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034 青森に行ったよ/「何」と「どう」
2025-10-18 21:32

034 青森に行ったよ/「何」と「どう」

青森で生まれたことにしたい


■言及した作品など



■紹介した施設


■概要

2回目の青森県 / よい / 旅行記 / バカデカい実家 / 左半分、右半分 / 青森市と八戸市 / 見どころがありすぎる / 福島県 / 風 / 懐かしい / 官民連携 / やさしい / 弾き出される存在 /「命」/「なんかやっていける気がする」/ 近所にほしい / 読書会ルーム / カンヅメブース / カルディ / 5冊くらい買った / 旅行記的なもの / 何を書くか・どう書くか / 題材にこだわりがない / 構造 / 読ませる /「書きたいことはない」/ 書きたいように書くため / どっちかがあればいいわけでもない / 自分ではえらべない / 何を書けないのか / 外堀 / 追い込み漁 / 書くべきこと / ストア哲学 / 限界 / 「気づくのが遅い」で有名 / 終わった / それしかできない人 / 紀行小説 / 作為 / 駄作 / 次からやらなければいい / やってみっか / 読了本


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00:04
こんにちは、パーラーかぜまちへようこそ! ということで、小説書きの風待葵です。
はい、先日青森に行ってきまして、私2回目の青森県なんですけど、本当にさ、青森良いよ。
良いですよ、青森は。 私、去年のちょうど同じ時期に青森に行って、そのことを旅行記にまとめたんですけれど、
本当に青森最高でしたね、今回も。 前回はダザイ・オサムが青森の出身だって言うんで、
ダザイの場がでかい実家があるんですよ。 金城っていう、五所川原っていう、なんて言うの?五所川原市の金城町っていうとこなのかな?
ちょっとウロ覚えで申し訳ないんだけど、そういうとこにダザイの実家がありまして、
そこに行こうっていうんで、日本地図で言うところの青森の左半分に行ったんですよ。
今年は逆側攻めようかっていうんで、右側に行きまして、地名で言うと青森市と八戸市に行ったんですけど、
ちなみに前回は広崎の方にも行きまして、広崎・金城編と青森・八戸編みたいな感じになりましたね。
ただね、青森県マジで見どころがありすぎるのね。 だから別に今回も回れなかったですね。
主に8割ぐらいは青森市に行ったんですけど、最終日だけ八戸に移動して、
なんかちょっと好きというか、気になってた本屋さんとか行ったりしたんですけど、マジで楽しかったっすね。
なんだろう私、本当に小っちゃい時、それこそ3、4歳の時に福島県に住んでたんですよ。
結構、本当に短い間しかいなかったんですよ、人生で考えたら。
本当にね、だって今30年ぐらい生きちゃってるんで、だいたい30分の1とかしかいなかった土地なんですけど、
未だにその記憶から消えないっていうか、
なんか福島の冬の感じというのかな、あと風?
風の強さみたいなのをすごい覚えてて、幼いながらに。
その空気をやっぱ青森を感じるっていうか、
秋だけどもう冬みたいな寒いし、風もなんかすっごい吹いてるんだよね。
いや本当に東北共通なのかわかんないけど、風がすごい独特なんだよね、とにかく。
それがね、外歩いてて実際本当に吹かれると寒いし嫌なんですけど、
でも同時にやっぱすごい懐かしいなとも思うのね、個人的には。
あとはなんて言うんですかね、八戸の中心地っていうのかな、駅からはちょっと離れるんだけども、
03:07
その八戸の中心地に、私が気になってた本屋っていう、八戸ブックセンターっていう、官民連携の役所と、
いわゆるその事業会社っていうのかな、が連携してやってる本屋があって、
内沼慎太郎さんって結構書店業界では有名な方がいらして、その方が入っている書店というか施設ですね。
本に関する複合施設みたいな感じのところがあって、
その周りに割とコミュニティセンターに近いような施設があったりとかして、
結構街が人に優しいなっていうのを感じたんだよね。
これはもしかしたら別に八戸に限ったことじゃなくて、
日本の地方と言われる場所っていうのかな、は割と共通してあるものなのかもしれないよね。
東京に住んでて、私でも東京の外れに住んでるんですよ。
だから23区ですらないんだけど、それでもやっぱり八戸とか地方都市に比べるとやっぱ冷たさがあるっていうかね。
別に冷たさっていうのはコミュニティがないとかそういうことじゃなくて、
私別にコミュニティに自分が包摂される人間じゃないと思ってるから、
地域の寄り合いみたいなところからはじき出されるであろう存在だと思ってるんで、自分のことを。
別にそこに対して憧れとかはもうないんだけど、
そういうことじゃなくて、人権?人権でもないな。
なんて言うんだろう、その、命?
命を軽んじられてるんじゃないかって思ったんですよ、今回その。
初音ミクに行った時になんか、普段の生活で命軽んじられてる気がするなって思ったの。
私別に住む場所もあるしさ、食べ物にも困ってないですよ。
だけどさ、自分がもし弱い、もっと弱い立場、例えば老人とかさ、になった時に、
絶対なんか、大事にされないだろうな、この町では、みたいなことをなんか思ったんですよ、帰ってきて。
八戸はそれがないっていうか、なんかやっていける気がするんですよね。
根拠なくやっていける感じを与えてくれる場所だなって思ったの、すごく。
で、なんかそういうのに気づけただけでも言った価値あったなっていうふうに思ったのと、
あと単純に八戸ブックセンターがめっちゃ良かったんですよね。
いやああいう本屋、まあでもね、東京はね、別にあの、
でかい本屋ありますからねっていうので、多分ああいうもののなんかありがたみというか、
うーん、なんか必要とされ方っていうのが全然違うと思うんだけど度合いがね。
06:01
やっぱ八戸にあることに意味があるんだろうなっていうのは思ったけど、同時にちょっと近所に欲しいなとも思ったしっていうところで、
なんか取り組みが結構独特なんで、ちょっと是非見てみてほしいんですけど、
あのまあ読書会用専用のお部屋みたいなのがあったりとか、
まああと缶詰ブースって言って、あの、まあいわゆるさ、その、
なんて言うんですか、ああいうシェアラウンジというか、シェアオフィス的な作業スペース?
その個別の作業スペースっていうのがあるんだけど、そこは仕事じゃなくて執筆で使ってくださいっていう、
それ専用の部屋みたいなのがあるんですけど、とか、なんかね、そういうのがちょっと面白いんですよね。
で、置いてある本とかもちょっと、こう、癖があるっていうか、まあ本の置き方とか並べ方もそうだし、
なんか陳列とかも結構工夫されてるっていうか、こう、見たくさせるっていうのかな、なんて言うんだろう。
なんかわざとあれだと、こう、ごちゃついた感じでこう見せるっていうかね、こう棚、
棚をいろんな棚使ってみたり、あの純駆動とかってめっちゃ整然としてるんですけど、なんかあれはあれでいいんだけどさ、
ああいう感じじゃなくて、なんかあの、カルディとかに近いような感じでこう陳列してあって、まあカルディほどの過密じゃないんだけど、
そういう陳列の仕方とかこう見てて、なんかいやおもろい本屋だなぁと思って、あのものすごいサス買ってしまいましたね。
すっごい重かったね、帰り、鞄が。なんかね、結局私、青森にいる間に5冊ぐらいの本買ったんだよね。
しかもなんか文庫も、まあ文庫も買ったけど、なんか2冊ぐらい単行本みたいなやつ買って、なんかハードカバーのやつ。
本当にあの、また積んどくが増えてしまいましたっていうところでね。で、まあちょっと青森の話はね、
青森の話はまたね、旅行記的なものをまあ書こうと思ってまして、それはおそらくちょっと5月の分振りになるんですけど、
まあ私は絶対あのギリギリで入稿とかできないので、ちょっと怖くて。また5月に売るかなーっていうところでまぁちょっとぼちぼちでじゃあ書こうかみたいな感じなんですけど、
まあ最近その、なんていうのかな、何を書くかっていうところと、なんかどう書くかみたいな話があって、まあ別にこの二項対立だけじゃないんですけども。
ちょっと考えてるんですけど。ほいで、あの、私結構何を書くかっていうところであんまり今までこだわりがなくって、
割とどう書くかみたいなところって言うと、でもちょっと境界が曖昧なんだよな、自分の中で。
うーん、なんて言うんだろう、単純にその文体とか文章の方を割と頑張ってたんですよ。
だから極端な言い方すると、その内容は、内容に工夫がないって言ってしまっていいと思うんだけど、まあ自分のもう、
09:04
自分の書くもののことだから、いくら悪く言ってもあれなんですけども、
まああの、書く内容とか題材みたいなものにあまりこだわりがないというか、こだわらないようにしてて、
で、そのなんかまあ一見つまらないというか、まあ取り留めもない内容をどうこう魅力的に書くかみたいなところに結構興味があったんですよね。
だから割と構造とかも単純というか、まあないに等しいような作品ばっかり書いてきて、
でまあ、その今年のね、5月に出したその旅行記とかに関しても、割とその起きた出来事をただ書いていくだけっていう、
まあ結構シンプルな、まあ言ってしまえば工夫のない旅行記だったんですけど、まあそれをどういうふうにこう文章でこう、なんかまあ面白くというのかな、
まあ読ませるみたいなところを頑張れるかっていうのを結構追求してて、
まあちょっとその試みが成功したかというのをね、読者の方にあの、委ねるというか、
まあでも多めになんかあの面白かったですなのか、なんかそれに近いような感想をいただいて、まあ嬉しかったんですけど、
それももういいんじゃないかっていうふうに最近は思ったんですよ。
なんかそれはまあ多分自分が何を書くかっていうところを、
んー、なんかまあ考える時期というのかな、まあ自然とそういうふうに思えてきたんですけど、
なんかそれこそ本当大学の時とか、私明確に別に私書きたいものってないわって思ってたのねずっと。
で、なんか書けそうなことっていうか、まあ自分の中で気になることとか、ずっと考えてることみたいな、
まあ問いみたいなものがあって、それについてじゃあ書こうかな、みたいな感じであの書いていたっていう記憶があり、
で、まあその時に思ってたのが、まあいつか、なんだろうな、いつかその自分が書こう書きたい何かとか、
なんかこれはマジであの、なんだろうなもう本気でというか、まあ別に本気じゃなかったわけではないんだけど当時も頑張ってやってたんだけども、
自分がその本を押し入れて、なんか結構長期戦であの、かからなければならないテーマみたいなのが、
いつかその出てきた時に、なんていうのか、自分が書きたいように書けるように、練習というかしておこうみたいなふうに思ってた記憶があるんですよ。
だから結局その、何を書くかっていうのが自分の中でないけど、どう書くかっていうところは、なんかまあ追求のしようがあるなって思って、
ずっとそれをやってきて、っていう感じだったのよ。でもなんか本来それって別にどっちかがあればいいっていう話じゃないっていうのも、
まあ同時にわかってはいたけどどうしようもなくて、っていうのがまあ自分の若い時だったんですよ、多分、今思うとね。
12:03
で、最近結構その何を書くかみたいなところでいろいろ考えていて、
で、今のところの結論としては、何を書くかみたいなのって結局もう自分では選べないんじゃないかなと思い始めたんですよ。
むしろその自分は何を書けないのかっていうのを知っていくのも大事なんじゃないかなって思ってて、
でも私は結構その何を書くかっていうのが、書きたいかっていうのが最初からなかったこともあって、
で、そのどう書くかみたいなところを考えながらやってきてた中で、私にはこれはもう書けないなっていうのがいっぱいあったなっていうのを感じてて、
だから外堀を埋めてる時間というのかな、追い込み量的な感じですよね、っていう時間だったんだよね、ずっと。
だから結局選んでないというか、やれそうなことを全部潰していった結果、最後にこれが残ったみたいなのが多分書きたいことだし、
もっと言うと書くべきことなのではというふうに思ったの。
それを何か悪いことだと私は別に思ってなくて、まあわかんないよ、昔の自分だったら嫌だったかもしれないけど、
まあ今はそんなにそれが、なんていうのか、そのべき思考じゃんみたいな、別に思わなくて、まあそういうもんだろうっていうふうに結構思ってるっていうかね。
で、なんだろうね、まあそれはなんか私が結構多分その小説から離れてた時に、ストア哲学っていうさ、まあ哲学を結構読んでたんですよね、好きで。
結構自分の境遇にもピッタリくる哲学だったので、割とそれを参照しながらは生きてるというか。
基本的には詳しくは本当に調べてほしいんですけども、割と誤解を生みやすい哲学なので、ストア哲学って。
私が今ここで半端な、私の説明というか、私の半端な説明だけでこう判断してしまうと結構、なんか良くないじゃんみたいな感じに多分理解がなりやすいと思うんで、なんか調べては欲しいんですけども、
基本的に義務を果たしなさいっていう考え方があるんですよ、なんかストア哲学って。
で、まあそれが自然なのであるみたいな、もう結論だけ言うんですけど、っていうまあちゃんとあるよ、そのちゃんと論理だった説明があるんですけども、
まあそういう哲学なんですよ。だからまあ自分の義務を見つけたら、それを果たすっていうのは自然なことであるっていうのを読んで、
割と私それに納得できたんですよね。だからまあ自分の書きたいことを書くんだではなくて、
まあ書くべきことがあって、それを書くっていうのがまあいいことなんじゃないかなって私は思うようになったっていう感じなんだけれども、
15:01
何が言いたいのかわかんなくなってきちゃったんだけど、そう、だから何を書くかっていうところを考えるようになると、
次にその構造の話を考えないといけないっていう風になってきたのよ、だんだん。 つまりその文章だけで何とかするのに限界があるっていうことに気づき始めたんですよね、ようやく。
あの気づくのが遅いで、あの有名なんですけど私は、で気づいたんですよ。
私はこの構造をどうかするっていうのを本当にやってこなかったっていうのもあって、マジでやり方がわからず。
そういう読み方をしてきてないわけですよね。なんかまあ基本的にその書く人っていうのは読まないといけないんですけども、
私も自分なりには読んできたんだけど、そのいろんな作品を読んできたつもりなのね、まあ少ないながら。
なんだけどその構造がみたいな、つまりその何を書いてるんだろうこの作家はみたいな読み方を全然してなくて、そのストックがなくて、終わったって思ったんですよ。
まあでもね、終わったでちょっと済まされないから、何とかはしたいとか思いながらやってみてるんですけどね、いろいろ。
だからその旅行記の話に戻るんですけど、まあその次のね旅行記はだからちょっと構造があるようなものにしたいなとは思ってんだよね。
だから前回は本当にただ書いたっていうか、その順番にただやってるだけみたいな感じの文章だったんですけど、それはそれで別にいいんだけどさ、
それしかできない人がそれやってるのはなんか違うだろうと思うんですよね、やっぱ。
今の何を書くかみたいな話をまあ1回通過した上であえてそれをやるならまあありだと思うんですけど今後は。
それを一切検討しないでそればっかやってるのはやっぱちょっと良くないと思ったの、自分なりにね。
だから次はちょっとそのなんか構造をちょっと工夫したみたいなものにしたくて、
だからまあ旅行記っていうにはちょっと無理があるかもしれんけど、まあちょっと創作入ってるやんみたいな感じにはなると思うんだけど、なんかそういうものにしたいなって思いまして。
構造っていうところで言うとまあダザイン・オサムの津軽って小説の話を何度かね、このラジオでもしてると思うんだけど、
あれもあの小説なんですよね。あの旅行記だと思って私読んでたんだけど最初。あとあとなんか
あらすじのとこ見たら、いやあの気候小説ですね。気候小説とはみたいな。あの気候文は聞いたことあるけど気候小説は聞いたことないと思って。
でもあれ本当にその自分の旅行を元に書かれた小説っていう体、というかそういうもの、そういう作品らしいんだよね。
でまあいろんなさ、津軽っていうぐらいなんで青森の土地を巡る話なんだけど、その巡った順番とかも結局さ、小説って言われちゃうともうその順番で巡ったかどうかって超わかんないわけよ。
18:00
であれってその最後ちゃんと落ちというか、最後の最後でめちゃくちゃ泣かしてくるみたいな小説なんですけど、津軽って。
だからその泣かしてくるポイントも実はその旅の中盤だった可能性もあるっていう話よね。
だしそのまあ、その場面に関しても創作が1ミリも入ってないわけではないかもしれないっていうふうに考えた時に、結構その自然に書いてるというかさ、そのありのままに書いているようでいて、実際はちゃんとダザイのそのなんか意図みたいなのが働いてて、っていうまあ作品らしい、どうやらっていうことを私は知ったの。
で、なんかこの作者の意図みたいな、その言ったら作為みたいなものを、うーん、なんかね、そのうまく生かすみたいなのが多分ね、あんまやったことなくて、私本当に自分の意図を出すとか自分の意図通りに何かをこう組み立てるみたいなのにすごい抵抗があるんだけど、だから小説とかも割とそうで、なんかあんまりプロットとか決めるのが得意じゃないんですよね。
その、こういうふうに動いてほしいから、こう言わすみたいなのが、まあうまくいったらいいけど、それが読者にバレると本当になんかあの目も当てられないみたいな感じになるので、その塩梅が難しいなって思ってたのと、そういうこともあって、あんまりやってきてなかったんだけども、まあ今後は多少やるかみたいな。
いやまあでもね、プロット書けないのはもう本当しょうがないと思うんだよね、あれ。あのー、プロット書かない方が最後まで完走できるっていうことがわかったんで、最近。
前はいろいろね、なんかちゃんとやってたんだけど、最近はもう諦めました。っていうのでプロットは立てないと思うんだけど、ただその作為のバランスみたいなのは今後はわからない、やるかもしれないってなんか最近は思いましたね。
まあ別にそれでさ、なんか書いたものがダサくなっちゃってもさ、別にいいのよ、なんかそれは。その意図があってそうして、それがうまくいかなくてダサくなったなってなったら別にそれ次からやんなきゃいい話だから、
別にそこはまあいいんですけども、いやもうしょうがないよね。なんかその書いたものがさ、うまくいかなくてもしょうがねえやって、なんかどっかで思ってるよね。
若い時とかさ、もっと若い時とかなんかちょっと失敗するの、なんかあれだなとか思ってたけど、最近はもうなんとも思わなくなってきましたね。
いいか悪いかわかんないけど、まあやってみっかとりあえずみたいなね、そういう精神ですよね。
なんか、執筆をさ休みにするって決めたのはいいんだけどさ、その他のタスクがありすぎて、なんかすごいなみたいな、私ちょっと本読もうと思ってたんだけどなって、
思ってますね、最近はね。
はーい、ということで、まあちょっと独竜本みたいな話はね、割とあの、
Xの自分のあの読書会のアカウントの方で割とやってたりするんですけど、まあちょっと書き手のアカウントでさ、なんか独竜本の報告やのなんかちょっと恥ずかしくて、
21:06
まあ独竜本のなんか感想、あの下手くそな感想とかもね書いて投稿などしてますんで、
まあこいつ何読んでるのかなって思った場合には、ちょっとそのアカウントを覗いていただければと思います。
今日はちょっと宣伝になりましたが、この辺で今日はおしまいにします。お聞きいただきありがとうございました。
21:32

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