おたよりをいただきました✉️
ありがとうございます🙇
■内容
「人の声で相手の印象が決まるところはどの程度ありますか?」
「文学において、語りや登場人物たちの声を意識されたりしますか?」
■概要
お便りフォーム、実はあります / コーナー用意した方がいいのか / ギャップ / 理論上は全世界配信 / 異常者 / 声そのものより話し方かも / 活字で入ってくる / 語り・口調・リズムを重視する / 太宰治の語り / 『女生徒』と女性独白体 / ファンの日記/ 角川文庫版『女生徒』が好き /『津軽』の長台詞 / バカ長いカギカッコ / 周囲の反応 / 場面が立ち上がる / 小川洋子さんの話し方 / 女性作家の柔らかさと棘 / 石垣りんさんのエッセイ / 優しいけど絶対に譲らない / 文体からにじみ出る矜持 / 大学の授業 / 匿名合評でも誰が書いたかわかる / 語り口には個性が出る / 文章の方が人がわかるかも / 解釈でしかない / お便りって送りづらいのでは / テーマフリーのハードル / お便りしないタイプ
■補足のおたよりをいただいたので追記します(一部抜粋)
前回は声についてお訊きしましたが、自分の説明不足があったような気がして、ちょっとだけ補足説明させてください。
英語圏(というかヨーロッパ圏?)では文章のvoiceが重要とされていて、日本語ではそれを声とか文体と訳すのですが、概念としては少し違うのかもしれません。
おそらくそれはもともと、文芸作品が音読されることを前提に書かれていたからなのかな?
たとえばシェイクスピアの戯曲を英語で読むとそれだけですごく愉しいです。
あとは『ボヴァリー夫人』などを書いたフローベールなんかは、散歩中に何百回と自分の原稿を声に出して確認していたみたいです。
個人的には太宰治や村上春樹、川上未映子がそのタイプに近いような気がしています。
彼らの文章を音読すると、文学というものの奥の深さというか可能性の広さを感じさせてくれます。
それはただの文字の羅列や情報のかたまりではなく、そこから立体的に立ち上がってくる景色やにおい、手触り、たましいの震えなどです。
あと、作者の声とその作品から受ける印象は違うかもとおっしゃっていましたが、それはほんとうにその通りです。
おもしろいですよね、ドストエフスキーは無数の声を持っていたと言われています。
そして最後に、僕が文章から漂ってくる「声」というものに興味というか確信を持ったのは、村上春樹さんの声をラジオで初めて聴いたときです。
僕は感動で泣いてしまいましたけど、それは彼の声に懐かしさというか、古い友人の肉声みたいなものを感じたからでした。
この声知ってる!と
すべてただの思い込みかもしれません。
でも僕はそんなふうに強く思い込ませてくれる本が大好きです。
文学的な正しさや社会的な立場の表明よりも、技巧的なうまさやプロット/構造の出来よりも、
そうした物語から受ける「正直さ」や作家の姿勢が、僕にとっては一番信頼に値します。
*文章の正直さについてはサリンジャーが面白いことを言っているので、ぜひ調べてみてください。
長くなってしまい申し訳ありません。
適当に省略していただいて結構です。
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