そして、おしかつが悪いという話では全くありません。むしろ逆です。ここは最初にはっきり言っておきますね。
本題の前に初めての方向けに少しだけ自己紹介をさせてください。
私は普段おしかつをテーマにしたビジネスをしていて、ファンの皆さんがイベントを一緒に盛り上げられる
プクートというサービスなどを提供しています。同時にベーシストとしてバックバンドでも演奏していて、
押される側の空気も肌で感じています。YouTubeのチャンネル登録、ポッドキャストのフォローも是非よろしくお願いします。
そして今日は膨大なデータを集めてきたので、ポッドキャストよりももっと詳しい数字や詳細などはノートにも書いてますので、ぜひそちらも見てみてくださいね。
さてそれでは本題に入っていきます。 さっきの調査にはもう一つ面白い数字があります。
おしかつの年間出費、平均は約21万円。 ところが中央値は4万円なんです。
つまり一部の高額支出者が平均をグッと引き上げている。 おしかつ市場って少数の熱量が全体の数字を大きく動かす世界なんです。
この構図、後半に出てくるSNSの声とそっくりなので、ぜひ覚えておいてください。 そしてこの輝かしい市場のすぐ隣でずっと気になっている光景がありました。
最近SNSで異常のほど炎上が多い気がしてたんです。 周りの友人たちにも確認してみましたが、やはりみんな口を揃えて同じことを言ってました。
しかもおしかつに関する世界で炎上が多いよねーと。 発言が一部だけ切り取られて拡散される、重大な規約違反とだけ発表されて脱退する人がいる。
詳細がわからないうちに犯人探しが始まって、憶測が事実のように流通していく。 そしてご情報でもスクリーンショットは残り続けて、半永久的な制裁、デジタルタトゥーになっていく。
では昨日まで推しをめでていたタイムラインが、ある日を境に怒りと憶測で埋め尽くされる。 あの反転って何なんでしょうか?
そこで浮かぶ素朴な疑いが今日のメインテーマになります。 おしかつをする人が増えたから攻撃的なファンも増えたんじゃないか。これが私の仮定でした。
これを検証するために今日の話を貫く分析の軸を一つだけお渡しします。 攻撃的な人間の人口が増えたことと、攻撃的な投稿を見る量が増えたことは別の話でした。
言い換えると、可視化された社会と実際の社会は同じなのか。 これが今日の背骨になっていきます。
まずわかったのは、炎上には統一された定義がなく、総数を経年比較できる統計がそもそも乏しかったんです。
つまり、炎上が毎年増えているとは証明できないんですね。 ただ一つの炎上を何度も見る環境になった可能性があるんです。
そして冒頭の数字です。 国際大学グローコムの山口真一さんたちの一連の実証研究によると、
炎上に書き込んだ経験のある人はネットユーザーの1%前後。 そして一つの炎上事案に書き込む人は推計でおよそ7万人に一人なんです。
7万人に一人ですよ。 タイムラインがなんだか真っ赤に燃えているように見えるあの怒りの正体がです。
しかももう一つ重要な発見があって、 炎上参加者の動機の6、7割は許せなかったから。
失望したから。 これ本人にとっての正義感だったと報告されているんです。
攻撃している人はごく少数で、その多くは本人の主観では悪を正している。 この2つが今日の議論の土台です。
そして最初の疑いには早くも修正が入ります。 推し勝ち人口は約1940万人。
炎上に書き込む人はほんの一握り。推し勝ち人口が増えたから攻撃的なファンが増えた。 はデータの上では成り立ちそうにないんですね。
じゃあなぜあんなに怒りが見えるんでしょうか。 想像してみてください。同じ推しを応援するファンがライブ会場に100人いるとします。
90人はSNSに何も投稿しません。 5人は今日も最高だったなぁと穏やかな感想を書く。
残りの5人が強い言葉で怒りを書く。 実際に怒っているのは100人中5人なんです。
でもSNSでは強い言葉ほど返信がついて引用されてどんどん表示される。 90人の沈黙は画面には映らないんです。
タイムラインだけを見た人にはアンはみんな怒っているように見えるんですね。 これ作り話じゃないんです。
アメリカの調査ではXの投稿の8割を一番よく書き込む1割の人が書いていました。 政治の話題だと普通のユーザーの投稿は年に3回。
年に3回ですよ。 日本でも文化庁の調査でSNSで不特定多数に投稿している人はおよそ5人に1人。
静かに見ている人の方がデータの上でも圧倒的多数派なんです。 でもネットって人を攻撃的に変えるんじゃないのってちょっと思いますよね。
いくつもの国で8000人以上を調べた研究ではこの通説は支持されなかったんです。 ネットで喧嘩腰の人は実は現実でも喧嘩腰。
ただ現実では数人にしか見えない攻撃性がネットでは何万人にも見えてしまう。 人が変わったんじゃなくて見える範囲が変わったんですね。
つまり今まではその人の攻撃性はリアルで関わる人にしか見えなかった。 しかしSNSが発達したことでその人の攻撃性が見える範囲が大きくなったということですね。
そしてこの見え方のせいで人々は世の中の分断を実際の2倍以上も深刻に見積もっていたという研究もあります。
なぜ強い言葉ほど目に入るのか。 XもYouTubeもざっくり言えば反応が集まった投稿をもっと多くの人に見せる仕組みだと公式に説明しています。
そして人間には怒りについて反応してしまう性質があるんです。 酷い投稿ほどつい手が止まる。引用してこれは酷いと言いたくなる。
そのついが全部人気としてカウントされるんですね。 SNSが意図的に怒りを優遇しているとまでは言えません。
言えるのは反応を集めた投稿が広がる仕組みと、怒りに反応してしまう人間の心理ががっちり噛み合ってしまっているということです。
もう一つゾッとする事件があって、怒りは学習されるんですね。
1000万件超えのツイートを分析した研究で、怒りの投稿にいいねがつくほど、その人はその後怒りの投稿を増やしていくことが分かりました。
怒って、バズって、また怒る。 SNSの中で怒りは受けた行動として強化されていくんですね。
ただし、これらは主に海外、ステージの研究です。 ファンダムで同じことが証明されたわけではありません。
ただ、怒っている人の数と怒りを見る量は別物。 タイムラインは社会の縮図ではない。
ここまでは複数の研究が口を揃えて言っていることなんです。 次に疑ったのは受け手側です。
私の最初の仮説は、日本人の国語力が落ちたんじゃないか。 結論から言うと、データはこの予想を見事に裏切りました。
世界中の15歳の学力を比べるFISAという国際調査で、日本の読解力はOECDという国際機関の中で2位でした。
しかも前回より上がっているんですね。 大人の国際調査でも平均より上です。
日本人の読む力が崩壊したとは全く言えないんです。 この仮説は外れてたんですね。
じゃあ何が変わったのか。 文化庁の調査に面白いデータがあって、SNSで感じる戸惑いとして、相手の感情が分かりにくい、
情報が本当かどうか判断しにくいが、どちらも半数近く。 使っている本人たちがSNSを感情が読めなくて審議が分からなくて断片的で急かされる場所だと感じているんですね。
読書に関するデータも興味深いです。 月に1冊も本を読まない人が6割超え。
かつ字離れと下がれたやつですね。 でもこの数字、実は続きがあって、本を読まない人の4人に3人はSNSやネット記事の文字をほぼ毎日読んでいるんです。
つまり文字を読まなくなったんじゃない。 長い文集をじっくり読むことから、短い情報を大量に読むことへ読み方が変化したんです。
これを一番体感しやすいのがショート動画です。 皆さん2つ前に見たショート動画覚えてますか?
私は思い出せないことがよくあります。 次々来て、笑って驚いてまた次へ。
実験でも同じ内容を1本の長い動画で見た人より、細切れのショート動画で見た人の方が記憶が不正確だったという結果が出始めています。
ただし、ショート動画で頭が悪くなるといった因果までは証明されていません。
言えるのは影響するかもしれない研究が出始めているここまでになります。 その上で私の仮説はこうです。
情報との付き合い方が、見る・考える・理解する・判断する・発信するから、見る・感情が動く・反応する・次へに変わりつつあるんじゃないかと思っています。
考える力を奪われたんじゃなくて、考えなくても進める環境になった。 私にはそう見えるんですね。
もう一つの仮説は、落ちたのは情報の余白に耐える力なんじゃないかということです。 一部分だけで判断しない、情報源を確かめる、そして何よりまだわからないと判断を保留する力。
実はこの余白、心理学で古くから研究されてきたテーマなんです。 80年近く前の噂研究の古典に有名な公式があります。
噂の量は、そのことの重要さと情報の曖昧さの掛け算で決まる。 大事なことなのに確かな情報がない。この時噂は生まれる。
どちらかがゼロなら生まれないんですね。 人間の顔にも認知的完結欲求、モヤモヤしたチューブラリーが不快で、早く答えが欲しい心理という概念があります。
この欲求が強いと、人は最初に手に入ったそれっぽい答えに飛びついて、反対の証拠に耳を閉じてしまうんだそうです。
このレンズで、重大な規約違反で脱退の例を見てみましょう。 重要性は最大級、情報はほぼ空白、掛け算が最大化される条件が揃っちゃってるんですよね。
情報がない、推測する、過去の投稿を掘る、憶測を引用する、みんな言ってる、推測が事実らしくなっていくんですね。
誤解のないように言っておくと、全ての真相を公開すべきとは思いません。 恋愛や私生活は本人の自由ですし、違法行為を裁くのは司法です。
そしてこれらの研究の多くは海外のもので日本の推し勝ちで証明されたわけではありません。
それでも私は怒っているが私たちは許さないへ変わる仕組みは確かに存在するんです。
重い話が続いたので最後は私自身の人生と重なる話を。
2019年国内のライブエンターテインメント市場は約6300億円ありました。
それが2020年コロナ禍で約1100億円まで縮みます。
8割以上が消えてしまったんですね。
私自身2月の終わりからライブが延期になり始め、3月にはレコーディングも延期、そして4月5月は仕事がゼロ。
3ヶ月まるまる仕事がなくなりました。
今でこそ少しゆっくり自分を見つめ直す時間ができたターニングポイントだなぁなんて思いますが、
当時は毎日不安で全然笑えませんでした。
業界にはもうライブは戻らない、これからはオンラインだという空気も確かにあったんですね。
実際有料オンラインライブ市場は2021年に500億円規模まで一気に育ちます。
ところがそこがピークでしぼんでいきました。
一方リアルは急回復して2025年には約8600億円。
3年連続の過去最高です。デジタルだけではリアル体験の代わりにできなかったんですね。
そして象徴的なのがおしかつという言葉が流行語大賞にノミネートされて社会に広まったのは2021年です。
会いたい人に会えなかったあの時期です。
これは因果は証明できません。
それでも私はこう考えています。
共感する力が消えたんじゃなくて、誰かと感情を交わすことに私たちは飢えていたんじゃないか。
その感情の置き場所の一つとしておしかつが広がったんじゃないか。
コロナ禍を業界の中で生きた私にはこの見方が一番腑に落ちるんですね。
さてメインテーマに戻って本日の話を3つにまとめたいと思います。
1つ目はおしかつが誹謗中傷を生んでいるわけではない。
炎上に書き込む人は一つの事案でおよそ7万人に1人。
おしかつ人口の増加が炎上を増やした証拠はありません。
攻撃的な人が大量に生まれたのではなく、ごく少数の強い声が仕組みによって何度も表示されている。
画面の中の社会と実際の社会は同じじゃないということ。
2つ目は変わったのは人間ではなく環境の方ではないか。
日本語の読解力は落ちていませんでした。
落ちた可能性があるのは情報の余白に耐える力。
情報は細切れになり考える前に反応でき、強い声ほど目立ち、私の好きが私たちの正義になった。
この4つが組み合わさると憶測が空白を埋め、みんな怒っているように見え、空気を刺して人が加わるという循環が想定できます。
ただしこれはあくまで仮説のモデルです。
部品には研究の裏付けがあるけれど全体の組み立ては仮説になります。それが正直な位置付けです。
3つ目、推し勝つと炎上の関係は原因ではなく面積ではないかということ。
市場が4.1兆円まで育ったということは、多くの人が時間とお金と愛情とアイデンティティを推しに預ける社会になったということ。
その感情の多くがSNSの上で流れている。
だから推し勝つは炎上の原因ではなく推し勝つが広げているのは感情の面積なんですね。
つまりそれだけ多くの人のそれだけ強い感情がSNSという同じ場所に集まるようになった。
火種が増えたんじゃなくて燃えるものが置いてある土地が広がった。これが私の着地です。
最後に企業やコンテンツホルダーの方々に問いを2つ。
1つはSNSで見えるファンの声、本当に顧客全体の声なんでしょうか。
書き込んでいるのは一部で強い感情ほど目立ち静かな多数派は数字に現れません。
2つ目、エンゲージメントが高いイコールファンが幸せではありません。
その中身は愛情なのか競争なのか怒りなのか。
日本のファン研究では教えの強い気持ちは仲間意識にも競争意識にもつながり、競争意識はファンで居続けたい気持ちをむしろ削るんです。
4.1兆円市場を育てるなら売上だけでなくファンの感情がどう流れるかまで設計する必要があるんじゃないでしょうか。
さていかがでしたでしょうか。
今日お話ししたのは証明された因果ではなくデータ等研究に支えられた仮説の束の段階です。
私は推し勝つが悪いとも誰かの人格が悪くなったとも全然思っていません。
変わったのは人間ではなく環境の方ではないか。そして可視化された社会と実際の社会は同じなのか。
推し勝つってSNS時代の私たち人間を観測できる一番面白い場所だと思ってます。
愛も連帯も憶測も制裁もすべてが凝縮されてそこにある。
だからこの市場を何兆円市場としてだけでなく現代社会の感情インフラとして一緒に考えていきたいんですよね。
実はこの話とっても長くなってしまったのでさらに詳しい話や細かい数字についてはノートに書いてあります。
図解なども載っているのでぜひそちらもチェックしてみてください。
皆さん自身の実感や経験ぜひハッシュタグ推し勝つ未来研究所で聞かせてください。
今日の話はここから始まる対話のための叩き台のつもりでいます。
それでは本日の推し勝つ未来研究所はこの辺で。
最後までお聞きいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。