篤姫と徳川家定の絆、そして突然の別れ
こんばんは。今夜もまた、おやすみ歴史ラジオの時間がやってきました。
ベッドに入って、一番リラックスできる姿勢で聞いてね。
さて、篤姫の物語も、今夜で第2話。
彼女の人生に、時代の大きな嵐が吹き荒れ始めます。
前回は、文家ののびのびとした暮らしから始まず成り役らの幼女となり、
重大な見つめを胸に江戸城の大奥へと入った篤姫の覚悟を見てきましたね。
風変わりで孤独だった将軍、徳川家定の良き理解者として、
二人が深い絆で結ばれたところまでのお話でした。
大奥という誰も味方のいない世界で、
篤姫は夫である家定と、穏やかで温かい日々を過ごしていました。
家定は篤姫の前ではすっかり心を許し、
二人で一緒にお菓子を作ったり、
たあいのないおしゃべりを楽しんだりと、
まるで普通の仲睦まじい夫婦のような時間を重ねていたのです。
しかし、そんなささやかな幸せは、あまりにも突然に終わりを迎えてしまいます。
もともと体の弱かった家定の容態が急激に悪化し、
篤姫が江戸城に入ってからわずか一年半ほどで、この世を去ってしまったのです。
二重の悲劇と転生院としての決意
さらに追い討ちをかけるように彼女を大多くへと送り出し、
誰よりも心の支えとなっていた養父の島津成明らまでもが、
薩摩の地で急死してしまいました。
愛する夫と最愛の育ての親をほぼ同時に失うという、
言葉にできないほどの深い絶望が篤姫を襲いました。
当時の習わしに従って、篤姫は髪を短く切り落とし、
転生院という新しい名前を名乗ることになります。
この時彼女はまだ20代前半という若さの真っ只中にありました。
普通であればすべての支えを失い、
故郷の薩摩へ帰って静かに暮らしたいと願ってもおかしくありません。
実際に薩摩藩からは、もう役目は終わったのだから、
鹿児島へ帰ってきなさいという連絡が届いていました。
しかし、転生院はその申し出をきっぱりと断ったのです。
私は島津の娘としてここへ来ましたが、
今は徳川の人間、将軍の妻でございます。
上様が命を懸けて守ろうとしたこの徳川家を、
今度は私が王国の主として守りぬいてみせます。
転生院は涙をふい、
未亡人として王国の最高権力者の座につくことを決意しました。
幼き将軍と皇女・和宮の登場
新しく第十四代将軍となったのは、
わずか十二歳の徳川家持という少年でした。
転生院はこの幼い将軍の母親代わりとなり、
王国の厳しい仕切りや将軍としての心構えを優しく、
時には厳しく教え込み彼を一人前のリーダーへと育てていきました。
しかし、時代の針は非常なまでに進んでいきます。
新政府をつくろうと暴れるかつての故郷、
薩摩藩の仲間たちが今や徳川家を滅ぼそうと、
江戸城に向かって大軍を進めていたのです。
転生院が母親代わりとなって大切に育てていた若き将軍、
徳川家持。
彼のもとに幕府と朝廷が固く手を結ぶという政治の計画によって、
京都の天皇の妹である和宮という高貴なお姫様が、
新たなお嫁さんとして大多くへやってくることになりました。
しかし、この和宮の腰入れは、
大多くの歴史の中でも最大級の大嵐を巻き起こすことになります。
対立する二人の女性、転生院と和宮
京都の華やかな宮廷文化の中で育ち、
誇り高いプライドを持つ和宮。
一方で武家の最高峰として何百年ものしきたりを守り続けてきた
大多くのリーダー、転生院。
二人の初めての対面の日、
大多くの部屋には一歩も引かない張り詰めた空気が流れていました。
転生院は和宮を歓迎しつつも、
ここは徳川の家であるという大多くのルールを示すため、
あえて和宮よりも一段高い席に座り、
彼女を見下ろすような形で対面しました。
すると和宮も負けてはいません。
お土産として持参した品物の包みに
転生院へという名上のものが
木下の人間に使うような言葉をわざと書き記し、
自分の方が身分が高いのだと静かに主張したのです。
言葉遣い、お辞儀の仕方、食事のメニューに至るまで、
京都のやり方と江戸のやり方が激しくぶつかり合いました。
大多くの女中たちもそれぞれの味方に別れ、
陰で悪口を言い合うなど、
二人の周りはいつも冷酷な火花が散っていました。
まさに王国の中で起きた静かな戦争でした。
将軍家茂の死と、二人の女性の和解
しかし、そんな二人の堅くなな心を溶かしたのも、
また時代の悲しい運命でした。
日本中が新政府軍と幕府軍に分かれて激しく戦う中、
若い将軍家持は、戦争を止めるために自ら前線へと向かいました。
しかし、もともと体が弱かった家持は、
戦いの最中に病に倒れ、
わずか21歳という若さで、
帰らぬ人となってしまったのです。
愛する夫を若くして失うという、
まったく同じ深い悲しみを、
二人は背負うことになりました。
家持の不報が届いた夜、
天正院は一人で激しく泣き崩れる
和宮の部屋を訪れました。
そして、かつて自分が夫の家財をなくしたときのことを静かに話し、
和宮の震える肩をそっと抱きしめたのです。
お互いに大事な夫を失ってしまった。
でも、私たちがいつまでも泣いていては、
家持ようが安心できません。
これからは、二人で一緒にこの家を守っていきましょう。
天正院の温かい言葉に、
和宮の目から大粒の涙があふれました。
生まれも育ちも違い、
あれほど激しく憎しみ合っていた嫁とシュートめ。
しかし、大切な人を守りたいという同じ強い思いを持つ二人の女性は、
この深い絶望の中で、
ついに本当の家族として固い絆で結ばれたのでした。
薩摩藩との対決と、命懸けの交渉
若き将軍家持を失い、悲しみの底に突き落とされた多く。
しかし、鑑賞に浸っている時間すら、時代は与えてくれませんでした。
新しく誕生した新政府軍が徳川家を完全に滅ぼすため、
江戸城へと向かって怒涛の勢いで進軍してきたのです。
その新政府軍の総大将を務めていたのは、
他でもないかつて天正院王国へと送り出してくれた懐かしい故郷、
薩摩藩の西郷隆盛でした。
かつての身内が、今や最大の敵となって自分を殺しにやってくるという、
歴史の皮肉で残酷な現実が突きつけられたのです。
江戸の町が火の海になり、徳川の血筋がすべて絶やされてしまうかもしれないという、
最大の危機が迫っていました。
この時、天正院はかつて激しくぶつかり合った和宮と手を取り合い、
驚くべき行動に出ました。
天正院は新政府軍を率いる西郷隆盛に向けて、
自分の命を懸けた一通の手紙を書き上げ、秘密の使者に託したのです。
手紙の中で彼女は西郷に向かってこのように訴えかけました。
西郷、私は薩摩の始末の娘として育ち、
御藩の主君であった成明様からすべてを託されてここへ来ました。
今私は徳川の人間として、この家を守る責任があります。
もし、どうしても徳川を滅ぼすというのであれば、
まずはこの私の首をはね、私の命を奪ってからに一歩を進めなさい。
それは、自分の命を盾にしてでも徳川家を救おうとする、
誇り高き始末の娘としての凄まじい覚悟の叫びでした。
同時に、和宮もまた京都の朝廷に向けて、
徳川の命を助けてほしいという必死の探願書を何度も送り続けました。
多くの二人のトップが、それぞれの誇りと人脈をすべて使い、
命懸けで平和を訴え続けたのです。
江戸城のすぐ近くまで迫っていた西郷隆盛の下に、
転生院からの手紙が届きました。
手紙を開いた西郷は、かつて自分が仕えた始末成明らの面影と、
転生院の底知れない覚悟の重さに、じっと黙り込んだと言います。
この二人の女性の命懸けの軸素があったからこそ、
西郷隆盛と葛藩衆によるあの歴史的な話し合いが身を結び、
江戸城は一つの火をあげることもなく、無欠解除されることになりました。
徳川の家も、江戸の民の命も、すべてが救われたのです。
武力や大砲ではなく、ただ愛する家族を守りたいという強い信念と、
一本の筆によって日本の歴史を最悪の悲劇から救い出した転生院。
徳川家と江戸の平和、そして別れ
江戸城を明け渡す最後の時、彼女は多くの女性たちをすべて無事に逃がし、
自らは静かに城を去っていきました。
しかし、そのお話はまた次のお話。
今夜のお話はこれでおしまいです。
どれほど過酷な運命に巻き込まれても、決して自分の信念を曲げず、
愛する人を守り抜いた厚姫の強い優しさにそっと包まれるように、
今夜はどうか、すべての不安や緊張を遠くへ手放して、
温かい布団の中で静かに穏やかな眠りについてくださいね。
それではおやすみなさい。