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012「書けなくなったとき、存在意義がゆらいだことはなかったのですか?」
2025-02-06 12:05

012「書けなくなったとき、存在意義がゆらいだことはなかったのですか?」

はじめてのおたよりをいただきました👏

うれしい🤗

ありがとうございます🙇‍♂️


■ご質問

「小説が書けなくなった時期に、自身の存在意義がゆらいだことはなかったのですか?」

「もしそうだとしたら、どうやってやり過ごしたのですか?」


■概要

自己肯定感 / 完全に運 / 相手も楽しくない / このままずっと / 寝たまま / 勉強が好き / 英語 / 話せないというより / つらい / 人のなかに入る / 頑張ることで / 場 / 哲学対話 / 折り合い / 外部からの / いつもありがとうございます


————


5月の文フリに向けて執筆中です✏️


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感想

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00:03
こんにちは、パーラー風待にようこそということで、小説家記の風待葵です。 すごい今日寒くて、ちょっと寒暖差で鼻がおかしいんですけど、
えっとこのまま撮りますね。で、今回は番外編ということで、 あのなんと初めてのお便りをいただきましたので、
そちらに答えていきます。 ということで早速読みますが、お名前が
炊き込みご飯が美味しいさんからです。 炊き込みご飯美味しいよね。私、炊き込みご飯会
だったら、顔まんがいが好きです。 あれも一緒に炊き込みご飯だと思うんだけど、
あのシンガポールチキンライスっていうやつかな、別名。 顔まんがいは絶対にどのお店で食べても美味しいから。
知らない町に行って飲食店全然わかんない時、 タイ料理とかベトナム料理とかに行くことに決めてるんですけど、
顔まんがいを食べておけば絶対にハズレがないと信じてますね。 はい、ということでじゃあ内容いきます。
いつも楽しく聞かせていただいております。 お聞きしてみたいことは小説が書けなくなった時期に自身の存在意義が揺らいだことはなかったのですか?
書かないと自分のいる意味がないと苦悩されなかったのですか?です。 もしそうだとしたらどうやってやり過ごしたんですか?
私も趣味で音楽を作っているのですが、作れなくなっていて、 どう自分の中で折り合いをつけていたのか気になりました。
ということでありがとうございます。 いつも聞いていただいてこちらこそありがとうございますっていう感じなんですが、
多分あの4回目のラジオの話かなと思うんですけど、
まあ何年間か書けなかったんだよねみたいな話をした回があるんですけど、
お便りの1個目としては、小説が書けなくなった時期に存在意義が揺らいだことはなかったのかっていうことと、
やり過ごした方法の2点かなって思うので順番に答えていきたいと思うんですけど、
まずその 私自身の存在意義っていうのはそういえば考えたことがなかったですね。
なんかそんなに多分もっともっとその生育過程で結構 いわゆるその自己肯定感みたいなものが、私の場合は育まれた方だったと思うんですよ。
まあこれは完全にうんですけど、そうなので別に書けないからといって、
なんか生きててもなんか自分にはもう存在価値がないみたいなことではあんまり悩まなかった
っていうところはあるんですけど、そうですね。でもその他人に対しての気持ちみたいな、他人との関係みたいな話で言うと、
03:08
まあもともと私結構友達とかがその環境が変わるといなくなっちゃう っていうところがあって、
なので小学校の時は仲良くても小学校出たらもう仲良くないとか ずっとそういう感じできているので、その現状の私がもう大学の友達しか
ほぼいないみたいな状態だったんですね。そうなると書けなくなった時に 当時付き合ってた友人っていうのは全員大学時代に仲良くしてた書き手の子だったから
その話の内容が創作に関することだったから
もう話せない、何もって思っちゃったんだよね。だから私から誘えなくなっちゃったんですよ。なんかもう誘う気にならなくなったというか
友達ともあまり合わなかったですね。そういう意味では結構 書かないと自分のいる意味がないに近い感覚としては
今の自分で友達、その友人に会ってもなんかあんまり 会えても楽しくないかなって思ってたのはあるかもしれないですね。
かなりその個人的な話をすると、自身の存在意義、そうですね、存在意義ってよりかはなんか
自分の毎日の生活にあんまりもう価値は見出せなかった。
書けないんだったら、なんていうのかなぁ
このままずっと書けない感じなんだったら、もう人生超つまんないじゃんみたいな感じで思っちゃってたとこあって
だからもう最後の方っていうか、なんだろう、最後の方って今振り返れば最後の方だけど
書けるように直前ぐらいは、なんかもう毎晩布団に入って寝る時に
もう本当に目覚めなきゃいいのになって思った時もあったね。
どうせ明日起きても書けないんでしょって思うから、もう寝たまま死んでしまいたいなって思ったこととかあった気がする。
です。ということで1個目はそんな感じかな。 でまぁやり過ごしたみたいな話ね。
存在意義がないっていうことに苦悩したら、それはまぁやり過ごすって発想になるか、確かにね。
まぁその書けない時間をどう過ごしたかっていう話すると、
その書けなくなっちゃったなみたいな話をした回で、 多分言った気がするんですけど、その資格の勉強をしたりとか
やっぱりこう何かに打ち込んでないと辛かったから、 勉強って結構私は集中できるというか、もともと勉強が好きなんだと思うんだけど
まぁじっとこう座ってるのもそんな苦にならないし、
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っていうので割と資格の勉強とかをしてたかなぁと思いますね。
仕事の資格もそうだし、結構夢中になったのが英語だったんですよね意外と。
私大学受験一般で英語を勉強してたんだけど、あんまりその時は点数が伸びなくて、
社会人になってTOEICの勉強とかしたら結構英語楽しいかもってなったね。
一回一時期webの英会話教室みたいなやつも登録して、結構レッスン入れてなんか話してたりとかしたんだけど、
その私の会話というか特性として結構世間話が苦手だから、
英語とはいえ世間話なんですよね基本的に。
やっぱり自分の英語のレベルも低いので、日本語で話してるような内容を英語で話すのはもう無理ってなると、
どうしても身近な話だから生活とか仕事の話とかになるんですけど、
そういうのが割と関係性が浅い人とそういう話をするのが結構苦手だったから、
だんだん英語がうまく話せないとかよりも、
そういう関係性の浅い人と世間話をしなきゃいけないっていうのが辛くなってきて、
辞めたねとか、そんな感じで過ごしていました。
まあでも趣味でって書いていただいてるけど、やっぱり一回何かを作り始めた人が、
それをやっぱり作れなくなるってすごい辛いよな、辛いだろうなと思いながら読んだんですけど、
あんまり質問内容には入ってないんだけど、どうやってじゃあ書けるようになってったかみたいなのを考えると、
結局やっぱり人間関係というか人の中に入っていって、
なんかそれがきっかけになったかなっていうのは感じてて、
前回話した時は、なんか料理を見直したみたいな話をしてて、
ただその料理を見直すって時に料理教室に行ったんですよ、3回完結ぐらいの。
その料理教室に行って、10人ぐらい参加者の方がいたんだけど、
そういう人たちと話したこととか、
あと料理ってやっぱり作るので、
全然会ったことがない初めましての人と一緒に料理を作るみたいな作業とか、
そういうのがすごく実は良かったんじゃないかなって今振り返ると思うんだよね。
私は割と何かを頑張ることで人間関係を作ってきたタイプの人だと思うんですよ。
大学が分かりやすいけど、一緒に同じように物を描いてる人と仲良かったわけで、
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ただその料理教室で全然それ関係なくて、
そういう背景とかを問われない人間関係の中に身を置いたことが多分あんまりなかった気がするんだよね。
だからそういう場みたいなものに参加してみるとかも意外とありかもしれないよね。
そうですね、一人で作ってる方なのか分かんないけど、
音楽の場合だと結構共同作業とか発生する場合もある気がするけど、
もしずっと一人で作ってるとしたら、
そういう場みたいな長期的な人間関係をあんまり強制されない場合がいいと思うんだけど、
一期一会みたいな感じでちょっと集まってみんなで何かやって解散みたいなとこに行ってみるとかもありかなと思いますね。
私あと何か行った気がするな。
哲学対話だ。哲学対話とか行きましたね。
永井玲さんという方が哲学対話っていうのをやってて、
永井さんは私と多分そんなに年違わないかな。
多分90年代生まれとか結構若い方で、
その方がやってる哲学対話に一回行って、それがすごく楽しかったので、
そういう哲学系のイベントとかも割と入りやすいものもあったりするので、結構いいかなと思いますね。
だから結局その自分の中で折り合いをつけていたのかっていうところで言うと、
書けないことに対しては全然折り合いはついてなくてっていう感じでしたね。
なんとも言えないな。
でも自分の力でやっぱり書けるように、もう一回その回復するみたいなのって多分無理だったと思いますね。
外部からの刺激みたいなもの。
それも作品じゃなくて、私とかも結構ね、本とか映画とか好きだから、
何かできなくなったとか悩んだ時にすぐそういう本とか音楽に逃げがちというか、
そっちでどうにかすることを選びがちだけど、
人間関係というか、人の中に入っていくのもやっぱり大事かなーみたいなのは最近やっと思い始めてますね。
まあでもそうですね、友達でもいいと思うんだけど、
そういう人間関係の中に戻るというか、入っていくみたいなやり方もありなのかなと思ったりはしました。
ということでこんな感じでいかがでしょうかというところですね。
なんかここわかんなかったですとかあればまた送っていただければ答えますので。
ということで本当にね、いつも聞いていただいてお便りまでありがとうございます。
はい、これからもよろしくお願いします。
ということでお聞きいただきありがとうございました。
12:05

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