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014 信頼できる書き手でありたい
2025-02-11 16:16

014 信頼できる書き手でありたい

あまりまとまっていませんが、話してみました

 

■言及した作品

「ブレードランナー ファイナル・カット」

「ブレードランナー2049」

小川洋子『人質の朗読会』(中公文庫)


■概要

新文芸坐 / 二本立て / 腰は終わった / トイレの列 / というか、おじさん / 「わかって来てる?」 / 嘘みたいな格好 / ヴィルヌーヴ / 最後まで / 家事 / 前置き / 作家と作品 / 経過 / 態度 / 物語るということ / 人質は8人でした、間違えました / 呼びかけてくる / じゃない人 / 表現行為 / じゃなきゃダメ / シード権 / めくってみる / フィールド / いつ死ぬかわからない / 「置いていかないで」 / かなぐり捨てて / 若いときの自分


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5月の文フリに向けて執筆中です✏️


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感想

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00:03
こんにちは、パーラーかぜまち🍨へようこそ! ということで、小説書きの風待葵です。
はい、ちょっと相変わらず花粉症で鼻がイカれているんですけれど、 まぁちょっとこのまま話しますね。
この前ね、あの新聞ゲー座池袋の映画館ね、行って、 まぁそこ名画座なんで、結構古い映画がね、あのかかるんですけど、日曜日に
あのブレードランナーの2本盾をやってたんですよ。 私ブレードランナーがすごい好きだから、
そういう再上映しますとかいうお知らせが来ると、絶対に見つけたら絶対行くみたいな気持ちなんだけど、
で、本当は2本盾じゃなくてもよかったんですけど、その上映の日程が限られてたので、 2本とも見たかったんだけど、やっぱこの2本盾見ちゃうのが一番いいわってなって出かけたんですよ。
で、その2本盾は最後にトークショーがついてたんだけど、 私ちょっと時間的にトークショーは聞けなくて、映画2本分見て帰ったんですけど。
で、その最上映の企画が持ち上がった理由が多分、なんかね、モデルガンっていうのかな? 私ちょっとその辺詳しくないんだけどさ、
その劇中でさ、そのブレードランナーっていう職業の人が出てくるんだけどさ、てかそれが主人公なんだけど、
そのブレードランナーが使ってる拳銃があるんだけど、多分それのモデルガンが新しくなんかね、発売したよみたいなのを記念というかして、
あの企画が立ってて、でそれに関するトークショーだったっぽいんだけど、 私あのSF割と好きだと思うのよ、自分で。好きなんだけど、そういうガジェットとかは割と興味がなくて、
まあなんだ、その満席だったのよ。やっぱトークショー付きっていうのもあって、満席だったのね。
で、日本だてで見れる日がもうその日しかなかったから、私みたいに多分日曜日だし行っちゃうかみたいな人が多分多かったんだと思うんだけど、
で、満席の劇場でさ、見てさ、で、私日本だて初めて行ったんだけど、
で、腰は終わったんだけど、とりあえず腰が終わってしまったんだけれど、その上映自体は楽しくて、で、映画と映画の間にさ、30分くらい休憩あったのよ。
その、ブレードランナーと、えっと、2049の日本だてだったんで、間に休憩があって、
で、まあさすがにトイレに行きたいと思ってトイレに行ったんだけど、そしたら、なんか男女比の偏りがすごすぎて、
あの、私初めてその女子トイレの列より男子トイレの列が遥かに長いっていう状態を初めて目の当たりにしたんだけど、
で、だから女性が多分1割ぐらいしかいなくて、で、しかも男性も、なんか男性っていうか、おじさん以上みたいな感じだった。
まあ一作目が古い映画だから、やっぱりあれなのかな、年代的に上の人が多くなるのかなとは思ったんだけど、
03:04
だからすごい多分、間違えてないって思われた可能性があるなと思って、なんか、この子本当にわかってきてる?みたいなふうに思われてたかもしれんなとは思いつつ。
まあでも実際みんな多分本当にブレードランナーが好きな人たちだと思うから、誰が見てるかとかあんまり気にしてないとは思うよね。
でも私本当に思うときある。なんか自分のその服の好みと趣味、思考が合ってないなって思うときがすごいあって、
半端じゃない派手な服で、その文芸書のコーナーとかうろついてるのね。
まあほら文学がちょっと好きなもんで、ちょっとやっぱそのあたり見たいからさ、嘘みたいな格好でその文芸書のコーナーをうろついているから、
多分その周囲の人からしたら、いや何だろう、デザイン関係の方ここじゃないけどなみたいな思われてるかもしれんなって思うときはあるんだけど、
芸術の棚は向こうだよとかね、思われてるんじゃないかなって思うんだけど、まあ私はそのブレードランナーがね、結構大学くらいから好きなんだけど、
だから2049はね、2回ぐらい映画館に行きましたね。
いやーでもビルヌールの作品さ、尺長いの多くない?気のせい?なんかデューンとかも信じられないぐらい長かったよね。
私一作目しか見てないけど、そう。で、あとメッセージとかも撮ってるか。メッセージどんぐらいだったっけ?
なんか体感では2049より短かった気がするけど、でも普通に2時間半とか平気でなんかあるから尺が。
本当に暗いところに閉じ込められないとやっぱ最後まで見れないんだよね。
だから私ブレードランナー好きとか言いながらさ、見てないもん全然。好きだけど尺の長さがやっぱり家での鑑賞に向かなくて、
見てないもんね全然。やっぱり家で見ると火事とかをやってしまうんだよね。
2時間半とかあるとやっぱ何かしら気になっちゃうから、結構家のことをやりながら見たりとかしちゃうので、
やっぱ映画館で見るってね、旧作もやっぱ映画館で見るって素晴らしいなぁと思いましたね。
いやーちょっと好きなあまり前置きで喋ろうと思ったけどちょっと長くなっちゃった。
今日本題はね、作り手としての信頼感みたいな話をしたいんですけど、
その作家と作品って別だよねっていう話はまああるとは思うんですけど、
正直あんまり今生きてる人に対してそういうふうに思えないなっていうのが正直なところなんだよね。
例えばまあ何でもいいけど、ダザイン・オサムとかって死んでるけど、
当時はすごいやっぱ女をすごい外に作ってたりとかしてさ、
06:01
まあはっきり言ってその誠実かって言われたらちょっとわかんないじゃないですか。
で最後なんか自殺しちゃうしみたいな。
奥さんと子供を残して自殺しちゃう、女と死んじゃうみたいな。
まああれもそのダザインは本当は死にたくなかったみたいな、いろいろ説ありますけど、
そのダザインぐらいになっちゃうと作品もまあまあ読めるんですけど、私の感覚だとね。
まあでもそれでも嫌だって人がいるとも思うんですけど、
なんかああいう作家の本は読みたくないって思う人がいるのもわかるなという感じなんだけど、
まあ私はそのダザインぐらいの時が経過してしまってる感じだったら大丈夫なんだけど、
なんかその現代、もう実際同じ時代を生きてるってなった時に、
なんかその感覚でいられるかっていうのがちょっと自信がないみたいな話なんですけど、
その作家としての態度みたいなところがやっぱり垣間見えるじゃない?
インタビューとかをちょっと読んだりすれば、なんとなくその姿勢とかそういうものが垣間見えると思うんですけど、
それを読んだり見たりとかした時に、もうこの人の作品は読みたくないっていうのがはっきりある、
はっきり感じてしまう時があるんですよ。
それは結局私がその作家のことを信頼できないから読みませんっていう話なんですけど、
そうね、だから信頼できるなって思った話をしようか。
じゃあ、最近私読書会をやってて、読書会で人質の朗読会っていう小川陽子さんの作品をやったんですよ。
で、私自身は小川陽子さんの作品ってそんなにたくさんは読んでなくて、
読んだことあって、私すぐ忘れるから、読んだことあるのは、
博士の挨拶数式と妊娠カレンダーと薬指の標本ぐらいかなっていうところなんだけど、
でね、その人質の朗読会を読んで、私この作品すごく好きなんだけれど、
なんていうんですかね、やっぱ小川陽子さんってすごく人間を信じてる人なんだなっていうか、
信じたいと思って書いてるのかわからないんだけど、
そういう、あるいはその登場人物に対しての何か信頼みたいなものなのか、
とにかく他者に対する信頼っていうのがすごく見える作家だし、それがすごく素敵だなって思うんですよ。
そういうのを作品から感じるし、
あとご本人のインタビューとか読んでても、
なんて言ったらいいのかな、読者に対する信頼なのかわかんないんですけど、
人質の朗読会を読んですごく、私が特に感じたところっていうのは、
なんていうのかな、その物語っていうもの、その物語るということにおいて、
実は誰もが出来得るんだっていうのを、多分思っているんじゃないかなと私は考えたんだよね、その読んだ時に。
09:06
人質の朗読会っていうのは結構一般の人というか、
9人かな、人質がなんやかんやって9人集まって、
1人ずつ自分の人生で記憶に残っていることみたいなエピソードを話していくっていう形式の作品なんですけど、
1人1人に物語があって、
その1個1個全部すごく突飛な話じゃないというか、
割と静かな話で、起伏がすごくあるわけでもなくてっていうようなエピソードが語られるんだけれど、
読んでると、こういうこと、そっくりそのまま経験したわけじゃないけど、
こういうことって私の人生にもあったなって思えるような話なんだよね。
そういうふうになっているというのは小川さんがすごく上手いっていうことだと思うんだけど、
そういうふうに書かれているんだよね。
だからなんて言うんですかね、自分の人生とか生き方みたいなものに結局その作品が呼びかけてくるというか、
なんか響いてくるっていうのかな、っていうのがあると思ったんだよね。
だから小川さん自身がどうかわからないというか、心の位置というのはわからないんだけれど、
誰の人生にも物語があり、私はたまたま小説家という仕事をしているけれどもみたいな立ち位置というか、
そういうスタンスで多分書かれているのかなというのを感じたんだよね。
私はすごくそういう姿勢に対して信頼感を感じるというか、信頼できるなって思うの。
何ですかね、私が個人的にあんまり偏見みたいなのがどうしてもあって手に取れないものがあるんだけど、
それが小説家じゃない人の小説とか、小説家じゃない人の作品というか文筆系のエッセイなのか、
そういうのが割と苦手なのね、読むのが。
なんでかっていうと、だってあなたたち別に小説じゃなくてもよかったんだよねって私はどっかで思っちゃうんで、思っちゃうっていうのがあって。
私はデザイナー目指して勉強してみたりとか、小さい頃だとバレエとか習ったりしたので、
わりと広く表現行為みたいな、表現をするっていうことがわりと好きだった子供だし、今でも好きなんだけど、
絵描くの好きだったり、工作とかも好きだったし、
わりと自分の中にあるものを形にして外に出すみたいな、そういうことがたぶん好きなんですよ、もともと。
12:02
だけど結局最後に残ったのって小説だったんだけど、だから小説描いてるんですよ。
だからもう小説じゃなきゃダメなんだけど私は、それ以外はちょっともう無理なんですけど、
ってなった時に、最初ジャンルに音楽で出てきた、俳優で出てきた、他で出てきたみたいな感じで、
出てきた人たちがいて、その人たちが小説っていう媒体にスッと入ってくるじゃん。
なんかシード犬みたいな感じで入ってきて、作品として出ましたって言って、
最初から食わず嫌いは良くないって思ってめくってみる。
めくってみるけど、やっぱ余満ってなる、それは、ってなっちゃうんですよ、私は最終的に。
なんでかって言うと、信頼してないんじゃないかなって、私がですよ、私の問題だけどこれは。
私がその人たちのことを信頼してないっていうことだと思うんだよね。
っていうのはさ、書き始めるじゃん、例えば。
書き始めるんだけど、だいたいそんなに結果が出せなくて、書かなくなったりとかするなって見てると。
だから元の自分のフィールドに戻っていくというかね。
もう結果出ないのか、小説はいいかな、なのか、声がかからなくなったから書きませんなのかわかんないんですけど、
とにかく撤退をするじゃん。
それはやっぱじゃなくて良かったんだねってなっちゃうので、
ちょっと私も、いつ死ぬかわかんないじゃん。
だから小説じゃなきゃダメな人の小説を優先して読みたいなってなっちゃうのよ、どうしても。
っていうとこがあって、あと仮にその人の作品がめっちゃ良くて、
大好き、小説家として大好きになっても、
その人って元々小説の人じゃないから帰って行ってしまうってなった時に、
置いていかないでみたいな気持ちに絶対になるなと思って、
いうのもあるかなと思いますね。
だからどうしたら信頼できる書き手なのかっていう、
どういう状態だったら、あなたは小説家じゃない人の小説を読もうと思うんですか、みたいなことがあった場合は、
私は自分がいたフィールドを捨てて小説に来ちゃう人が出てきたら、それは読みたいと思うかもしれないですね。
この人、俳優とか音楽とか他のことをやってて結構そこそこ結果も出してたし、
ファンもある程度いたよねみたいな。
それを金繰りしてて小説の世界になったら、さすがに読みたいと思うかもしれないですね。
っていう感じかもしれないなと思いました。
ただ正直小説を書いてる人の中でも信頼できるできないみたいなのは、
自分の中にほぼ動物的な嗅覚というか、ほとんど感覚だけで振り分けてるところはあるんだけど、
いますよね。
15:01
この人ちょっとあんまり信頼できないんで、作品読むのやめときますわ、みたいな感じの人は結構実はいるんですけど、
あんまり言わないようにはしてますね。
その人を好きな人も絶対にいるから、世の中には。
あんまりそういう話はしないようにはしてるんだけど。
だからね、私もそういう意味でやっぱ、
自分が、自分がというか、
私は結構今の自分より若い時の自分を基準に考えることが多いんですけど、
今より若い時の自分が、見た時に信頼できる語り手、信頼できる語り手じゃないわ。
信頼できる書き手でいようみたいなのは常に思っていて、
そうなりたいというかね。
せめてそうありたいという気持ちは絶対に失わないようにしようっていうのは感じてますね。
っていう感じかな。
他にもちょっと言いたいことがあったような気もしたけど、
今日はこの辺でおしまいにしようかなと思います。
はい、お聞きいただきありがとうございました。
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