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028 「信じる」とは何か(暫定)
2025-07-24 25:03

028 「信じる」とは何か(暫定)

芥川賞/選挙/読書会をひらくなかで起きた変化

信じるに足るかをたしかめるには、まず信じなくてはならないというパラドックスについて


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感想

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こんにちは、パーラー風待ちへようこそ。 ということで、小説書きの風待ち葵です。
これを撮ってるのは日曜日なんだけど、20日ですね。20日の日曜日に撮ってます。 今夜でね、寝ようかなとも思ったんだけれども、
せっかくなんで、ちょっと喋ってから寝ようかなって思って、今、録音してますね。 これを撮ってる時はね、すでにアクター合唱が分かったよってとこで、
直木賞も分かったよっていうタイミングでね、 両方とも該当作なしっていう感じでしたね。
で、私は前回も言ったけど、あんまりそのアクター合唱ウォッチャーではないので、直木賞ウォッチャーでもないし、
そんなにこう、今まで受賞作をね、そんなにこう知ってるわけではないんですけど、 まあどうなんですかね。直木賞はベテランも取る賞なんであれですけど、
アクター合唱に関しては新人賞ですよね、どっちかっていうと。 だから
うーん、なんかどっちがいいのかなーって思うんだよね。 なんかもう結構ガチガチに厳しく審査をして、受賞作なしで
もうやるのか、一応その東流門だから逆に出してあげるってのが正解なのか、
っていうのがわかんないんだけど。で、日経新聞、私契約していて、まぁ
意外と日経って文化面もある、あるんだっていう風になんか、文化系のその記事を見るために私思ってるんですけど、日経に対する偏見をやめろって話なんだけど。
で、日経の記事でもアクター合唱とかね、なんかそういう記事が出ていったので、まあ見たんですけど、割となんか
2、30年前とかは該当作じゃない、受賞作なしっていうのが割と頻繁だったっていうことがあったらしいんですよね。
村上春樹さんとかも実はその時期に、あのー、逃してるっていう話らしいんだけれども、書店の方のやっぱり、なんかあのー、声というかね。
まあここでやっぱ売らなきゃどうすんだみたいな本でもあると思うし、
なんかすごく、うーんって思ってしまったんですけど、まあ書く私はですね、あの文学界の6月号はね、買って手元にあるので、
私その後2作ですよね。だから文学界6月号から4作中2作出てるんで、残りの2作どうしようかなって考えてて、
書店でちょっとその勧告されて単行本をめくりまして、私あの小和田さんの
鳥の夢の場合だけをとりあえず買って、今手元にある状態なんですけど、まあそれはちょっと読んでみようかなと
思いますね。まあ群蔵出す予定ないんですけど。で、まあそうね、私が結構思うのは、なんか小説のその新しさ
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っていうところで言うと、なんか技法の新しさとテーマとか着眼点の新しさみたいな。
まあ大体まあこれ以外にもしかしてあるかもしれないけど、私そんな批評的に読むのがね、ちょっと今のとこまだ勉強中という感じで、そこまで鋭い感じのこと言えないんですけど。
まあその大きく分けて2つなのかなって考えた時に、まあ割と今回の候補作は技法に寄ってた
のかなっていう印象。まあちょっとほぼ読んでないので、私4作中1作しか読めなくて、他はちょっと概要を把握してるかしてないかぐらいの感じなんで何とも言えないんだけど。
なんか割とその技法にすごく挑戦した方が多く入ってたのかなっていうところで。 でも私自身のその好みというか傾向としてはやっぱりその技法より視点とか
何かこうテーマ的なところに 新しさを感じる作品が好みなんですよね多分。
その意味ですごいあのグレゴリー・ケザージャットさんのトラジェクトリーがすごく好きだったのも多分そういう理由なんですけど、やっぱりその
なんかいくつもの なんていうのかな、なんか奇跡が重ならないとあの小説って出てこなかったんじゃないかって
なんか個人的に思うんですよ。なんかまずそんなにさ、あの第二外国語っていうんですか、その母語じゃない言語で小説を書ける人って
そんなにいないと思うんだよね。まあ私はもちろん書けないですし、その英語もなんかトイックの勉強したりとかして行ってなんか文章読んだりはできるっちゃできるんですけど
なんかね、中でもその小説の文章を外国語で読むっていうことがまずすごく難しい
ですよね。それは明らかにもう本当壁として感じるレベルなんですよ。なんか新聞の記事とかの方が読めるんですよね。
そんなに長くもないし難しくもない小説から選んで読んでは見るんですけど、小説の文章ってなんかすごく難しいんだよね。
で、それをさ、読むどころか書くっていうレベルまでまず到達しているわけじゃないですか。
なんかそれがめちゃめちゃすごいなと思って。これまでにもそのリーコトミさんとかも芥川書作家でいらっしゃるけれども、やっぱ
経営だなって思うし、内容的にもそういうなんだろう、海外の方が日本語で書くからこそできることみたいなのをやってて
なんかそれがすごく面白いなって私は思ったんですよね。あと、
なんていうの、真似できないというか、再現ができないなっていうふうに思ったっていうところ
だし、なんかこれを言うと身も蓋もないんですけど
なんか技法ってまだ、なんていうの、高天的に獲得ができるんですよ。
そこら私、自分に対しても非常に残酷なことを言ってるんですけど、だけどその視点とかそのテーマって
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その人固有のものだから、その人自身の人生とかにも結構依存しちゃうわけですよね。
そこでやっぱ独自性出せるって強いし、
でもそういう独自性を持った人が作家になる、作家として生き残っていく
あの世界の方が私はいいなっていうふうにも同時に思うわけなんですよ。 だからそういう意味でも割と
今回は個人的にはそのグレゴリーさんの作品すごく良かったなって思ったっていう感じでしたね。
ただ他の小和田さんの作品もまだちょっと読みたいなと思っているので、
なんかどっかのタイミングで、今回の芥川賞に関してちょっと詰まらないようにして優先度を上げて読みたいので、
感想をもしまとまったらまたどっかで書くか喋るかすると思います。
でもあとは投票に行ったんだよね、私土日は読書会に全集中という予定だったので
期日前投票に行って、まあしっかりとね、権利行使をしてきたんだけれど
開票結果を見てたぶん結論出てるのかな、今、ローコーしてる時点でわかんないけど
あーマジかみたいな感じだったんでね、言ってしまえばね。
なんか非常に憂鬱な気持ちになったんだけれども、同時に
同時にその前の自分だったら、もっと落ち込んでたかもしれないなって思うの。
で、なんかあんまりね、こういうことを開示するのはどうかと思うけれども、
なんか私はあんまりなんかそのちょっと前までは、そのなんて言うんですか、人間一般に対するなんか
信頼感みたいなのとか、期待感みたいなのがもっと低かったんですよ。
別に今もすごい高いわけじゃないんですけど多分、もっともっと低くて
うーん、なんていうの、こんなもんだろう感というか、どうせこの程度だろう感みたいなのがあったんですよ、漠然と。
具体的にそれをあからさまに人に対して向けたりはしていないつもりでしたけど、
基本的な意識としてそういうのがずっと底の方にあるっていうかね、常に。
っていうので、私はその態度は非常に良くなかったなって反省しているんですけど、
やっぱどこでそれがなんかだんだん変わってきたかって言うとね、読書会をやってて変わってきたなっていうのがすごいあるんですよ。
私はその、ラッキーなことに結構人が来てくれるようになってるんですけど、会にね。
もちろん繰り返し来てくださる方もいればその1回来て、しばらく会わないみたいな方も全然いるんですけど、今までの人生で
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おそらく一番人に合ってる1年間になる気がするのね。
まあ、今年の9月末で初めて1年目なんですけど、
なんかもう目前にその延べ100人が見えてる感じなのね、今。
延べ100人なんで実際のそのデータのあれが、ちょっと知識が全く合意がないんであれなんだけど、なんか延べじゃないやつ。
ユニークとか言ったらいいのかな?わかんないけど、もうちょっと少ないんですよ。つまりリピーターさんがいて、それを含めての延べ100人なので、もうちょっと実際は少ないんですけど。
ただなんかそれぐらいの人数も、私結局職場もね、その家業なんで非常に小さいですし、仕事で会う人間とかもまあ限られるので、
そういう今までの自分の生活からは考えられないぐらい人に合ってるんですけど、
まあそういう中で、特にそのやっぱ読書会だとね、相当まあ限られた人ですよね、来るのが。
あのお店やってるわけじゃないから、いろんな人が来るわけじゃないので、結構限られた人がまあ来るわけなんですけれども。
で、まあ実際にそのいろいろ話を聞いたりとか、まあ読書会ってまあ本、行ったことない方はあんまわかんないかもしれないんだけど、実際ね、本の話ばっかりするわけじゃないんですよ。
もちろん本からスタートするんですけど、結局その普段自分が何を感じてるかとか、何を考えてるかっていうのも結構話さざるを得なくなる瞬間があって、
まあ別にその無理にね、開示しろとかはもちろん言わないけれども、自然とそういう話の流れになったりとかすることがあって、
別にまあ言いたくないことは言わないでいいですよっていうふうにお伝えはしてますけど、
とか、なんかそういう話とか、あとなんか回その時間ですね、まあ90分ぐらいかな、やるんだけども、その90分の中で
こういうことに気づいたみたいなことを言う方がいるんですよね。
なんか今までこう思ってたけど、本当はこうだったのかもしれないと思いましたとか、
なんかこういうふうなことに気づきましたみたいなことを結構言ってくれる方がいて、
私はなんかそういう、なんて言うんですか、そういう言葉を聞いた時に、
なんかね、すごい驚いたんですよ。
さっき言ったみたいに、私は非常に人間一般に対する信頼度が低すぎたと思ってるから、
そういう人間がね、なんかその、他の言ったらさ、なんか会ったこともない人?
とか、なんか全然その人がどういう人間かって知らない状態で会ってるけど、だからこそ余計になんかそのぐらいの関係性の人が、
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なんて言うんですか、考えがちょっと変わるみたいな、見方変わりましたみたいなのってあるんや、みたいなのがすごいびっくりしたんですよね。
で、それは非常に私がやってよかったと思うことでもあるし、なんか私自身も、
なんかその人の変化みたいなのがマジであるんだみたいな、その目の当たりにするみたいなのの、なんか驚きがすごかったんですよね。
なんて言うんでしょうね、なんかそういうなんか体験みたいなのを繰り返してると、だんだんなんか自分の中での、
なんか人間一般に対する信頼度みたいなのが上がってくるのを感じたんだよね。
で、なんか最近読んだ本で、往復書館っていうタイトルで、副題が、
副題が限界から始める、限界から始まるかちょっと忘れちゃったんですけど、とにかくその往復書館というタイトルの本で、
誰と誰の往復書館なんですかっていうと、有名なね、フェミニズムの女性学の上野千鶴子さんと、
鈴木すずみさんっていう、文筆家かな、そのお二人が往復書館を交わすっていう内容の本だったんですけど、
で、まあその鈴木さんの本は、もともとそういうセックスワーカーだったっていう経歴があるので、
なんて言うんですかね、それもあって非常になんか、鈴木さんの場合にはその男性に対して、
こうなんだろうな、なんか所詮男なんて、みたいな意識がずっとあったっていう、
ことをその書館の中で告白しているんですけれど、それに対して上野さんが、
そういうことを言うのは、なんか人間に対する暴徳ですよ、みたいなことを返してくるんですよね。なんかすごい強い、
強いなと思ったんですけど、頭から決めつけてしまって、
結局汚い部分しかそれは見てないということでもあるんだ、みたいなことしか書いてたと思うんだけど、正確な引用じゃなくて申し訳ないんだけど。
で、なんかそういう尊敬できる人と会いなさい、みたいなことだったんですよね、結局。
で、私もなんかそれを読んで、あ、そうかと。別に会いたい人とか、会う人とか、話したい人とか、
確かに別に選んでいいし、選べばいいじゃんって、なんかふとその時思ったんですよね。
なんかそういう、その上野さんが言ってらしたのは、あの後、本の中にいる、みたいな。
現実世界にはそういう人間の、だから、なんていうの、信頼にあたる人間がいないって言うんじゃなくて、なんていうのかな、
人間の信頼にたる部分っていうのが、いわば表現されているものっていうのは、本の中にあるということをおっしゃっていたんですよ。
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だからね、なんていうのかな、なんか一人でいいし、なんか一冊でいいっていう感じなのかな。
だからそのこの世には信頼にたる人間がいて、信頼にたる部分というのが人間の中にはあるんだっていうのを、なんか、
一人からでもいいし、まあ一冊の本からでもいいし、感じることができれば、
自分の人生の中では信じられるものがある状態で生きていけるみたいなことなのかなっていうふうに私は思ったんですけど、
まあでも実際本当そうかもなって、やっぱ思うんだよね、最近すごく。
結局なんていうのかな、そういう自分の周りの世界が、なんか自分のことを非常、自分が不利な状況に置かれるような社会にどんどん変化してしまうかもしれないって、
思っても、なんていうのかな、その中に絶対自分みたいな人とか、自分のことを理解するというとすごい上からですけど、
何か共鳴してくれる人っていうのが必ずいるんだっていうことを信じられるというか、でなんか私最近思うのが、
信じる方が先なんだよな、みたいなことをすごい思うの。
この人は信頼に足る人なのかな、みたいなのをずっとやってても答え出ないじゃん。
だから結局最初に、私はこの人のことを信じるとか、これを信じるみたいなのを決めてるよねっていう順番的にはそっちが先だなって思ってて、
だから一回決めなきゃいけないんですけど、何にも、だから情報が不足している状態で決めるっていうのが必要なんですよね、なんか。
何にでも言えることなのかもしれんけどさ、これは、決断の時には常に情報が足りないみたいなことなのかもしれないんだけど、
まず信じないといけないんだっていうのを思ったの。
その結果、ハチャメチャに怪我する可能性も無きにしもあらずなんですけど、
でもとにかく、信じないと何も始まらないんだって思った時に、
あーと思って、なんかじゃあそれのリスクを背負うのねって、まあなったんだけど、
いやそうなんだか、信じるに値するかどうかを確かめるためには一度、マジで信じなければならないというこのパラドクスですよねっていうのは、
なんか非常に感じました、っていうところ。
いやでもなんか本当にね、読書会には本当助けられてますね、個人的には本当にそうですね。
だから来てくれる人がいる限りは続けたいと思うし、個人的にはもう誰か来てくれよって思ってますよね、常にね。
18:10
そう、私がやっぱちょっとなくなるとさ、急に人生が楽しくなくなるので、
もう今となっては、みんなに来てもらえる場所にしたいなぁと思ってますね。
いやでも本当になんか純粋に、純粋にって言う方もあれですけど、
なんていうのかな、その書かない人の、書かない読み手?
書き手って絶対読み手でもあるんですけど、読み手って必ずしも書き手ではないから、そこですよね。
なんで、いやそう、なんか私がいつも純粋に疑問に思うのは、
その本が好きで読んでいる人たちって、なんで書かずにいられるんだろうって思うのね。
これは書いてるやつの方が偉いっていう話じゃなくて、私むしろ逆、逆、逆だと思ってて、
なんか私はその書かずにいられなかった、その自分が読んでいる中で書きたいと思って書いちゃったみたいなところもあるので、
なんかやっぱ書かずにいられるっていうのが一個のなんか、
気高さみたいなとこじゃないって、なんか思ったりもするのね。
まあ私は別に全ての書き手がそうだとは言わないけど、私はなんか何でもやらずにいられないわけですよ。
もう今まで話してきたさんざん、あの読書会にしてもさ、行けばいいじゃないですか別に。参加すればいいと思うんだよ。
なんだけど、なんか何かが気に入らないから、自分でやっちゃうわけですよね、そこで。
だからそこが非常に、なんていうのか、さもしいっていうか、
なんか今はその、なんでもこう行動するやつが偉いんだみたいな風潮とかもあるから、なんか行動するみたいな、そのとにかくやってみろみたいな、
なんかやってみるのが偉いんだみたいな、なんか謎のそういう評価軸があるけど、
なんか私は本当にそうなのかなと思う時があるんですよね。
なんかやらずにいられるってめっちゃすごくない?って思うの。
私なんかそういう人がいるから成り立ってるわけやん、なんか、その文学の世界とかも。
つまりその読むだけの人っていうのがいてくれなきゃ、もう成り立たないわけじゃん。
なんかそう思うとすごいなってやっぱ思うんだよね。
だから、そういう人たちに会うと、なんか会って、
なんかね、非常に情けない気持ちになったんですよね。
最近はね、だんだんなんか大丈夫になってきたけど、
最初の方とか振り返ってみると結構恥ずかしかったんですよね、なんか読書会やってるのが。
でもなんか続けるぞ、みたいな意地でみたいな感じで、なんかまぁめげーずに開いていたんですけど、
まぁ本当になんか鍛えられた感じがする。
なんかこの数ヶ月中か、まぁ1年、約1年やって、
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まぁ1ヶ月に1冊なんでだいたい、
ね、それ10冊ショットですか、まぁ読んでさ、
なんか非常に鍛えられた感じがしますよね。
なんていうか、書き手の自分と読み手の自分っていうのがいて、
なんか私はやっぱりその書き手の自分ばっかり見てたっていうか、
鍛えなきゃみたいなのが、
非常にマッチョな言い方ですけども、
なんかあったんですけど、
なんかね、その読み手の自分が喜ぶようなね、本の読み方つーもんがね、
あるんだなってことが気づいたんだよね。
で、なんかそれは非常に良いことでもあったし、
まぁ当然その変化みたいなものは書き手の自分にも帰ってくるんですけど、
おそらく、本当に、別にそういうさ、
その書くことに活かそうと思って、
なんか本当嘘に聞こえると思うんですけど、
書くことに活かそうと思って読書会をやろうと思ったわけじゃないんですよね。
なんか本当単純に、なんか、
読んだ本の話したいなって思ってやったんですけど、最初はね。
だから、なんかそういう風になると思ってなかったけど、
なんか今後はなんかそういう別にその、
私のその小説、書いて小説をなんか読んでくれたり、
好きになってもらったりすることを別に要求するっていう意味じゃなくて、
なんかこういう風にその、
本を読む人がなんかいるんだみたいなことを、
なんか実際にその、実際の人間として知った状態でこれからなんか書いていけるのかと思うと、
非常になんかラッキーなことだし、すごい恵まれていることだなと思うし、
なんか幸せでもあるなと思うようになりましたね。
でなんかね、もちろん当たり前の話ですけど、
あの全然主催とかマジでやらなくていいと思うんだけど、
なんか文書いてる人も読書会行くと楽しいと思いますよっていうのが、
なんかマジで進めたいみたいな感じですね。
まあ行きたいやつ見つけてね、なんか別にあの、
いわゆるその課題本型と言われるね、その事前に読んでこなきゃいけないみたいな、
読書会だけじゃないから、なんかいろんなものが催しがあるので、
読書会一回行ってみるといいんじゃないかなーって思うね。
特に書き手の人ね、行ってみると楽しいんじゃないかなって思いますね。
いや本当に。
はい、ということでなんか全然まとまらない話になっちゃったんだけど、
まあちょっと私はね、明日仕事も休みなんで、ちょっと寝坊しようかなって思ってますね。
意外とその読書会のね、
まあ主催ってね、
なんかずっと座ってるんだけど、まあ結局。
体はね、動かしてないんだけど、すごいね、疲労感がくるんですよ。
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で別にあの、疲れるからやりたくないんだよね本当はとか、そういうこと言いたいんじゃないよ。
そういうこと全然言いたいんじゃないんだけども、
意外と体力をね、使うんだよね。
でちょっと鏡で顔見た時に、なんかやつれてたから、
ちょっと明日はちょっと本当、
なんか本当ね、もうちょっと早くから活動したいんだけれど、
まあ寝坊した方が良さそうだなってちょっと思ったんで、
明日はちょっと寝坊しようかなと思ってます。
ということでね、まあちょっとこのラジオが上がるのがちょっといつになるかわかんないんだけども、
だけどちょっと皆さんもね、まあまだまだちょっともう暑いからね本当に、
あの寝てくださいねちゃんとっていう、
あとまあ食べてくださいというのはちょっと最後に、
まあ祈りというか、私からのお願いとしては言っておこうかなというところでね、ちょっと締めます。
はい、ということでお聞いただきありがとうございました。
25:03

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