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043「語りや登場人物たちの声を意識しますか?」
2026-02-26 17:46

043「語りや登場人物たちの声を意識しますか?」

おたよりをいただきました✉️

ありがとうございます🙇


■内容

「人の声で相手の印象が決まるところはどの程度ありますか?」

「文学において、語りや登場人物たちの声を意識されたりしますか?」


■概要

お便りフォーム、実はあります / コーナー用意した方がいいのか / ギャップ / 理論上は全世界配信 / 異常者 / 声そのものより話し方かも / 活字で入ってくる / 語り・口調・リズムを重視する / 太宰治の語り / 『女生徒』と女性独白体 / ファンの日記/ 角川文庫版『女生徒』が好き /『津軽』の長台詞 / バカ長いカギカッコ / 周囲の反応 / 場面が立ち上がる / 小川洋子さんの話し方 / 女性作家の柔らかさと棘 / 石垣りんさんのエッセイ / 優しいけど絶対に譲らない / 文体からにじみ出る矜持 / 大学の授業 / 匿名合評でも誰が書いたかわかる / 語り口には個性が出る / 文章の方が人がわかるかも / 解釈でしかない / お便りって送りづらいのでは / テーマフリーのハードル / お便りしないタイプ


■補足のおたよりをいただいたので追記します(一部抜粋)

前回は声についてお訊きしましたが、自分の説明不足があったような気がして、ちょっとだけ補足説明させてください。

英語圏(というかヨーロッパ圏?)では文章のvoiceが重要とされていて、日本語ではそれを声とか文体と訳すのですが、概念としては少し違うのかもしれません。

おそらくそれはもともと、文芸作品が音読されることを前提に書かれていたからなのかな?


たとえばシェイクスピアの戯曲を英語で読むとそれだけですごく愉しいです。

あとは『ボヴァリー夫人』などを書いたフローベールなんかは、散歩中に何百回と自分の原稿を声に出して確認していたみたいです。


個人的には太宰治や村上春樹、川上未映子がそのタイプに近いような気がしています。

彼らの文章を音読すると、文学というものの奥の深さというか可能性の広さを感じさせてくれます。

それはただの文字の羅列や情報のかたまりではなく、そこから立体的に立ち上がってくる景色やにおい、手触り、たましいの震えなどです。


あと、作者の声とその作品から受ける印象は違うかもとおっしゃっていましたが、それはほんとうにその通りです。

おもしろいですよね、ドストエフスキーは無数の声を持っていたと言われています。


そして最後に、僕が文章から漂ってくる「声」というものに興味というか確信を持ったのは、村上春樹さんの声をラジオで初めて聴いたときです。

僕は感動で泣いてしまいましたけど、それは彼の声に懐かしさというか、古い友人の肉声みたいなものを感じたからでした。

この声知ってる!と


すべてただの思い込みかもしれません。

でも僕はそんなふうに強く思い込ませてくれる本が大好きです。

文学的な正しさや社会的な立場の表明よりも、技巧的なうまさやプロット/構造の出来よりも、

そうした物語から受ける「正直さ」や作家の姿勢が、僕にとっては一番信頼に値します。


*文章の正直さについてはサリンジャーが面白いことを言っているので、ぜひ調べてみてください。


長くなってしまい申し訳ありません。

適当に省略していただいて結構です。


————


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感想

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00:04
こんにちは、パーラーかぜまちへようこそということで、小説書きの風待葵です。
はい、えーっとね、今日はお便りが来ましたので、そちらに回答しようかなというところです。
まあこのポッドキャストね、一応お便りフォームあるんですけど、
多分その私の、私の話的にあんまりそのお便りを必要としなさそうみたいなのがあるのかもしれなくて、あんまり届かないんですけど、
あれかな、なんか普通にコーナーとか用意した方がいいのかな、みたいなのを考えてたところだったんで、
まあちょっとお便りに関してうんって思ったところだったんで、ちょうどね、あの届いて、個人的にタイムエリーだったなっていうところですね。
はい、ということで読みます。えーっと、お名前、引越太郎さん。ありがとうございます。
えー、内容じゃあ読みますね。
風待さん、こんばんは。何度か読書館に参加させてもらったもんです。
えーっと、ポッドキャストやってることを知り、勝手に歓喜しております。
僕はあなたの声がとても好きです。
そんなこと急に言われて戸惑うかもしれないですが、僕は現実で会う人間に対しても、文学で触れる物語に対しても、声を一番大切にしています。
変な話なんですが、その声で僕はその人がその物語が正直かどうかなんとなくわかるんです。
この感覚は理屈では説明できません。おそらく直感みたいなものなんでしょう。
風待さんは人の声で相手の印象が決まるところはどの程度ありますか?
また、文学において語りや登場人物たちの声を意識されたりしますか?
これまでの配信で言及されていて質問が重複していたら申し訳ありませんが、今一度お聞かせ願えたらハッピーです。
ということで、引越太郎さん、ありがとうございます。
読書会に来られたということで本当にありがとうございます。
ポッドキャストの位置づけ的に、読書会の参加者の方が聞いた時にギャップがあると思うので、そこだけ本当にごめんねという感じなんですけど、
ポッドキャストはプロフィールとかにもあんまりリンクを載せないようにしていて、
割とポッドキャストの方が巣に近いというか、あんまり気を使ってないんですよね。
なんかすごい矛盾みたいな感じですけど、ポッドキャスト一応全世界に理論上配信されてるんですけど、
私本当に閉鎖的な空間でやってるみたいな感覚なんで、割と字が出ちゃってると思うんですけど、
そこだけ本当にごめんねっていう感じですね。
私読書会だともうちょっと柔らかい雰囲気でやってるんですよ、一応。
勝手に喚起ということで、なんかポッドキャストのことってあれなのかな?
もうちょっと言ってった方が実は良かったりするんですかね。
私結構友達が少ないし、友達でポッドキャストやってる人とかいないんですよ。
私、いかに自分が異常者かっていうことを今言ってる感じになってるんですけども、
03:02
声が好きっていうことで、めちゃめちゃ素直な方なのかな?
文章上手いっていうか、すごいまとまって丁寧に書いていただいてるんですけど、
すごい素直な方なのかなっていうのを思いました。
ご質問が、声で相手の印象が決まるところがあるかどうかっていうところと、
文学作品で語りや登場人物たちの声を意識するかどうかっていうところで2点いただいてますね。
多分配信で言及したことはないと思います。
声の話は単体でした覚えがあるけど、ちょっと記憶がないですね。
何か多分言ったことはあると思うけど、
意外と自分の話したことって忘れちゃうし、人間って変化していくんで、
今の私と考えてることが違うかもしれないんですけど、
そうだな、声か、声で印象が決まるっていうことね。
私はあんまり考えたことがないですね。
引越太郎さんの場合は結構確信がありますよね。
声で大体どういう人かわかるみたいな、第6感みたいなのがあるっていうことだから、
私はそこまで確信めいたものはないですね。
だから声というよりかは話し方とかかなと思いますね。
文学の場合って、物理的にっていうか、普通に目で読むものですし、
そもそも印刷物、電子書籍とかもあるけれども基本活字で、
目から入ってくる情報なので、
そもそも音声としては聞こえないわけじゃないですか。
っていうのがあるので、私も読むときにいちいち音声に変換してるってことはまずなくて、
どっちかっていうとその話し方とか、なんかリズムみたいなところが、
結構どっちかっていうと重視してると思います。
語りですかね、声そのものというよりかは語り、口調とかそっちの方が
自分の中ではウェイトが大きいかなっていうふうに思いましたね。
それで言うとなんだろうな、語りですよね。
私ダザイオさんの語りがすごい好きなんだよね。
それこそ読書会で取り上げたことがあるもので、
女性とっていう小説、短編があるんですけど、
私そのダザイの女性とが大好きで、
それは女性独白体っていう、ダザイがすごく得意としていた文体で書かれたものなんですけど、
私はその女性との語りが非常に好きなんですよね。
独白体って言ってるぐらいなんで、基本全部女の子はずっと喋ってるみたいな口調で書かれてるんですけど、
06:01
今読んでもみずみずしいし、
あれを書いた時のダザイオさんが30ぐらいだったのかな?
男性でみたいな感じで、
ファンの女子大生、今で言うと女子大生ぐらいなのかな?
が送ってきた日記を8割ぐらいだからパクってるみたいな言われ方をすることもあるんだけど、
日記確かに素材ではあるんだけども、
文学作品というか一種の芸術にするっていうのは一定技術はいると思うのと、
ダザイの場合は女性とだけじゃなくて、
結構作品群って言えるぐらい女性独白体の作品が多いんですよ。
私好きな女性との作品集で、角川文庫版の女性とが好きなんですけど、
それは8、9編ぐらい全部女性独白体の作品だけを集めた、
短編集になってるんですよね。
角川はそういう組み合わせで本を出してるんですけど、
私その小説集が好きで、
ダザイが書く女性の語りって本物感がすごいんだよね。
本当に女の人が書いたみたいなところで、
男性作家でそういう語りを書ける人って、
勉強不足であんまりわかんないですね。
もう一個ダザイの話をすると、
津軽っていう小説があって、これも私大好きで読書会でやったことあるんですけど、
津軽は私好きな場面があって、
どういう小説かっていうと、
ダザイオ様って津軽の人なんですよ。
青森の人で。
実家に感動されちゃってるんですね。
自殺未遂したりとか、それも女性を殺し合ったのかな、
女性死なせちゃうみたいな真珠事件とか起こしたりしてたんで、
実家が名家なんですよ。
青森の名家なんで、
お前もあかんみたいな感じで感動されちゃって、
久しぶりに故郷に帰りますっていうのを小説に仕立てたものが津軽っていう作品で、
10年ぶりぐらいに帰りますみたいな話だと思うんだけど、
知らない人の友達の友達の家みたいなとこに、
ダザイが招かれて行くんですけど、
お家の人、旦那さんが、
ダザイが来たことに大喜びしちゃって、
奥さんにいろいろ用事を言い付けるみたいな場面があるんですよ。
そこが長ゼリフなんですよね。
すごい鍵かっこが終わらないんですよね。
文庫本で多分1,2,3ページぐらいかけて、
ずっとあれやれこれやれみたいなのをただ言ってるだけっていう、
09:02
バカ長い鍵かっこみたいなところがあるんですけど、
そこが本当に私読んですごいなって思ったのが、
書いてあることとしては本当にその一人喋りなんですよね。
その人だけの語りをずっとパーって書いてるんですけど、
合間合間に言われてる側とか周りにいる人たちの反応みたいなのが、
見えてくるような気がするんですよね。
あれやれこれやれって言って、周りの人がちょっとなんだろうこの人みたいな、
呆れてるとか、あと奥さんが、
また始まったよみたいな感じになってる様子みたいなのがなんとなく目に浮かぶ感じがして、
そこがやっぱり非常にいいんですよね。
だからすごく語りとか声みたいなところで言うと、
非常に文学作品の中では好きな部類のものですね。
あとなんだろうな、声みたいなところで言うと、
作家ってあんまり、今はそんなこともないけど、
メディアに出て何か喋ったりとかしてるところを、
そんなに他の職種に比べたらあんまり見ないかなと思うんですよ。
一貫して小川陽子さんが100分で名著のアンネフランクか、
アンネの日記の回に出てた時に、
小川さんが先生役だったんですよ。
100分で名著って毎回一冊につき一人の先生を呼んで、
一人一人学者の時もあるし、小川陽子さんみたいな作家の時もあるんですけど、
一人招いて名著を解説してもらうみたいな番組なんですけど、
それでアンネフランクの時は小川陽子さんだったんですよ。
小川さんの小説、私当時何作か読んでたんですけど、
実際その声というか話してるところを見るのが初めてで、
その時にすごい柔らかく話される方なんだなっていうふうに思ったっていうところで、
すごい小川陽子さんの話し方って印象に残ってますね。
私は正直小川さんの作品というか、
読んでてそんなに柔らかさってあんまり感じないんですよね。
小川陽子さん確かに一見優しかったり柔らかかったりするんだけど、
芯の方に行くと結構ビリッとするというか感電するみたいなのがある気がして、
女性作家ってそういうこと多いのかな。
表面上結構柔らかくて優しそうなんだけど、
ちょっと奥の方に行こうとすると棘とかそういうの感じるんですけど、
小川さんって本当に話し方とか柔らかいしっていうところですごく印象に残ってるかな。
あとそうですね、語り口とかそういうところで言うと、
12:01
近い話とか近いところだと石垣凛さんって詩人がいて、
もう亡くなっちゃったんだけど、石垣凛さんっていう詩人のエッセイかな。
私エッセイあんまり読まないし、割と苦手なんですけどエッセイって。
石垣凛さんのエッセイすごく好きで、
最近ちくま文庫で復刊されたと思うんですよね。
私が石垣凛さんのエッセイもっと読みたいなって思った時は、
絶版になってて図書館で借りるしかなかったんですけど、
最近ちくま文庫で復刊されてたんで、
多分本屋さんにもあるんじゃないかしらと思うので、
よかったら見てみてほしいんですけど、石垣凛さんの内容っていうよりかは、
なんか姿勢みたいなものですよね。
その語りとか、
なんだろうね、そういうものの向こう側にある、
透けて見えるものっていうのがすごくね、
印象的でしたね、石垣凛さんはね。
それこそ、小川横さんともちょっと共通するんですけど、
優しい感じなんですよ。柔らかい感じっていうか、
表面上すごい柔らかいし、優しい感じだし、
なんだけど、絶対に私はここを譲らないっていう、
もう明確に見えるんですよ。文章を読んでて明確にそれが見えて、
私はそれでウォーってなるんですけど、
具体的にあんまり引用とかちょっと今ごめん、
手元に何もない状態で喋り始めちゃったからあれなんですけど、
そういうのを感じるんだよね。だから、
別に普段から、
私はこうであるみたいなことをこわだかに言うタイプの人では、
多分なかったんじゃないかなって思うんですけど、
いざちょっと、
石垣凛さんがすごい優しい感じというか、
優しく柔らかい佇まいでいるっていうところで、
ずけずけと、例えば土足で踏み込もうとした時の、
石垣凛さんのなんていうか、
毅然とした感じというのはあったんじゃないかなって気がするんだよね。
ここから先には絶対立ち入らせないぞみたいな意志をすごい感じて、
教授みたいなものを感じて、そういうのがすごく文体とか語り口から
にじみ出ているエッセイだなって思いながら読んだ記憶がありますね。
この引越太郎さんの感覚って面白いですよね。
声で人とか物語が正直かどうかわかるっていう、
ちょっと全然違う、ちょっと待って、一個思い出した話あるわ。
ちょっとごめん、全然ずれるかもしれないんですけど、
学校の、学校ってごめん、大学の授業で、
散々日芸なんですよとか言ってるからあれですけど、日芸なんですよ私は。
文芸学科っていうところにいたんですけど、
書かせる授業が多いんだよね。
取り方にもよるけど、書かせる授業が割とあって、
それで一個取ってた授業で、毎週英語用紙一枚に収まるぐらいの
15:03
小説を書いてきて、学評するっていう授業があったんですね。
一班7人ぐらいかな、6,7人でやるんだけど、
2週目から作品提出して学評みたいな感じだったんですよ。
その授業で初めて一緒になったっていうか、話したことない学生もいたんですね。
結構みんな明るくていい子たちだったので話しやすかったんですけど、
次の週作品出してきて、名前を付けて出しましょうかって言って、
学評が全部終わって、最後に誰が書いたかっていうのを発表し合いましょうっていうルールにしてて、
名前を出した状態で話すと、個人攻撃とかがないとは思うけど、
誰に言ってるかわかんない状態にした方がある程度、
発言のきつさみたいなものも優しめになるかなみたいな狙いも多分あって、
特命にしてたんですよね。
なんですけど、私結構作品を読んだ段階で誰が何書いたかって全部わかったんですよね。
だから語り口とかそういうのって結構本当に個性が出るっていうか、
その人の佇まいとか話し方とかに結構ありありと出てるんだろうなっていうのはその時に感じたことで、
私はその引っ越したろうさん的な感覚はないですけど、
そうね、だから文章を読んだ方がわかるかもしれないですね、私の場合もしかしたら。
わかるっていうか、解釈ですけど結局。
私はこの人のことをこう思うっていう解釈でしかないけど、
そういう風に思うかなっていうのはありますね。
大体こんな感じかな。
本当にお便りありがとうございます。
なんかなかなかそう、私もちょっと反省したんだけど、
お便り送りづらいんじゃないかなって思ったんだよね。
なんかさ、完全にテーマフリーというか何の縛りもない中でいきなりお便りするのって
結構ハードル高いんじゃないかなって、
1年ぐらい続けてきてやっと気づいたのね。
しかも私自身があんまりラジオとかポッドキャストとか聞いてるんですけど、
絶対お便りしないタイプの人間なんで、
そういう人がお便りしてくださいみたいなこと言うのもあれかなーとか思ってあんまり言ってこなかったんですけど、
ちょっと考えてみようかな。
こういうのあったら送るみたいな。
案があれば誰か教えてください。
っていう感じでね。
じゃあ今日はこの辺にしようかなと思います。
では聞いただきありがとうございました。
17:46

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