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こんにちは、パーラーかぜまち🍨へようこそ。 ということで、小説書きの風待葵です。
まあ1個気づいたことがあって、7月1回も映画見に行ってないっていうことに気づいたんですよね。 しかもなんか旧作とかも見てないです。
U-NEXTとか全然見てないですね。 あの、ただU-NEXTはNHKが見れるから、私家にテレビないからさ、NHKというか、まずその地デジってものが映らないんですけど。
だからU-NEXTでしかNHKを見れない感じなんですけど、 まあ、そこで結構ドキュメンタリー系のNHKのやつを見てます。見てるっていうか流してますね。
私が最近好きなのはフロンティアっていうやつと、あと映像の正規の、たぶん新しい方かな。
バタフライエフェクトっていう副題みたいなのがついてるシリーズが好きでよく見てます。
特にその映像の正規の方は、私はナチスの映像とかを割と見ていて、
アレクシエビチっていうノーベル文学者を取ったウクライナの作家がいるんですけど、
戦争は女の顔をしていないっていう本が有名ですけど、 その人が聞き書きという形でいろんな人に話を聞いて、それを文章にして本にまとめて、
観光するみたいなことをいろんなテーマでやっているんですけど、 それが一個独訴戦っていうのがあって、第二次大戦中の話なんですけど、
その独訴戦でどういうことが起きてたのかっていうのをまとめた本があって、
私はたぶんアレクシエビチ、和訳で出てるやつは全部読んだと思うんですけど、結構好きなんだよね。
好きっていうのも結構語弊があるんだけど、聞き書きっていうのが新鮮というか、私多分語りの文芸みたいなのが多分好きなんですよね。
ダザイオオサマとかでも女性の独白体が私すごく好きなんだけど、
ああいう一人称で、話し言葉に近い、ダーって一人が喋り続けてるみたいな文芸が好きで、
アレクシエビチってそういう感じなんですよね。あんまりこう対話じゃなくて、普通に本当に一人の人がずっと喋り続けてるかのように、
一個一個のエピソードが書かれてるので、それが非常に私は好きで、
戦争は女の顔していないとかもすごい文庫で分厚いから、読めんのか?みたいな思う人いると思うんだけど、意外と読みやすいので、
内容は重いんですけど、もし興味があったら読んでみてほしい本だなと思いますね。
あと単行本でしかないんですけど、セカンドハンドの時代っていう本も面白い。ただ3000円ぐらいするから、
図書館にあると思うんですけど、私は買ってしまったんですけど、マジで辞書みたいに分厚くてさ、あれ持ち歩きができないから、
本当に外で私読むんですけど、本割と。 マジでね、家でしか読めなかった記憶がある。どこにも持っていけなかった。
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重すぎて。ということでちょっと話がそれたんですけど、だから最近は映画は見てないんだけど、本を読んでます。
本をできるだけ読もうというか、本を読むことを優先しようとすると、映画見る時間がなくなっちゃったんですよね。
そんな感じです。今日はね、芥川賞の選票を読んだんで、それの話というか、
それを読んで考えたことをちょっと話してみようかなって思ってます。なんで別にその選票がどうだったとか、候補作
こんな感じだったとか、なんかその批評とか感想みたいな話にはならないと思うので、そういうのはね、もっと上手く話す人とか、もっと上手く書ける人が
いるので、そちらにお任せという感じで、私は自分の考えたことを喋ってみようということでね。
ちなみに私、候補作は、鳥の夢の場合と、トラジェクトリーだけ通読してて、
絶え間ない光の足し算は挫折して、踊れ愛より痛い方へでしたっけ?
さきさかさんの作品は書店でパラパラって見て、挫折しそうだなって思ったので、買わずに帰ってきてっていう感じでした。
鳥の夢の場合を買ったので、一冊買おうと思ってたんですよ、どれか。さきさかさんのもちょっと読んでないっていう感じでした。
まあ選票を読んでって印象に残ったところっていくつかあるんですけど、
まず選票を読むっていうことに対して、私は結構選票を読むのが気が重いんですけど、これは他人の選票、多くはそうなんですけど、
他人の選票でもあんま関係がないというか、私その学生時代に何回か賞を取ったりとか、学校の中のですけど、
あと候補に残ったりしたことがあるんですよ。で、そうすると選票が書かれるっていうとあれか、書いていただけるんですけど、
文学科新人賞とか普通の新人賞でも多分そうだと思うんですけど、基本的にその作品として何か媒体に掲載されるのって受賞作だけなので、
候補作とか、あと過作、一応賞は取ってるけど大賞じゃないみたいなやつは基本的には作品は載らないんですよね。
選票だけがその紙面に載るっていう形なので、でも私は結構傾向っていうか、小さい賞だと割とその選考員が万上一でその作品を第1位に選出しましたみたいな形を取ることが多くて、
実際そうなるんだと思うんですけど、あの、傾向しないんだと思うんだよね。そんなあの、でかい文学賞とかだとさ、2002とか平気でくるから、
さすがにその2000分の5だと傾向するじゃないですか。その上積み中の上積みだからさすがにこう、選考員同士で意見が割れたりするんだけど、小さい文学賞だとその層がさ、だいぶなんていうんですか、
絞られてくるっていうかさ、だから割と一致しやすいんだと思うんですよ。っていうのもあって、その大賞以外は基本的にその何点をまあいくつか書かれて、
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終わるみたいなのが多いんですね。だから基本的に私の中で選評って褒められないものっていう認識。褒められるのが異常みたいな認識なんですよ。
で、私は特にその自分が、なんて言うんですか、周りが自分のこと誰も知らない環境で選評書かれた場合ってそんなになんか、
自分の作品の評価だけを受け止めればいいっちゃいいんですよね。 なんだけどあれ程度なんか書く人が周りにいて、
で、友達とかも同じ賞に出してたりとかすると、自分の選評がだけがなんか出るみたいな形になるんですよ。だから自分の作品は
読まないけど、選評だけは読む人が、なんか割とその周りにいる。 で、私がその認識してないというか、一方的に多分私の名前とか、あとなんか姿みたいなのを後者で見かけたりとかしてる人も選評を読めたりするわけなんだけど、
なんかそれを だから想像するとなんか結構気まずいというか
なんか自分の作品のなんか欠点を言われている文章を、なんか一方的に誰かに読まれてるっていうのがあるから、なんか結構それが
うーん、まぁ当時はなんかモヤモヤというか、 ちょっと嫌かもなって思ってたけど、まぁでも結局ね
気にすんな でしかないので、まぁそれは気にすんなっていう話なんですけど、まぁそういう感じで
ただまぁ気にしなくていいっていうのは頭でわかってても結構さ、それを 感情的になんか整理するみたいなのってやっぱ時間というかある程度なんか工程みたいなのが必要
なので、なんか独特なメンタルを要求されるんですけど っていうのもあって、なんかあんまりその他人の作品に書かれた選評みたいなのも結構ね読むのが
しんどいというか、なんか気持ちがなんとなくわかってしまうというか、 オリンピックの結果みたいには見れないというか、私オリンピックの結果とか本当一言なんですよ
なんか誰が1位で誰が2位でみたいなとか、もう並走なんだぐらいの感じで、まぁ大体の人にとって選評ってそういう感じで読むものなんだろうなとも思うんですけど、私は意外と
あの一喜一憂しながら読んじゃいますね、本人かみたいな、全然関係ないんですけど だから芥川賞の選評とかって一人一人意見が割と違うんですよ、選考員の
なので、なんかその自分が例えば今回私は結構トラジェクトリー好きだったから なんかそのトラジェクトリーが褒められてると嬉しいみたいなので、それだけで読めるかっていうと違くて
なんか同じその選評の中でやっぱり評価される人と ちょっとねみたいなことをやっぱり言われる人といるんですけど、なんかやっぱそのちょっとねって言われてる人の
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なんか文もちょっと傷ついちゃうみたいな、勝手に傷ついてしまうみたいなところがあり その誰の選評も楽しく読めないみたいなところがあるんですけど
何回か目を閉じているうちにすごく勉強になるなってやっぱ思うんですよね っていうことでちょっと本題に戻ってきたんですけどやっと
まあ私今回の選評を読んで結構勉強になるというかいろいろ考えたことがあったんですけど なんかそれをちょっといくつか話してみようかなっていうところでまず
吉田秀一さんが書いてたところで 個性と魅力の話が出てきてすごく面白いなと思ったんですよ
吉田さんがそのトラジクトリーを評価するとしたら 人物を魅力的に書いてるってことなんじゃないかみたいな話をして
割とその個性、その人物が個性的であるっていうところは 最近論点に上がるんだけどあんまりその魅力っていうのは言われないですよね
最近は私もよく考えるというか
自分の作品を書く時の自分の個性みたいなところもそうだけど
人物を書く時の魅力と個性の違いっていうのは考えるよね
私があまりその個性的な人物を書くことに長けてないからだと思うんですけど
個性って大切りみたいなものだと思うんですよ その作品においては
なんですけど一般的に生身の人間で個性っていう場合には 自分では選べないと思うんだよね
しかも何を個性というか 最近だと例えば発達障害とか個性って言われ
そういう文脈で個性って言葉が使われたりもするけど 例えば発達障害があるって人に対してそれもあなたの個性だよっていうことはできても
それはあなたの魅力だよって言ったらなんかよくわかんなくなるっていうか だからやっぱそれぐらい個性と魅力って違うんですけど意味が
私選べないっていうのがなんかポイントな気はしてて
なんか何でもいいんですけど 例えばこういうふうになんか
解釈してしまうみたいなそのものの見方の癖みたいなのも個性 だけど
なんかそれがその人物の魅力につながるかっていうとちょっとわかんないですよね だから個性を描いたからといってその人物が魅力的だとは限らないっていうのが
まあ難しいところだなって思うんですけど なんか魅力ってなんか持続させるのが難しいなとも思うんですよね
なんか個性って一回その人物に付与してしまえば一生なんかそれのその癖みたいなのを なんか
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癖をなんかこう応用というかこういう時にはこういうふうに出ますみたいな形で書いていけ ばなんか持続させることができるんだけど
魅力ってなんか難しいよね 例えば
その途中まで魅力を感じてたのになんかそこですごい幻滅してしまうとか それがさその作中の人物が誰か
Aさんに対してBさんが幻滅するっていうのは なんかまぁあるんだけど
でもその事件というかその出来事 幻滅するような出来事が起こったとしても読者からしたら
そのAさんはまだ魅力的に移るっていうのは 理想的というかまぁそういう筋書きにすることはできると思うんですけど
なんか意図せずその登場人物で幻滅しちゃう っていうともうそれって魅力が失われている状態だからすごい難しくないって思ったっていう話なんですけど
なんか別にあのまとまってないんだけど全然 だから魅力の方がなんか
難しいよね だから逆に魅力的に書くのが難しいなって思うと結構個性に逃げてしまう気がします
なんか私自身はね でも大喜利 個性大喜利にやっぱ強い人が勝つ気がすんだよななんか
個性はなんか大喜利な気がしますけどね いかにその変な
変な設定を付与できるかの勝負だと思うんだよな だからそれを考えついた人が勝つ
っていう勝負な気がするんですけど魅力でどうにかすんのはもうちょっと長期戦 というか時給戦な気がしますねなんか瞬発力ではない気がします
っていうのが一個 ちょっとまとまってないけど次に行くわ
もう一個は偶話の話なんですけどこれは川上さんが書いてた 川上英子さんが書いたのが一番印象に残った
かな なんかあの絶え間ない光の多種山ってまぁ
私も土地までは読んでなんとなくそうなのかなぁって思いながら読んでたんですけど なんと雰囲気として東横とかああいう歌舞伎町の話なんじゃないかみたいな
歌舞伎町的な世界の話なんじゃないかっていうのを感じさせる小説なんですよ 主人公が異色子って言われるなんかこう
変なものを食べちゃうみたいななんだっけあの映画の スワローっていう映画があるんだけどなんか多分あれに近くて
私見たことないけどなんか予告とかを見たことがあってそういう話なんだなっていうのを 知ってるだけなんですけど
変なものを食べるだから本来食べ物じゃないものを食べるっていう人が主人公で あともう一人なんかハグっていう女の子が出てくるんだけど
その子はなんかアイドルを目指してる けど
その選票を読む限りだとホス狂いの女の子なんじゃないかっていうのが出てきて あともう一人は後半でそのホストの
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ホストなんじゃない現代で言うとこのホストなんじゃないのかみたいな子が出てくるって いう話らしいんですけど
結局その絶え間ない光の足し算っていうのはその現代の偶和みたいなものですよね っていう形で
書かれていてなんだけどその偶和 っていうものをやっぱり成立させる
にはこういう部分が何点でしたみたいなことを多分いろんな方が違う 言い方で多分書いてたと思うんですよ
私は別にその偶和を書くことに対してその他の人が書くことに対しては まあ別にいいというかそれはなんか正直その偶和をやるってなるのは
なんかもうスタイルの違いとかもある気がするから 何をどう書くかって別にその作家の自由だから
いいんですけど私個人的に偶和は同人誌に載せる小編とかで書いた 偶和というかそうですね書いたことあるんですけど
基本的な手法みたいなところではやっぱり選ばない書き方なんですよね っていうのはシンプルにあのムズいから
なんですけどでまぁムズいから避けてるって言うとすごいダサいんだけど なんて言うんですかねなんか偶和ってねやっぱ難しいなって思うのは
結局現実を生々しく書くことに勝てるのかどうかっていう ところなんですよねなんか私が考えるのはその
偶和で書くなら現実で書いた方が良くねみたいなのなんかどっかで思っちゃう ですよ
なんでもいいんですけど例えばコロナウイルスとかコロナ禍っていう出来事があったとして そのコロナ禍を偶和的に書くっていうことももちろんできるんだけど普通にコロナ禍の社会を
現実の設定で書くのとどっちがその物語として強いのかみたいなのを考えた時に 勝ってる気がしないんですよねその私が書いた偶和は勝てないと思うんだよね
リアルを描いたなんか作品に私が書いた偶和は絶対に勝てないと思うから だから勝てない勝負はしないってなんかすごいダサいんですけどこういうと
自分自身はやっぱり現実をそもそもそんなにうまく書けないって思ってるんですよ 自分がなんかそれはその技術とかが足んないから現実をまずうまく書くのがもう大変みたいな
感じ でなんかその体たらくで偶和に手を出すのはダメだろうみたいなことを結構自分自身思ってるか
やっぱなんか現実をちゃんと書けた上での偶和なんですよねやっぱり なんかそういう気がしてて私はでなんで私がそういうふうに偶和を書くことをなんかある時期から
やめようってなったかっていうと 私の場合はその偶和にすることで何かから逃げるんですよね
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それを避けるために偶和を書くのやめたんですけど なんかそのリアルな世界を書くときに絶対にここは書かないといけないというポイントが
なんかどんなものにもあると思うんですけど ちょっと具体的にあんま思いつかないから言えないんだけど
なんて言うんですかなんかここを書かなかったら意図的に避けたなって思われるなみたいな 私実際意図的に避けてるな
だから絶対書かなきゃいけないなみたいなポイントがあるんですけど その現実世界を舞台にした場合って
なんですけど偶和にするとそのなんかリアリティラインを飛び越えられるから 書かなくて良くなるんですよ
書かなくていいって私が思ってしまうんですけど だから楽をしてしまうんですよねで一応それで成立もしちゃうんですよなんか偶和だと
言ったもん勝ちみたいなところがあるから 偶和ってそのリアリティを結構無視できちゃうというか
構造をちゃんと組める人じゃないと書けないものな気がするのね で私は構造を組むのがめちゃ苦手で
めちゃ苦手ですね あと批評的に読むとかもあんまできないんですよ 元々あんま得意じゃないんで
そういう人が書く偶和って穴だらけで なんか崩れるんですよねみたいな簡単になんか
ここをしたら崩れるみたいななんか ジェンガの負けそうな時みたいなものが出来上がっちゃうんで
ちょっとあんまり やらない方がいいっていうかそれだったら普通になんか
現実をちゃんと現実として書いた方がいいみたいな 判断だったんだけど
私ねそういうやっぱ評価もね厳しくなるんだなっていうのはなんか思いましたね 私も偶和とか書けたらおもろそうって思うことはあるけど
やっぱ評価厳しくなるのかなぁみたいななんか思いながら読みました あと最後は
あのこれは今回の 今回の選挙だけじゃないんですけど山田恵美さんの選挙を読んでて割と山田さんが
比喩に非常に厳しいですよね 多分山田さんは基本的にあんまり比喩は使わなくていいと思っている作家さんだから
そういうふうに 選挙でも書くんだと思うんですけど実際にその
一般的にというか 少なくとも私が大学で受けた授業とかでは比喩は使わない方がいいっていうのが割と
割とそういう意見の先生が多かったです なんでかっていうと比喩はだいたい失敗するからっていう
なんかこれもなんかすごいダサい ダサく聞こえるかもしれないんだけど
普通に防げる失敗は防いでおいた方がいいって言われなんですけど まああんまりその成功しないっていう話らしいんだよね
でこの場合の比喩っていうのはその直言 何々のように何々のような
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何々みたいなとかなんかそういう比喩ですね はあの使わない方がいいっていうことです
私もそれはわかるというかまあその読者になってみるとわかるんだけど
その疲れてくるんだよね いやさすがにその1回の比喩で疲れることはないですよ
冒頭1回だけ比喩が出てきてそれであー疲れるわってことはないんですけど 比喩が多い文章って読むのが大変なんですよ
だんだんなんかしんどくなってくるのね まあそれは私の好みもあるのかもしれないんだけど
別に言いたいことだけすってストレートに書くので基本的にはいいんだよっていうなんか教え
がほとんどだったんだよね 私でもそうですねまあ何々のようにって多分あれ村上半岐さんとかの影響なのか
わかんないけど 比喩をなんか入れておけば上手い文章に見えるって思ってる人が言っているんじゃないか
と思うんですけどあとなんか比喩を入れた方が小説っぽいとか文学っぽい って思ってる人が言っているのかなって思うんですけど
うーん どうかなって感じですよね
私はあんまそういうふうに思わないしなんか自分もあんま比喩って使わないんですよね 直営とかマジで多分やらないと思うあの
やってないと思う多分 その比喩にも別に自信がないっていうかなんか
比喩以外にあるくないみたいなレトリックってその直営だけじゃないけどなぁってなんか なるというか
私その大学時代に高段車だっけ 高段車文芸文庫みたいなやつありますよねなんかあの紺色の背拍子の文庫で
難しそうなテーマばっかり扱ってるみたいなレーベルがあったと思うんですけど 筑紋文庫みたいな
筑紋学芸文庫みたいなのありましたよね なんかあれのレトリック感覚
とレトリックもう1個あったんだけどな レトリックなんとかみたいな2冊本があってそれ2冊読んで
そのまあレトリックっていっぱいあるんやなぁみたいなことなんか知ったんですけど だから直営ってその中の1個でしかないんですよだから
レトリックを使うんであればなんか他の 他のやり方も検討した上で直営それでも選ぶんかっていう感じ
なんですよねだから暗喩とかもあるやんみたいなのとかあと 気づいてないけどこれもレトリックだったんだみたいな確かあったんですよちょっと今
細かい内容を思い出したんですけど そうだからそういうのもあって別に直営に頼んなくてもやれる
みたいな確信を得たんですよなんかその時にだからあんま直営って使わないんだけど私は あと個人的な印象ですよなんかこれはアーティストとかその歌手とか
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まあとにかくその文芸 文芸型じゃない人が書いた小説とかってやたら比喩多いんですよね
だからそれもその多分小説って比喩使うものだみたいな先入観があるのかわかんないんです けど
あれマジでどうにかなんねーのって思いながら私読んでるんだけど読むときはでだいたい なんか比喩とかが出てくるとなんかもうもういいかみたいな
感じでなんかもう読まないんですけどだからねあんまり まあ使わなくてもいいんじゃないとは思いますね
前にすごいその比喩の選票でめちゃめちゃ印象に残っているのが どの回のどの作品だったかちょっとわからないんだけどなんか多分平野圭一郎さんかな
が選票で書いてたのが 比喩の話をしててそれもその作品の最後の選票の最後の方で
なんかこんな比喩を残したまま掲載してる なんてみたいな
編集仕事してますみたいななんかすごい 書いてあって作家じゃなくて編集にまで
行くんだ指摘がみたいなすごいびっくりした覚えがあるんですけど 確かにそのデビュー作その文学賞に
文学賞の新人賞を取った作品とかもさノミネタされるから 芥川賞って
鳥の夢の場合とかね群蔵の受賞作ですけど だからそういう場合もうしょうがないじゃないですか編集者が入る余地がないから
だけど普通のその文芸誌にデビュー後の人で文芸誌に掲載されている作品の場合は 確かに誰かが絶対読んでるんだってことに気づいて
だからそういう選票も出てくる可能性もあるのかって思ったんだけど その書き方にものすごくびっくりした覚えはありますね
内情わかんないけどねその編集さんを指摘してる可能性あるじゃないですか例えば だけど作家が直したくないって言ってそのまま出してる可能性もあるから
なんかマジでそうだった場合つらってなりましたけど いやーなんかねそういう選票も読んだことがあります
いうことで 今回選票の話とかから自分が考えたことをまぁちょっと
だらだら喋ってみました なんか最近はちょっと涼しくなってきましたけどまたどっかで暑くなるのかな
とか なんか先制競技ほどしながら毎日過ごしてるんですけど皆さんも
本当にあの自立神経を大事にしてくださいね私は1回行かれましたのでちょっと本当に 大事にしてほしいあの意外とその目を使う
人が多いと思うからその目を守ったほうがいいマジでこれは 私一回頭痛で死にそうになったので今回今年
ブルーライトカットのメガネをかけるようにしたら結構楽になったんですよそれだけで 目がいい人もブルーライトカットのレンズ
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のメガネを買って 一番重いやつがいいと思いますなんかその日中使用用とかで割とそのカットの
率が低いやつとかあると思うんですけど一番重いやつでいいので あの60パーカットぐらいのやつをかけとくといいと思います
なんかデザイナーさんとかで色見る場合はちょっとそれ1回外しながらやったほうがいいと思う けど基本的にあのパソコンでただなんか
文章作成とか エクセルやるとかぐらいだった色見る必要ないと思うからそのブルーライトカット
一番重いやつをかけるっていうのがおすすめ あとサングラスもかけるのがおすすめです
ということで 目を守ってくださいというのを言い残して今日はおしまいにします
はいお聞いただきありがとうございました