元ネタとオリジナル作品の境界線
こんにちは、雨宮です。 先月、ネイバーフッドのインセンス・チェンバーテンを見てきました。
展示を見ながら、僕はずっと同じことを考えていました。 元ネタを使うとき、どこからが自分の作品になるんだろう?
今日はそんな話です。 昔のデザインを参考にする。古い映画から影響を受ける。
ビンテージの服や雑貨から形を借りる。 過去のカルチャーを今の表現に取り入れる。
これはファッションでも音楽でも文章でも陶芸でも、ものづくりをしていれば一度は向かうテーマだと思います。
参照とコピーは何が違うのか? 引用と自分の表現はどこで分けられるのか?
NEIGHBORHOODの展示から得たインスピレーション
コンパル展示を見に行ったのも、そこに興味があったからです。 ネイバーフッドはアメリカンカルチャー、バイク、ワークウェア、ミリタリーを独自の世界観で編集してきたファッションブランドです。
スカル、ガン、サルというモチーフを並ぶ展示はとても迫力があり、同じトーンの作品を並べることで
図書体系のように見せるブランドとしての見せ方の上手さを感じました。 ただ、見ながら僕の中にもう一つの問いが生まれていました。
自分だったらここからどう作るだろう? 今回の作品にはアメリカの古いビンテージ雑貨やスーベニア、カウンターカルチャー系の置物に近い匂いを感じるものがありました。
古いアメリカの雑貨やカルチャーを拾い上げて、今のブランドの文明に置き直す。そこにネイバーフッドの特徴があると思います。
でも自分が陶芸をやる立場で考えると、古いものをそのまま陶器に置き換えること、古いものの記憶を使って新しいものを作ることは似ているようでかなり違う。
「存在しなかったヴィンテージ」の創造
これが今回僕にとって一番大きな気づきでした。 アメリカのビンテージ雑貨、昔の日本製の輸出玩具、古いパッケージ、ノベルティー、そういうものはチープなのに妙な魅力があったりします。
大量生産品なのに時間が経つと一つ一つに変な存在感が出てくる。 ちょっと奇妙だったり可愛かったり作りが雑なのが印象に残ります。
僕が今やりたいのは、実在したビンテージをそのまま映すことではなく、 実在しなかったビンテージを作ることです。
例えば今考えている作品にフランケンシュタインが車に乗っている陶器作品があります。 どこかに実在した雑貨があったわけではありません。
でも要素は全部どこかにあります。 古い会計映画のイメージ、60年代の日本製の輸出玩具、
アメリカのチープなノベルティー、 ホットロッドやカスタムカーの文化、そういう複数の記憶を組み合わせて
もしかしたら昔こういうものが存在したかもしれないと思える物体を作ろうとしています。 一つの元ネタをそのまま再現するのではなく、過去の断片を編集して架空の過去を作る。
実際のビンテージではなく、架空のビンテージを作る。 言い換えると架空のアーカイブを作る。
元ネタをそのまま作るよりずっと難しいし、資料を見て歴史を知って映画も服も雑貨も広告も見る。 その上で何を残して何を変えて何を足すかを考える。
過去の学びと現代的な再構築
でも自分がやる意味があるのは多分そんなところだと思います。 映画の中の服装も古い服も昔の雑貨も
作動の道具や映しの文化も根っこは同じだと思います。 完全に過去を保存することはできません。
でも過去を学んで今の自分の作り手で作り直すことはできます。 ただ懐かしむことではなくて自分の目で見て自分の手で組み直すこと。
それが大事なんだと今は思っています。 作動の先生が以前、稽古は古きを学ぶことと言ってました。
古きを学んで今の自分の手で照らし直す。 前回お話しした稽古商婚です。
今回の展示も自分にとっては一つの稽古だったかもしれません。 それではまた次回。飴宮でした。