みがある作品世界だなと思いながら読んでいるんですけど、
だから今回のそのエマ読んだんでその話すると、なんか言ってしまえばもうあれ毒親の話なんですよね。
まあその主人公がタイトルの通りエマなんで、エマっていう若い女の子が一人いて、
で当時のイギリスってもう女の人は結婚しなければ、あの人生どうなるかわからんぐらいの感じの世界なので、
結婚で人生決まるみたいな、誰と結婚するかが本当マジで大事みたいな世界なんですけど、
その中でエマは作品の冒頭から一貫してずっと私は絶対に結婚はしないって言っている子なんですよ。
だけど本人の設定はその王子主の娘、で村一番のお金持ちの家の子ですごい美人で、
まあ頭もある程度切れるみたいな、割と完璧な主人公みたいなあの子として出てくるんだけど私は結婚はしない。
で人の縁結びをするのが趣味っていう、なんかちょっとねじれたところもあるヒロインなんですよね。
でよくよく読んでいくと、そのエマっていうのは上にお姉ちゃんがいるんですね。
だけどこのお姉ちゃんはその物語冒頭の時点で既に嫁いでしまっていて、でお母さんは早くいなくなっているんですよね。
でその母親代わりというか、そのエマをずっと近くで見てきた家庭教師の女性がいるんですけど、
まあその人が物語の冒頭であの嫁いで行ったばっかりみたいな感じなんですね。
でじゃあエマは誰と暮らしているの?ってなるんですけど、お父さんと二人暮らしなんですね。
でこのお父さんっていうのがちょっと病弱というか、なんか神経質な人で、なんか健康オタクみたいな感じなの。
だからうるさいんですね、いちいち。
そのエマになんか早く帰ってこないと、なんか寒くなっちゃうから外が、風邪ひいちゃうから早く帰っておいでみたいなことを言ったりとか、
あとなんか結婚なんてかわいそうみたいな、なんかこの家から出ていかなきゃいけないなんて本当にかわいそうみたいなことをずっと言ってる父親なんですね。
どこやじゃないですか、明らかに。
でエマは一切その父親が嫌だとか、父親こんな親捨ててもうとついで行ってしまいたいみたいなこと言わないで、
でその後半になってやっとその、私はこのお父さんを一人にして結婚することなんかできないみたいなことをなんか言い始めるの。
でその時に、あ、独親の話だみたいになって、すごい今っぽいなぁと思ったんですよね。
でも結局でもハッピーエンドで終わるので小説は。
まあそのエマが誰かと結婚して終わるっていう感じではあるんですけど、
そう、だからそういうのとかでもすごくなんか現代的にも読めて面白いですよね。
まあ特にその高慢多偏見なんかは、グリッドジョンズの日記ってちょっと古めのね、2000年代初頭ぐらいの映画があって、
有名だからタイトルぐらいみんな聞いたことあるんじゃないかなって思うんだけど、
まああれの原案みたいな感じなんだよね。
で高慢多偏見って結構その人間関係が割と入り組んでるから、
もちろん全部を丸ごとっていうのではなくて、中心となる三角関係みたいなところがあるんですけど、
そこを映画にしてるのね。
で、ただ私そのグリッドジョンズ日記を見行ったんですよ。
実はその高慢多偏見ってドラマ版があるの、90年代にイギリスで放送したやつが。
でそれのメインの主人公角の男の人か、男の人の役がコリーンファースがやってて、
で私コリーンファースがすごい好きなんですよ。
10年くらい前の映画でキングスマンがあるんだけどさ、
キングスマンが大好きなんで私。
であれのなんか主人公の先生役で出てくるんだけど、
まあ先生役って言ってもあれでしょ、
スパイ映画だからなんつーの、師匠みたいな感じの役で出てくるんだけど、それがすごい好きで。
なんだけどまだその高慢多偏見は見てなかったのね。
で最近それを見てしたらなんかグリッドジョンズ日記にも同じ名前のダーシーって言うんですけど、
その男の人の名前がね。
ダーシーっていう名前の男性がグリッドジョンズ日記にも出てくるの、登場人物として。
でその両方のダーシー役をコリーンファースがやってるんですよ。
その高慢多偏見の方のダーシーともう一人なんかイロ男みたいなのがいて、
と、あとその主人公のエリザベスっていう女の子がいるんだけど、
その3人の参画環境そのまま現代に移したのがグリッドジョンズ日記なんですけど、
ただねその高慢多偏見の方のエリザベスってすごい頭がキレて、
でユーモアもあって、なんかすごい魅力的な女の人なんですよ。
ある程度顔も可愛いみたいな感じで設定としてあるんですけど、
まあちなみに言うとその別に私がそのエリザベスの顔が可愛いかどうかは正直どうでもいいんだけど、
まあその物語上結構ルッキズムなんで。
まあその結婚が最重要みたいな価値観のやっぱ世界観だからすごいのあのルッキズムが。
だからそのエリザベスが結婚に魅力的な女性だっていうことを言うときには絶対にその容姿の話も入ってくるみたいなことなんですけど、
まあそのエリザベスはそのまあじゃあ容姿を抜いてもまあまあ魅力的な人なんですよ。
なんだけどさ、ブリジット・ジョンズの日記ってみんななんとなく知ってるかもしれないけど、
その主人公のブリジットがさ、なんか信じらんないぐらい地堕落なんですよ。
そこが本当に面白くて、今やっぱ一瞬回ってもうやらなくなっちゃったんだろうなあいうのって思うんだけど、
なんていうのかな、なんかもう清々しいまでの地堕落なんですよね。
まあもちろんその奥にはなんかこうやっぱ欠乏感とかそういうのもあるんだけど、
なんかそこは一旦置いといて、ものすごいなんかそれが突き抜けてるみたいなのがやっぱ面白いんだよね。
なんか今だと多分その裏の事情みたいなところを描かなきゃダメみたいなのがなんかある気がするんですよ。
例えばそのHSPなんですとか、なんかもともと適応症がやっちゃってとか、
鬱病でとかなんか苦しくてみたいなところが割と前傾化してくる気がするんですけど、
ブリジットジョンズに行っても、エンタメっていうのももちろんあるけど、本当にただの地堕落なんですよね。
で、あとドジ。だから発達障害とかでもなく本当ただのドジとして描かれるので、
だから別にそれを否定をしないっていうかなんていうのかな、なんかその人はその人なりに楽しく生きてるんですよ別に。
そのブリジットジョンズなりに楽しく生きてて、なんだけどそのドタバタ劇みたいなのがあって、
そこがすごく今、なんかあんまり最近ないタイプの作品だなぁと思って。
しかもなんかさらにそのめちゃくちゃなのが、ダーシーってそのブリジットの方は弁護士の役なのかな?
だから結構ちゃんとした人の役なんだよね。
で、そのちゃんとした役の人が特にそのブリジットのどこにいつ惚れたのかがよくわからないんだけど、
とにかくなんか2人きりになったタイミングで、なんか信じられないと思うけど、
君のことが好きなんだみたいなことをいきなり告白してくるみたいなのとかも面白いよね。
なんか背景わかんなすぎて、好きだとしても続かなそうだけど大丈夫そうみたいなのはなんか思ったんだけど、
そういうのがね、あの非常に面白かったですね。
私もそんなにラブコメって進んでみるジャンルじゃないんで、まあなんともっていう感じなんですけど、
あとなんだろうな、最近は、私その両極を摂取したくなっちゃうんですけど、
なんかいわゆるフェミニズム的な文脈の情報とかポッドキャストとかも大好きなんだけど、
なんかね、あの婚活の動画とか見るのも好きなんで結構。
まあ婚活の動画ってなんやって話なんですけど、例えばこう結婚相談所のなんかなんていうの、あれコーチじゃなくて、
絶対にコーチじゃないよね、あれ何なんて言うんだろう。指導者でもそういうコーチだわ。
まあそうコーチみたいな人がいるじゃん。もう諦めた。
肩書きがわかんない、コーチじゃないのあれ。
まあいるじゃないですか、なんかそのやり手のそのコーチみたいな人の動画見るのが好きなんですけど、
そういう条件は提示すんのやめろみたいなことを言ってる動画とか大好きで見てるんだけど、
ちなみに私は婚活する予定はないんですけど、そう見てて、学歴とかちゃんと言っていくのがすごいなって。
正直でもさ、学歴とか本当にわかんないんだよね。
私さ、学歴はなんか結構女性にも学歴求める男性とかいるみたいなの。
私学歴、まあ大学卒ではあるけど、はっきり言ってそこでこのぐらいの学歴の人がいいですって言われることを想定して学校を選んでないから、
まあ別に日絵なんですけど、みたいな感じにはなっちゃうから、
マーチ以上とかっていう提示された瞬間に私はもういなくなるんですけど、
なんかどういう感じなのみたいな。
私正直その、自分の周りの友達とか話してて、
なんかその婚活でその登場するさ、男性や女性のなんか語り口みたいなの見てて、
なんか全然こういう人って私の周りにいないなーとも思うというか、
まあ極端な例を多分動画で扱ってるからっていうのもあると思うんですけど、
なんかそういう物言いをする人が周りにいないなーみたいなのを結構思うっていうか、
まあだからもうはっきり言ってしまうと、なんか私の周りにいる人たちまともだなーみたいなのをなんか思ったりしたのね。
だからあれ不思議なんだよね。あれどこにああいう人がいるんだろうみたいなのがすごい不思議なんだけど。
でもやっぱ婚活ってね、どうしてもその男女の役割みたいなのを固定化させてやっぱり進めていくものっていうか、
まあ完璧にその流れというか、なんかもっと儀礼的な世界だから、
ジェンダーロールか、ジェンダーロールのなんか固定化みたいなのはもちろんあるなーっていうのは見てて思うんだけど、
私は結構、恋愛関係っていうのがあったとして、それだけを特化して見るというのはあんまり個人的には馴染めない考え方なんですよね。
なんか数ある人間関係の一個じゃないって思ってて、だからそういう目線で見た時に、さっきの高満多偏見とかってすごく面白いんですけど、
人間同士の関係の話をしてるだけなのに、恋愛関係になった瞬間に全てのルールが一層されるのはなんでって思うんですけど、
別に礎としてその上に何か立てていけばいいじゃないですかみたいなビルみたいな感じで思うんですけどね。
だから何かおごるおごんないとかの話になると、正直その恋愛関係は男女に限った場合ってさ、
なんかもうある程度儀礼的でもあるじゃないですか。
だからその儀礼に一回従ってみればっていうのが私のおかけの考え方なんだけど、
なんかそこに逆らうメリットがない気がするんだよね。
だから私も別に、なんでこいつ払わないの?みたいなこと絶対思わないけど、一回やっとけばとは思うんだよね。
別にまあそれはあなたに任せるけどもみたいな。
逆に言えば私も出しますよって例えば男の人と一緒にご飯行って言われた時に、
え、いやいや絶対割り勘でみたいなことは言わないんですよ。
そういう儀礼の中で遊ぶんですねみたいな、そういうルールのゲームですよねみたいな。
それを共有している相手なのかなってなるから、ありがとうございますみたいな感じで心よく受け取るみたいな対応にするんですけど、
そこまでガタガタ言うことなんかみたいなのは思うんだけど、
逆に言えばそういうのを曖昧にしてある関係とかの方がきついよね。
私は割とルールで縛れるところは全部縛っちゃいたい方なんですよね。
読書会とかの運営でも結構考えたのがどこまでルールで縛るのかっていうのをすごい私考えて、
結構なところまで私縛っちゃってる方だと自分では思ってるんですよね。
あんま自由度がない運営になってるから、私もそのルールが決まってないとやりづらいんですよね正直。
やる側としても曖昧なところが残ってるとすごいいちいち考えなきゃいけないのでそれがやっぱ大変だし、
私もあんまりそういうの得意じゃないから正直。
ルールを決めてその通りに運営していくみたいな方が得意だから、どうしてもそういうやり方になるんですけど、
ルールは決めといてあげた方がお互いいいんだよねって思うけど、
でもたまに思うのが、ルール決めの会話すら野暮であるみたいな扱いを受けるのがやっぱ現代の恋愛関係の傷つきにくさ、
最初のところでつまづくみたいなのとしてはありそうだなって勝手に思ってて、
高満と偏見とかそういうそれこそオースティンの世界だと上流階級の話なんだよあれって。
すべてのマナーというか儀礼的な決まりみたいなのがもうガチガチにあるから、
そこから逸脱した人間は村八部だし、
そこでそのルール守ってさえいれば人間として扱ってもらえるみたいな世界なんで、
わかりやすいっちゃわかりやすいんですよね。
ただそこからなんか逸脱して生きていきたいみたいな人はきついんですけど、
まあ進めやすいんだろうなーっていうのはなんかまあ読んでて思いましたかね。
なんか微妙にもうちょっとなんか話そうかな。
あ、最近村上春樹さん読んでて、
私村上春樹さんの作品長編だと何作か読んだことあるんだけど、
ほぼ記憶から消えてて、
なんか読んだっていうかその意識がある状態で読んだのが、
神の子供たちはみんな踊るね。
神の子供たちはみんな踊ると、
女のいない男たちと、
今ハードボイドワンダーランド読んでるんだけど、
なんか村上春樹さんの比喩ってなんでいいんだろうっていうのをずっと考えてたの。
なんか私基本的にその比喩というか直言に関しては、
あの疲れるタイプなんですよ。
読んでてあーみたいなうんざりしてきちゃうタイプなんですね。
多すぎると。
で、ただ村上春樹さんの文章に出てくる比喩って全然疲れないなーと思ってて、
でこれなんでなのかなーっていうのを結構ずっと考えてたのね。
で今のところの回答というか、
なんか思ったのが、
まあ村上春樹さんの作品ってすごいメッセージっていうとあれなのかな。
なんかその作品世界で言おうとしてる、
なんかなんだろう、構造なのか現象なのかがある気がしていて、
でそれを表現するのに小説っていう媒体を使っていますみたいな感じがあるのよね。
だからその世界というか、なんか村上春樹さんが構築したなんかこう、
もの?構築物。
の一部にちゃんと比喩がなってるからっていうことなんじゃないかなと思ってて、
なんか大体のというかよく見るのは、
なんかもう全ての比喩に脈絡がないみたいなのをすごい見るんですよね。
なんか一個一個置いてるだけみたいな、石をみたいな。
なんかそんなに石ころをいっぱい置かれても歩きづらいだけなんですけどみたいな感じというか、
関連性がないんですよ。その比喩同士にも関連性がないし、
なんか比喩とその物語の骨子の部分にもあまり関連がなくて、
とにかくただ描写として比喩を使いましたみたいな場合は結構なんか、
それを繰り返されると疲れるんですよ。
まあ一個二個だったら全然あの、いいんですよどうでもいいんですけど、
なんかもう本当比喩がなんか持ちネタみたいな、
比喩が俺の持ち味みたいな感じで出されると、
なんかもう、ああわかりましたみたいになっちゃうんですけど、
村上春樹さんの場合はあれなんですよね。
なんかもう比喩のそのチョイス自体が、
全部その物語の画の部分にも触れながら、
他の比喩とかともなんとなく関連性があるようになってるような気がしてて、
これがやっぱすごいだと思うんですよね。
なんかこの差なんじゃないって思う。
だから村上さん的には比喩だったかもしれないけど、別に比喩じゃなくても、
おそらくすごく的確にそういう世界のことを描ける作家なんですよね、まず。
で、結果としてその比喩が表現方法として選ばれてるだけで、
別に比喩を描きたい人じゃないと思うんですよね。
っていうのをなんか最近、私は思ったっていう話なんですけど。
そう、で村上さん割となんか食わず嫌いだったのね、私。
なんかっていうのは多分学生の時に、まあほぼ記憶ないんですけど、
ノルウェーの森かなんかを、なんか授業でちょっと取り上げられたかなんかで、
読んでみようって言って上下巻ちゃんと読んだんだけど、
なんか、え、なんかずっと、なんか性行為のこと言ってない?みたいな。
それはないんですけど、なんかその印象ばっかり残っちゃって、
え、なんなんだろう?みたいな。
何を読まされてるんだろう?みたいな気持ちになっちゃって、もう無理かもしれないってなって、
実際もう記憶にも残ってないぐらいの感じ。
だから普通に読む時期が悪かったのかもしれないんですけど、
でもなんか読み直してみると、
そのハードワイルドの方に関しては、なんか割と世界系の走りみたいな。
え、でもあの時代ってもう世界系ってあったのかな?
わかんないけど、なんか今上巻しか読んでないんでなんとも言えないんだけどさ、
世界系っぽいんだよね。