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最後のYAPC応募
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サマリー
ゲストの竹坂さんが、リクルートでの内製開発や産学連携の仕事、過去のYAPC・渋谷PM運営について語ります。ゲームセンターのぷよぷよやバーチャファイターをきっかけにプログラミングを始め、Perl、Namazu、GPLとの出会いからOSS開発に関わった経緯も振り返ります。徳島県へ移住後は、リクルート勤務と神山まるごと高専での授業を並行するパラレルワークを実践しています。後半では、セキュリティ・キャンプやCTFを通じたWebセキュリティ教育の変遷、開発者に求められるセキュリティ知識について話します。
YAPC応募と竹坂さんの現在
はい、お久しぶりですね。
あ、ご無沙汰してます。
いやー、来ていただけて嬉しいです。
すごい呼んでいただけて、私も嬉しいです。
いやー、はい。なんかちょっと先輩なので恐縮をしておりますが。
今年は、ヤップシーとか、来月とかありますけど、行く予定とかってあったりするんですか?
そうですね。なんか、もう最後のヤップシーっていう話だったので、ネタを作ってですね、応募するっていうですね。
ちょっといつものやり方で、めっちゃハッピーワークもらえたので、そこで1時間ほどワークショップをやる予定です。
あ、そうか。ワークショップ枠で応募したんですね。
そうなんです、はい。
そうか、それはなんかいいですね、いいですねというか。
結構そこは、準備は大変かもしれないけど、結構競争率は低そうな感じはしますね。
そうですね。しかも1時間っていう枠なので、結構やれる人も少ないと思うので、ちょうどそういうところで狙ってみました。
たぶん20分枠とか競争が激しそうだったので、あえてそっちの方を狙った感じです。
なるほど、いいですね。
そうですね、はい。今はでもあれですよね、愛媛、愛媛、あれ愛媛じゃないや。
徳島県。
徳島、はい。そうですよね。
でもこっちに、東京の方に来る機会ってのは結構あるんですか。
はい。東京の方はやっぱりほぼ各州で1回とかは出張で行ったりとか、あとは大阪とか兵庫とか関西方面もですね、ちょこちょこ出張があったりします。
じゃあなんか結構飛び回ってる感じなんですね。
ほぼ1週間どっかに行ってるっていうのが多いですね。
なるほど、そうなんですね。じゃあまあその辺のお話を伺っていければと思いますが、
はい、ということで、この番組は趣味でOSSをやっているものだという番組でOSS作家のソムがゲストを交えながら趣味や仕事について話すポッドキャストです。
ということで、今日のゲストは竹坂さんです。よろしくお願いします。
はい、竹坂です。よろしくお願いします。
じゃあ竹坂さん、自己紹介をお願いできますでしょうか。
はい、竹坂です。ちょうど11年前に株式会社リクルートの事業会社に入社しまして、そこでは内製開発エンジニアの体制強化というのをやってきました。
営業も強い会社というので有名でしたけれども、エンジニアも強くしたいということで、そのエンジニア向けの人事制度を作ったりでしたか。
あとはいろんなデータがあるので、データを活用するための基盤を作ったりですとか。
現在は今、産学連携の仕事をしてまして、いろんな大学さんと共同研究とかを進めたりとかしています。
はい、そうですね。リクルートさんも長いですよね。
そう、こんなに長くいるとは私も思ってなかったんですけど、もう1年過ぎてしまいました。
そこからかなり強力なエンジニアも入社したりとか、結構優秀なエンジニアも育ったりしてて、ちょっとイメージもすごくガラッと変わった感じがありますよね。
そう言ってもらえるととても嬉しいですね。
結構若いエンジニアとかが就職したい企業みたいな、そういう会社にもなったなというふうに感じています。
いや、それを言ってもらえるとそうですね、10年ぐらい頑張った甲斐があって嬉しいです。
そうですね、リクルートさんもだいぶ長く働かれてるって感じですけど、
なんか僕はやっぱ竹坂さんを知ったのが多分渋谷PMとかヤクシーとか、あの辺なんですよね。
なので結構やっぱLTとか、マインスイーパーの自動化LTとかをやられてたのをすごい覚えてます。
渋谷PM・YAPC運営とコミュニティの世代交代
割とそういうかなり作り込んだLTをするっていうところが昔から印象に残ってます。
懐かしいですね。マインスイーパーは2011年ですね、その時のヤクシーで発表したメタでしたね。
そうですね、大昔ですね。
そう、でもヤクシーを始めたのは2006年かな、その時が多分初めてだったんですけど、
ちょうど最初に渋谷PM始めた宮川さんがアメリカ行っちゃうってことで、
その日本語渋谷PMの運営どうするんだとか、でもヤクシーやりたいって言ってたんで、
それで僕は渋谷PMのリーダーを引き受けて、
あとはヤクシーの現地のいろんな路地回りとかその辺のところを結構やってきたっていう感じでしたね。
そうですよね、裏方というかそういうこといろいろやられてますよね。
そうですね、だから最初の時はあんまりスポンサーさんも多くなかったので、
結構低い予算でやらないといけなかったので、
大田区のPIOっていう会場を最初借りてやってたんですね。
そこが大田区民が借りると実は2割安くなるとかっていうので、
なので大田区民の若友さんっていう人をスタッフ招き入れて、
現地でのコーディネートをお願いしたりですとか、そういうことをやった本文に手が蘇ってきました。
懐かしいですね。でも僕はPIO行ったことないんですよね、カンファレンスでは。
高校ぐらいの時にチェスの大会か何かやってることがあって、
それが大田区PIOでやってたことがあって、それは行ったことあるんですけど、
その後結構技術カンファレンスとかで使われてるのがあって、ちょっと懐かしい気持ちはあるんですけど、
技術カンファレンスやってるのでは行ったことないんですよね。
なるほど。確か他だとPHPカンファレンスとかオームソンスカンファレンスとかはよくPIOを使ってましたね。
そうですよね。
非営利の団体だとさらに安くなるっていうのがあるんですよ。商業イベントだときちんとお金取るんですけど、
パソコンで結構借りやすかったっていう感じですね。
なるほど。最近その辺の営利か非営利かの境目って難しくなってきてる感じはありますけどね。
そうですね。だから運営する方も個人の持ち出しで一人が責任を負ってやるっていう規模ではなくなってきてるので、
本当に今は大規模なカンファレンス運営って本当に大変だと思います。
そうですよね。渋谷PMは、その後また今JPAの理事やってるカルパネルラさんに引き継いでみたいなのがありましたよね。
その引き継ぎの会みたいなのに僕も参加した記憶があります。
やりましたね。確かDNAの会議室借りてやったときから。
そうですね。カルパネルラさんが今回のヤプシーの幕引きみたいなところにも関わっているみたいなのもあって、
いろいろすごく世代の流れを感じませんか。
でもそれってやっぱりいいことだと思うんですよね。平均年齢が一つずつ上がっていくコミュニティよりかは、
若手に引き継いできる組織の方が僕は割と健全かなと思ってますので、そういうのをどんどん繋いできるのは非常にいいのかなと思ってます。
そうですよね、本当に。でもそういう若手だと思ってたカルパネルラさんとかパピックスさんとかももう結構シニアな年齢になってきてて、
本当に時の流れみたいなのも感じますね。
そうですね。今回最後に運営するっていう話でブログとかも書かれてましたけど、それぞれ過程ができて、やっぱりコミットできる時間も減ってくる中でっていう。
いろいろな中では決断だったと思うので、それは本当に僕らも尊重して最後のヤプシーを盛り上げたいなと思います。
そうですね。今の体制での最後のヤプシーっていうことで、ヤプシーはまた誰がやってもいいものではあるとは思うので。
もともとはYET ANOTHERですからね。
ゲームからPerlとOSSへ
リクルートさんにも十何年もいらっしゃるっていう感じだと思うんですけど、竹坂さんのこれまでのキャリアっていうか、エンジニアとかになるようになったきっかけっていうのはどういう感じなんですか。
僕もともと小さい頃はお医者さんになる予定だったんですね。小学校の頃ちょっと難病にかかって、それを結構手術へ治していただいたっていうこともあってですね。
それでお医者さんに憧れて、僕は10年後、地元の国立大学の医学部に行くんだみたいな感じで勉強してたっていう、そういう少年だったんですけど。
高校生になってゲームセンターに行くようになってですね。それでお金を払ってゲームをしていくとお金が減っていくんだけども、自分でゲームを作っていけばお金払わずにずっとゲームで遊べるんじゃないかと思って。
それでプログラミングを始めて、いろいろ作ったんですけど、やっぱり対戦のCPUって当時は言ってたんですけど、今でいうとAIみたいなものは自分の知識では作れなかったので、
それが学べる情報科学の学部の地元の大学に進学したのが、最初のエンジニアになるきっかけでした。
そうなんですね。なんかゲームセンターで遊んでたゲームってどういうゲームだったんですか。
当時はぷよぷよって落ち物ゲームがめちゃめちゃ流行っててですね。
あとはバーチャーファイターとかですね、このトリゴンを使った3Dのゲームっていうのができ始めたちょうど時期で。
なので、セガのAM2件とかですね、そういうすごい技術者がプログラムを作ってて、新しい体験を作ってるっていうので非常に興奮した時代でした。
確かに。なんかいろんなゲームがアイデア勝負のゲームみたいなのが当時はたくさん出てきてましたよね。
でもなんかぷよぷよもバーチャーもある意味一時期下火になってたゲームですけど、最近またぷよぷよが盛り上がってきたりとか、
バーチャーも続編が出るとか出ないとか話が出てきて、なんかちょっと懐かしさみたいなの感じますね。
やっぱりその家庭用ゲーム機ってかその後また進化していって、それでまさにアーケードゲームのようなやっぱり処理の難しいようなゲームが家で遊べるとか、
それでゲームのハードウェアは進化していって、どんどんどんどんそっちの方もですね、面白くなっていったっていう感じですよね。
じゃあそのままそういう情報系のところ行って、普通にそういう就職もエンジニアとして働き始めたっていう感じなんですね。
はい。当時いろんなアルバイトしたんですけども、その中で一番時給が高かったのは自己講師だったんですね。
でも自己講師って一週間の中で授業がやっぱり一コマ二コマしかないので、そんなに稼がなかったんですよ。
ただプログラミングのアルバイトっていうのは、結構長時間働いてもちゃんと成果を出していればめちゃめちゃ褒められるし、残業しても全然怒られないっていう当時そういう時代だったので、
結構稼げたっていうのもあって、非常にそれを職業にすればいいんじゃないかなと思ったのが、やっぱり在学中のアルバイトの経験でした。
なるほど、確かに。そうですよね。当時は本当にそういう、僕はあんまりそういうのできなかったんですけど、周りでちょっとホームページ作ったりとか、そういうのやってるだけでもかなり大学生にしてはすごい学の稼ぎ
を稼いでる人とかいたりしましたからね。
当時僕が大学入学したのは1995年なんですね。ちょうど広島のアジア大学が終わった年で、ちょうど大学もインターネットが常地接続されていて、ユニックスが200台あってですね。
当時はサンのスパークステーションっていうのがあったんですけども、そこでソラリスになるとどういうふうにOSが変わっていくのかとか、あとは最初アルバイトだったのはシューレットマッパーの子会社だったので、H
P UXっていうのがあって、そこだとGNUのGCCってコンパイラが標準で入ってなくって、
メーカーの作った標準のコンパイラーがカーニハンリッチのコンパイラーで、かなり昔のC言語の書き方をしないとコンパイルが通らないみたいになったりとかしてて、その中であとWindowsのサーバーとかもたく
さんあって、いろんなサーバーを中でやっぱり一つのプログラムを動かすってなってくると、C言語じゃなくってスクリプト言語みたいなのがいいじゃないかということで、
それでたまたまPerlっていうので書くと、どんなOSでも一緒のコードが動くっていうことが分かって、それでPerlを使い始めたっていうのがきっかけですね。
そういうことなんですね。確かに当時はPerlは結構いろんなところでちゃんと動くみたいなところはありましたよね。それこそソラリス太陽とかも、僕がずっと前、Perl書いてた初期の頃とかはソラリス太陽のパ
ッチが送られてくるみたいなのもあったりはしましたからね。
そうなんです。それでちょうどアルバイト先で検索エンジンの生図っていうのを使ったんですけれども、その時にやっぱりWindowsのことはあんまり考えられてなくってですね。
反格カタカナのファイル名があると検索できないとかいろいろ制約があったんですね。それをやっぱり仕事のためにちょっと修正したりとかしてたんですけども、ライセンスがGPLだったんですね。
それを調べてみると、GPLはアップストリームに修正したパッチをちゃんとコミットしないと、すごいハブられるみたいな怖い印象があったんですね。
当時はGPL違反でメーカーが訴えられたりとかしたりするニュースがあってですね。やっぱり会社で使うプロダクトであっても、アップストリームにやっぱり効果して還元することが大事だということで、それで実は
ですね、オープンソースの開発にかかわるようなきっかけになったものです。
すごい王道のキャリアっていう感じがしますね。最初はお医者さんを目指してたっていうところはちょっと違うかもしれないんですけど、ゲームからそうやってのめり込んでいくっていう人は、割と王道だけどそんなめちゃ
くちゃいるわけでもない感じはしますね。
だから当時はまだGitとかなかったんですね。GitHubもちろん。なんでCVSでみんな開発してて。
そうですよね。SVNが出てきて、それが新しいみたいな感じの時代ですね。
全然新しいですね。昔CVSのソースコードを見るViewCVSとかそういうウェブアップがあったりとか、そういうのをサーバーで立てたりとかしてて、自分たちでソースコードの管理をしてたっていう感じですね。
そうですよね。昔はそういうホスティングサービスなんてないから、メールも何もかも全部自分でサーバー立ててやるみたいな感じで、ソースコード管理サーバーも自分たちで立ててみたいな。ビューワーとかも別について
るわけじゃないから、自分たちで作ってって感じですよね。
あとメーリングリストも自分たちでやってましたね。FMLとか運用したりとかしてやってましたね。
そうだそうだ、そうでしたね。基本的にはそういうサーバーでしか動かないものっていうか、サーバープロセスだからビューワーを別で作るみたいな、そういう感じですよね。
Gitとかも昔はもうそういうGitLiteとか、そういうサーバー側のものしかなくて、別にそんなウェブで見られる画面があるわけじゃないみたいな感じでしたもんね。
今すごい便利になってきましたね。
今本当便利になりましたよね。
いやでもそう、ナマズね、ナマズすごい懐かしいし、僕も大学時代にちょっと触ったぐらいでなんですけど、最近はすごく若いAI企業、一流なる優秀なAI企業の人がナマズを知らないみたいな話があって、ちょっと盛
り上がって。
ちょっと面白かったですよね。
そうですね。当時、Unicodeとかなかった時代ですから、だいぶ時代が違うと思います。
いや本当そうですよね。今でこそ全部UTF-8になったから、楽になったなっていうのはありますよね。
一番最初は、実はソースコードを公開する場所は、ネットニュースっていうFJ Sochi'sっていうところで、最初はみんなメーリングリストみたいなもので、ソースコードを公開してたんですね。
そうか、そうですよね。確かに。そういう置き場所みたいなのも、それぞれ苦労したみたいな。苦労というか、それぞれのやり方があったっていう感じですかね。
あとは、文字も8ビットが通らないので、ちゃんとASCIIの7ビットで表現できるようにするために、当時はUU-ENCODEっていうのがかなり使われてたんですね。
ベース64が出てきて、この文字が読めないっていう人が出てきて、いろいろとそれで高級なメーラーが出てきて、やっとそういうのが隠蔽されて便利になったんですけど、そんな感じですね。
そうですよね。メールで8ビット文字送ってもいいし、UTF-8送ってもいいよねってなったの、結構最近というか、2010年頃はまだそんな8ビット、7ビットしか通さないメールサーバーとか中継しちゃうと、
もうそれで文字化けしちゃうじゃないかみたいなことを言う人がまだいた気がしますね。
もう今気にしないですね、みんなね。
今気にしないですね。
最近ちょっとクローラーソフトみたいなの、クローラーっていうか、僕作ってて、それで一部のサイトがうまく取得できなくて、取得できないじゃんって思ったら、
SGISとかEUCJPのサイトがまだあって、まだあるのかと思って、文字コード変換をサボってたからうまく取得できてなくて、昔はそんなの絶対考えてたことだったのに、それが抜けてたのはすごい時代というか、変
化を感じました。
あとISO2022JPっていうサイトもまだ残ってたりするので、それはもう本当に大変ですね。漢字イン、漢字アウトとかそういうコードが入ってるんで。
徳島でのパラレルワーク
本当にその辺は楽になったっていう感じですけど。でもなんかあれですよね、最近リクルートさんの仕事もしつつ、いろんな働き方をしてるような感じがしてるんですけど、最近ってどういう感じの働き方をされてるんです
か。
ちょうど2年前に徳島県に引っ越しまして、今新しくできた神山丸ごと高専っていうところで週半分授業をしています。リクルートはリモートワークで週半分残りの仕事をしていまして、両方ともパラレルワークという形で
続けています。
なんか面白いですよね。あとなんかあれ、コーチとも関係あります?
そうですね。それまでは国立高専のコーチ高専っていうところで、セキュリティーの学科の立ち上げとかに協力してまして、そこでも全国の国立高専で事業を出前でしたりとかしてました。
そこで、それは今も関わりあるんですか。
はい。今も関わりがあって、10月末も実はコーチで事業を頼まれるので、2回ぐらい事業しにコーチに行ってます。
そうなんですね。僕、先月コーチ行ってたんですよ。一応親戚がコーチにたくさんいるんで、たまにコーチには行ったりしています。
コーチはやっぱ魚がおいしいですよね。かつおたてきもそうだし、あと日本中もベロベロの神様っていう宴会ゲームあったりとかしてて、おチョコに穴が開いてて、指を離すとお酒が盛りちゃうので必ずつがり玉持ちかない
みたいな、そういう夜遊びもあったりとかする。すごいいい場所だなと思ってます。
そうですね。最近食には力を入れてて、肉とか野菜とか、そういったものも、あと果物か、そういったものもすごいおいしいものがたくさんあって、はい、コーチはいいとこですね。
そういったのもあって、神山丸ごと公選の話もあったし、その公選の前の話でいうと、接婚とかも関わってたからみたいな、そういう流れがあったりとかするんですか。
はい。コーチ公選はまさに接婚とかでコンテストをやってたので、それを公選の教育現場でもやっぱりやりたいということで、その公選の中でのセキュリティのコンテストを立ち上げたりとか、あとはいろんな教材を作って
ですね、それを他の公選の学校でも使えるようにしたりとか、そういうお手伝いをしてたっていう感じです。
そういうのって、どういう感じで声がかかったりするもんなんですか。お話しできる範囲って、もちろん構わないですけど。
やっぱり一つ手に相談が最初ですね。なので、こういうことで困ってるんだけど、手伝ってもらえないかなっていうのがきっかけですね。
Webセキュリティ教育の変遷
そうなんですね。なんか、もともと接婚とかも関わってらっしゃったじゃないですか。そういったところにそもそも関わろうとされたモチベーションみたいなのって、どういったところにあるんですか。
これもですね、人から頼まれてやり始めたっていうのがきっかけで、もともとセキュリティは僕やってなかったんですよね。普通のウェブエンジニアだったんで、パールとかJavaScriptを使っていろんなサイトを
作ってたっていう感じなんですけども。
ちょうど20年前にセキュリティキャンプっていう事業で、やっぱり開発者のセキュリティっていうのを教えられる人がちょっと今少ないから、講師としてお願いできないかっていうのがきっかけで、それでセキュリティの
教材とかを作ったりとか、あとそういったコミュニティに入るっていうのがきっかけだったんですね。なので、頼まれてからやり始めたっていうのが全部ですね。
なるほど。じゃあもうそのつてでいろいろなキャリアが広がってきたっていう感じなんですね。
はい。でも実際多分セキュリティの仕事も、いろんな基盤を作ったりとか、プロダクトを作ったりとかしないといけないから、やっぱり開発者の力って結構必要なんですよね。
例えばウイルス対策ソフトっていうのも、セキュリティの攻撃ができる人がいれば作れるかっていうとそうじゃなくって、むしろOSの仕組みもちゃんと理解した上で、いろんな対策のレイヤーを作れる人とかが必要
なので、まさにいろんなレイヤーをまたいでやっぱりプログラミングできたりとかする人とかが必要なので、全然やっぱり思ってたよりもと違うスキルが必要っていうのが入ってわかります。
いや、そうですよね。もう今はセキュリティ一番レベルが高いというか、エンジニアのすごい高いレベルが求められる領域になってきてますよね。あと昔とは全然違いますよね。昔はウイルス対策ソフトぐらいのイメージだ
ったのが、そういうウェブセキュリティみたいなものが出てきて、それこそ20年前とか、あんまりそういうのを専門にしてやってる人とかいなかったわけじゃないですか。
そこからすごくセキュリティの界隈みたいなものが盛り上がってるというか、だいぶもうこの20年って大きく変わりましたよね。
そうですね。その中でも4世代ぐらい交代してるという説があって、最初はネットワークのパケットを投げてルーターを攻略するとか、そういうネットワーク系の人が多かったんですけど、その後、例えばWindows
とかの最新のOSを攻略していくみたいな形で、いわゆるゼロデイとかの税略性とかを見つけていくとか。
その後、まさにウェブアプリケーションがいろんなものを作っていくようになったんで、そこを攻略していくような人が出たりとか、あとはCTFっていうのが競技となって、そこでいろんなテクニックを磨いた人が出て
きたりとか、あとは実際に守るのって結構難しいので、やっぱり守るためのセキュリティはいる人たちがいたとか、結構世代がすごい分かれてる感じですね。
確かにそのときホットトピックみたいなもので狙われるところとか、そういったところが変わってるっていうのがあるわけなんですね。
そうですね。だからもう今、ウェブの開発する人も少なくなってきていて、今はみんなiOSアプリとかAndroidアプリとかを作ってる人のほうが人口多いかもしれない。
そうするとサーバーのAPIとかJSONとか、その辺りとかどういうふうに設計してやってるかみたいな形なので、また攻略するポイントとか守るポイントとか結構変わってきてる感じがしますね。
確かに。そうですね。なるほどな。でもなんかそのセキュリティエンジニアみたいなものが、以前よりも人気になってたりするんじゃないかなっていうのはなんとなく思うんですけど。
だからそういう感じって実際今、教育の現場とかそういう若い人と関わって、実際その辺りってどうなんですか。
そうですね。今はやっぱりそのプロダクトセキュリティをちゃんとできる人ってやっぱり希少価値が高くて、いわゆるセキュリティってなんですかね。
ガバナンスをかけるっていう、いわゆるストッパーみたいな動きもあるんですけども、むしろ安全にプロダクトをちゃんとセキュリティを考慮した形で設計して実装してテストすれば、
効率よくやっぱり世の中にプロダクトを出していけるので、そのスピード感とちゃんとセキュリティのバランスを取れる人、それができる人ってやっぱりすごい求められてる感じがしますね。
それはそうですよね。事業側としては絶対欲しい人っていう感じがしますよね。
あとでも若いエンジニアとか、接婚とかCTFとかも結構盛り上がってるから、割とそのままセキュリティエンジニアになりたいみたいな人も結構増えてる印象があります。
はい。あとはやっぱりセキュリティエンジニアっていろんな会社でそれぞれ雇うことがやっぱり難しいので、やっぱり外部の会社にお願いすることが多いので、やっぱり専門にセキュリティを検査する人たちっていうのは、
やっぱりかなりボリュームがまだ必要っていう感じですね。
そうですよね。なかなか難しいですよね。本当にやっぱりそういう外部の会社にお願いするのが割と妥当というか、難しいですね。
いろいろある。つまり、セキュリティをやると普通に作る側の知識とか、割と幅広い技術の知識がいると思うので、割と現場の経験とかもあったほうがいいんじゃないかと思うんですけど、
ただ、セキュリティエンジニアっていう形で採用すると、結構ちゃんとセキュリティのことをその人には考えてもらいたいけど、そんなに一つの会社だと、セキュリティの人をずっとセキュリティのためだけに単独で張り付
けておく妥当性を見つけづらいかもしれないみたいなのを持ってて、
その辺も変わってきてるのかもしれないんですけど、結局、それこそ昔は割と普通に開発してるエンジニアの中で、セキュリティとか強い人がワーキンググループを社内で組んでやってくれてるみたいなのも多かったと思
うんですけど、最近はそれだと、やっぱりもっと専門性がある人がいないと回らなくなってきてるみたいなところが難しいなって思いますね。
そうですね。ある程度規模の大きい会社じゃないと、やっぱり専門の部署って起きないので、そうなってくると、ちょっと染み出しながらセキュリティの仕事をするっていうのが、やっぱり中小企業の現状だとまだ思
います。
神山まるごと高専への移住
そうですよね。まあ、そうか。それであれですね、まあなんか、接婚とかかかって公選とかもやって、それでその上山丸ごと公選っていうところに今関わられてると思うんですけど、なんかこれって、これもやっぱりそう
いう人づてで、こうなんていうか話があった感じなんですか。
あ、そうです。あのちょうど上山丸ごと公選の理事に桜インターネットの社長の田中さんがいるんですけども、ちょうどその未当のプロジェクトマネージャーでご一緒してるって言ってですね、その中でちょっとこれから公
選でもテクノロジーの教育を強化していきたいので、もしよかったら上山に移住して挑戦してもらえませんかっていう話をいただいてですね。
それで実際に徳島県の上山町ってかなり田舎にあるんですけれども、行ってみるとすごい自然豊かで、人も結構温かく迎えてくれる土壌があって、まあいいなと思って、公選の仕事が決まる前にもう移住決めてですね、
それで今に至るっていう感じになってます。
えー、そうなんですね。そうかそうか、田中さんとじゃあそうか、もうその学生っていうかその若い時に未当で一緒だったっていう感じなんですか。
そうですね、ここ数年間の未当のプロジェクトマネージャーとして実はご一緒することがあって、そこで一緒に合宿とかをしたりとかして、いろいろと話す機会も増えていったっていう感じですね。
あーなるほど、最近の感じなんですね、なるほどなるほど。年代的にすごく若い時にも関わられてたのかなっていうのをちょっと思ったんですけど。
神山丸ごと公選は企業家が作った学校なんですね。さんさんの社長の寺田さんが学園の理事で、やっぱりその実際のスタートアップでデザインとエンジニアリングとかができるって企業家精神を持っている人がいれば最強だ
ろうということで。
で、それに共感していただいた人が結構学校に寄付をしていたっていうか、あとサプライザニットの田中さんももともと公選で企業をされてた方なので、そこにも理念にも共感いただいて、理事にもお参加いただいてた
っていう経緯ですね。
いや、そうですよね。なんかだいぶ面白そうなことをやってる公選だなっていうところがあるので、ちょっとそうですね、その辺の話はじゃあ後半で伺っていければいいかなというふうに思っております。
ちょっとなんかいろいろ音声トラブルなどもありましたが、ちょっとなんとか前半も上手い具合に収まるといいなと思っております。はい、ということで一旦切ろうと思います。ありがとうございます。
ありがとうございました。
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