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こんばんは。今夜もまた、おやすみ歴史ラジオの時間がやってきました。
ベッドに入って、一番リラックスできる姿勢で聞いてね。
鳥羽・伏見の戦い、第2話のお時間です。
前回は、今日を目指して進軍する急爆風雲と、それを阻む殺潮軍との間でついに戦火が切って落とされ、
最新兵器を要する殺潮軍の激しい火力撃破の前に、
鳥羽・伏見の各地で精算な前線戦が繰り広げられたところまでお話ししましたね。
1月4日、朝からの冷たい雨が降りしきる中、戦況はさらに激しさを増していきました。
急爆風雲は数において圧倒的に勝っていたものの、
鳥羽と伏見の狭い街道筋ではその大群を十分に展開させることができず、
凶暗な地形に足止めをくらっていたのです。
そこへ殺潮軍が繰り出す最新式の大砲や小銃の弾雨が容赦なく浴びせられ、
急爆風雲の陣列は寸断され、各地で大混乱に陥っていきました。
合図班兵や新戦組の大使たちは、激しい銃撃の中を決死の覚悟で刀を抜いて突撃を試みましたが、
近代兵器の密度の前には近づくことすら敵わず、
無念の思いを抱いたまま命を落としていきました。
戦況が混迷を極める中、1月5日の午後、歴史を根底から揺るがす決定的な光景が戦場に姿を現します。
薩摩と長州の陣営の上に、金色の太陽と銀色の月が刺繍された真っ赤な旗、
すなわち錦の御旗が静かにひるがえったのです。
朝廷から与えられたこの旗は、薩長軍こそが天皇の軍勢である官軍であり、
対する旧幕府軍が朝敵、つまり朝廷に背く賊軍となったことを意味していました。
それまで朝廷のために、そして日本の誇りのために戦ってきたと信じていた旧幕府軍の将兵たちにとって、
この二式の御旗の登場は、言葉にならないほどの絶望と精神的な衝撃を与えることとなったのです。
頭上にひらひらとなびく二式の御旗を目にした瞬間、
旧幕府軍の頭上には、冷たい雨よりもなお重く冷酷な絶望が追いかぶさりました。
朝廷を守り、徳川の威信を懸けて戦ってきたはずの己たちが、
一瞬にして朝敵という名で呼ばれることとなった不条理。
その精神的な打撃は、最新式の弾丸以上の破壊力をもって旧幕府軍の士気を根元から打ち砕いたのです。
動揺は前線だけに止まらず、これまで日和みを決め込んでいた周りの藩の動向をも一変させました。
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戸場街道の西側を固めていた津藩は、朝廷の旗が上がったことを確認するや否や、
即座に殺張軍へと寝返り、旧幕府軍の側面に向け一斉に砲撃を開始したのです。
信じていた味方からの突然の裏切りと砲撃により、旧幕府軍の前線は大混乱に陥り、
相崩れの様相を呈し始めました。
新戦組の肱方俊三は、弾丸が飛び交う戦場で、もはや刀や槍の時代が完全に終わったことを冷徹なまでに痛感させられていました。
どれほど豪勇な武士であっても、近代兵器と大義名分という二つの巨大な力の前には無力であるという現実が、
悲しくも鮮明に突きつけられたのです。
雨と白煙に包まれた淀川の沿岸では、傷ついた将兵たちが互いを支え合い、血と泥に濡れながら、
失意のうちに大阪城を目指して重い足取りで退却を始めていきました。
配送を重ねる旧幕府軍の兵たちは、命からがら大阪城へとたどり着き、
傷ついた体を寄せ合いながら将軍、徳川義信の指示を待ち続けました。
大阪城内には、なおも数万の兵力と強固な城壁、そして海上に控える最新鋭の幕府艦隊が残されており、
再起を誓う合図藩主の松平固森や激行する将兵たちは、
騎士改正の大決戦を吉信に強く迫っていたのです。
吉信自身も一度は将兵の前に立ち、最後の一兵まで戦い抜くと激しい言葉で拳彼らの熱情に応えるかのように見えました。
しかし、その夜の暗闇の中で、吉信の心は深く激しく揺れ動いていたのです。
朝敵という汚名を着たまま朝廷と全面戦争を行えば、
日本は未曾有の内乱に突入し、列強諸国による侵略の危機に晒されることとなる。
自らの加盟や誇りよりも、この国の未来を守るために己が何を成すべきか、吉信は一人孤独な決断を迫られていました。
1月6日の深夜、月明かりも届かぬ静寂の中、吉信は僅かな側近と松平、片森らのみを伴い、大阪城の裏手から密かに抜け出したのです。
天宝山沖に停泊していた幕府の軍艦海洋丸へと乗船した吉信は、大阪城に残された数万の将兵に何も告げぬまま、江戸を目指して出航していきました。
将軍を失った大阪城の闇の中、歴史を揺るがす大きな時代の歯車は、誰も止めることのできない破滅と再生の終幕へと向かって回り始めていたのです。
今夜のお話はこれでおしまいです。
冷たい夜風と静かに波打つ夜の海原に思いを馳せながら、どうか今夜は心も体もゆっくりとお休みさせてあげてくださいね。
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次は一体どのような激動の瞬間があなたを待っているのでしょうか。
それではおやすみなさい。