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こんにちは、パーラー風待ちへようこそ。 ということで、小説家記の風待ち葵です。
はい、ということで、結構間が空いちゃったんですけど、お久しぶりです。はい、まあ1ヶ月ぐらいかな。で、実はね、この期間に別に録音をしてないわけでは
なかったんですよ。まあ言い訳から始まるのって感じなんですけど、まあそういうわけではなくて、撮ってはいたの。
3、4本撮ってはいたんですけど、編集のモチベーがね、上がらなくて。
まあ、その録音したデータをさ、その放っておいてるうちにどんどん旬が過ぎていってさ、自分の中の。 で、まあ結果ボツみたいな感じで、
まあ喋ってはいたけど、ちょっと編集してなくて、編集しようと思った時の自分と、なんか話したいことが違ってるな、みたいなのがあって、
配信せず、みたいな形でした。 いやでも本当にみんな
大丈夫ですか?なんかもうこの一月の間に、なんかやばいぐらい暑くなってるじゃん。 私自身もなんかもう体調が
ちょいちょいおかしくなってて、暑さで完全にもうやられたりしてるんですけど、
あの進捗がマジで遅れてて、 書きたい小説があって書きかけなんですけど、今。
あの完全に進捗が遅れてて、でね、このまま行くと玉付き的にどんどん、あのー
締め切りに間に合わなくなってくるから、 なんかね、神ハン…神ハンキじゃない間違えた。霜ハンキに出したい章がさ、
集中してたので、 わーっと思って、全然
ダメかもしれないみたいな、1ヶ月ごとに締め切りがあるみたいな感じになっちゃったんですよ。 出したいやつがたまたまそうなっちゃってるから、そうでもともと私そんなに早く書けないよね。
多少も諦めつつって感じにはなるんですけど、 いやなんかそう、なんていうの、効率的に書くみたいなことが多分あんまできないんですよね、もともと。
若い時から割とそう、だからもう諦めてるんですけど、そういう人なんだなと思って。 そうね、書けそうなものはちょっと本当に頑張っていいものにしようという感じなんですけど、
ただまあ友人と約束している合同誌だけを書き上げたので、もうとにかくそのギリだけはもう果たすみたいな気持ちで、
自分との約束を破るは正直その、自分的には相当さ、あのしんどい気持ちはなるけど、まあその他人に迷惑をかけないので、
まあとにかくその他人に迷惑をかけるやつをね早めにやってしまおうと、いうことで書き上げたんですけど、
同人誌というかさ、結構自由にやれるところだと思ってて、私その同人誌とか、まあ自分の責任だけで出せる本に関しては、
割とまあまあ自由にやれる場所って思ってて、 だからなんですかね、自分があんまりやったことないこととか、
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まあ挑戦みたいなも少しやれる場所っていうふうに思ってるから、なんかそういう作品になったかなと思いますね。
ちょっと詳細をしゃべれないのですごく抽象的な話になっちゃって、あれなんですけど、まあその友達がちょっとこの回を聞くとかはちょっとわからないけど、
他の友達のその作品も私はめちゃくちゃ楽しみにしてるというところですね。
それはそれでちょっといい本にしたいなと思ってます。 あとあの個人的にその読書会をやってて、その読書会の
陣というかね、なんかでもちゃんとその台割りって言うんでしたっけ、ページ数の割り振りみたいな作ってたらさ、明らかにその陣のさ、
あの厚みを超えてて、まあ普通に小冊子と呼んだ方がいいぐらいの厚みになる本をね、それも出そうと思っておりますね。
まあその2冊はとりあえずその11月のぶんふり東京で売るつもりでおりまして、なので私の新刊はちょっとわかんないんですけど、その2冊はとりあえず出すと
思います。私も一応ブーストってあるんで、多分その2冊のためのお店という感じになるかなと思ってますね。
うーん、まあ自分の新作はなんだろう、コピー本でも出すかな。 多分ね、その1冊の本にするのは多分無理なんでね、来年のぶんふりとかでそのまあ文学賞に落ちたやつとかを
多分出せるので、もう落ちる前提かいなって感じなんですけど、まあ落ちたものはもうそれはぶんふりでもう売るぐらいしかないから、
そのあたりをね、やっていくと思います。で、まあこの1ヶ月何してたみたいな、まあ結構いろんなことをやっていたと思うんだけど、まあまあ読んだり書いたりが重いですけど、
芥川賞候補の作品、たまたま文学会6月号かな、買っておいたので、それを、まあそれ6月号から2冊出てるので、
まあ読んでみたりとかしてたかな。
なんだっけ、日々の子猫さんの絶え間ない光のさしだんっていう作品が候補に上がっていて、
で、まあねちょっと冒頭何ページか読んだんだけど、まあマジでね、あの自分にあってなすぎて読めなくて、
それは正直断念しちゃったんですけども、あのグレゴリー・ケズナジャットさんっていう海外の方が書いたね、まあ日本語でも書かれてるんですけど、
まあその方の作品は割と私は好きだったかなっていうところです。
いわゆるその、なんつーの、
純文学の、うーん、なんかこう時代を切り取った系っていうんですかね。
すごく若い書き手、まあ日々のさんの場合は特にあの非常に若い書き手ですよね、多分20代前半とか、でデビューが多分10代とかの方なので、
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まあ多分その、なんて言うんですか、その本人がまあ書きたいのもあるんだと思うんですけど、
割とその若者の視点で、なんかこう時代を切り取ってほしいみたいなのが多分、業界的にもそういうのがあるんだろうなとは思いつつ、
なんか私はそういうのが結構苦手なんですよね、割と苦手だと思う。
なんか読んでもね、あんまりその良し悪しが判断できない感じがあって、自分の中で。
なのでそもそもなんかあんまりちゃんと読めないなっていうのがすごくあります。
多分自分の読み手の傾向なのか、だから評価ができないんですよね。
なんか良かった悪かったとかもあんまりわかんない感じ、正直。
ただなんかその感想とかをとりあえず先に見たりとか、そのAmazonとか、なんか読書メーターとか、その他の作品のその日々のさんの、
感想とかを読んだ時にもやっぱりそういう若者ならではの視点で、こう書かれた作品ですみたいな、
そういうふうにあの思ったっていう読み手の方が結構いるみたいなので、
いやー私にはちょっとわからないなーっていう感じ。
なんかこれってその私がもっとだから言ったら10、20歳とかの時から私は小説を書いてるんですけど、
割とその時からずっとわかんない感じなんですよね。
なんかその多分時代を切り取るっていう視点が多分私にはないか、まあ比較的弱いんだと思うんですけど、
割と自分が本当になんだろう20代前半とかの時からそういう感覚が薄くて、
そういう作品をちゃんと読めないなっていうのはなんかずっと自認としてありましたね。
そうで、まあそれに関係するかわかんないんだけど、
私そのさっきも言ったみたいに読書会をやっていて、月1ぐらいで。
で、前回かな、津軽、ダザイ王様の津軽をやったんですよ。
でも私はダザイの作品の中で今のところ津軽が一番好きなのね。
まあ前週買ってちょっとずつちょっとずつ読んでるんですけど、
ダザイの作品は多分ね、おそらく長編は過去に読んだ作品数もまあまああるから、
前週としてはまだ半分ちょいぐらいなんですけど、深度が。
多分長編ほぼ読んでて、だけどやっぱ一番好きなのはそれでも津軽だなって思ってるね。
おそらく私はダザイの中で津軽が一番好きなんだと思うんだけど、
短編でも好きなのもたくさんあるけど、長編だったら津軽だね。
っていうまあちょっと脱足だったな。
で、そう津軽をやったんですよ。
ノートの方で今後その読書会で取り上げた本の感想とかちょっと書いていこうかなみたいなのをやっていて、
で、まあ津軽の記事を上げて、まあそこにもちょっと書いたんだけれども、
語り口の話になったの、当日ね。
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まあとある作家っていう風にそのノートの記事の方では作家の名前伏せて書いてるんですけれども、
常々言っている通りこのポッドキャストはあまり特定されないというか、
あまり聞かれていないのでちょっともう作家の名前言っちゃうんですけど、
まあ言ったら町田幸の話になったんですね。
ダザイオさんも多分好きだよねっていう話になったんですよ、町田幸さんがね。
私その夏の文学教室ってさ、読売ホールでさ、有楽町の毎年やってるやつで、
今回あの町田幸さんがダザイオの講義をされるっていうことで、
ちょっと聞きに行こうと思ってるんですけど、
まあまあやっぱダザイオ好きだよねってなるじゃん。
その参加してくれた方がダザイオ、ダザイオじゃない間違えた、町田幸さんが好きだって言ってたんですよね。
でもその方曰く、なんか昔は本当にその独特な語り口とかギャグが面白くて読んでいて、
でも最近なんか新刊を出されたのかわかんないんですけど、最近また読んだとしたら、
なんかもうその作者の書きぶりとかに年齢を感じるし、なんか時代の流れも感じて、
自分自身もやっぱ変化したことによってあまり面白いと感じられなくなってしまったんだみたいな話をされてて、
で私はその、なんだ、町田幸さんの作品ってね、あんまり読んだことはないんだけど、あのキレキレ読んで、
あと今年の何月号かで載ってたね、あの文学会に載ってた短編は読んだんだけれど、
私は逆にそう長く追ってる読者ではないので、その単体というかさ、
その小説だけを急にこう読んだ時に別に何とも思わなかったんですよ。
まあそういう書き方の人なんですねって思ったというか、まあ面白い書き手だなあっていうふうにまあ思っただけだったんだけど、
そのずっとやっぱ読んでる方からすると何かこう時代を感じたみたいなことをおっしゃってたのが割と記憶に残ってるんですよ。
でまあここでどう太宰の話に戻ってくるかっていうところなんですけど、
太宰の文章を読んでる時は、なんかその町田孝夫さんの文章に感じてた、
なんかこう胃もたれする感じっていうのがあったらしいんですね、その方曰く。
なんかもうしつこいみたいなことなのかな、わかんないけど、
ずっとその言ったら町田孝夫氏みたいなのを浴び続けることによってなんか若干疲れるみたいな感想があったらしいんですけど、
なんか太宰はあんまそれがないみたいなふうにその方はおっしゃってて、
で私もなんかすごく言われてみりゃそうだなって思ったのが、
その太宰の文章ってあまり年齢を感じないっていうかね、
その書いた人が何歳なのかっていうのがよくわかんない文体なんですよね。
でまあそれは大体の書き手がそうだろうってまあ思うと思うんだけど、
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まあそれはそうなんだけどさ、太宰の場合って割とさ、なんかもうわかりやすくさ、味があるじゃん。
太宰の文章って絶対こうやって太宰が書いてるでしょみたいな、なんかもう味があるじゃないですか。
なんかそれにも関わらず、なんかその年齢とか時代とかの癖を感じさせないって、
結構なんか異常なことなのではっていうふうになったんですよ、なんかその回を経て。
で改めてなんかその太宰の全集とかもう一回読んだりとかしてて、まあ別の作品とかね、
あのまだ読んでない全集の勘がさ、なんかもうあるんで、なんかそれを読んだりとかしてて、
確かにしつこいとは思わんなみたいな、個性的ではあるけれどもっていうのを思って、すごく
うーん、なんか謎だなって思ったんですよ。なんかこの漢字何なんだろうっていうのが、なんか謎ですよね。
うーん、その語り口になんか時代、時代性が宿るみたいなのって全然考えたことがなかったんだよね。
まあ今回の芥川諸郎夫で言ったり、その日々の子猫さんの作品が割とその語り口に時代が現れているってことなのかなと思うんですけど、
なんか別にこれ文学の話ではないんですけど、その近過去っていうのがあって、
何でそれ聞いたんだったかな。
あ、なんか宇野恒博さんの、
宇野恒博さんが最近なんか好きなんですけど、
で、町づくりのことを考えるみたいな、シンポジウムって言ってるんですか、何人かが集まって喋るみたいなのの動画が上がってて、
その時に近過去っていうのはダサいみたいな話をしたんですよ。
で、ごめん近過去って近い過去で近過去なんだけど、
たかだか10年20年くらいの過去で、一番なんか見るに耐えないというか、ダサいものに見えるっていう話で、
だから町づくりの文脈で言っていたので、何だったかな、住宅ですかね。
なんか一体で開発された住宅街とかってあると思うんですけど、
あれの20年前くらいの住宅街とかの、一括で作られてるさ、もう同じ構造の家みたいなのってあるじゃん。
なんかそれの、そのこだての住宅ってすごく今見るとダサく見えるみたいな。
なんかもう陳腐化して見えてしまって、なんかもう壊したくなると。
だけどなんかそこを我慢して残しておくと、もっともっとその、近過去じゃなくなるって言うんですか。
もっともっと古いものになると、それがそれの良さを再発見できるようになるみたいな話だったと思うんですけど。
まあこれって普通に文学作品にもあり得る話だなって思ってて。
だから今回その津軽の読書会においてその町田孝さんの名前が挙がったんですけど、
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多分町田孝さんって近過去なんじゃないかっていう、その、まあまあ現役で書かれてるんであれですけど、
とにかくその流行ってる時期ってのがあるやん、多分作家にも。
だから私よく知らないけども、おそらくそれがその20年とか30年とかわかんない、その近過去になってんじゃないのかなっていうのが一個あって。
で、なんかもう一個もうこれは、私にはもうわかりようもないんだけれども、
んー、なんかその太宰治、じゃあ、太宰治が近過去だった時一回沈んだんかなっていうのが謎なんですよね。
だから太宰治も一回近過去になってるはずなんですけど、だからあの人いくつで死んでんだ、40ぐらいで死んでるから、
あーだから戦後すぐぐらいでしょ、だから48年とかかな、48年であの終わるじゃないですか、その作家人生が。
だから60年代後半とかに近過去になってるんだけど、その時の太宰治の評価ってどんなんだったのかなと思って、
やっぱ一回ダサくなってんのかなみたいなのがすごい気になったという話で、何のオチもないんですけど、
ただその近過去になって評価されるかされないかっていうなんか試練もまたあるじゃないですか、
だからそのそれを分けるものって一体何なんだろうなみたいなのなんか結構ずっと考えてましたね。
そうそうそう、だから結局なんかこれっていうのはその普遍性って何なのかみたいなところに繋がっていくんだろうとは思うんですけど、
まあね、それはちょっと考えて答えが出る種類のもんではないんだけど、なんかそれをすごく私は考えますねっていうところで、
でこれはなんか別に自分になんかどうにかできる範囲のものではないんですけど、
だからね私は多分その、今の時代を切り取るみたいなところにはおそらく自分の興味がそもそもあまりなくて、
なんか一種のその普遍性にどう接続できるのかみたいなのがすごい興味があるんだろうなって思っているんでしょうね。
まあ書く人としてはそこに興味があって。
何ですかね、なんか私ね小説家になりたいと思ったこと多分ないんだよね。
なんか本当にあまり、なんか自分でも説明ができないので、なんかこのあたりの話は。
言うのがなんか結構難しいんですけど、たぶん小説家になりたいと思ったことはなくて、
でもなんか小説を書いてるんですよねっていう、なんかよくわかんない感じ。
でなんか難しくて、その章に出すとかもモチベーションをどこに持っていくかっていうのも難しいのだからそれも関係あると思うんですけど。
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でまあなんかこういうことを考えていったら、私最近その朝日菜明さんをよく読んでいたんですよね。
で、朝日菜さんの作品が好きなんですよね、たぶん。
なんかね、その前のラジオでちょっと話したのかな。
あれ?私のモーターの話でたぶんしたよね。
ちょっとごめんなさいね、アップロードしてる回で話してるかがちょっと今怪しいんだけど、まあとにかくさ、
朝日菜さんの作品を読んでさ、なんか面白いなと思っていて。
3章の49日っていうさ、あの2ヶ所撮ったね、作品があって。
で私その朝日菜明さんのインタビューとかをさ、まあ読んでいたんですよ。
でこの人本当に面白いなと思って、あの朝日菜さんってお医者さんなんですけど、でなんで書き始めたかみたいな理由で、
なんかある日突然物語がなんか湧いてきたみたいな感じで、
ででもなんか書かないと、なんかずっとそのことを考えてしまうから、
書いたらしいんですよ、とにかく。
なんか400枚ぐらいいきなり書いたのかな?
わーって書いて、であるところに来たらピタッと終わったらしいんですね、その。
でああ書き上がったなってなって、でもなんかまた何かこう話が湧いてくるらしいんですよ。
でそれを書かないとダメだみたいな、なって書いていったっていう話で、
でまあでもどうせ書くなら誰かに読んでもらおうかなみたいな感じであの公募に出し始めて、
でだんだんなんかその小説のことをなんかその病院の仕事中も考えるようになってしまって、
でそれだと本当に医療事故を起こしそうだから、もうなんか働けないなみたいになったらしいんですよ、
なんかもう小説に頭を取られるから。
で仕事を結局最終的にはものすごく減らしたかやめたかして、
ずっと小説を書いてたらしいんですよ、その公募に通る最後の方は。
であの作家になったみたいな人なんですけど、
でその3章の49日が芥川章を撮ったタイミングかなんかでなんかね動画が上がってたんだよね。
でどこのメディアかわかんないんですけど、とにかくその1時間近いインタビュー動画みたいなのがポーンって上がってて、
でそれをまあ見たんですけど、
いやまあ僭越ながらめっちゃわかる話してる人がいるって思ったんですね。
話がなんかこう意図を持ってこういう風にしようとしたんですかって結構インタビュアーの方が割とそういう質問するんですよ。
なんですけどなんか朝日奈さん自身はいやいやみたいな、
もうこういう風にな状態で浮かんできたので、自分はそれをそのまま書きましたみたいなことを答えるんですよね。
だからこうしてこうしてこうしたら、なんかこういう効果があるからこういう風に書いていこうじゃなくて、
最初からこの状態の人がポンって出てきたんで、その人をなんか追いかけるじゃないけど、
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その人ありきでだから書いていったから別に何かこうしようとか、
その技法的にこうしてやろうみたいなのは別にないですみたいな感じで、
なんか結局ずっとその、なんて言ったらいいんですか、その作意の話をしてるんだと思うんですけど結局。
なんかその作意がないよみたいな話を多分ずっとしてるんだけど、
インタビュアーの人とかって当然小説多分書いてないから、その作意がないのに嘘の話書いてるやんみたいなところで多分意味がわかんないなと思うんですけど、
で私もなんかそう言われたら確かにそうってなっちゃうというか、まあそうですよね嘘ですよねってなっちゃうんだけど、
でもその朝日奈さんのその別に作意はない小説書いてるけど、みたいなのはなんかすごいわかるなって思うし、
同時にそれがあんま伝わってない感じもなんかめっちゃわかるって思いながら見てたんですけど、
だからそういう人やっぱいるんだって、なんか思ったりをしたかな。
何の話から朝日奈さんの話になったか忘れたけど、なんかよくさそのポッドキャストの話し手でこういうこと言ってる人いると思うんだけど、
あれ何の話してたんだっけみたいな。なんで10分前ぐらいの自分がした話覚えてないのって聞いている人からしたら多分思うと思うけど、
あのマジで忘れちゃうんだよね。まあまあ許してくださいということで。
そうだからね、なんかそういうのめっちゃわかると思ったし、
なんかね私がずっとある感覚としては、
なんか自分がその物語を書くっていうか、自分がこれを書こうで書けないという感覚がずっとあるなっていうのは、話の方から来る感じなんですよね。
誰かが持ってくるような感じなんだよな。だからこれを書こうで書けたこと一回もないわ。
だからそれをやれる人はすごいと思うんですけど、私はできないんですよね。
なんかこういうことを書きたいと思ってそういう風に書けないし、自分が意図したものを書けない。
だから別に書こうと思ってなかったものを書いてるって言うとすごく嘘っぽいんですけど、
感覚としてはどっちかっていうとそっちに近くて、持ってきてくれる感じなんですよね誰かが。
次あなたこれ書いてくださいみたいな感じで、感覚的には。
であ、わかりましたみたいな感じで書いてるっていう近くて、
なんて言ったらいいんだろう、結局さ自分がやることとかできることって自分で選べなくないみたいな最終的にはっていうのはすごい思ってて、
これは非常になんか自己責任論とかとは相性が悪い考え方だと思うけど、
普通になんか向こうから来るよねって思うんだよね。
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何にもさ、来ない時期っていうのも私はもう経験してるんですけど、来ない時はねもう来ないんですよね。
誰も来ないんですけど、なんか何かをきっかけにしてそれがまた来るようになるというような感じですよね。
なんか郵便が届くような感じですか?
まあ言ってみれば。
そうなんか久しぶりに手紙が来るようになりましたみたいな、そういう感覚に近いですかね。
だからその手紙が届いて、その手紙をこう開けて、
あなたは次これを書いてくださいみたいなのがその手紙に書いてあって、
私はそれを書いてるだけなんですよねみたいな感じ。
感覚としてはですよあくまで。
なんか自分でなんかこうこれはいいアイディアだみたいな形で何かを思いついて書く人っていうの多分いると思うんですけど、
なんか私はそれじゃないっていう感じです。
思いついた時も何か思いついた時に、
あ、自分って天才じゃんみたいな、ポジティブな意味ですよ別にナルシストとかじゃなくて。
なんかそういう捉え方する人もいると思うんだけど、
なんか別にそういう感じじゃないよね。
あーなんか来た来たーみたいな。
今回はこれかーみたいな感じですね。
だから自分の力だとあんま思ってないっていうことなのかもしれないですね。
なんか最後の方は何の話してるのってなったんですけど、
まあでもその朝日奈さんのインタビュー面白いんで、ちょっとよかったら見てみてほしいな。
意外とその作家がどういうふうに喋るのかとかって、
意外と聞く機会ね、
まあそのメディアによく出てる作家さんもいるけど、
そうじゃない方の場合は割とレアだなって思うから、
なんかもしよかったら朝日奈さんのインタビュー動画ね、見てみてほしいです。
はい、ということで今日はこの辺でおしまいにします。
お聞きいただきありがとうございました。